公園
 
とことことことこ。
……ぷち。
 
「うん、たんぽぽだねー」
 
ジョーの言葉に、にっこりしてから、フランソワーズは勢いよく白い綿毛に息を吹きかけた。
最後のひとつが飛ぶまで、何度も、ていねいに。
 
ぱちぱちぱちぱち。
 
ジョーが拍手すると、ぴょんぴょん跳びはねる。
 
「よし、じゃ、行こうか、フランソワーズ?」
 
とことことことことことことことこ。
……ぷち。
 
「あ。またたんぽぽ見つけたねー。すごいなー、フランソワーズ」
 
フランソワーズは得意そうに、精一杯手を伸ばして、手の中のたんぽぽをジョーに見せ…綿毛を吹いた。
 
ぱちぱちぱちぱちぱち。
 
「…あれ、ジョー?」
 
振り返ると、ピュンマが玄関口に立っていた。
 
「まだ…そんなところにいたのか」
「うん、ちょっと、たんぽぽに熱中してるところなんだ」
「……」
「フランソワーズ、ピュンマに『いってきます』ってしよう。ほら…」
 
いってきまーす。
 
ピュンマは仕方なく手を振り返した。
…さっきもやったけど。これ。
 
 
 
子供は野外動物だ。
 
ある日、ピュンマに真顔で言われてから、ジョーは生真面目にフランソワーズを外へ連れ出すようにしていた。
たしかに、よく動くなあ、と思う。
外で遊ばせるのは大事だ、としみじみ思うのだった。
 
ただ、なぜか彼女はあまり遠くに行こうとしない。
 
昨日はアリにひっかかった。
フランソワーズは玄関を出るなり、しゃがみこんでしまった。
 
一緒にしゃがんで眺めていると…たしかに面白い。
小さいアリに、攻撃をしかけてくる大きいアリを、その小さいアリの仲間が駆けつけて追い払った…顛末を見たときなど、かなり興奮した。
 
結局、二人は庭のあちこちを歩き回って、アリを追いかけ続けたのだった。
そして、今日はたんぽぽ。
 
「公園は、遠いなあ…」
 
ジョーはひとりごちた。
実は、目指しているのは公園なのだった。
 
ギルモア邸から歩くこと10分ほど。
小さな公園がある。
小さいながら、砂場と滑り台とブランコがあって、フランソワーズを遊ばせるにはいい場所だ、とジョーは思っているのだった。
 
ブランコに乗せてあげたり。
一緒に砂遊びしたり。
滑り台は…もし危ないようだったら、だっこして滑り降りればいい…けど、僕の体重で大丈夫かな。
…などなど、ジョーはアタマの中で、それなりにあれこれ計画を立てていた。
 
しかし、今はとりあえずたんぽぽなのだ。
 
 
 
翌日。
ジョーはひそかに決心していた。
 
昨夜、アルベルトにあきれ顔をされたのだった。
 
「コドモの言いなりになってどうする?…公園に行くなら公園に行く。はっきりしろ。彼女がふらふらしてるようなら抱いて連れて行けばいいんだ…ったく、オマエはどうしてこう……」
 
その先は聞かなくてもわかっている。
 
…今日こそは公園にたどりつかないと。
 
彼らのやりとりを、ピュンマが面白そうに見ていたことに、ジョーは気づいていた。
彼が参戦してきたら、絶対に逃げられない。
 
何かを見つけて駆け出そうとしたフランソワーズをひょいっと抱き上げる。
一瞬びっくりした顔になったフランソワーズだったが、ぽん、と軽く揺すり上げてやると、嬉しそうに笑った。
 
よーし、これで公園に直行だ!
 
