5    終末の刻
 
 
「001」と呼ばれているその地球人について、これ以上研究する必要はないという通達が科学者たちに急遽届けられた。どうやら「間違い」だった、ということらしい。
 
「それでは、処分する、ということか?」
「いや。一般の捕虜として場所を移すらしい。それがどこかは、我々が知る必要のないことだと」
「珍しい処置だな。それは確かな情報なのかね?」
「ゾアさま直々の命令だというのだから、間違いはあるまい。しかし、たしかに最近怪しい情報が流れるようにはなっているな……噂だが、この前小規模ながらわが軍が『敗北』した、という話ではないか」
「ああ、あの噂か。私は信じないが……めったなことを口にするものではないし……な」
「……」
 
男たちはそれきり口を噤み、作業を始めた。
強力なエスパーであるという異星人の「001」から、自らの手でESP制御装置を外す……というその作業に少なからぬ不安を感じないといえば嘘だったが、もちろんゾアの命令に背くほどの恐怖ではないし、「001」が結局エスパーではなかった、というのも、ゾアが言うのなら間違いないはずだ。
 
「……終了だ。まもなく目を覚ますぞ」
「ああ。……そろそろ迎えが来る頃だが」
 
ゾアの命令はいつも着実に実行される。移送のための兵士たちが予定より遅れることなどあり得ない。「001」はほどなくここから運び出されるだろう。
それはわかりきったことだったが、科学者たちはそれでも気味悪そうに、眠る「001」から微妙に距離をとるのだった。
 
 
 
「あなたのお考えは正しいですわ、009……ゾアは、無駄なことをしません。利用できるモノは、利用し尽くすでしょう。……わたくしにそうしたように」
「……」
「003はきっと無事です。あなたはその方を救い出すことができるでしょう。……わたくしにそうしてくださったように」
「ありがとう、タマラ」
 
ファンタリオンの女王の瞳は宝玉のように深く澄み、神秘的な光を放っている。
彼女の言葉は結局根拠のない慰めだと半ばわかっていながら、009はその瞳にすがりつくような思いを捨てられなかった。
 
「忙しい君をつかまえて……考えてみれば、何度も同じことを言わせてしまっている。すまない、タマラ。僕は、自分がこんなに弱い人間だということを……今まで知らなかったんだ」
「無理もありませんわ。きっと、人とはそういうものです。わたくしも、この恐ろしい戦いの中で……いろいろなことを知りました。自分が無力であることも……自分の愚かさも……醜さも」
「……」
「それでも、わたくしたちは生きていかなければなりません。その機会を与えてくださったあなたに……わたくしは本当に感謝しているのです、009」
「僕の方こそ……君を助けたつもりでいたのに、助けられてばかりだ。しかも、何も返すことができないまま、ここを離れなければならない」
「それでいいのです。あなたはゾアを追い、わたくしはこの星を守らねばなりません。それが、さだめです。わたくしたちの」
 
ファンタリオン星に到着すると、001はあっさりと眠りの時間に入った。
見知らぬ星に降り立つ不安はあったが、安心しきったようすですやすやと眠る彼の眠りの深さに、サイボーグたちはむしろ安堵する気持ちになっていた。
突然現れた、この星の女王だというタマラに導かれ、彼女を虜囚の身としていたゾアの巨大ロボットと戦うことを選んだのも、どこかにこの星を、この女王を信じても大丈夫だという直感があったからだ。そしてそれは間違っていなかった。
 
サイボーグたちによってロダックから解き放たれたタマラは美しく誇り高い女王だった。彼女は彼らに感謝し、イシュメールの修理への協力とハイドロ・クリスタルの提供とを申し出てくれた。
一刻を争う状況であることに変わりはなかったが、その中でもサイボーグたちは地球を発ってから初めての安らぎを感じることができていた。
……そして。
 
