魔法の夜
 
 
 
 
 
 
 
93の金婚式♪(え)を祝う、水無月りら様・marina様主宰「93*50th Jubilation!」が、2014年7月19日〜8月19日に開催されました!
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そちらに参加させていただいた作品です。
 
えと、びみょーにオトナ向け(悩)なので、オトナでない方はご注意ください(しみじみ)
といっても、びみょーなので、オトナの方もそれなりにご注意<いいから(嘆)
 
 
 
 


 
 
「え……私、と?」
「そう、キミと。」
 
フランソワーズがきょとん、と首をかしげる。
ほら見ろ!……とジョーは、ついさっき「では、吾輩はちょいと散歩に」とか嘯いて、カモメに変身し飛んでいってしまったグレートに心で毒づいた。が、今さらどうにもならない。
何となく息を詰めるようにしてうかがっていると、フランソワーズはふわっと屈託のない笑顔になった。
 
「これから……すぐ?」
「うん。……無理、かな?」
「いいえ。でも、どうしたの、急に……?」
「ごめん……その、何となく言いそびれてたというか、忘れてた……っていうか」
「まあ……!」
 
呆れた、と笑いながら、それでも嬉しそうにフランソワーズはジョーの手の中のパンフレットを覗き込んだ。
 
「お城で夏の夜の野外コンサート……!一度行ってみたいって、ずっと思ってたわ……でも、間に合うのかしら。だって、これ、今日でしょう?もう……」
「反則だけど、イワンに頼んだから大丈夫」
「ええっ?!」
「あ、行きだけだよって言われたけどね……ストレンジャーごと運んでもらうんだ。帰りは自力で頼むってさ」
「そんな。いいのかしら」
「うーん。たぶん、キミを連れて行くのでなければ、問題外だって断られるところだったと思う」
「……ありがとう、ジョー。無理をしてくれたのね?」
「いや……僕は、別に」
 
感謝の色をいっぱいにたたえた瞳にまっすぐ見つめられ、ジョーは少し慌てた。
もともと、自分で思いついたことではない。
言い出したのはおそらくアルベルトだし、自分を徹底的にたきつけたのはグレートだ。
 
それにしても、さすがだなあ……と、ジョーはイワンも含めた「ヨーロッパ組」の慧眼に今さらながら感服するのだった。
フランソワーズが芸術を愛する少女なのは勿論わかっていたが、ここまで喜ぶとは。
 
「ホントは、僕なんかよりアルベルトの方がちゃんとエスコートできると思うんだけど……なんだか、すごい人出になるらしくてさ、勘弁してくれって言うんだ」
「ふふっ、アルベルトらしいわ……」
 
フランソワーズは、すぐ支度するわね……と、忙しそうに出て行った。
すぐ、とは言っても、女の子の支度は長いんだよなあ……と思いかけたジョーは、いや、フランワーズはそうでもないかもしれない、と気付いた。自分もさっさと支度をしたほうがよさそうだった。
 
 
 
案の定、見慣れぬワンピースに身を包み、髪をアップにしたフランソワーズが足早に降りてきたのはほんの10数分後だった。
 
ネオ・ブラックゴーストにそれまでいた日本の研究所を追われ、この無人島に移ったとき、サイボーグたちは文字通り、着の身着のままの状態に近かった。
そこで、戦いが小休止になるタイミングをはかっては、彼らは交替で近くの……といってもストレンジャーを飛ばして数時間はかかる……街へ出かけ、少しずつ日用品や衣類を揃えていった。
 
普段は人と会うことなどないし、そもそもいつ見捨てなければならないかわからない基地だ。不要な私物を増やさないようにということは誰もが気に懸けていることだったが、それでも必要最小限の身支度を整え、更にミッションへの備えということも考えると、結局、普通に暮らしていたときに近い持ち物が必要になる。
 
フランソワーズがそうした買い出しに出ることはあまりなかった……ように、ジョーは思う。
たまに自分たちと同行することがあっても、彼女はいつもギルモアやイワンの物ばかりを選んでいた……ような印象しかない。
いったい、いつこんなのを揃えたのか……ついそう思ってしまうほど、フランソワーズの出で立ちはジョーの目に新しい、意外にうつるものだった。
そんな思いが伝わってしまったのか、フランソワーズは少し恥ずかしそうにジョーから目をそらした。
 