走り出すと、フランソワーズはますます楽しそうにきゃっきゃとはしゃいだ。
 
きみって、こういうのが好きだったんだなあ。
そんなに楽しいって思ってくれるなら、もっとやってあげればよかった。
恥ずかしがらないで。
 
ふっと足が止まりそうになる。
ジョーは軽く唇を噛み、心で繰り返した。
 
大丈夫。
きっと元に戻る。
きみは、帰ってきてくれる。大丈夫だ。
 
「ほら、フランソワーズ、見える?公園だよ…すごいだろ?」
 
 
 
公園には先客がいた。
それも、かなり。
 
少なくとも、ジョーにはそう見えた。
 
砂場に二人、ブランコに三人、滑り台に二人。
そして、その子供達の母親らしい若い女性が五人。
 
…どうしよう。
 
ジョーは呆然と立ちすくんだ。
とても入っていけない気がする。
 
どうして入れないんだ?
何か困ることでもあるのか?
戦わなければならない相手というわけではあるまい?
 
アタマの中で、アルベルトに問いつめられているような気がして、ジョーはため息をついた。
 
戦わなければならない相手の方がマシだよ。
戦えばいいんだから。
どうしたらいいかわからないから困るんじゃないかっ!
 
この間ここを見たときは、誰もいなかった。
時間のせいか、曜日のせいなのか。
 
「…あら、可愛い〜!」
 
ジョーはぎょっと我に返った。
フランソワーズが、いつの間にか公園に入り込み、母親達に囲まれていた。
 
「こんにちは〜」
「ママは?」
 
フランソワーズはきょろきょろ辺りを見回し…
ジョーを見つけると、とことこ駆け戻ってきた。
 
数秒後。
ジョーの足にはフランソワーズがかじりつき。
ジョーの前には満面の笑みをたたえた母親たちがいた。
 
「あら〜パパと一緒だったのね〜」
「こんにちは〜」
 
「こ、こんにちは」
 
とにかくアタマを下げる。
じーっと見ていたフランソワーズもぴょこん、とアタマを下げた。
 
「まあ〜、おりこうね〜」
「お嬢ちゃん、おなまえは…?」
 
「フ、フランソワーズ…です」
 
パパ、という言葉がアタマの中でぐるぐるしていたが、どうすることもできない。
母親たちは一斉にジョーに視線を集めた。
 
「フランソワーズ…って、何語かしら?」
「フランス語でしょう?」
「フランスからいらしたんですか?」
「日本語、お上手そうですね」
「あ、ええと…僕は、その、日本人です」
 
「あら、それじゃ奥さまがフランスの方…?」
「え、え、えぇ〜っ?!」
 
…沈黙。
 
しまった。
つい、動揺して。
素っ頓狂な声で叫んでしまった。
 
…どうしよう。
 
どうしようもこうしようもない。
瞬時に決意を固め、ジョーはきっぱりと顔を上げた。
 
「そう…です。すみません、まだ…そう言われるの慣れてなくて、つい」
 
かわいい〜!
 
…というさざめきが、自分に向けられているということに、ジョーは気づいていなかった。
 
 
 
「ふうちゃん〜?なんだそりゃ?」
「だから…フランソワーズだから、ふうちゃん、なんだって」
 
しょうがねえな〜、と大げさにアタマを振るジェットの後ろから冷ややかな声がした。
 
「どこまで話したんだ?俺たちのことを」
「何も話していない…!」
 
ややムッとして、ジョーはアルベルトを睨み返した。
 
「どうだか…お前は友好的なヤツにはめっぽう弱いからな。それも、若い女とくれば」
「そういう言い方、よしてくれないか?」
 
ジェットがにやっと笑った。
 
「でもよ、話したワケだろ?…何て言ったんだ?」
「だから…後で困るようなことは言ってない。ごまかしたよ」
「そのごまかし方を聞いておきたい…そうだろ、アルベルト?」
「もちろん。だが、その動機が貴様と同じだと思われるのは迷惑だ」
「動機なんていちいち気にするなって…ま、そういうことだ、ジョー…言え」
 