ファンタリオン星に降りて数日がすぎたある晩。
冗談めかして、しかしその割には真剣な色を帯びた目で、007は009に告げた。
いつもの、悪い癖が出ているぞ……と。
 
それが自分とタマラとの関係を指した言葉だということを、009はすぐに悟った。
その場は適当にはぐらかしたが、仲間たちにそう見えていた……ということに、彼は少なからず動揺していた。
007は悪のりが過ぎることはあるが、仲間思いの男だ。攫われた003を思い、それを懸命に追う009の気持ちを思えば、ただの冗談でそんなことを言うはずがない。
 
そのことをふと思い出し、009はタマラからつと目をそらした。
 
「……さだめ、か。もしかしたら、もう既に何もかもが決まっているのではないかと思うことがある。僕のしようとしていることは、全て無駄なことなのかもしれない、と。でも、それでも、僕は……」
「ええ。あなたは……それをきっと乗り越えることができる。どんなさだめも……悲しみも苦しみもあなたの思いを阻むことはできません。あなたは、生き抜くのです……あなたの、思いのままに」
「タマラ……?」
「あなたは……そういう、特別なかたです……わたくしは、そう思います」
「ずいぶん、買いかぶってくれるんだね。僕は弱い人間だと言ったばかりなのに」
「ええ。あなたは弱い。それでも、特別なかたなのです」
「……」
 
タマラは不思議な微笑を浮かべ、そのまま009に身を寄せると、彼の胸に頭をもたせかけた。
009は彼女の肩を抱きながら、ぼんやりと天を仰いだ。
 
「生き抜く……僕の、思い」
 
微かなつぶやきに、タマラは黙ってうなずいた。
たちまち、奔流のように彼のあたたかさ、優しさが胸に流れ込んでくる。
鋼の強さに支えられたその熱い流れにどこまでも身を任せたくなり、タマラはそっと彼の背中に腕をまわし、目を閉じた。
 
……が。
やがて、流れの向こうに少しずつ見えてくる姿があった。
あれが「003」なのだろうと、タマラは思う。
 
「……うつくしい、かた…」
 
自分がその姿を見ることはないだろうという気がした。
それでいいのだとも、思った。
 
 
 
タマラは自分について多くを語らない。
だが、009が見る限り、彼女の他にファンタリオン星の王族といえそうな人物は生き残っていなかった。
もちろん、彼女が人々の敬愛を集め、彼らに支えられている女王であるということは明かであり、そういう意味で彼女は決して孤独ではない。
しかし。
 
タマラが言うように、ゾアは無駄なことをしない……のだとしたら、おそらく、ゾアにとってタマラには生かしておいた方がよい理由があったからそうしたにすぎず、それがない者は全て当然のように殺されてしまったのだろう。
 
もしも。
もしも、既に003がゾアによって不要なモノと見なされ、殺されていたら。
 
じわじわと浮かび上がる思いを、009は懸命に押さえつけた。
それは、考えてはならないことだった。
 
ゾアの本拠地に攻め込み、彼女がどうなっているかを自分の目で確かめるまでは、彼女の安否について考えてはならない。009はそう堅く自分に戒めていた。
003を失ったとき009はどうなるのか。果たして正気を保っていられるのか、怒りと絶望に狂う破壊者になるのか……彼自身にもわからないことだったが、そこがゾアの本拠地であるなら、何がどうなろうと、不安に思う必要はない。
 
僕は全てを滅ぼそうとするかもしれない。
君を殺した者、君を助けられなかった者、君が生きることを拒んだ世界の全てを。
もちろん、僕自身も含めて。
 
――あなたは、生き抜くのです。あなたの思いのままに。
 
不意に、タマラの澄んだ声が、一筋の光のように脳裡をよぎる。
009ははっと顔を上げ、大きな月を見上げた。
 
「……タマラ」
 
ゾアによって愛する者を全て奪われたタマラ。
その憂いを帯びつつも、慈愛の光を湛えた深い瞳を思い起こし、009は思わず息をついた。
 
「僕には……できそうもない。君のようには」
 
彼女は怒りと悲しみと絶望の淵から立ち上がり、なお人々のために力を尽くそうとしている。
そもそも彼女のもつESPが並々ならぬものであることを、この短い滞在の間に、009は十分理解していた。
ゾアによって押さえ込まれていたその力が解放されたとき、タマラは絶望や悲しみ、怒りをあらわにすることなく、むしろ微笑をたたえて感謝の言葉を述べたが、その奥にどれほどの苦悩があったか、思うと胸が苦しくなる。
 
