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  1   化石
 
化石なら、かみつかれることはない。
 
ロボット工学から考古学へと転身した旧友の思いを、かつてギルモア博士はそのように表現したという。
しかし、結局のところ、その考古学者はブラック・ゴーストの残党に利用され、命をおとした……のだとも聞いている。
 
考えるまでもないことだ。
化石は人にかみついたりしない。
ついでにいえば、ロボットだってそうだろう。
 
 
 
ピュンマが考古学の研究者となると告げたとき、仲間たちは皆、複雑な表情になった。
それは、物静かで理知的で粘り強い彼らしい選択であったが、同時に、ひどく無防備な選択でもあったからだ。
 
無防備というなら、それまでの中華料理店経営を続ける、グローバルなフランチャイズを目指す!という006のソレもかなりのモノだったが、彼はまったく楽天的だった。
 
「心配いらないネ!浮き世はあてにならないモノ、店がどんなに繁盛しようが、適当なトコロでご破算にできるヨ!」
 
浮き世はあてにならない、ということは、別の意味で、彼らの誰もが感じていることだった。
だからこそ、平和が訪れ、それぞれの国でそれぞれの生活を始めようとしたとき、彼らが第一に考えたのは、むしろその生活の「終わらせ方」だった。
 
――いつか、きっとまた、戦わなければならないときがくる。
 
その思いを彼らが忘れることはあり得なかった。
更に、問題はそこだけではない……と、ギルモア博士と001は告げた。
 
「諸君は、見かけ上の年をとることがない。たとえ、平和が恒久的に続いたとしても、フツウの人間としての完全な生活は難しくなるだろう」
「その点、多少なら、僕がサポートできるけど……限界はあるね」
 
仲間のある者たちは、軍や諜報機関に属することにした。
「いざというとき」に「消息不明」になることが比較的自然にできるからだ。
一方で、ギルモア研究所の維持と警備のために、世間から完全に身を隠すことを選んだ者たちもいた。
 
「考古学者?……大丈夫なのか、ソレ?」
 
名は売れるし、しがらみは多そうだし、長生きもできそうだぞ?と、002が戸惑いを隠すことなく尋ねたとき、ピュンマは笑った。
 
「大丈夫さ。……君たちとは違った意味でだけど、いつ死んでも不思議ではない国で働くんだ。何をやっても同じってことだよ」
 
その言葉に、009があからさまに表情を曇らせた……が、ピュンマは見て見ぬふりをした。
 
事実は事実だ。
それを認めないことには、先に進めない。
 
 
 
オマエたち「新しい人類」なのだ――と、かつて自分たちを改造した科学者たちは言った。
 
ギルモアがどう思っていたのか、問いただしてみたことはない……が、少なくとも彼は、自分たちを「人間」として扱おうとした。新しかろうが旧かろうが、同じ人間であることは間違いない、と。
 
「兵器」になるなど論外、「神」となるのもゴメンだ。
俺たちは、ただ「人間」でありたい。
 
それは、仲間達に共通の願いだったが、それと同時に、ピュンマの心にはいつもくすぶる疑問があった。
 
――しかし、「人間」とはなんだろうか?
 
敵として現れたサイボーグたちの中には、明かな「異形」の者も少なくなかった。
むしろ、生身のときと同じ姿を保つことの方が手間がかかることであり、それを守ったのはギルモアの個人的なポリシーであったのだということも、戦いを重ねる中で知った。
 
考古学を選んだのは、故郷に近い土地で最古の人類と思われる化石が発見されたからだ。
それはかなりわかりやすく、仲間達にも容易に説明できる理由だった。
が、ピュンマにはそれとは別の動機があった。
 
何万年という歳月を経て、ついに変わらなかったものだけが残り、俺たちの目の前に現れる。
それが、化石だ。
 
それなら。
俺たちは、何を残すのか。
最も旧い人類が最後に残したものと、新しい人類と言われた俺たちが残すものは……同じなのか。それとも、違うのか。
 
かつてあれほどまでに高く厚い壁に思われた肌の色の違いは、化石においては何の意味もなかった。
それは、サイボーグにとっても同じことだ。
ギルモアが彼の意志で自分に黒い肌を選択したように、もし自分が望めば、白い肌だろうが銀のウロコだろうが、ありとあらゆる可能性を選択することができる。
つまり、サイボーグ008である俺が今、黒い肌をしているのは、運命ではない。
ほかならぬ自分の意志で選んだ結果なのだ。
 
――が、俺にそれを「選ばせた」モノは、何だ?
 
