2005/2/16

おくりもの


 
受話器を下ろしかけた手をぐっと握りしめ、ジェットは大きく息を吐いた。
呼び出し音が鳴り始める。
 
出ない。
まだ昼間だから、まさかアレってこともないだろう…と思ったんだが。
やばかったか?
 
呼び出し音は鳴り続けている。
切った方がいいのかもしれない…しれない…が。
 
「アロー?」
「あ…俺だ、フランソワーズ」
「まあ、ジェット…?」
 
明るく弾む声に、まずほっとする。
 
「悪いな、取り込み中だったか?」
「え…?何もしていなかったわ、大丈夫よ…どうしたの?」
「いや…どうしたのって…今、ジョーいるか?」
「いいえ…?」
 
……へっ?
 
「どうしたの、ジェット…まさか、また何か…あったの?」
「い、いや違う…違うって…」
「隠さないで、私だって003なのよ!」
「違うって言ってるだろうが!…あぁ、なんだ、俺はそーゆーときしかオマエに電話しちゃマズイのかよ?」
「あ。そんな…つもりじゃ…」
「そっちに寄らせてもらっても大丈夫か、ちょっと聞きたかったんだが…」
「あなたが…?パリに?」
「ああ」
「本当!…嬉しいわ、いつ?」
 
何となく深呼吸する。
 
「これから…じゃマズいか?」
「…え?」
 
短い沈黙があった。
 
「ジェット…どこに来てるの?もう、パリにいるの?」
「いや…先約があるならいいんだ。ちょっと思いついただけだからよ」
「約束…あることはあるけれど……」
 
…だろうな。
 
ふっと肩の力が抜けた。
そりゃそうだろう。
…が。
フランソワーズは、ちょっとためらってから言った。
 
「でも、アルベルトもあなたに会いたいんじゃないかと思うわ…うちでいいかしら。狭い部屋だけど、来てくれる?久しぶりにお話したいわ」
「……」
 
待て。
待てよ、フランソワーズ。
いま、何て言った?
アルベルトだぁ?
 
聞いてねーぞ、そんな話っ!
 
 
 
「…で。なんでオマエがここにいる?」
「それはこっちが聞きたいぜ」
 
お互い、久しぶりに会った旧友に対する態度ではなかった。
うさんくさそうな灰青色のまなざしを、ジェットは怯まず跳ね返した。
 
「言っとくが…俺は、これでも、ジョーのことはちょっとトロい弟分ぐらいに思ってるわけだ」
「…ふん?」
「確かに、アイツはトロい!だが、ここまでコケにされちまったら、黙って見過ごすわけには……」
「コケに…?ジョーが?俺にか?」
「とぼけるな…!」
「オマエの話はさっぱりわからんな」
 
ジェットはぐ、と唇を噛んだ。
 
「…それならハッキリ言ってやる。今日は何日だ?」
「1月24日じゃないのか、それがどうした?」
「だから、とぼけるんじゃねえっ!」
 
思わず声を荒げたとき、フランソワーズがお茶をもって入ってきた。
にらみ合う二人に、きょとん、と首をかしげる。
 
「…どうしたの?…いやね、会うなりケンカ?」
「いや…?なにか誤解があるようなんだが…フランソワーズ、1月24日がどうかしたのか?」
「ば、ばかっ!」
「1月…24日って……あ、ジェット、覚えていてくれたの?」
「…いや、別に…その」
「嬉しいわ…!あのね、誕生日なのよ…今日、私…」
「なんだって…?」
 
アルベルトは呆れたようにジェットとフランソワーズを見比べた。
ジェットはむっつりと黙り込んでいる。
 
「そういうことか…なるほど、オマエが花を持ってくるなんざ、珍しいことがあると思っていたら…」
「あ!そうだったのね、ジェット…?もう、言ってくれればよかったのに…ありがとう!」
 
フランソワーズはさっきジェットから手渡され、窓辺に置いたスノードロップスの寄せ植えを、いっそう大切そうに両手で捧げ持った。
 
「いや、すまん、フランソワーズ…すっかり忘れていた。何も用意していないが…」
「そんなこと…!来てくれたのが一番嬉しいのに…それに、あんな見事なアイスバイン、初めて見たわ…アルベルトのおかげで、素敵なディナーができるわね」
「…アイスバイン?なんだ、そりゃ?」
 
