1    プロジェクトG
 
 
「博士……お客様だよ!」
「……ゼ、001?」
 
いきなり頭の中に話しかけられ、ギルモアは一瞬戸惑った。
もうすっかり慣れている……といっても、本に没頭しているときなどにコレをやられるとやはりぎょっとする。
 
「客……じゃと?…こんなへんぴなところに……珍しいこともあるものじゃ」
 
やれやれ、玄関に出なければならんかのう……とおっくうそうに息をつくのと同時に、座っていた椅子ごと体がふわっと浮かび上がった。
 
「な、なにをする、イワン!……悪戯はやめなさい…!」
「出ておいたほうがいいよ、博士……どうやら、ココもへんぴなところじゃなくなっちゃうみたいだ」
「……?」
 
001は思念を飛ばし、玄関の扉を開けた。
ひどく緊張した様子で立っていた男は、大きく目を見開き、思わず後ずさりした……が、かろうじて悲鳴だけのみこんだようだった。
 
「ふうん……まあ、そこそこ肝はすわってるね。当然かな」
「イワン?…客とは、いったい……」
「コズモ博士。……知ってるヒトだよね、ギルモア博士」
「コズモ……博士……?」
 
 
 
ぶつぶつ言いながら延々と客用ティーカップを探しまわっているギルモアに、コズモはたまりかね、繰り返し懇願した。
 
「ギルモア博士、お願いします、どうか……どうかお座りください……お茶など必要ありません、それよりも私の話を……!」
「ううむ……たしか、このヘンにフランソワーズがしまっておったような気がするのじゃが……イワンや、オマエならわかるじゃろう?」
「わかるけど……でも、博士がいつも飲んでるアレをお茶、というなら……お客さま向けじゃないな。コズモ博士の言うとおり、まずは座ったほうがいいと思うよ」
「な…!生意気なコトを!」
「……」
 
まばたきも忘れたようにまじまじと見つめる視線を感じ、001はコズモの前へふわふわ移動していった。
 
「あ……ああ、そ、その……君、いや、あなた……は」
「僕は001。……大丈夫?……これくらいで驚いていたらいけないよ、コズモ博士」
「は…!も、もちろんですとも!大変、失礼しました」
 
コズモは浅い呼吸を繰り返し、大きなハンカチを取り出すと、慌ただしく額の汗をぬぐった。
 
 
 
「国際、宇宙、研究所……?」
「はい!全人類の叡智を結集し、宇宙への道を拓くための第一歩を、我々はついに踏み出すことができたのです」
「……ほ」
「宇宙開発といえば……ご承知のように、軍事利用という陰が常につきまとうものでした。しかし、我々は、それを解決し……」
「そんなことができるとは到底思えないが……」
 
ギルモアはふと遠い眼差しになった。
そんな彼をじっと見つめながら、コズモはぐっと拳を握りしめた。
 
「お察しします、ギルモア博士。あなたは……きっと、誰よりもその難しさをご存じのはずだ。だからこそ、私たちにはあなたの力が必要なのです!」
「わしの……力、じゃと?……いや、じゃが、わしはごらんのとおりの年寄りじゃ……それに、宇宙研究となると素人も同然……」
「いいえ!……ギルモア博士、あなたでなければなりません。私たちが必要としているのは、あなたの研究成果そのものではない。科学という怪物に立ち向かわれた、その勇気と信念なのです!」
「……?」
「つまりコズモ博士は、科学の闇を知り尽くし、それを乗り越えた科学者として、あなたに新しい研究所の顧問になってほしい……って言ってるんだよ、ギルモア博士」
「な、んじゃと?」
「おお!すばらしい、001……でしたかな、そのとおりです、まさにそういうことです、ギルモア博士!」
「これは、また……エライことになりそうじゃの……すまないが、わしには、とても……」
「ウン。僕も正直、博士と同意見なんだけど……なんか、手遅れみたいなんだよね……」
「何?」
「ウ、そ、その……実は、もう建設工事を始めてしまいまして……研究所の」
「ほう…?どこに、ですかな?」
「……いや、その……」
 
コズモはそわそわと立ち上がり、後ろめたそうな視線を001に投げつつ、窓の外を指さした。
 
「……?」
「やっぱりね……だから言ったじゃない、博士。ちゃんと調べておいたら?って」
「あ……!あ、あ、アレかっ!?」
 
ギルモアは思わずソファから飛び上がり、窓辺に走ると、カーテンを開けた。
目と鼻の先の広大な空き地で、何やら大規模な工事が確かに始まっている。
 
「馬鹿な……っ!コズモ博士、それはいかん!すぐに工事を中止したまえ!」
「え…?!」
「いかんいかんいかん!……よりにもよって、ココ、とは、何を考えておられるんじゃ?!わしのことを調べたらしいが、それなら知っているはずじゃ……我々の宿命を……サイボーグ戦士たちのことを!」
「そ、それは……もちろんです、ギルモア博士」
「だったら、すぐに工事は中止じゃ!……あんたたちは、サイボーグの戦いというのがどれだけ残酷で危険なモノか知りますまい……我々は、あんたたちを巻き込むわけにはいかないのじゃ…!」
「ウーン……でも、正直のところ、そういう危険って、今はほとんどないと思うんだよねえ……」
「な、何を言うか、イワン!」
 