…絶対言うもんか。
 
堅く口を閉ざしたジョーに、アルベルトはふん、と唇をゆがめ、ゆっくり言った。
 
「…妻は病気で療養中。面倒をみてくれる親戚のところに最近身を寄せたところ」
「聞いてたんじゃないかっ!!」
「オマエ〜、頼むからその性格どうにかしてくれよ、ジョー!」
 
ハッと口を噤んだが、遅い。
ジェットはなおも笑いながら言う。
 
「でもよ…マジでそう言ったのか…?フランが元通りになってからそいつらに出くわしたら、今度はどうやって言い訳するつもりなんだ?」
「……え?」
「妻の病気は治りました…で、あのお嬢ちゃんは?」
「…あ」
 
目を丸くしたジョーに、凍るような声が降った。
 
「死んだと言えばいいだろう」
「…簡単だな、アンタは」
 
 
 
ふうちゃんとふうちゃんパパは、すぐに公園の人気者になった。
 
実のところ、もう公園には二度と行くまい…と、ジョーは心を決めていた。
アルベルトとジェットに言われるまでもなく、「フツウの人々」と関わることは、どう考えてもトラブルのもとなわけで。
…が。
 
フランソワーズが公園をいたく気に入ってしまったのだった。
 
朝食がすむと、フランソワーズはちょこちょこジョーの足元に駆けてきて、じっと訴えるように見上げ。
やがて、玄関へ駆けだしていく。
 
しばらく無視して、諦めるのを待つのだけど。
いつまで待っても、フランソワーズは帰ってこない。
仕方なく、玄関へ向かうと、フランソワーズはドアにぴったりくっつくように立っていて…足音に気づくと、静かにジョーを振り返った。
 
彼女は、モノをねだる、ということをなぜかしなかった。
ぐずることも滅多にない。
ただ、その大きな青い目でじーーーっと見つめるだけで。
 
……陥落。
 
公園へ向かう二人の後ろ姿を眺めながら、いいかげんにしろ、と誰もが心で叫んでいた…が。
実際にそう叫んだ者はいない。
 
あの大きな青い目でじーーーっと見つめられることに、果たして自分なら耐えられるのか。
ジョーを責めることができるのか。
 
死神でさえ、それはおぼつかない…と思わざるを得なかった。
 
 
 
せめて、付き合いの深入りはするまい。
母親たちの間では、なるべく口を開かないように注意しながら、それだけをジョーは心に念じ続けていた。
 
…はずだったが。
 
一昨日はまーくんママのお買い物の手伝いをして。
昨日はさきちゃんママが布団屋さんに綿の打ち直しをしてもらう座布団をもっていくのを手伝って。
今日はたっくんママの家にお呼ばれだったりするのだった。
 
アルベルトにバレたら、マジに機銃掃射をくらうかもしれない…と思いながらも、ジョーは彼女たちの依頼やら誘いやらを断りきれなかった。
…だって。
 
まーくんママのトコロでは、パパが毎日仕事で忙しくて、買い物に付き合うどころではないのだ。
まーくんママは、まーくんを連れて、大荷物を運ばなければならないときもある。それが、ものすごく危なっかしいというか気の毒というか。
見て見ぬふりなどジョーには到底できないのだった。
 
さきちゃんママのトコロには、体を悪くしたおばあちゃんがいる。
昔風の家事が信条の、気むずかしいおばあちゃんで、座布団の綿くらい、自分で打ち直すのが当たり前…と思っているのだった。
だから、布団屋さんを呼んで、座布団を取りにきてもらったりしたらもうタイヘン。
パパだって、こういうことについては、おばあちゃんの味方だったりする。
たしかに、布団屋さんに頼むよりはずっと安上がりなわけだし。
 
体が思うように動かなくなってから余計に気むずかしくなったおばあちゃんとさきちゃんの世話で、さきちゃんママは、傍目にも疲れ果てているようで。
おばあちゃんに見つからないように、こっそり座布団を運び出して、布団屋さんに持っていく…という仕事を、ジョーは買って出てしまった。
 
そして。
 
たっくんママは、いつも公園に手作りクッキーやケーキを持ってきてくれるのだった。
とってもおいしい。
そのクッキーを囓って、目をまん丸くしたフランソワーズの笑顔がまるで天使のようだと母親たちは盛り上がり。
 
それじゃ、お茶会をしましょう、シュークリームを作るから!
 