けげんそうなジェットに、アルベルトは小さく息をついた。
 
「モノを知らないアメリカ人に食わせるのはもったいないな」
「ンだと…?!」
「アルベルトったら…!」
「…が、花に免じてカンベンしてやろう」
「何を、エラそうに…!」
「そこまでよ、ジェット、アルベルト…本当にケンカはやめてちょうだいね」
 
どこか楽しそうに、フランソワーズは男たちをたしなめた。
 
 
 
ジョーはイギリスにいるはずだ、というフランソワーズのさりげない言葉に、ジェットはたちまち眉をひそめた。
 
「なんだ…すぐソコにいるんじゃねえか」
「あなたにとってはそうかもしれないけど…そうだわ、ジェット、ちゃんと飛行機使って来たんでしょうね?」
「ったりめーだろ、こんな何でもないときに疲れるコトやってられっかよ」
 
くすくす笑うフランソワーズを、しかし、アルベルトも気遣わしげにちらっと見た。
 
「で、なんでヤツはイギリスに?」
「ネッシーの取材なんですって」
「ネッシーだぁ?何やってんだ、あいつ、今?」
「雑誌記者だって…言ってたけど……そうよね、何の雑誌なのかしら」
「まあ、たしかに元々変わったヤツだが…」
 
フランソワーズは立ち上がり、棚から絵はがきを数枚取り上げ、ジェットとアルベルトに示した。
 
「この間はヒマラヤに雪男の取材に行ったみたい。今度は、はじめにストーンヘンジで、それからネス湖なんですって」
「ふーーん?」
「しかし、ネッシーがいるとしたら、恐竜だろう。冬は冬眠してるんじゃないのか?」
「そうねえ……?」
「なんかヤバそうじゃねえか、その雑誌?」
 
3人はなんとなく黙り込んだ。
フランソワーズがぽつん、と言う。
 
「きっと、ジョーには考えがあるのよ」
「考え?どんな?」
「わからないわ……でも、あの人は、一番危険な目に最初に遭うのはいつも、自分でなくちゃいけない…って思っているでしょう」
「それがネッシーや雪男とどう関係あるんだ?」
「それもわからないけど…イワンが何か言ってるのかもしれないし」
「…フランソワーズ」
「私…ワガママなことをしているわ。わかってる…ホントは日本で、イワンや博士やあの人の手助けをしなくてはいけないのに……」
「あのな、オマエはいつもアイツを買いかぶりすぎるんだよ!」
 
あきれたように言い放つジェットに、アルベルトもうなずいた。
 
「アイツはコドモの冒険マンガを熱心に読んでるようなヤツだぞ?心底そういうモノが好きなんだろうさ…男なんて、そんなもんだ。まともに心配すると馬鹿をみる」
「…もう、ヒドイわね、二人とも…!」
 
軽くにらむようにしながらも微笑むフランソワーズに、アルベルトはわずかに表情をゆるめ、立ち上がった。
 
「それじゃ…悪いが台所を借りるぜ」
「え…?」
「最上のアイスバインには、それなりの調理法ってもんがある」
「アルベルト…?」
「ジェット、ちょっとコイツをどこかへエスコートしてこい…そうだな、2時間ってとこか…」
「待てよ、まさか、てめーが料理しようってんじゃ…」
「そんな、いいのよ、アルベルト…だって」
「ただの手みやげのつもりだったが、バースデーディナーとなれば話は別だ。いいから行ってこい」
 
あっという間にフランソワーズとジェットは部屋を押し出されていた。
 
「…ったく、相変わらず強引なヤツだぜ」
「せっかく来てくれたのに…悪いわ」
「ほっとこうぜ…ああいう性分のヤツなんだ…で、どうする?2時間…」
「お散歩しましょうよ…めずらしくいいお天気だし」
 
おさんぽ、ねえ…と肩をすくめるジェットにかまわず、フランソワーズは軽い足取りで歩き始めた。
 
 
 