気色ばむギルモアの前でふわふわ浮かび、のんびり行ったり来たりしながら、001はもごもごとおしゃぶりをうごめかせた。
 
「だって。博士、アレを見てこの前、マンション開発でもしてるのかのう、なんて言ってたじゃない。マンションが大丈夫なら研究所もほぼ問題ないと思うな」
「そ、そうです!……そのとおりですとも!」
「い、いや……し、しかし、ソレとコレとは……ええい、どうしたらいいんじゃ……!」
「009を呼ぶ?」
「呼んで、どうするのじゃ!」
「うーんと……そう言われると」
「とにかく、いかん!……わしは、断じて認めんぞ!」
 
ギルモアは叫んだ。
 
 
 
日本人が多いこの空港で、亜麻色の髪は相当目立つ。
そうでなくとも、人目をひく彼女の端麗な立ち姿を探し出すのは簡単なことだ。
それでも、いつも先に見つけられ、声をかけられるのはジョーの方だった。
 
「ごきげんよう……元気そうね、ジョー。お迎えありがとう」
「君も元気そうでよかった……よく来てくれたね、フランソワーズ」
 
スーツケースを受け取り、歩き出すジョーに、フランソワーズは楽しそうに尋ねた。
 
「博士は……どうしていらっしゃるの?」
「どうもこうも……すっかり混乱しているよ。気の毒なくらいだ」
「まあ……」
「……なんてね。そんなに心配するほどのことじゃないと思う。僕も、イワンから大体話をきいて、コズモ博士に会ってみたんだ。立派な人だったよ」
「あら。でも……イワンは、もうどうにもならないから、助けてほしいって言ってきたのよ?」
「ははっ、それは……きっと、彼はただ君に会いたかっただけなんじゃないかな」
「まさか…!」
「ごめん、冗談だよ……たしかに、君が来てくれたのはありがたい。博士とゆっくり話をしてあげてほしい……君は、博士にとっては大事な一人娘だからね」
「あなただって。……そうして話していると、博士の本当の息子さんがお父様を心配しているようにしか見えなくてよ」
「そうかな……なら、いいんだけど……」
 
ふとジョーの笑顔に陰がさした気がして、フランソワーズははっと口を噤んだ。彼が孤児だということを思い出したのだった。
どんなに数え切れない戦いを共に乗り越えても、たしかに彼の心に触れることができた、と思う瞬間を重ねても、彼との距離は縮まらない。決して。
 
今さらのように、フランソワーズはそれを感じていた。
 
 
 
「プロジェクト……G、ですか?」
「Gってまさか……ギルモア……とか」
「その通りです!」
「……」
 
あっけにとられ、二の句が継げずにいる009と003を気にとめる風もなく、コズモは熱心に語り続けた。
 
国際宇宙研究所が目指す究極の目的は、人類の繁栄と幸福。
そこへ向かうあらゆる研究活動を総称して「プロジェクトG」と呼ぶのだ……という。
 
「な……なんだか、大変そう、ね」
「……ウン」
 
そうなんだよな……と009はこっそり嘆息した。
コズモ博士は、とにかく熱血漢というか、情熱家というか。
或る意味、幽霊島で出会った頃のギルモアと似ている……のかもしれない。
 
しかし、コズモとギルモアには大きな……大きすぎる違いがある。
「罪」だ。
 
同じことを、003も感じていたのだということを、009はコズモ博士と別れ、ギルモア研究所へと向かう車の中で知った。
 
「コズモ博士は……本当に、いい方ね……奇跡のようじゃなくて?」
「奇跡……?」
「ええ。あんな風に……純粋に科学を愛し続けることができる人がいるなんて……それを許されている人がいるなんて、私、知らなかった」
「……うらやましい、かい?」
「ええ……ねたましい、のかもしれないわ。ギルモア博士も……もしかしたら」
「……ああ」
 
もしかしたら、そうなのかもしれない。
 
ギルモア研究所へ向かう側道を折れたとき、003が、あ、と驚きの声を上げた。
工事現場はここからだと林に隠れて見えないが、彼女はおそらく「目」を使ったのだろう。
 
「なんて……大きな研究所」
「うん。コズモ博士は、僕たちのメンテナンスもいずれはソコで最新の設備で行えるようにするつもりでいるらしい」
「まあ。でも……そんな」
「そうだね……わかるよ、フランソワーズ」
 
自分たちがオーバーテクノロジーの産物ではなくなるときが、もうそこまで来ているのかもしれないと、ジョーは思った。
そのことに安堵しながらも、それを畏れるような気持ちが自分の中には確かにある。彼女も、きっとそうなのだろう。
 
「プロジェクトG……か」
「ジョー…?」
「いい名前……かもしれないな」
「……」
 
自分たちが越えてきたもの。戦ってきたもの。
ただ9人だけで必死に駆け抜けた道を、今、たくさんの人々がたどろうとしている。
たどろうとしてくれている。
……それなら。
 
「……大変だわ」
「フランソワーズ?」
「とにかく、博士を説得しなくちゃ……手伝ってくれるでしょう、ジョー?」
「もちろん。でも、君が一人でやったほうがよくないかな」
「駄目よ、そんなの……!私たちはみんな博士の子供たちなのよ。みんなで説得しましょう、プロジェクトGのために」
「そうか……そうだ……ね」
 
009はふと暖かいものが心に流れ込むのを感じ、微笑した。
 
そうだね、フランソワーズ。
僕たちは、みんな博士の子供たち……きょうだいなんだ。
 
プロジェクトG。
僕たちは、人間だ。
たった9人しかいないサイボーグ戦士であるのと同時に、人間でもある。
 
だから信じよう……信じてもいいんだ、人間を。
ぼくたちの、きょうだいを。
 
 
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