黙々と発掘作業を続けながら、ピュンマは何度となく自分に問うた。
その答えが何であろうと、目の前に現れる化石には何の「色」もついておらず、その手がかりすら読み取れない。そのことも強く感じていたのだが。
 
俺たちは、常に何かを選びつつ、年を重ね、世代を重ねてきた。
その「意志」が力を失えば、選んだモノも少しずつそのカタチを失い、壊れていく。
そして、最後に残るのが……化石なのだ。
 
だとしたら。
ソレは「俺たち」に、どれくらい、似ているだろうか?
 
ピュンマは、それを確かめたかった。
 
 
 
大変です!……と、血相を変えた助手が飛び込んできたとき、何とも言いようのない不吉な予感がした。
それは、008として戦っているときに、何度となく感じた予感とよく似ていて、ピュンマは一瞬戸惑った。
 
「どうした?」
「あ、アレのことなんですが……」
「破壊でもされたのか?」
「いいえ、全て順調です……順調、なんですが……とにかく、来てください!」
 
助手の後を追い、発掘現場に駆け込んだピュンマは、思わず目を瞠り、言葉を失った。
 
「あの、つ……翼、です……よね?」
「……」
 
アメリカ人の学者が「天使」とつぶやいたのを皮切りに、その場にいた者たちは、口々に自分の信じるモノたち……神々の名を唱え始めた。
その中で、ピュンマはひどく覚めた気持ちで、咄嗟に翼を持つ「仲間」の一人を思い浮かべていた。
 
彼だけではない、自分も……他の仲間も、気の遠くなるほどの時間の果てに、どのような姿を残すのか。
何度となく浮かんでは鎮めてきた問いが、再び浮かび上がる。
 
――これは、「誰」の「意志」だ?
 
俺は、その「意志」を知っている……のかもしれない。
なぜなら……
 
ぼんやり周囲を見回し、動揺する同僚たちを見つめ、ピュンマは密かに拳を握りしめた。
 
そんなはずはない、信じられない……と、俺は言えない。
彼らのように驚き、畏れることができない。
なぜなら、俺は知っているからだ。
これが、何者かの「意志」によるものかもしれないことを、知っているからだ。
 
俺と……俺の8人の仲間たちだけは知っている。
それが、つまり「新しい人類」ということなのか?
 
 
 
化石は、かみついたりしない。
ロボットもそうだ。
 
問題は、そこに宿る「意志」なのだ。
もし、それがあるとするなら……だが。
 
「そうだね……少なくとも、ハッキリしていることがある。意志は、常に現在にあるものだ」
 
ピュンマの知らせを受けた赤ん坊は、考え考え、そう言ったという。
 
「カタチに惑わされてはいけない。化石だから過去のモノであると、すなわち無力だと、決めつけるのは愚かだ。過去のモノであるからこそ、現在の我々はそれに逆らえない。神話に逆らえないのと同じように」
 
だから、我々には、より大きな「意志」が必要だ。
その「意志」にのみこまれないために。
 
そう言ったという001の言葉に、ピュンマも自然にうなずいていた。
 
「それじゃ、今回は009を……呼ぶんだね?」
「ええ。……ただ、難しいことになりそうなの。原因はわからないのだけど、彼の記憶域にアクセスできなくなっていて……」
「それは……いつからだい?」
「つい最近。……偶然とは思えないわ」
「……そうか。007はちょっと時間がかかるようなことを言っていたが……俺の方は大丈夫だ。急いでそっちに行こう」
「ええ、お願い。004が明日着くそうよ。私はこれから日本に行くから……空港には、彼が迎えに行くわ」
「わかった。……無茶するなよ、003」
「ええ、わかってる。005も一緒だから、心配ご無用、よ」
 
受話器を置き、ピュンマは深く息をついた。
「時」が来たというのなら……こちらも、どう「終わらせる」か、だが。
 
いつ死んでもおかしくない国、とは言ったものの、いざそういうことになると、当然ながら簡単にはいかない。
が、今回は……不本意だが、実に簡単な方法がある。
 
「……『彼』の声が聞こえる」
 
ピュンマはつぶやいた。
驚いて振り向く助手に微笑し、立ち上がる。
 
「待ってください!先生!……あなたも、まさか!」
「大丈夫だ……コレは、俺にしか聞こえない『声』だからな」
「先生!何を言っているんですか?…気を確かにもってください!」
 
気を確かに……か。
そう言われてみれば、俺はもう既にどこか狂っているのかもしれない。
あのとき……「新しい人類」となり「生まれ変わった」ときに。
 
それでも、もう引き返すことはできない。
戦い抜くしかない。
しかし。
 
――それは、「誰」の「意志」だろうか……?
 
 


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