あと1時間…ってとこか。
 
ジェットはぼんやり思った。
とりとめのない話をしながら広い公園を二人でぶらぶら歩き回り、ようやくオープンカフェに落ち着いたところだった。時計を見て確かめたいところだが、一応我慢…していると、フランソワーズがいきなりコートの袖をまくり、腕時計を見た。
 
「あと1時間ね…お茶をのんだら帰りましょう」
「……オマエ」
 
思わずため息をついたジェットを、フランソワーズはけげんそうに見やった。
 
「どうしたの?」
「デリカシーのない女だな!デート中に時計見るやつがあるかよ?」
「…まあ!」
 
フランソワーズは目を丸くすると、くすくす笑った。
 
「ごめんなさい…つい…ジョーはこういうこと、気にしないから」
「…だろうな、ってかアイツなら自分でもやるだろう?」
「ふふ、そうね…そういえば、私も、はじめはヒドイって思ったかもしれないわ…」
 
気をつけます、ごめんなさい…と、フランソワーズはおどけて頭を下げ、運ばれてきたコーヒーカップを両手で持ち上げた。
 
ジョー…か。
 
声に出しそうになり、少しあわてたジェットは、なんとなく彼女から目をそらした。
 
まあ、昔からコイツはそうだ。
ヤツのことしか目に入っちゃいないんだよな。
…だが。
 
「アイツ、たまにはこっちに来るのか?」
「ジョーのこと?…そうね…夏に一度、来てくれたわ」
「一度かよ?」
「忙しいのよ、彼…それに、日本は遠いわ」
「たとえば、今はどうなんだ?イギリスなら結構近いぜ?」
「しつこいわねえ…気楽に寄れるほど近くはないでしょ?第一、遊びで来ているんじゃないのよ」
 
そうか?
イギリスとフランス…って言ったら、一応トンネルでつながってるんだぜ?
もちろん、ソコをサイボーグが駆け抜けちまったらいろいろマズイだろうが…バレなきゃどうってこたぁねえ。
 
俺なら…いてもたってもいられなくなるがな。
惚れた女が、ちょっと飛べば手の届くところにいるんなら。
 
「あのハガキ、先月の日付のもあったよな…アイツ、ずーっとホテル暮らしなのか?」
「それがね…なんだか、あちこち転々としてるみたいなの…テントを持って」
「…野宿してるのかぁ?」
「その方が気楽なんですって…それに、時々親切にしてくれる人もいるから大丈夫って…」
「親切に…?」
「ええ…食事に招待してくれたり、気の毒だからって、家に泊めてくれたり」
「なるほど…童顔だからな、アイツ…かわいそうに見えちまう…ってことか」
「ふふ、そうかもしれない」
「『かわいそうったあ、惚れたってことよ』って、しってるか、フランソワーズ?」
「いいえ…?日本語?」
「たぶんな」
「おもしろい言葉ね…そういうことも、あるかもしれないわ…ジョーなら」
 
それきり黙り込んだフランソワーズを、ジェットが探るようにのぞいた…とき。
いきなりふっと顔を上げ、彼女は微笑んだ。
 
「今、私のこと、かわいそうだなって思ったでしょう、ジェット…ね、惚れた?」
「ばーか!早く飲んじまえ。そろそろ出ないと遅れるぜ…ドイツ野郎は時間にやかましいからな!」
 
 
 
どうしたら、こんなにおいしくできるの?というフランソワーズの讃辞を、アルベルトは笑って聞き流した。
 
「たしかに…うめぇな」
「当たり前だ」
「オマエ、今度俺んとこにもメシ作りに来いよ?」
「薄気味悪いことを言うな。それにケチャップの味しかわからんヤツに料理なんざ、するだけ無駄なことだ」
「コレにケチャップかけたい、なんて、まだ一言も言ってないぜ?」
「…ためしに言ってみるか?」
「…いや」
 
氷のようなまなざしに、ジェットが肩をすくめたとき。
うつむいて笑いを押し殺していたフランソワーズが、ふと顔を上げた。
 
「どうした?」
「ごめんなさい…ちょっと…」
 
フランソワーズは立ち上がり、部屋を出て行った。
やがて、廊下から小声が聞こえてくる。
1分もたたないうちに、ごめんなさいね、と戻ってきた彼女は、きょとん、と二人を見た。
 
