誕生日が2月29日であると、張々湖が初めて知ったのは、サイボーグになってからだった。
ヨコハマに中華料理店を開こうと、001の助けを借りながら必要な書類を「作って」いるときに気づいた。
そのとき、「ほう」と思った…かもしれないが、とにかく忙しかったので、よく覚えてはいない。
 
張々湖自身はそれきりそのことを忘れていたし、001も、それを誰かに語りはしなかった。
その後、仲間の中で、初めてそれに気づいたのは、やはり003だったか…もしかしたら、009だったのかもしれない。
それ以後、4年に1度のその日を仲間たちはなにか貴重な記念日のように尊重してくれるのだった。それは、張々湖には思いがけず嬉しいことだった…のだが。
 
そうやって開かれた、何度目かの誕生パーティの席で、はじめにソレを言い出したのは、002だった。
自分の誕生日にまで厨房に立たせるのでは、大人が気の毒だ。
4年に1度のこの日ぐらい、俺たちが順番に「恩返し」をしたらどうだろう、と。
 
そして、彼は4年後、ともかくも言い出しっぺの責任を果たした。
誰もが危惧したその日のテーブルは、意外にも比較的マトモだった。
 
4年かければ、人は大抵のコトができるさ。
まして、俺たちはサイボーグなんだしな。
 
002は得意そうに嘯いた。
 
彼らの生活は決して平坦なものではなかったが、なぜか、4年に1度のその日は、全員が集まり、ゆったりとした時間をすごすことができるのだった。
順番が回ってきたとき、どうにかその責を果たした007は、なにもかも「2月29日の奇跡」であろう…と、厳かに語った。
 
そして、24年目。
 
烈しい戦闘の中で行方不明になった009を、サイボーグたちは懸命に捜索していた。
頼みの001は脱出のとき力を使い果たしていたし、003の目と耳も限界を超え、既に使い物にならなかった。
しかし。
 
「心配いらないわ。だって、今日は2月29日ですもの」
 
まぶたを閉ざしたまま、003は穏やかに微笑した。
たしかにそうだ、とサイボーグたちも思ったし、もちろん、009もそう思っているだろう。
 
「張大人、ジョーを甘やかしちゃ駄目よ…どんなケガをしていても、これは、あの人の義務なんですから」
「もちろん、わかってるヨ、フランソワーズ…ワイもずっとずっと楽しみにしていたアルからね。なんたって、今日を逃したら次のチャンスは28年後アル!」
「…ホント…本当、ね」
「ワタシたち、そのときも一緒にいるアルね……今日のように」
「ええ」
 
 
数時間後。
海底に沈んだ敵艦のスクリューにマフラーを巻き取られ、身動きできなくなっていた009が救出された。
彼は重傷を負い、意識も失っていたが、幸い命に別状はなかった。
 
そして、どういうわけか、滅茶苦茶にこんがらがった彼のマフラーの中に、一匹の見事な鯛が絡め取られていたのだった。
008からソレを受け取るや、張々湖は上機嫌で厨房に入った。
009が目ざめたら、極上のサシミをふるまうのだ…と。
 
それもまた、2月29日の奇跡なら。
28年待つことなど、彼らにはたやすいことに違いないのだった。