「そうは見えないでしょうけれど……すっかりシンデレラの気分よ。本当に魔法でお城に運んでもらえるんですもの」
「……そうだね」
 
なるほど、魔法か。
 
うまいことを言うなあ……と、ジョーは感心した。
フランソワーズはいつも、こういうさりげない言葉で仲間たちの気持ちを明るくしてくれる。
姉とも母とも慕う彼女に、おとぎ話の魔法使い……と感謝されれば、イワンもさぞ誇らしいだろうと思う。
 
「それではお姫さま、どうぞこちらに……」
 
我にもなく、芝居がかったうやうやしさでストレンジャーのドアを開き、ジョーは丁寧にお辞儀をした。
くすくす笑いながらフランソワーズが乗り込むと静かにドアを閉め、そういうことなら自分はさしずめ魔法の馬車の御者、というところか……と、ジョーはおかしくなった。
あれは、たしかネズミか何かじゃなかったか……はっきり覚えてはいないが、たしか、そんなところだ。
なるほど、すっかりおとぎ話だ。
 
目指す「お城」に彼女の王子がいない、ということを除けば。
 
 
 
「魔法」は速やかに行われた。
 
イワンは、ストレンジャーを人目につかない寂しい田舎町の外れにテレポートさせていた。
コンサートの会場まではかなりあるが、あとは「009」が適当に力を……フランソワーズの言葉で言うなら、御者が「魔法」の端くれを使えばそれですむ。
 
ジョーはいつものようにフランソワーズを無造作に抱き上げ、彼女もごく自然に馴染んだ仕草で彼の首にそっと腕を巻き付けた……だけだったはずなのに、その髪からいつもと違う微かに甘い香りを感じ、彼は僅かにたじろいだ。
 
――フランソワーズは女の子、なんだよなあ……。
 
しみじみ思う。
もちろん、彼女についてジョーがそう思うのは初めてではない。
それは少女らしい幸福を奪われた彼女の過酷な運命を改めて感じることでもあり、彼にとっていつも切ないやりきれなさを伴う思いだった……が、今日は少し違う気がした。
 
幸福であろうとなかろうと、彼女は女の子で、それに変わりはない。ただそれだけのことなんだ、とジョーは思い、ふとグレートの言葉を思い出した。
 
「朴念仁のお前さんでも、フランソワーズがひじょーに愛らしいお嬢さんだということぐらいは理解できているだろう、ジョーよ?いいかね、女性には水のように、空気のように、常にロマンスが必要なのだよ……!」
 
彼の言うロマンスというのが何なのか、ジョーにはさっぱりわからない……が、少なくとも彼女は今「シンデレラの気分」なのだという。
とすると、結構、いい線行ってるんじゃないか?とも思うのだった。
 
城のある街に着いたのは、日が傾きかけた頃だった。
驚くほど多くの人々が楽しそうに集まっている……が、有名な観光地でもあるその城の庭園は、それにも増して広大だった。
このへんでいいかな、とジョーが足を止めた場所は舞台からかなり遠かったが、自分たちにそれはあまり問題にならない。フランソワーズももちろんそのつもりでいるはずだった。
 
柔らかな芝生に小さい敷物を広げ、街で買い込んだパンとチーズ、それからワインを紙袋から取り出す。
グレートやアルベルトなら、ここで上等なワイングラスを手品のように出してみせ、彼女を驚かせたかもしれないな、と思いながら、ジョーは紙コップをフランソワーズに手渡した。
 
「――始まったわ!」
 
フランソワーズが弾んだ声を上げるのと同時に、心地よい音楽が風に運ばれてきた。あちこちで拍手が湧く。
クラシック音楽はただ堅苦しいという印象しかなく、ほとんど関心を持たなかったジョーだが、それは自分が日本人だからなのかもしれない、と思った。
フランソワーズやグレート、アルベルトにとって、こういう音楽はごく身近で親しいものであり、故郷そのもののように感じるのかもしれない。そう思わずにいられないほどフランソワーズは幸福そうに見えた……が。
 
やがて、彼女がほんのわずか不自然に体をふらつかせたのに気づき、ジョーは少し慌てて彼女の肩を抱き、自分に寄りかからせた。
ごめんなさい、とつぶやく彼女の肌が普段よりもわずかに熱い。
ワインのせいだろう、と思った。
 