「どうしたの、二人とも…変な顔して?」
 
まじまじと見つめられている。
フランソワーズはなんとなく頬を赤らめた。
 
「やだ…私、何か…おかしい?」
「いや…おかしくはないが…今の電話、アイツからか…そうだろ?」
 
フランソワーズはますます頬を染め、黙ってうなずいた。
奇妙な沈黙が落ちる。
 
「…で、ヤツは、なんて?」
「誕生日、おめでとう…ですって」
「まだネス湖にいやがるのか?」
「そうみたい…でもテントじゃないらしいわ。久しぶりにあったかい夕ご飯を食べた…って言ってたから」
 
再び、沈黙。
唐突にソレを破ったのは、ジェットだった。
 
「よし!オマエにとっておきのプレゼントがある!」
「…え?なに、どうしたの、ジェット…?」
「いいから来い!」
「来いって…どこに?待って、まだディナーが…!」
「そんなモンよりいいモノをやるからよ…!」
「そんなモンとはなんだ、この野郎!」
 
怒鳴りながらも、アルベルトは彼を止めなかった。
フランソワーズの腕をつかみ、ぐいぐいひっぱって外に出る彼のあとを、アルベルトは無言で追った。
 
「このへんで…いいか」
「ジェット…?」
 
あたりに人目がないのを確かめ、ジェットはフランソワーズを抱え上げた。
 
「何するの、離して、ジェット…!」
「いいもんやるぜ、フランソワーズ…とびきりのな。おとなしくしてろ!」
「やだ、離して…あ、アルベルト、助けて…!」
 
駆け寄るアルベルトを、ジェットは鋭くにらみつけた。
 
「邪魔はさせないぜ」
「馬鹿か、オマエは!」
「うるせ……んっ?」
 
アルベルトは羽織っていたコートを脱いだ。
 
「コイツはオマエと作りが違う。こんな格好のままで飛んだら、よくて風邪か…下手すりゃ肺炎だ。あっちでジョーに殺されたいか?」
「…う」
「アル…ベルト?」
 
不安そうに見上げるフランソワーズをしっかりコートで包みこみながら、アルベルトは軽いキスを彼女の額に落とし、ヤツによろしくな、とささやいた。
 
「こ、この野郎!どさくせに紛れて……」
「無事に連れて行けよ」
「言われなくたってな!」
「フランソワーズ、このコートは返さなくていい。どうせ使いものにならなくなるだろうしな…それが俺のプレゼントだ…ってことにしておこう」
「アルベルト、あの…ジェット…?」
「そういうことだ、イギリスまでひとっ飛びするぜ…しっかりつかまってろ!…おっと、そうだ、その前に俺も…」
「…っ?…待て、ジェット!」
「るせーな、てめーもやったくせに…」
「そうじゃない、待て!」
 
アルベルトの制止を無視して、フランソワーズの頬に唇を当てた瞬間。
すさまじい殺気を感じ、ジェットは動けなくなった。
 
「誘拐ごっこかい、二人とも?」
 
柔らかく、あくまで穏やかなその声。
動けないまま、ジェットは近づいてくる足音と、落ち着きはらって答えるアルベルトの声を聞いていた。
 
「まあ、そんなところだ。身代金は、高いぜ?」
「…そうだろうね」
 
ジョーは微笑し、ジェットからフランソワーズをさりげなく抱き取った。
 
 
 
彼女の小さな居間に、防護服はどうにもこうにも不調和だった。
が、それを気にとめる風もなく、ジョーは静かにコーヒーを飲み、ひさしぶりだね、と目を細めて3人を見やった。
 
「オマエ、加速してきたのか?」
「うん」
「トンネルをか?」
「うん」
「ジョーったら…!どうしてそんな無茶を……」
「だってさ、二人がココにきてるって聞いたら、行かないわけにいかないだろ?」
 
