1
「うん……うん、ありがとう、005。やってみるよ」
受話器を置き、ジョーは大きく深呼吸した。
クビクロの犬小屋を庭に作ろうと思い立ったのだ。
そもそも、彼らが住むログハウスもほとんど自分たちで作ったモノだ。
それに比べれば犬小屋などたやすい筈だったが、生憎、作業の中心を担っていた005も008も帰国していた。
009は、要するに命じられた作業をこなしていただけだったので、特に設計や小屋の基本構造などについては何もわかっていなかったのだ。
「作り方の書いてある本が、あるはずだ。探すといい。……オマエの犬だ。オマエが作れ」
005はそう言った。
それはいかにも彼らしいごく温かい声で、決して突き放した言い方ではなかった。
――オマエの犬だ。
そう言えば、似たようなことを003にも言われた。
そうだよな……と、改めてジョーは思う。
「クビクロ、オマエ、どんな家に住みたい?」
と尋ねてみても、クビクロはあどけなく首を傾げているだけだ。
当たり前だよな、とジョーは思わず苦笑する。
そういえば、クビクロはオトナになったらどれくらいの大きさになるのだろう……とぼんやり考え、ジョーはあ、と息をのんだ。
無惨に轢き殺された、あの二匹の犬を思い浮かべたのだ。
不意にクビクロが悲しそうな鳴き声をたてた。
ジョーは我に返り、ごめんごめん……と、クビクロを抱き上げた。
「オマエ、きっと大きくなるぞ……丈夫な家を作ってあげるからね」
2
立派な家ができそうね……と、003がにこにこする。
うん、まあ、と言葉を濁しながら、ジョーは今引いたばかりの図面をためつすがめつしていた。
「これは……デッキ?」
「うん。日陰になるし、雨の日も濡れないでゴハンが食べられるようにね」
「雨の日は、家の中に入れてあげればいいんじゃない?」
「そうだけど……コイツ、大きくなると思うんだ。家の中より外で暮らしたいんじゃないかと思って」
「そうかしら?」
そう言われると自信がない。
が、003はすぐにそうね、とうなずいた。
「どちらにしても、家がちゃんとあれば安心だものね、クビクロ?」
ソナエアレバウレイナシ、って言うんでしょう?と、クビクロを撫でながら笑う003につられ、ジョーも笑った。
「材料……足りるかしら」
「たぶん。結構、家を建てたときの材木がたくさん余ってるから」
「足りないからって、その辺りの木を勝手に切ったりしては駄目よ、009」
「そんなこと、するはずないじゃないか…!」
笑い飛ばそうとして、ジョーはああ、と納得した。
そういえば、この家を建てるとき、002が何かにつけ仲間たちに叱られていたような気がする。
3
作業には思ったよりも時間がかかった。
丁寧にやったから、でもあるし、実際始めてみると思わぬ問題が出てきたりしたからでもあった。
「まあ、クビクロ、えらいわねえ……!見て、009!」
「え…?あれ?!」
003の声に振り向いたジョーは目を丸くした。
クビクロがちょこん、と座っている。
口に、小さい袋をくわえて。
それは、工具の入った袋だった。
休憩のとき、ジョーがうっかり玄関に置き忘れたのだと003は言う。
「まだ当座は使わないみたいだったから。あとで持っていってあげようと思っていたのよ。そうしたら、クビクロに先を越されてしまったわ」
「……スゴイな。ありがとう、クビクロ」
ジョーはクビクロから袋を受け取り、頭を撫でてやった。
クビクロが勢いよく尻尾を振る。
「頭がいいわねえ、クビクロは」
「……うん」
たしかに、そうだった。
これといってしつけをしたわけではないのに、クビクロはいつも聞き分けがいい。
人間の言葉がわかっているのではないかと、実際思う。
といっても、そろそろしつけを始める時期なのだろうけれど……
…でも。
「009。あなたは、クビクロを訓練しないつもりなの?」
「……した方がいいんだろうけど。迷ってる」
ジョーはまたあの二匹の犬を思い出した。
老人の指示に従って「計算」をやってみせた犬たち。
もちろん、本当に犬が計算をしたわけではなく、老人の指示に従って忠実に数字のカードを選んでいただけなのだろう。
「もし、コイツがこのまま……僕らとうまくやっていけるんなら、無理はしたくないんだ」
「……そうね」
003が静かにうなずいた。
「フランスでは……私が暮らしていた頃のことだけど……犬にしつけをしない、なんて考えられなかったわ。でも、クビクロを見ていると、このままにしておきたいような気がしてしまう。この子、このままで十分……私たちの家族みたいですもの」
「うん。あ、でも、もちろん、必要ならするつもりだよ」
その言葉とほとんど同時にクビクロが小さく鳴いたので、ジョーはさっとクビクロを抱き上げ、いいよな?と話しかけた。
クビクロは元気よく吠え、尻尾をぱたぱたと振った。
4
完成させてみると、犬小屋はいかにも大きかった。
困り顔のジョーに、003とギルモアはなんとなく顔を見合わせたものの、何も言わなかった。
「どうだい、クビクロ?」
そっとデッキに下ろしてやると、クビクロは慎重に床をくんくん嗅ぎまわり、それから犬舎にそろそろと入っていった。
――なかなか出てこない。
「……クビクロ?」
さすがにのぞいてみようか、とかがみこんだジョーに、003が言った。
「大丈夫。クビクロったら、寝ているのよ」
「……へ?」
「隅っこで……とっても気持ちよさそう」
「なんだ……のんきなヤツだなあ……」
「うふふ、いいじゃない。きっと、とても気に入ったのよ」
「そう……だといいけど」
ようやくほっとした表情になったジョーに、ギルモアもやれやれ、と笑った。
「動物は専門外じゃから、ハッキリしたことは言えんが……あの骨格なら、相当大きい犬になるのではあるまいか、の」
「え、ええ……たぶんそうだと……僕も思います」
「きっと住みよい家になるじゃろうて」
「そうね。……よかったわね、クビクロ。009にちゃんとお礼を言うのよ」
003の言葉に応えるように、くーん、と鼻声がしたので、3人は思わず顔を見合わせた。
「今の……って、まさか、お礼?」
「いや、まさか……」
「なに、偶然じゃろうよ……それにしても賢い犬じゃ」
――賢すぎる……?
ふとジョーは思った。
それは、クビクロに対して抱いた、最初のぼんやりとした……不安を伴う気分だった。
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