「眠るのはもったいないけれど……まだ始まったばかりだから大丈夫だよ。少し休むといい」
 
たぶん疲れたんだろうな、と思いながらジョーは囁いた。
フランソワーズは小さくうなずき、素直に目を閉じた。
 
 
 
いつのまにかうとうとしてしまっていたらしい。
ジョーがはっと目を開けるのと同時に、フランソワーズも身じろぎした。
思わず顔を見合わせて苦笑し、二人は小さく伸びをしながら辺りを見回した。さっきより何となく賑やかになっているようだった。それで目が覚めたのかもしれない。
 
「ワルツが始まったのよ……みんな、踊ってる」
 
フランソワーズが囁くように言うと、すっと立ち上がった。なんとなくつられて草をはらったジョーに、愛らしくバレリーナの挨拶をする。
踊りましょう、と誘われているのに気付き、ジョーは驚いて首を振った。
 
「……無理だよ、ワルツなんてしらない」
 
もちろん、ワルツに限ったことではないけれど……と、しどろもどろになるジョーの両手を楽しそうに取り、フランソワーズは笑った。
 
「大丈夫よ、練習すれば」
「……練習?」
 
あっけにとられたジョーの脳裡に「大丈夫、音楽に合わせて自由に動けばいいのよ」と、こともなげに言ったひとりの少女の笑顔がよぎった。
どんなときもありのまま心のままふるまえばよいのだと、かつてジョーに教えたその少女は、生まれながらの王女だった。
そして今、平凡で幸福な家庭に育ち、まっすぐ夢を追う少女だったフランソワーズが、「できない」のなら練習すればいい、と、やはり屈託なく笑いかける――。
 
「練習って。……君が教えてくれるってこと?」
「ええ。少しなら」
「……」
「それから、マジメにやってくれるなら」
「それは、もちろん」
 
思わず神妙に頷いてしまった。
フランソワーズはくすくす笑いながらもう一度軽くお辞儀をした。
 
やってみると「練習」はそれほど骨のおれるものではなかった。考えてみれば、自分の体はそういう風にできているのだ……と、ジョーは思う。
フランソワーズの細い腰を抱き、しっかり抱き寄せるようにしてステップを踏むのも、慣れてしまえばそう戸惑うことはない。二人は軽快にくるくると踊り続け、いつのまにか周囲の注目を集めていた。
 
たとえば昨日、こんなことになるなんて想像すらできなかった。本当に魔法だな……と思いかけたジョーは、いや、とすぐに思い直す。
魔法なら、シンデレラは王子と踊るはずだ。
 
ここにそういう青年がいるのかいないのか、ジョーには見当がつかなかった。
が、それが自分ではないことだけは明かだし、その自分と踊っている以上、彼女が彼と出会う可能性はゼロになってしまう。
 
彼女の手をさりげなく離し、飲み物を買ってくるとか言い訳をして身を隠したらどうだろう、とジョーは踊りながら何度となく思った。
フランソワーズが少なからぬ人々の目を引いているのは何となく感じていた。自分が離れれば、勇気と自信にあふれた青年が……もし、いればの話だが……彼女に語りかけるチャンスが生じるはずだ。
 
しかし。
そうなったとしても、どのみち魔法は解ける。
 
彼女はサイボーグであることから逃れられない。
それが動かせない宿命であるなら、一瞬の喜びは永遠の悲しみに変わるだけだ。
そう思うと、ジョーは彼女の手を離すことができなかった。
 
そうか。
君はシンデレラじゃない。オデットだったんだ。
 
魔法は、解ける。
けれど、呪いは解けない。
 
不意に熱く烈しい衝動が押し寄せ、ジョーはフランソワーズを身動きできないほど堅く抱きしめると、無言のまま唇を重ねた。
自分が何をしようとしているのか、よくわからない。
 
――女性には、常にロマンスが必要なのだよ!
 