…というたっくんママに、ジョーは結局逆らえなかった。
 
張々湖のゴハンは、たしかにおいしい。
めちゃくちゃおいしい。
でも。
ママの手作りお菓子というのは、それとは違う。
絶対違うのだ。
 
それに憧れる気持ちは、ジョーには痛いほどよくわかっていた。
それをフランソワーズが望んでいるなら、叶えてやりたかった。
どんなことをしても。
 
 
 
たっくんママの家は、明るい庭のある一軒家だった。
 
話から、家事の得意な人なんだろうな、と想像していたとおり、家は隅々まで手入れが行き届いていたし、花や調度の飾り方もさりげなくて手慣れた感じだった。
 
もちろん、フランソワーズだってかなりの家事上手なのだけど。
僕たちの研究所はやっぱり、フツウの家庭とは言えないんだな…と、ジョーはぼんやり思った。
なにか、雰囲気が違う。
 
パパとママと、たっくんと。
愛情だけで結ばれた家族がみんなで守っている小さい城。
思えば、フツウの幸せな家庭に招待されたのは生まれて初めてかもしれない。
 
すすめられたソファに腰掛け、遊んでいる子供達を眺めながら、ジョーはひそかにため息をついた。
 
きみは、きっとこういうトコロで育ったんだね。
そして、本当だったら、こういう家庭を築いているはずだったんだ。
ブラックゴーストさえいなければ。
僕に、逢ってさえいなければ。
 
僕は、きみが好きだけれど。
何にもかえがたいくらい好きだけれど。
きみが幸せになれるなら、死んだってかまわない。
 
本当に、きみが好きだよ、フランソワーズ。
…でも。
 
どんなに君を好きでも。
僕の命をあげたとしても。
 
僕には、君にこういう家をあげることが、きっとできない。
 
声をかけられ、ジョーは我に返った。
目の前に、真っ白な粉砂糖のかかったシュークリームと、いい香りの紅茶が並べられている。
砂糖をかけたのはたっくんなのだと、たっくんママは嬉しそうに笑った。
 
前、フランソワーズがシュークリームを作ってくれたとき。
粉砂糖をかけるのを手伝ってみたかった…けど、恥ずかしくて言い出せなかった。
 
恥ずかしくて…と思っていたけれど、違うのかもしれない。
コレは、もともと僕には手の届かない…してはいけないことだった…のかもしれない。
…だったら。
やってみたい、と言わなくてやっぱりよかった。
 
戦闘服を着ていないときのきみを抱きしめたい、と何度も思った。
思ったけど、できなかった。
それで、よかったんだ。
 
「あの…奥さまのご容体は、いかがですの?」
「…え」
「そう…よね、気になさったらごめんなさい…でも、私たち、心配で」
「あ…ありがとう…ございます…」
「なにか…むずかしいご病気…なのかしら?」
「……」
 
何と言えばいいのかわからず、ジョーはうつむいた。
 
もし、きみが帰ってこなかったら。
ずっとこのままの姿だったら…いや。
このままじゃない。
 
きみは、少しずつオトナになって…そして、いつか。
 
「あ…ご…ごめんなさい…変なこと、きいてしまって」
「い、いえ…そんなことはない…です、あの」
「こらー!何してるの、たっくんっ?!」
 
いきなり頓狂な声を上げたたっくんママにつられて、母親たちはばっと振り返った。
たっくんとまーくんがとっくみあいのケンカをしている。
 
「やめなさいっ!たっくん!」
「まーくんっ!髪の毛ひっぱっちゃダメっ!」
 
半泣きになりながらもつれあっている二人を、それぞれの母親が懸命に引き分けると、二人は火がついたように泣き出した。
 
「ふうちゃんはぼくのおよめさんだもん〜!」
「ぼくのだもん〜!」
 
…え?
 