彼女はただ独り、悲しみを押し殺して自らの力をこの星に捧げようとしている。
それが王族としての使命であり、誇りである、と言うにはあまりに過酷な運命だった。
 
――あなたは弱い。それでも、特別なかたなのです。
 
タマラの言葉は真実だ、と009は思った。
弱かろうが愚かであろうが、自分がサイボーグであるということを打ち消すわけにはいかない。
この特別な体と特別な力から逃れるわけにはいかないのだ。
 
自分がどうしてタマラに惹かれるのか……彼女の言葉にすがりたい気持ちになるのか、009にはぼんやりとわかっていた。
彼女は、彼が人間である……いかなる時でも人間でいることができる、という「希望」を、彼女の身を以て示してくれたのだ。
 
003を失っても、009は「人間」でいられる。
 
そう言い切るだけの自信は、正直、ない。
しかし、もし自分が003に頼らなければ「人間」でいられないような男なら、そもそも彼女を取り戻すことなど到底できないだろう。
 
――僕は、既に003を失っているのに、そう認めるのを怖がっている。そうではないのだと必死に思いこもうとしている。このままでは……きっと、勝てない。
 
009は、堅く拳を握りしめた。
 
 
 
十分警戒はしていたはずだった。が、襲撃はほとんど奇襲と感じられるほど唐突で、予測不能だった。
突然現れたダガス軍の大編隊を前に、サイボーグたちは辛うじてイシュメールを発進させることに成功し、ほとんど行き当たりばったりではあったが、防戦を始めた。
ほどなく005の放ったノヴァ・ミサイルが次々に大量の戦闘機を撃破したが、どれが司令艦であるかはわからず、敵の勢いは一向に衰えない。
 
「――しまった!」
 
008が唸るのと同時に、まばゆい閃光が地表をえぐった。
ついに、地上への攻撃が始まったのだ。
 
「008、ここを頼む!」
 
叫ぶなりコックピットを飛び出していった009を止めることのできる者は誰もいなかった。
やがて、彼が地上へダイビングするのを確かめ、004は思わず舌打ちした……が、009がそうしなければならない、ということを認めないわけにもいかなかった。
 
「007、006、それに……002。オマエたちも009を援護しろ!」
「了解アル!」
「まあ……当然ですな。我が輩は自分で飛んでいくから、大人を頼んだぜ、002」
「わかってるって……ったく、リーダーの自覚ってのがあるのかね、アイツには……指示ぐらい出して行きやがれってんだ」
 
銃を確かめるように握り直し、002は肩をすくめてみせた。
 
 
サイボーグ戦士は基本的に接近戦・白兵戦を想定して設計されている。
自分たちが空襲にさほど強くないことを、009はもちろん熟知していたが、そんなことを言ってはいられなかった。
 
「タマラ!……聞こえるか、僕だ……009だ!」
《009……!いけません、地上は危険です!イシュメールに戻ってください!》
「君たちをおいていくわけにはいかない!……みんな無事か?どこにいる?」
《民たちは今、神殿に避難しようとしています……でも、来てはいけません!》
「神殿だね、わかった!……タマラ、もう少しの辛抱だ。すぐ行くから、がんばってくれ!」
 
援護に加わった002たちに通信を飛ばしてから、009は加速装置のスイッチを噛んだ。
全てが静止したかのように見える視界を、幾筋もの熱線が横切り、がれきがゆっくりと宙を移動していく。すさまじい破壊が行われていることがわかった。
 
――タマラ!……どうか、無事で……!
 
やがて、009は懸命に走る群衆に追いついた。彼らを次々に襲う岩のかけらや金属の破片をたたき落としながらタマラの姿を探したが、見つからない。募る焦りの中で、不気味な気配に気づき、009ははっと空を振り仰ぎ、目を見張った。
いつのまにか急降下していた戦艦の、黒光りする巨大な銃口が群衆にまっすぐ向けられている。
その奥から光がちらりとのぞいたかと思うと、次の瞬間、辺りが真っ白になった。
 
――やられた!
 
