4    禁断の扉
 
 
間もなくスターゲートです、と、サバはサイボーグたちに告げた。
そこを通れば、途方もない距離を一瞬にして移動できるのだという。
 
「しかし、僕たちがその場所を知ることができるということは、ダガス軍団も……」
「もちろんです。あちら側のスターゲート近辺で待ちかまえているものと思われます。スターゲートを通ることは、危険ではありませんが、相当のストレスを伴います。急いで心身を建て直さなければなりません」
「……ストレス?」
「ええ……。スターゲートは、あらゆる時空とつながっていると考えられます。宇宙が誕生してからここまでの……すべての時空と」
 
004が首を傾げた。
 
「ということは、まかり間違えば、とんでもない空間へ出ちまう可能性があるということか?」
「はい。理論上はそういうこともあり得ます……でも、その可能性は極めて低いです。まして、僕も皆さんも、目指す場所はひとつですから。『迷子』になることなどありませんよ」
 
サバの笑顔に、サイボーグたちの緊張もふと和らいだ。
 
「まあ、頼もしい案内人がいるし……コイツもいるしな」
「それ、もしかして僕のことかい、002?」
「もちろん。頼りにしてるぜ、ベイビー」
「……文字通りアルな」
 
しみじみと言う006に、サバも思わず吹き出した。
 
「たしかに、001がいてくれるのは心強いです。テレポートができる、ということは、ごく小規模なスターゲートを通ることと似ていると思われます。
「ふゥん……?」
「それじゃ、スターゲートに着く前に、その後の戦闘態勢について確認しておこう。サバ、僕たちが全員このコックピットにいる必要はないんだね?」
「はい、009。それぞれの持ち場でしっかりシートベルトをしていただいていれば大丈夫です」
 
サバはしっかりと009を見つめ、うなずいた。
 
 
 
「あらゆる時空……か」
 
009は思わず息をついた。
もしそうなら、今彼女がいる場所にそのままつなげてくれればいい。そう思わずにいられなかった。
 
「焦らないほうがいいよ、009……おそらく、その思いは『迷い』につながる」
「……001」
「気持ちはよくわかるけど」
「君こそ。……抜け駆けは許さないからな」
「抜け駆け?」
「ああ。……どさくさに紛れて、一人で彼女のところにテレポートしようなんて、考えるなよ」
「まさか」
「どうかな。君ならやりかねない」
 
冗談とも本気ともつかない009の表情に、001は少々困惑した。
たしかに、これまで、彼らの予想を超えた行動をいきなりとったことはある。
しかし、それは説明のヒマがないような緊急時に限られたことであって……
 
「……すまない。もちろん冗談だよ。君は、感情にまかせて動くようなことはしない」
「だと、いいんだけど……君に言われると自信がなくなってくる」
「001……?」
「君同様、僕の最大の弱点は003だ……一応、その自覚はある」
「……そう、か」
「なるべく、無心でいるように心がけるよ。もし、スターゲートで彼女の姿を一瞬でも見てしまったら……自分がどうなるかわからない」
「彼女の……姿?」
「彼女の、今の……姿さ」
 
さっと009の空気が変わるのを感じながら、001は口を噤んだ。
003が拉致されてから数日が過ぎている。彼らも、もう気づいている頃なのではないだろうか。
攫ってきたのが「001」ではなく……おそらく彼らから見れば、ごく旧式の女性型サイボーグにすぎない、ということに。
もし、そうなら……
 
「……001。君の力を貸してほしい。スターゲートを出たら」
「009……?」
「サバが言っていただろう?ゲートの出口には、ヤツらが待ちかまえていると」
「……」
「これまで僕たちは、君の力をそういう風に使ったことはなかった……と思う。おそらく、003がそれを許さなかったから」
「……009」
「でも、今、彼女はいない。……僕が君に何をさせたのか知れば、きっと彼女は僕を許さないだろう。それでも、いいんだ。許さないと僕を憎む彼女が……いてくれるなら、それで」
「……」
 
