2    コスチューム
 
「リニューアル……ですか?……でも、そんな予算は……」
 
眉間に皺を寄せる木下を、フェリーニはまあまあ…となだめた。
 
「たしかに予算はないけど、そんなにたいそうなリニューアルってわけじゃなくてね。マイナーチェンジ、ってところかな?」
「だったら、なおさら…!なんでそんなのが必要なんです?いいじゃないですか、コスチュームなんてどんなデザインだって。僕は好きですよ、コレ。着心地はいいし、丈夫だし、手入れも楽だ……よくできてます」
「まあ……それはそうなんだけど、ね。我々としてはそれだけじゃちょっとこぉ、もうひとつ気持ちが盛り上がらない、というか……よーするに、ダサイ、と」
「……馬鹿馬鹿しい。その件については一切関わりたくありませんね。そうでなくても仕事は山積みになってるんだ……失礼!」
 
木下は半ば憤然と立ち上がり、すたすたと部屋を出て行った。
たぶん、こうなるだろうということは想像できていたが。
しかし、困った……と、フェリーニは長い髪をむやみにかき回した。
 
「しかたない。奥の手を使うか…!」
 
困ったときのギルモア研究所、というのは所員たちの間でひそかに囁かれるお約束なのだった。
 
 
 
「実は、ご意見をうかがいたいのは、この……僕たちのコスチュームのことなんですよ、アルヌールさん」
「……コスチューム、ですか……?」
 
意を決してギルモア研究所の門を叩くと、出てきたのは003だった。
ラッキー、と思わず口笛を吹きそうになるのを抑え、フェリーニは真面目くさった表情を懸命に保った。
 
「あなたの美意識をもってすれば、おわかりになるはずですが……いや、恥ずかしながら、わが研究所のコスチュームはこぉ……何と言いますか、もうひとつ芸術性に欠けるというか、美しさが感じられないというか」
「……そうでしょうか。私は、そのデザインが好きですわ」
「いや……まあ……しかし」
 
003は小さく首を傾げ、にっこり微笑んだ。
つられてつい笑顔になりそうになり、フェリーニは慌てて気持ちを引き締めた。
 
「私、ファッションのことはよくわかりません……でも、国際宇宙研究所の理念にそのコスチュームはぴったりだと思います」
「は…?理念、……ですか?」
「ええ。……私たちもそれを着せていただいたことがあります……そのとき気づいたんです。このデザインは、どんな国の……どんな民族の人が着ても、美しいのだと。もちろん、男女を選ぶこともありません。それだけに、服飾にこだわりをもった方にはもの足りなく思われることもあるかもしれないですが……でも、私は、素晴らしいコスチュームだと思っています」
「……うう、む」
 
フェリーニは唸った。
ギルモア博士を味方につければ、上層部も一気に動くだろうと目論んだのだが、どうやらヤブヘビになりそうだ。
そんな彼をちょっと面白そうに見つめ、003はくすくす笑った。
 
 
 
そんなことがあったのか……と、009は黙々とスープを口に運びながら、003の楽しそうな声を聞いていた。
 
とりあえず、これからソイツがちょくちょく訪ねてくるだろうことは容易に予想できる。
003の話しぶりを見ると、どうやら彼女は彼との会話をそれなりに楽しんだらしい。
だとすると、彼の方はもう楽しいなんてモノではない幸福感を味わったにちがいない。
 
「僕も、君に賛成だ……コスチュームは、個人の好みで着るようなものではないよ」
「ええ。うふふ……ねえ、ジョー。私、あの人に見せてあげたかったわ……私たちのコスチューム」
「……やれやれ」
 
そうくるのか、と009は嘆息した。
たしかに、アレを見たら、どうやら伊達男らしいそのイタリア人がどんな顔をするものやら……まあ、見物かもしれない。
 
「でも、そうだな、いい考えかもしれない。着てみせてやったらいいんじゃないか?」
「……私が?」
「そうさ。……そうしたら、きっと、彼の気持ちも変わるよ」
「変わる……って?」
「問題はデザインなんかじゃない……と納得できるってこと」
「そう……かしら?」
 
よくわからないわ、と首を傾げる003にめまいがしそうになる。
やっぱりこの言い方では何も伝わらなかったか。
要するに、君がキレイだってことを言いたいんだけど……そうだな、伝わったら伝わったで困るかもしれない。
 
「ジョー、あなたは……コスチュームのデザインを変えたいって思ったことが…ある?」
「いや。考えたこともないな。……君は?」
「考えたことは……あるけど。でも、それはいけないことだと思ったの。あんな服は……この世に1種類で十分でしょう?」
「……」
「そうね、あの人がしようとしていることは、そんなに無駄なことじゃないのかもしれないわ……国際宇宙研究所のコスチュームなら、いろいろな種類があってもいいのかもしれない」
「そう、言ってあげるといい。今度、彼が来たら」
「ええ……そうするわ」
 
003は嬉しそうにうなずいた。
 
 
 
が、結局、国際宇宙研究所のコスチュームは変わらなかった。
いざアンケートを採ったら、このままでいい、という意見が圧倒的に多かったのだ。
 
どうしてだ?と首をひねるフェリーニに、木下が考え考え言った。
 
「もしかしたら、アルヌールさんを持ち出したのがマズかったのかもしれませんよ」
「うん?」
「彼女の名前を出したら、僕たち古株はどうしたって思い出しますからね……あのときのことを」
 
木下は遠くを見る目になった。
 
「あの人は……いや、あの人たちはみんな、本当に美しかった。僕は、彼らと同じコスチュームを着ているんだと思うと、誇らしい気持ちにさえなります。みんなも、そうだったんじゃないかな」
「……なる、ほど」
「今回は諦めたほうがいい、フェリーニ……予算も足りないことだし、ね」
「やれやれ。結局そこなんだよな」
 
フェリーニは苦笑いすると手を伸ばし、木下のコスチュームの襟を軽く引っぱった。
 
「たしかにコレは見せる服じゃない……戦う服、だからな」
 
 
 
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