009は思わず目をぎゅっと閉じ、防護の体勢をとった……が、何も起こらない。
素早く辺りを見回すと、驚愕し、怯えきった表情の群衆が地面に伏せようとしているだけで、光は消えていた。
 
「……タマラ!?」
 
加速を解き、009は叫んだ。
タマラが少し離れた高台に立ち、空に向かって両手を広げている。
彼女がESPで民衆を熱線から守ったのだ……と気づいた瞬間、頭上の戦闘機が大爆発を起こした。イシュメールの攻撃だ。
見上げると、シャトルもツバメのように素早く自在に空を飛び回り、戦闘機を次々に落としている。004だった。
 
地上はひどい爆撃にさらされていたが、群衆は驚くほど無傷のまま、神殿へと駆け込んでいく。タマラが彼らを守り続けているのだろう。
もちろん、そのことにいつまでも気づかないダガス軍ではない。ほどなく、タマラの頭上に熱線が雨のように降り注ぎ始めた。
 
「タマラ!……もういい、あとは僕たちにまかせて、君も逃げろ!」
「……009!」
「危ない!」
 
叫ぶなり、009は加速し、タマラを抱きかかえると、レーザーの集中攻撃から逃れた。
彼女が加速に耐えられるのかどうか確かめたことはなかったが、そこは祈るしかない。
が、腕の中の彼女からはほのかにエネルギーの塊のようなものが感じられた。
おそらく、彼女のESPは多少であれば衝撃や熱から彼女を守ることができるのだろう。
ようやく物陰に飛び込み、加速を解くと、タマラは身を震わせ、009を見上げた。
 
「タマラ……もう大丈夫だ。よく、がんばったね」
「……009」
「君は一人ではない。僕たちも一緒に戦う」
「……」
「ごらん。君のおかげで、みんな無事に避難できた。アイツらは僕たちがやっつける。君は、ここで待っていてくれ」
「待って……いいのですか?」
「……え?」
「わたくしは、あなたを……待っても……」
「――っ!伏せろ、タマラ!」
 
再び襲いかかる爆風からタマラを庇い、009はまた加速した。
一気に神殿まで走り、タマラをそっとおろすと、009は安心させるように彼女の両手を握りしめた。思わずそうせずにいられないほど、彼女が儚く、頼りない少女のように見えたのだった。
 
「いいね、タマラ……ここにいるんだ。必ず、君たちを助ける!」
「009……ジョー!」
 
タマラは、自分が我を忘れていることにぼんやり気づいていた。
いけない、と思うのに、止められない。
加速装置を噛み、009が消えた瞬間、彼女は叫んだ。
 
「ジョー!待っています……きっと、戻ってください……わたくしの、もとに!」
 
 
 
002に抱えられ、イシュメールに戻った009がコックピットに駆けつけると、008とサバが猛烈な勢いでコンピューターを操作していた。
 
「みんな、遅くなってすまない。ファンタリオンの人たちは、神殿の地下に避難した。これから、神殿を守りながら、ヤツらを撃破する!」
「了解。……009、やっと司令艦を特定できたよ。これでやりやすくなる」
「わかった。ありがとう、008……サバ」
「あともう少しですよ。がんばりましょう!」
 
明るいサバの声にうなずき、009は操縦席についた。
あともう少し、とはいっても、戦闘機はまだ雲霞のように飛び回り、神殿を狙い撃ちし続けている。
それを落としながら、突き止めた司令艦に近づこうとするが、なかなかうまく行かない。
 
「……チクショウ!」
 
002が毒づいた。
どんなに懸命に防戦しても、圧倒的な数の戦闘機を全て撃ち落とすことは不可能だった。
神殿は少しずつ崩れ始めている。
 
「時間がないぞ、009。このままではいずれやられてしまう。一旦神殿を離れて、ヤツらの中に一気に突入し、カタをつけた方がいい」
「……」
 
004が、黙考する009を鋭く見やった。
008の作戦をとるしかないということはわかっている。
が、降り注ぐ爆撃にさらされている、目の前の神殿から離れることが、009にできるのか……。
 