超能力を直接「戦闘」に使え、と009が「命じ」ているのだということを悟り、001はしばし沈黙した。
 
「君は……優しいね、009」
「……」
「003が許さなかったから……だけじゃない。君だって」
「……001」
「心配には及ばない。君が命じようと命じまいと、僕はもちろん力を使うつもりでいたのだから」
「……」
「僕も、許してもらえないだろうな……003に」
 
それでも……と、001は思う。
スターゲートを出た後、待ちかまえているというダガス軍団との戦闘に、もちろん負けるわけにはいかない。同時に、ただ勝利するだけでもいけなかった。
 
「009。僕たちは、ヤツらに僕たちの力を見せつけてやる必要がある。ヤツらが、003を手駒として生かしておくことを必要だと感じさせるぐらいに。そのために、手段を選んではいけない」
「001……それは、僕のセリフだったんだけどな。そういうのを抜け駆けっていうんだぞ」
「似合わないことを言おうとするからさ」
「そっちこそ。……ったく、可愛げがないよな、君はやっぱり!」
 
やっぱりって何だよ、と言い返す前に、ふわりと抱き上げられた。
 
「そろそろ、持ち場につこう……時間だ」
 
 
 
きいたぜ、このメリーゴーランドは……!と、誰かの声が遠く聞こえる。
001は懸命に仲間達の心に精神の触手を伸ばした。
予想通り、真っ先に感じたのは、烈しく揺れ動く009の思念だった。
 
――やっぱり……ね。でも、今は好都合だ。
 
「気を付けろ、みんな……!ダガス軍団が迫っているぞ!」
 
001は強いテレパシーで警告し、同時に009の心に深く潜っていった。
 
――ジョー、僕とひとつになれ……!
 
暗闇の中、飢えた獣のような目が鋭く光り、次の瞬間、猛烈な勢いで迫ってきた。
が、001はひるまなかった。
 
――来い、ジョー!
 
君は、僕。そして、僕は君だ。
君が求める『チカラ』だ!
 
僕は、全てを破壊し、全てを消し去る。
全て……僕を受け入れなかった世界の、全てを!
 
 
「009!ダガス軍団が……!」
「全員、戦闘体勢!……サバ、イシュメールの軌道のチェックを!」
「は、はい…!」
 
予想を超えるすさまじい数の宇宙船に、サバは思わず身を震わせた。
武装強化をした、とはいっても、イシュメールはただ一機の宇宙船にすぎない。
だからこそ、コマダー星は破れ、自分たちは殲滅されたのではなかったか。
地球に着けば、地球の人々に助けを求めれば……と一途に思ったのは、その悪夢を忘れ、現実から逃げるためだったのかもしれない。
そして、現実は……!
 
「指揮艦隊を発見!……長引いたらやられる、一気に突っ込むぞ、みんな!」
 
009の声に、サバははっと我に返った。
着弾による烈しい振動にもまったく動揺することなく、彼は一点を見つめている。
破壊すべき、敵だけを。
 
モニターにぐんぐん迫る無数の戦艦が次々に爆破され、まっすぐに道を開いていく。
絶え間なく浴びせられる閃光にも、009は瞬きひとつしなかった。
 
「005!……ノヴァ・ミサイル発射!」
 
レーダーに指揮艦隊の赤点が示されるのと同時に、009が吠えた。
間髪を入れずイシュメールは烈しく胴震いし、すさまじいエネルギー体が発射された。
 
――す、ごい……。
 
次の瞬間、前方はまばゆい光に満たされ……その光が消えると、全ては終わっていた。
 
ノヴァ・ミサイルの威力はサバも熟知している。
まさに必殺の武器だが、それだけにミスは許されないし、烈しい戦闘ので照準を合わせることも、発射のタイミングをはかることも難しい。
ミサイルを操る005の能力も底知れないが、発射命令をここまで冷静に、ここしかない、という瞬間に出すことができる指揮官も滅多にいないはずだ。
サバは、畏れと敬意をこめて009を見上げた。
 