母親たちは一斉に吹き出した。
 
「何ケンカしてるのよ〜!」
「や…やっぱり男の子ねえ〜」
「ね、ふうちゃん、どーする?…たっくんとまーくんと、どっちが好き?」
「どっちのお嫁さんになる?」
 
フランソワーズは目を丸くして二人を見つめていた。
両手に、二人からもらったミニカーと小さい怪獣を握りしめて。
…やがて。
 
フランソワーズは、ミニカーと怪獣を放り出し、ジョーに駆け寄ると、その足にしがみついた。
 
 
 
そろそろ帰らないと…叱られるよな。
ピュンマが心配する。
アルベルトだって…ジェットだって。
 
ジョーは膝の上で眠っているフランソワーズの髪を手でそっと梳きながら、海に落ちる夕陽を見つめていた。
 
たっくんの家の居間で、フランソワーズはすうすう寝付いてしまった。
それを潮時に、たっくんママに礼を言って辞去したのだけれど。
 
いつもの研究所の居間で目覚めたとき、彼女はどんな目をするのか。
そう考えると、帰れなかった。
ぐずぐずしているうちに、こんな時間になってしまった。
 
ばかげてる、と自分でも思う。
フランソワーズにとって、研究所こそが住み慣れた家だ。
どんな目もこんな目もない。
 
…でも、もし。
 
 
ふうちゃんがたっくんとまーくんにプロポーズされたと聞いたとき、ジョーが実に情けない顔をした、というので、母親たちはまた笑った。
 
「もう〜、今からそれじゃ、ふうちゃんもタイヘンねぇ〜」
「ふうちゃん、パパのおよめさんになってあげる?」
 
 
パパ…なら、まだいいよ。
親子の絆が切れることなどあり得ないはず。
…でも。
 
ジョーは不意に、眠るフランソワーズをぎゅっと抱きしめた。
 
ダメだ…!
 
もし、きみが目覚めて…悲しい目をしたら。
あの温かい居間を懐かしむ目をしたら。
 
僕は、きみを閉じこめる。
 
きみの好きなお日さまも、たんぽぽも、アリも、公園も、もう見せない。
時間だって、止めてやる。
きみは、あの研究所で…ずっと、僕のそばで。
 
だって。
僕はきみがいなければ…
 
ごめん、フランソワーズ。
全部、嘘だった。
 
きみの元気な笑顔が見たい…って思ったのも。
きみの望みを叶えるためなら、なんでもする…って思ったのも。
きみが幸せになれるなら、僕の命だって惜しくない…って思ったのも。
 
全部、嘘だ。
本当なのは、たったひとつ。
 
僕は、きみが好きだよ、フランソワーズ。
 
それだけ…それだけが、僕がきみにあげることができる、本当のことだ。
 
もう、公園には行かない。
きみがどんなに悲しい目をしても。
僕は、きみを閉じこめる。
 
だから…僕のことだけ見て。
 
ごめん、フランソワーズ。
 
 
10
 
ある小さい地方都市に、サイボーグたちは集結していた。
奇妙な事件が起きている。
たぶん、なんでもない事件だと思われたが…万一ということもある。
 
もっとも、006や007はちょっとした観光旅行のつもり、ぐらいのノリできているらしい。
 
戦いに備え、買い出しの最中。
不意に、見知らぬ若い女性に声をかけられ、フランソワーズは首を傾げた。
 
「ご病気、よくなられたんですね…奥さま。まあ…ほんとにキレイな方…ふうちゃんそっくり…!」
「あ…!」
 
目を丸くしたジョーに、女性は懐かしそうにうなずいた。
 
「急に姿が見えなくなって、心配していたんです…その節は、本当にお世話になりました…私、あの頃が一番辛かったんです…ご親切にしていただいて、とっても嬉しかった…本当のことを言うと、あの頃、あそこでお会いできることだけが、心の支えになっておりましたの…どうお礼を申し上げたらいいか、わからないですわ」
「…あ…あの…ええと」
 