――もしできなければ、俺がやるしかない、か。
 
004がひそかに銃を握り直し、パラライザーモードに切り替えたとき、009が低く言った。
 
「イシュメール、反転!……敵司令艦に向けて最大速度で突入!」
「了解!……サバ、シートベルトを確かめろ!」
 
008が吠え、素早くコントロールパネルに両手を走らせた。
突然うなりをあげて反転し、急加速したイシュメールに、ダガス軍の戦闘機は対応できず、次々に落とされていった。
 
「ノヴァ・ミサイル発射!」
 
005が叫んだ。彼が009の許可なしにノヴァ・ミサイルを放つのは初めてだった。
009がハッとスクリーンを見上げると、神殿を狙って急降下する戦闘機の大群を、イシュメールから放たれた光の帯がのみこんでいった。
 
「ありがとう、005!」
「いや、まだだ、009!……まずいぞ!」
 
004が叫んだ。
ノヴァ・ミサイルの光跡から魔法のように浮かび上がった生き残りの戦闘機が、至近距離から熱線を撃ち込みつつ、神殿に体当たりを食らわせるように墜ちていったのだ。
サイボーグたちはなすすべもなく、それを呆然と見つめるしかなかった。
 
「……何?!」
 
予測した大爆発の代わりに、辺りをすさまじい白い光が満たした。
009は夢中で叫んでいた。
 
「タマラ!……タマラだ!」
「……すげぇ!」
 
002が大きく息をつく。
少しずつ光が薄れると、戦闘機は跡形もなく消え去っていた。
……しかし。
 
「……タマ……ラ?」
 
009の声が震えた。
全身に微かな光を帯び、空に向かって両手を伸ばしていたタマラの凛とした姿がゆっくりとくずおれていく。
 
「タマラ……タマラ、駄目だ!……タマラーーっ!!」
「待て、落ち着け、009!」
 
狂気を帯びた眼差しで立ち上がり、かけ出そうとした009を必死で押さえつけ、004は目で008を促した。
 
「りょ、了解!イシュメール、突入!」
「……っ、チクショウ!……もう立て直しやがったか!」
 
002が舌打ちする。
タマラに気を取られた僅かな隙に、司令艦はまたたく間に集まった戦闘機の大軍に隠れ、捕捉できなくなっていた。
 
「今さらどうにもならん!とにかく突き進むぞ!……005、ノヴァ・ミサイルを!」
「……いや。待て、004!……おかしい」
 
何がだ、と、怒鳴ろうとして、004ははっと口を噤んだ。
次の瞬間、すさまじい轟音と閃光に包まれ、体がふわりと浮いた。
 
「な、なんだっ?!」
「わからない!……何かにつかまれ!」
 
まだもがいている009を押さえつけながら、004は必死で操縦席にしがみついた。
何が起きているのかまったくわからない。
 
「て……敵影、ゼロ……?」
「何…っ?!」
「消えた……いや、違う!破壊された……のか?!」
「どういうことだっ?!」
「わからない!……チクショウ、こっちもやられそうだ!」
「新しい敵、アルか?」
「違う……いや、何も捕捉できない!」
「馬鹿な……っ!おい、009!!」
 
いきなり床にたたきつけられ、004は叫んだ。
モノも言わず駆け出す009の背中をにらみつけ、008を見やると、ただ途方に暮れた視線が返ってくる。
 
「……イワンだ!」
 
不意に、005が呻くように言った。
はっと顔を見合わせ、我に返ったサイボーグたちが、固定されたゆりかごに駆け寄ると、001の姿は消えている。
 
「イワン……!どうした、落ち着け、001!」
 
005が宙に向かって叫ぶ。
が、返ってきたのは烈しい衝撃と轟音だけだった。
 
「なに……なに起きてるアルか!……見るアルね!」
 
震える006の声に、サイボーグたちは声を失った。
眼下に広がるファンタリオン星の大地は裂け、丘陵は崩れ、森も炎に包まれている。
それは、先ほどまで続いていた空襲によるものとは明らかに威力も規模も異なっていた。
 
