少年といぬころ



 1   初めての夜
 
 
 
「まあ、可愛い…!009、この子……あなたが拾ったの?」
「う、うん……」
 
003の笑顔に、ジョーは拍子抜けしたような気がした。
漠然と……だったが、いい顔はされない、と思っていたのだ。
だから、それなりに道々対策は考えてきた。
家で飼うことはできない……のなら、敷地の少し離れたところに小屋を造って、そこにつないで……とか。
 
しかし、その必要はなかった。
瞬く間に、子犬のための寝床やら食器やらトイレらしきモノやらが手際よく用意され、挙げ句「何してるの、早くお風呂に入れてあげなくちゃ!」と叱られた。
 
003はそんな調子だったし、ギルモアは無関心の様子だった。
001も異議を唱える感じではない。
 
大歓迎されたわけではなかったが、誰にも拒絶されなかった。
この新しい「家族」のやり方を、ジョーはまたひとつのみこんだような気がした。
 
お風呂に入れる、といっても、どうしたものかよくわからない。
まごまごしていると、また003が来て、あっという間に子犬を洗い上げ、ごしごしとタオルで拭いて、軽くドライヤーをかけてくれた。
 
「すごいな……ふわふわだ」
「ふふっ、ハンサムさんね」
「あ。……オス、なんだ?」
「やだ。気づいていなかったの、009?」
 
さすがに見分け方を知らないわけではなかったが、そこまで考える余裕がなかったのだ。
ジョーは子犬を003から受け取り、ためらいがちに、飼ってもいいかな?と尋ねた。
003は不思議そうに瞬くと、もちろんよ、と答えた。
 
「だって……アナタが飼うんでしょう?」
「う、うん」
「それなら、私たちの了解は必要なくてよ」
「……ありがとう。でも、もし犬が嫌いなら……」
「私は大好き。ウチに犬がいたらいいのにって、子供の頃から憧れていたわ」
「……そうか」
「ねえ、何ていう名前なの、この子?」
「クビクロ。……変、かな?」
 
003は微笑んで、クビクロね、素敵な名前だわ。と言った。
 
 
 
これも003に教わってミルクを飲ませると、子犬はすっかり満足したように目を閉じ、眠ってしまった。
犬を飼ったことがない、という割には003は子犬の世話に詳しい。
どうして、と尋ねると、彼女は恥ずかしそうに笑った。
 
「だから。憧れていた……って言ったでしょう?いろいろ本を読んだり、友達の犬の世話を手伝ったりしたのよ……子供のとき」
「そう、だったのか」
「でも、明日からはアナタが世話をしなさいね、009。そうでないと、私にこの子、とられてしまうわよ」
「うん……そうするよ。ありがとう、003」
 
眠るクビクロを愛おしそうに眺めていた003は、やがて、お休みなさい……と立ち上がった。
 
「また、明日ね」
「うん」
「いやだ。クビクロに言ったのよ……。お休みなさい、009」
「お……お休み、003」
 
彼女の足音が遠ざかり、遠くで扉が閉まる音がした。
ジョーはほっと息をつくと、子犬の頭をそうっと撫でてやった。
 
「よかったな……クビクロ」
 
そういえば、どうやって子犬を拾ったのか、というようなことを003は一切尋ねなかった。
ひき逃げの現場から連れてきたと言ったら、心配させてしまったかもしれないから、尋ねられなくてよかった、とジョーは思う。
 
「今日から……ココがオマエの家だよ」
 
囁くと、涙が出そうになる。
この小さいモノに、そう言って守ってやることが、今の自分にはできるのだ。
それは、サイボーグの力とは関係ないことだとジョーは思う。
 
「安心していいんだ。……ココの人たちは、オマエのことも家族だと思ってくれる」
 
だから、おやすみ。
悲しいことは、忘れて……今は。
 
ジョーは壁にもたれて子犬の傍らに座り、目を閉じた。
 
初めての夜は、そうやって静かに更けていった。
 



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