ひたすらうろたえるジョーに苦笑し、女性は丁寧にお辞儀をして去っていった。
 
あ、あれは…ええと、たしかさきちゃんママ…だっけ?
 
数年前の記憶を懸命にたどっているジョーを、フランソワーズはじっと見つめ…短く言った。
 
「ゆっくりお話しなくて…いいの?ジョー」
「…え?!」
「懐かしいヒト…なんでしょう?」
 
ちょ…ちょっと待ってくれよ、フランソワーズ!
 
これはマズイ、マズすぎる…と思うものの、何からどう説明してよいやら、わからない。
フランソワーズは、突然元の姿に戻ったとき…コドモの姿だった間の記憶は失っていた。
しかも、あれから何年も経っているし…
 
「姿を消すときは、ちゃんと理由をつけておかないと…気の毒だと思うわ」
「あの…あのさ、フランソワーズ」
「…私…ヤキモチ妬くような立場じゃないし…あなたが誰と何をしていても…何も言えないけど」
「だから、待ってくれよ!僕の話、聞いてくれないか?」
「でも、お付き合いするときに、できたら、私のことなんて何も言わないでいてほしいわ…どうして…病気の…奥さま、だなんて…」
「誤解だよ…!彼女は、その…」
 
説明しようとして、ジョーはうっと言葉につまった。
 
そうだ。
彼女は、さきちゃんママ…なんだけど。
でもって、たしか気むずかしいおばあちゃんがいて…それから。
考えてみれば、名前も何も聞いたことがなかった。
彼女はつまり、公園のさきちゃんママなわけで。
 
…ええと。
 
もごもごしているジョーを悲しそうにちらっと見上げ、フランソワーズはすたすた歩き始めた。
 
「フランソワーズ…!」
「嘘つき…!」
「違うってば…ええと…それは確かに、嘘といえば嘘なんだけど…」
「もう知らない…聞きたくない…!」
「だから、僕はその、座布団を布団屋さんにもっていってあげただけで…」
「わけのわからないこと言わないで…!」
 
ジョーの手を振り払い、荷物を押し付けて、フランソワーズは駆けだしていった。
駐車場では、アルベルトが待っているはずで。
 
…ヤバすぎるっ!
 
ジョーは加速装置のスイッチを入れた。
 
 
11
 
どっちにしても機銃掃射を浴びることになるのだとしたら。
これが最善のパターン…という気がする。
 
「ずるい…いつも…いつもそうやってごまかして…!」
 
涙ぐむフランソワーズにジョーは再び唇を重ねた。
 
荷物は駐車場の入口辺りでめちゃくちゃに散らばっているはずだった。
アルベルトのことだから、気づけば片づけないではいられないだろうし。
壊れものはたしか混ざってなかったから、物的損失もほぼゼロだと思う。
 
察しのいい彼が舌打ちしつつ荷物を集めてクルマに乗せ、エンジン音も荒く駐車場を出て行くのが目に見えるようで、ジョーは小さく笑った。
 
…いや、笑い事ではないんだけど。
 
「…教えて…あのヒト…誰なの…?どうして…」
「僕の話なんて…聞いてくれないくせに」
「…そんなこと…!」
 
聞く必要なんてない…教えてあげるから。
僕がきみに伝えることができる、たったひとつの本当のこと。
 
好きだよ、フランソワーズ。
 
更新日時:
2003/07/11

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Last updated: 2003/8/11