「ハルマゲドン……か?」
 
呆然とつぶやく007に、005がきっぱりと首を振った。
 
「そうではない。イワンだ」
「……って?」
「おい、見ろ!……神殿が……崩れるぞ!」
「こっちもだ、墜ちる!……006、サバをシャトルで脱出させろ!」
「了解アル!」
 
蒼白になりながらも、006はサバの手を引き、しっかりした足取りで走り出した。
なおもじっと宙を見つめる005を横目で見やり、008は懸命にイシュメールの体勢を立て直そうとし続けた。
 
 
 
「違う、001……違うんだ!目を覚ませ!」
 
燃える大地に降り立ち、神殿に向かって走りながら、009は何度も叫んだ。
 
タマラが斃れたのを見たあのとき、一瞬、頭が真っ白になった。
燃えるような怒り、悲しみ、絶望……息がつまるような暗闇に包まれ、我を失うと同時に、強烈なエネルギーが体内に流れ込むのを感じた。
あの、スターゲートの戦いのときと似ている……が、それとは比べものにならないほど強く、圧倒的なエネルギーだった。
 
荒れ狂う精神波に翻弄されながら、009は001が覚醒したことを知った。
正確に言えば覚醒したわけではないのかもしれない。
001がいつものようにESPを自分の意志でコントロールしているようにはとても思えなかったのだ。
 
――コワス……壊す……ミンナ、コワス!
 
叩き付けられるエネルギーの奥から、微かな声が聞こえるような気がした。
その声のとおり、全てを破壊するイメージが次々に009の脳裡をよぎり、それとまったく同じ光景がダガス軍の大戦隊と、イシュメールと、ファンタリオン星の大地を巻き込んでいった。
 
「やめろ、イワン……!まだ終わっていない!何も終わっていない!……始まってさえいないんだ!」
 
001がどこにいるのかまったくわからない。
だが、009は叫び続けた。
 
――僕が、001の「スイッチ」を入れたのかもしれない。
 
009は漠然と思った。
タマラを失ったとき、自分を包んだ絶望感……それがもしかすると、001に003の「死」を直感させてしまったのかもしれない。
 
《ウソダ……シッテルクセニ。009、キミハ、ホントウハ、シッテイルンダ》
「……イワン!?」
《ボクハ、モウ、ふらんそわーずニ、アエナイ……カノジョハ、イナイ》
「違う!……そうじゃない、落ち着くんだ、イワン!」
《キミハ、カノジョヲタスケラレナイ。ボクモ、タスケラレナイ。ボクタチハ、ふらんそわーずにアエナイ……キミハ、シッテル。ホントウハ、モウオワッタ……スベテ、オワッテイルノダ!》
 
左腕の人工皮膚が突然切り裂かれ、血が噴き出した。
唇を噛みしめ、009は呻くように言った。
 
「……そうだよ、イワン……僕たちは……僕は、フランソワーズをなくした」
 
右腕からも血がほとばしる。
009は大きく目を見開き、神殿をにらみつけるように見つめながら、足を進めていった。
 
「でも、終わりじゃない……僕は、彼女を取り戻す。なくしたから、取り戻すんだ……違うか?」
 
全身に無数の傷が刻まれた。
額から流れる血が、視界を妨げる。
それをぐい、とぬぐい、009は神殿へと歩き続けた。
 
「終わりになどしない。絶望など、するものか!……僕は、009であり続ける。僕は、知っている。009でなければ……彼女を取り戻すことはできないんだ。僕、は……何が、あっても……!」
 
やがて、009ははっと息をのんだ。
神殿が大きくゆらぎ、崩れ落ちようとしている。
タマラが最後まで……ただ一人となっても守り抜こうとした……彼女の全てを捨てて守ろうとした、神殿が崩れる。
 
――そんなことは、させない!
 
加速装置を噛んだ。
全身が悲鳴を上げているのがわかる。
が、躊躇はしなかった。
 
――僕は、諦めない!
 