無邪気に笑うジョーに、フランソワーズは小さくため息をついた。
 
先週の電話のときは、行きたいけど無理だな、ごめん…って言ってたくせに。
私の誕生日より、仲良しの二人に会うことの方が大切なのよね、あなたって……
 
「じゃ、俺たちは退散するか」
「え…お部屋、用意してるのよ…!」
「コイツも泊まるんじゃ、足りないだろう」
「あ。僕なら、心配いらないよ、ジェット…だって……」
「だって、じゃねえ…!オマエ、まさかこの期に及んで帰るとか間抜けなこと…!」
「客間とお兄さんの部屋、使えるんだろう、フランソワーズ?…だったら、二人とも泊まれるよ…だって、僕はいつも…」
「ジョー…?」
「…けっ!やってられるか……いくぞ、ジェット!」
「なんだよ?おい、離せ、アルベルト…!」
 
ばたん、と扉が閉まった。
何かわめいているジェットの声が遠ざかっていく。
やがて、そっと後ろから抱きしめられ、フランソワーズは身を固くした。
 
「やっぱりここまでくるのはちょっと疲れたかな…フランソワーズ、悪いけどすぐ休ませてもらっていいかい?」
「……」
 
甘えるようなささやき。
が、彼女は邪険にジョーを振り払おうとした。
 
「フランソワーズ?」
「しらない、ジョーなんて…!あんなこと言うから、二人とも帰ってしまったじゃない!」
「あんなこと…?」
「どうして…」
 
ジョーは微笑した。
 
「どうして…か。ホントに、どうして帰っちゃったのかな…?久しぶりに二人と話したかったのに…」
「だって、あなたが!」
「僕、何かイケナイこと言ったかい、フランソワーズ?」
「……」
 
わかってるくせに。
それとも、もしかしたら…わかっていないのかしら?
 
静かに引き寄せられる。
このままだと、彼のペースになってしまう…とわかっているのに、フランソワーズは動けなかった。
やがて、そっと唇を離すと、ジョーはまた耳打ちした。
 
「僕に客間は必要ないよ…そうだろ?」
「…!」
 
もう逃げられない。
そう思いながらも、フランソワーズはささやかな抵抗を試みた。
 
「いいえ、今夜は必要よ…!あなた、そっちで寝てちょうだい。だって、私、イヤだもの。そんな格好の人を…」
「もちろん、きみの部屋では全部脱ぐさ、こんなモノ」
 
ジョーは可笑しそうに喉の奥で笑った。
 
 
 
久しぶりの帰宅だった。
アルベルトは、無造作に郵便受けを開け、ばらばら落ちてくる封筒やハガキを器用に受け止めた。テーブルに放り投げると、ひときわ明るい色彩の絵はがきが一枚、目に飛び込む。
フランソワーズからだった。
 
 
アルベルト、お帰りなさい。お仕事お疲れ様でした。
24日は本当にありがとう。楽しかったわ。ゆっくりお話できなくて残念だったけれど。
あなたのアイスバイン、ジョーにも食べさせてあげたのよ。とてもおいしかった…って、彼からの伝言です。彼、ジェットのスノードロップスにもとても感心して、こんな素敵なさりげないプレゼント、僕にはとうていできない芸当だなあ…なんて言うの。
そんなわけで、ジョーからはまだ何ももらっていません。よく考えるから待ってて…ですって。あんまり期待しない方がいいみたいね。
春になったら、日本に行くつもりです。あなたはどうしますか?向こうで会えたら、うれしいです。難しいかしら?
 
 
春…か。
 
と、アルベルトは小さくつぶやいた。
 
それまでにあの坊やは、彼女のため、何か気の利いた贈り物を見つけ出すことができるだろうか。
たぶん、できないだろう、いい気味だ。
…だが。
 
本当のところ、気の利いた贈り物なんてのは、気が利いているということだけが取り柄の、どうってことないモノでしかない。
アイツらにそれがわかっているかどうかは怪しいが。
 
せいぜい探し回るがいいさ、ジョー。
見つけてみろ。
長い冬を越え、春とともに舞い降りるという彼女にふさわしい贈り物が、この地上にあると、本当にオマエが思うなら。
 
そして、あの日オマエがよこした、たった一本のフザけた電話以上に、彼女を幸福にできるものが、この世にあるというのなら……な。