戦鬼、という言葉がふと心に浮かぶ。
この人は……こういう人、でもあったのだ。
 
 
 
死んだように眠る001を抱いて005がコックピットに戻ると、それを待っていたように009がゆらりと立ち上がった。
 
「無茶を、したな……おまえも、001も」
「……わかってる。でも、大丈夫だよ、005」
「001……?」
 
不安げにそっと001をのぞき込むサバに、005は心配いらない、と微笑んでみせた。
 
「やれやれ。船体のチェックが終わったよ、009。損傷が思ったより烈しい。どこかに立ち寄れる惑星があればいいんだが……」
「サバ、心当たりはないかい?」
「ええと……待ってください、調べてみます」
 
サバが身を翻し、パネルを操作し始めるのをちらっと見て、008は笑った。
 
「止めないんだな、009……そんな時間はない、と言われると思っていたよ。ずいぶん長い間議論しなくちゃいけないと覚悟していたんだが」
「修理をしなければどうにもならないことは分かっているさ……005の言う通り、無茶をした自覚はあるからね……それに」
 
――時間なら、稼いだ。たぶん。
 
「ありました!……ファンタリオン星です。コマダー星とも交流のあった惑星ですから、危険はないと思われます。それに、ハイドロ・クリスタルの補給もできるはずです」
「そうか。それはよかった……!」
「おー、久しぶりに地面が踏めるってわけだ、ありがたい」
「ノンビリしすぎちゃ駄目アルよ、あんさん!」
「なにぃ?…オマエにだけは言われたくないぜ!」
 
さっきまでの修羅場が嘘のように明るく笑い合うサイボーグたちに、サバは改めて驚嘆の眼差しを向けていた。
 
この人たちなら、勝てるかもしれない。
どんな敵であろうと。
 
 
 
イシュメールを難なく始末するはずだった大船団が壊滅した、という知らせに、ガロは顔色を変え、おそるおそるゾアを見上げた……が。
 
「やはり、そうだったか」
「……ゾ、ゾア……さま?」
「オマエの連れてきた地球のサイボーグは、エスパーではない」
「な、なんですと…?!」
「愚か者が……!」
 
咄嗟にその場に平伏したガロを冷ややかに見下ろし、ゾアは淡々と言った。
 
「すぐに、ファンタリオン星を攻撃しろ」
「……?」
「ヤツらは、ファンタリオン星に向かった。そこで息の根を止めるのだ」
「はは…っ!」
 
あたふたと立ち上がったガロを不快そうに一瞥すると、ゾアは思い出したように付け加えた。
 
「あの、地球のサイボーグだが……」
「はっ!……も、申し訳ございません。すぐに処分を……」
「いや。生かしておけ」
「は……?」
「念のためだ。オマエは信用ならん」
「……っ!」
 
改めて平服し、ガロは冷たい汗が流れるのを感じていた。
何としても、失敗するわけにはいかない。
 
「必ずや、ファンタリオン星で、ヤツらを皆殺しに……!」
「……行け」
「ははっ!」
 
ガロはぎり、と奥歯を噛み、最敬礼した。
 
「……愚か者が」
 
どこかおぼつかない足取りで立ち去ったガロの後ろ姿を不快そうに見やると、ゾアは目を閉じた。
船団全滅、の通信と同時に僅かに感じた思念を注意深く探っていく。
 
「……なるほど。面白い」
 
地球のサイボーグなど、たかがしれている。それはわかっていたことだ。
しかし、この思念は……
 
「すべてを破壊し、すべてを消し去る……すさまじいエネルギーだ。こんな男が、この私の他にもいようとは……取るに足らない力しか持たぬとはいえ」
 
だから、宇宙は面白い。
その全てを、手に入れたいと思うほどに。
 


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