アルヌール先輩ト僕



 1   第93期生徒会
 
 
 
次で生徒会は第93期になる……と聞いて、へえ、とジョーは思う。
結構歴史があるんだなあ、となんだか感心したのだった。
 
担任に、生徒会役員に立候補しないか、ともちかけられたのは先週のこと。
入学したばかりで、できればもっと周囲の様子をうかがっておきたいような気分ではあったが、困り果てた感じの担任の表情に、ジョーはつい「考えてみます」と言ってしまった。
 
中学でも、そんな成り行きで生徒会役員をしたことがあった。
もっとも、役員の本格的な仕事というのはあまりなく、結局は教員主導の行事の手伝い、みたいな活動だったのだが。
面倒といえば面倒だし、楽しいかというとそうでもないけれど、誰かがやらなければ埒があかないことなら、仕方がないから「やれ」と言われた者がやるしかない、とジョーは思ったのだ。
 
立候補する前に、一応、生徒会室をのぞいてみたら?と遠慮がちに担任が言うので、ジョーは素直にその放課後、生徒会室の扉を叩いた。
どうぞ、と女の子の声がする。
 
そういえば、生徒会って、結構女の子が多いんだよな……と、ジョーはまた思い出した。
どちらかというと物静かで賢い子たちだったから、それほど苦にはならなかった……記憶があるけれど、やはり女の子は苦手だ。
といっても、逡巡してばかりもいられない。
 
「失礼します……1年C組の島村ジョーと言います。見学にきました」
「あら…!それじゃ、立候補を考えてくれてるのね!」
 
立ち上がった女の子を見て、ジョーは咄嗟に後ずさりした。
どうして、と言われたら説明のしようがなかったが、何だかヤバイ、という気がしたのだった。
 
ヤバイ、と言えば……ヤバイ、と言える。
その女の子は、とてつもない美人だったのだ。
 
「私は、副会長のフランソワーズ・アルヌール。2年A組よ。よろしくね、島村君」
「よ……よろ、しく」
「島村君は、何に立候補するの?」
「え、ええと……書記か、会計……かな」
「そう。できたら会計がいいんだけど……まだ立候補が出ていないみたいなの」
「そ、そうですか」
 
なるほど、立候補=当選、ってことなんだろうな、とジョーはぼんやり思った。
いわゆる信任投票、と言うヤツだ。
担任の困り果てた様子を思い出してみても、この選挙が盛り上がっているとは到底思えない。
 
「それじゃ、会計以外は候補が出ているんですね……会長も?」
「ええ。会長は、私」
「……はあ」
 
やっぱりな、とジョーは納得する。
何となく、そういう感じのオーラのある女の子だ。
 
何がヤバイ、と思ったのか、とうとうその時はわからずじまいだった。
あまり気にしないことにして、ジョーは結局、選挙公示日、立候補の届けを出した。
 
 
 
フランソワーズ・アルヌールの美貌は、下級生にも結構伝わっていたらしい。
驚いたのは、同級生のジェット・リンクも立候補したと聞いたときだった。
 
「オマエだけにオイシイ思いはさせないぜ、ジョー!……抜け駆けは認めねえ」
「抜け駆け……?」
「トボけるなよ…ぼーっとした顔しやがって、抜け目ないヤツだぜ」
 
わけがわからない。
が、話を聞くうちに、要するに彼の目当ては「アルヌール先輩」であることがわかった。
ジョーは思わず脱力した。
 
「なんだよ……それなら、別に……」
「ん?別に、何だ?」
「……何でもない」
 
それなら、別に僕が立候補する必要なんてなかったじゃないか……と、ジョーは思った。
担任も、ジェットの動向には気づかなかったのか、それとも……
 
「とにかく、オマエが立候補するって聞いたからな、俺様もおとなしくしているわけにはいかなくなったのさ」
「あ。……そういうこと、か」
 
だったら、担任がうっかりしていたわけではない。
それにしても……
 
「君は、何に立候補したんだい?」
「えーっと。……カイケイカンサ、とか言ってたっけな、先輩」
「……」
 
会計監査。
 
マジか、とジョーは思う。
ジェット・リンクが。
会計監査。
 
――しかも、監査されるのは、僕だ!
 
ジョーは頭を抱えたくなった。
もちろん、冷静に考えれば、実害は何もない。
むしろ、彼が監査なら、会計は気楽なことこの上ない……のかもしれない、が。
 
「先輩って……アルヌール先輩が言ったのか?会計監査になれって?」
「ああ。ソレなら空きがあるってな」
 
大丈夫なのか、この生徒会。
いや、たぶん大丈夫ではない。
大丈夫ではないけれど……
 
「とにかく!…なんだか知らないが、この俺様に任せれば問題なし、ってことよ。先輩にもそのうちわかるだろうさ」
「……そう、だね」
「なんだよ、余裕だなオマエ」
「……別に」
 
 
3 
 
ジョーが予想したとおり、その後行われた立ち会い演説会も実に淡々としたものだった。
マトモに演説らしきことをしたのはフランソワーズ・アルヌールだけだったので、ジョーもあっさりと「島村ジョーです。一生懸命がんばります。よろしくお願いします」と、言っても言わなくてもいいようなコトだけを述べてさっさと演壇を降りた。こういう空気のときに、気張った演説をしても反感を買う可能性がある。
ジェット・リンクに至っては、「1年C組のジェット・リンクだ!よろしく!」で終わった。
 
それでも、全員が信任された。
さすがにジェット・リンクの票はやや少なめだったが、別に問題があるわけでもなく。
 
新会長フランソワーズ・アルヌールが、前生徒会長から生徒会旗を受け取り、高く掲げると、生徒たちの間に静かなどよめきが広がった。
たしかに、彼女は美しい……し、威厳もある。
わけのわからない不安をなお感じながらも、それだけはジョーも認めざるを得なかった。
 
第93期生徒会。
その始まりはごく穏やかで、波乱の気配すらなかった。
 
なかった……はずだった。
 



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