グレートの言葉がよぎる。
これがそれとはとても思えない。
 
君は逃げるべきだ、フランソワーズ。
そして誰かが君を助けるべきなんだ。
呪いの鎖が君を完全に縛り付けてしまう前に。
 
しかし、彼を止める者は誰もなく。
彼女は抵抗しなかった。
 
だから。
彼は憑かれたように彼女の唇を貪り続けた。
 
 
 
抱き下ろされ、ストレンジャーに乗り込むと、フランソワーズはほうっと溜息をついた。
 
「ありがとう、ジョー……素晴らしい夜だったわ」
「僕の方こそありがとう、フランソワーズ」
 
じっと見つめるとフランソワーズはうっすらと頬を染め、うつむいた。
ジョーは微笑み、ハンドルを握った。
しばらく走っていると、思ったとおりフランソワーズがふと首をかしげる。
 
「……ジョー、離陸しないの?」
「うん。……せっかくの夜だから、もう少し走ろうと思ってね……どう?」
 
ぐっとアクセルを踏む。
フランソワーズが無邪気な笑顔になった。
 
「嬉しい……まだ、魔法は解けないのね?」
 
それには返事をせず、ジョーはストレンジャーを走らせ続けた。
 
魔法ならとっくに解けているよ、フランソワーズ。
君はお姫さまじゃないし、僕も忠実な御者なんかじゃない。
薄汚い、ドブネズミだ。
 
遠くに見えていた街の光が少しずつ近づいてくる。
遅い時間だが、安宿のひとつふたつなら、どうにか空いているだろう。
 
僕に似合いの粗末なベッドに、魔法が解けた君を横たえる。
――そして。
 
やがて隣から小さな寝息が聞こえてきた。
楽しい夢でも見ているのだろう、幸福そうにまどろむフランソワーズのあどけなさに、ジョーの胸は痛んだ。
 
もうすぐ道が分かれる。
街へ向かう道。
海へ向かう道。
 
君はまだ、知らない。
僕の正体を。
僕だって、今日までは知らなかった。
 
夢ならいい。
夢なんかじゃない。
 
僕は君の手を永遠に解けない鎖につなぎ、君の体に呪いの楔を打ち込もうとしている。
 
そうせずにはいられない。
そんなことはしたくない。
 
僕は……!
 
分かれ道へと勢いよくカーブを切った視界を、突然現れた対向車のヘッドライトが容赦なく照らした。
凄まじいまでの眩い光に包まれ、目を細めながら、ジョーは堅く唇を噛んでいた。
 
 
 
はっと目を見開き、フランソワーズは飛び上がるように身を起こした。
 
――ここ、は……?
 
頭がぼうっとしていた。
のろのろと辺りを見回すと、見慣れた壁に囲まれている。
基地の、自室にいるのだと気付いた。
 
……と、いうことは。
 
どれだけぐっすり眠っていたのだろう。
ストレンジャーをいくら飛ばしても、ここまでは半日近くかかるはず。
フランソワーズは時計を見上げ、自分の考えが正しいことを確かめた。
 
やっぱりワインを飲み過ぎたのかしら。
私ったら、せっかく、ジョーが……
 
運転席で優しく笑っていた彼の横顔を思い出しながら何気なくベッド脇に目をやり、同時に思わず自分の両肩を抱きしめるようにして、フランソワーズは、かっと頬を染めた。
 
丁寧に畳まれたワンピースが置いてある。
ここに寝かせるとき、皺にならないようにと彼が気遣って脱がせてくれたのだろう。
 
今、かろうじて彼女の肌を包んでいる飾り気のない白く長いキャミソールは、女友達に子どもっぽいと揶揄されたこともある……けれど。
むしろそれがせめてもの慰めとなった。
 
「ジョーに、謝らなくちゃ」
 
つぶやき、急いでベッドから降りようとしたとき。
しゃら、と左手首を冷たい感触が撫でた。
 
シンプルな細い銀の輪が三つ揺れている。
ブレスレットだ。
 
「……ジョー?」
 
再びベッドにすとん、と腰をおろし、フランソワーズは手首を何度もそっと揺らしてみた。
 
 
魔法は消えてしまった。
夢のようだったあの時間も。
 
でも、忘れなくても……いいのかしら。
魔法が解けても、シンデレラにはガラスの靴が片方だけ残る。
夢も魔法も、いつも私の傍にある。
 
あなたがいてくれるから。
あなたが、いつも私を守ってくれるから。
 
ジョー。
私の……ただひとりの王子さま。
 
結婚式なんて望まない。
ただ、いつか明るい日差しの中で、あなたに、出会ってから全部のありがとうを言いたい。
 
それが、私のハッピーエンドなの。