何をしようとしているのか、自分でもわからなかった。
009はただ、走った。
 
 
 
はっと目を開き、咄嗟に飛び起きようとすると、全身が鈍く痛んだ。
強い腕に押さえつけられ、次の瞬間、それが005のものであると気づく。
 
「……大丈夫か」
「ジェロニモ……?」
「心配、ない。……終わった」
「……終わった……?」
「ファンタリオンの民、みんな無事。……001も」
「……」
 
神殿は崩れず、イシュメールも墜落しなかった……と、005は淡々と語った。
そして、001はいつのまにかゆりかごに戻り、静かな寝息をたてていたのだという。
 
「いったい……何が」
「わからない。だが……お前には、少し、わかっているはずだ、009」
「……」
 
そうかもしれない、と009はぼんやり思った。
と、大きな掌に頭をかるく押さえられた。
 
「よく、がんばってくれた……お前のおかげ。みんな、たすかった」
「……そんな、ことは……」
 
結局、タマラを助けられなかったのだ、という思いが、水のように冷たく広がるのを感じながら、009はうつむいた。
 
「……みんなは?」
「船の修理。……思ったより、傷、軽い」
「そうか……よかった」
 
僕も手伝おう、と起き上がる009を005は咄嗟に止めようとしたが、彼の眼差しに苦笑しつつ、そっと手を放した。
 
「君は……感じたかい?」
「……何をだ」
「003……フランソワーズの声が、聞こえた気がした。あのとき」
「……」
「僕は……何もできなかったんだと思う。最後に、彼女の声が聞こえた。……きっと、001にも」
「……」
「……005?」
「オマエは、いつも彼女の声を聞いている。俺たちも」
「……」
「だから、俺たちは行く」
「……そう、か。そうだね……きっと」
「……」
 
つぶやく009の背を軽く押しながら、005は微笑した。
 
 
 
「……ゾア、さま……?」
 
おそるおそる顔をあげたガロは、ゾアが微かな笑みを浮かべているのに気づいた。
ファンタリオン星に送り込んだ、かなり大規模な船団が殲滅させられた、という恐るべき知らせをもってきたのだが……もちろん、ゾアの力は既にそれを感じ取っているはずだった。
 
「あれが、001か」
「……は?」
「ガロ。……お前は、無能だ」
「……っ!」
「そんなことは、ずっと以前からわかっていた。……だが、お前を殺すべきではない、お前はいつか役にたつ……と、私の力は私に告げたのだ……だから、私はお前を生かした」
 
ゾアが楽しそうに喉の奥で笑っている。
冷たい汗が流れるのを感じながら、ガロは身を堅くしていた。
 
「お前にはなすべきことをする時があったのだ……それが、今だ」
「……?」
「お前は、私の命令を果たせず、『001』を連れてこなかった」
「ゾア……さま?」
「間抜けで無能なお前は、ロクに抵抗もできない地球人の中から、眠っている『001』を連れてくることすらできず、あのひ弱なサイボーグを連れてきた。お前らしい、くだらない失態だ。いったい、お前の他に、わがダガス軍団のどこにこんな間抜けがいようか?」
「……」
「まあ、よい……すべてはそうあるべきさだめだったのだ……ガロ」
「……はっ!」
「あの地球のサイボーグを丁重に扱え。わずかでも傷つけるな……それが、お前の役目だ」
「は、はっ!……あ、あの……ゾアさま……?」
「質問は受けぬ。下がれ。お前のなすべきことをなせ」
「ははっ!」
 
おそるおそる、といった風情で下がるガロの後ろ姿を無表情に眺め、ゾアはそのサイボーグを「見た」。
 
「……サイボーグ……003」
 
その肩に流れる美しい亜麻色の髪も、白く滑らかな肌も、今見開かれたばかりの青く澄んだ瞳も、ゾアにとっては何の価値もなかった。
 
「力を手に入れるためには、スイッチを手に入れることだ。しかも、力は我がもとに自らやってくる。ただ、待てばよい……まったく、愚か者にしかできない手柄であった」
 
ひとりごち、ゾアはまた薄く笑った。                 


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