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  11   第9章 戯言
 
 
 
ああ。
また、だわ。
また……呼んでいる。
 
どうして、こんな夢を見ているのかしら…?
どうして、目が覚めないのかしら…?
 
誰かが呼んでいる。
熱く、切なく呼び続けている。
 
愛している……愛している、と。
 
しかし、003は振り返らなかった。
その代わりに、彼女は、自分の胸に押しつけられている彼の頭をそうっと抱きしめた。
そうしている間も、背後から呼ぶ声はやまない。
 
愛している、フランソワーズ……愛している!
こっちを見て…僕を見て…!
 
ひどく悲しげな声に、心が震える。
が、003は振り返らなかった。
 
ごめんなさい。
だって、この人が……
 
彼が静かに流す涙は彼女の胸を濡らし、そのまま心の奥まで染み通っていくようだった。
003は彼の柔らかい髪をやさしく掻き撫でながら、繰り返し囁いた。
 
大丈夫よ。
私はいつも、ここにいるの。
だから…もう泣かないで。
 
夢を見ているのだということは、ずいぶん前からわかっていた。
 
時折目が覚めると、009に抱かれている。
彼の愛撫は、たしかにこれこそが現実だと思わせるような熱を帯びて彼女を翻弄したが、それでも、003の耳にはあの呼び声がまとわりついて離れなかった。
 
――これも、きっと夢。
 
夢はまだ続いている……とぼんやり思う。
すると、かき乱されて甘く混濁していた意識がすーっと澄んでくる。
ふと気づくと、彼女はやはり、涙を流し続ける彼を抱きしめたままなのだった。
 
003はふたつの夢の間を何度となく行き来していた。
何度覚めても、どちらの夢も終わらなかった。
 
 
 
つまり、ジョーが二人いる、というのが問題なのだろう。
イワンはそう結論づけた。
 
眠り続ける彼女の心にはいつもジョーがいた。
彼女が彼と共にありたいという願い、彼を求める想いは、痛いほど伝わってくる。
それなのに、彼女は、既にジョーであるはずのイワンの呼びかけに応えない。
 
自分は完全に島村ジョーになっているはずだ。
そのことにイワンは疑念を抱かなかった。
それならば、問題は、結果として島村ジョーが「二人」存在している、ということにある。
フランソワーズの認識もそれによって混乱している。そういうことだろう。
 
…と、すれば。
島村ジョーを「一人」にすれば解決、なのかもしれない。
 
…なのかもしれない、という程度にしか確信が持てないことに、イワンは苛立った。
今すぐ009を抹殺すること自体は、決して難しいことではない。
が、わざわざしたいと思うことでもなかった。
というより、できればそんなことをしたくはない…いや、できないのではないか、というような気さえする。
 
つまり、そういう自分の迷いが問題なのかもしれない。
自分以外の「島村ジョー」の存在を許さない、と、なぜか思い切れない……その一点のみが、完全な島村ジョーになりきれていない部分だという可能性もある。
 
「しかし……そうも言っていられなくなったか」
 
イワンはつぶやいた。
こちらに向かってくるサイボーグたちの……特に、009の強い思念を感じたのだ。
 
「どういうわけなんだろう、ジョー。君は…いつも、僕に『答え』を与えてくれるんだね」
 
やはり、島村ジョーはこの世界に一人でなければならない。
どのような手段をとろうとも。
 
イワンは、改めてそう心に強く念じた。
 
 
 
攻撃がくるはずはない…と思ってはいたが、それでもサイボーグたちは一応の警戒を払いながら、001が示したポイント…太平洋上にぽつりと浮かぶ無人島に降り立った。
 
「しかし、001はどうしてここを俺たちに教えたんだろうな…?」
「…うん。わからないな。…仮に彼が道を誤っている、と僕たちが考えたとして…僕たちに彼を止める術などないだろうに」
「リクツじゃないのよ、008!コドモは、なんのかんの言って、親に叱られたいと思ってるものアル」
「…え。そういうこと?」
「俺たちが、アイツの親…ってことかよ?」
「まあ、そう言うな002。たしかにかわいげのない非常識な赤ん坊だが…だからこそ、我々のようなアヤシイ親ってのもアリかもしれんだろう?…おお、反抗期の我らが愛し子よ!我ら、万難を排して、そなたの望む愛の鞭をしんぜようぞ!」
「ノンキだな、アンタは……と、おい、009!」
「…え?」
 
ぼんやりと前方を見つめ、銃を握りしめている009を002は後ろからこづいた。
 
「オマエは、親のつもりになるなよ?…003のことを忘れるな」
「…002?」
「001は、男として、オマエに向かおうとしている…それぐらいわかっているよな?」
「男、として……」
 
そのままうつむき、溜息をつきそうな風情の009に、002は眉をひそめた。
が、すぐに009は僅かに微笑むと、顔を上げて002を見返した。
 
「少し違う気がするよ、ジェット。僕とイワンをフランソワーズの前に並べるなら…僕たちは、男というよりは、息子たち、だと思うな」
「はぁっ?!」
「それだけくだらん口がきけるなら、まあ大丈夫だろう…見ろ、009…うんざりするが…お出迎えのようだぜ」
 
004は憂鬱そうに息をつき、右手を構えた。
その右手を抑え、009は静かに仲間たちの先頭に歩み出ると、忽然と現れた自分と同じ姿の少年に話しかけた。
 
「君は……イワン、だね?」
 
少年は微笑し、首を振った。
 
「違う。僕は…島村ジョー。君と同じモノだ」
 
009が無言でいるのを確かめ、少年は続けた。
 
「同じモノ…というか、存在、だな。世界における僕の存在の意味は、君のそれと完全に重なるのだ。僕は、人々の幸福と、世界の平和を願う。僕自身など、そのためなら消えてもかまわない。そのように生きている。君も、そうだよね?」
「…フランソワーズは、どこだ?」
「君がそれを知る必要はない。僕は、君だ…君が僕ならそうするように、僕は、彼女を守っているのだから。彼女の願いを叶えるために、僕の全てを注いでいる。そう、僕が平和を願うのは、それが彼女の願いだから…ただそれだけだ」
「フランソワーズを、返してくれ、イワン」
「…返す?…彼女は、君のモノじゃないよ。もちろん、僕のものでもない」
「フランソワーズを、どこに隠した?!」
「隠してなどいない。君が本当に島村ジョーなら、彼女を感じることができるはずだ」
「なん、だと…?」
 
少年はふわり、と宙に浮かび、青い空をぐるっと見上げた。
 
「彼女は…どこにでもいる。君が島村ジョーならわかるはずだ。世界は彼女で満たされているということを」
「いいかげん、戯れ言やめねーとシメるぞ、このクソ餓鬼!」
「…ジェット!」
「フザけた寝言ふかしやがって…!そのツラで言われるとよけいに胸くそ悪いんだよ!」
「うーん、たしかにそうかも。…おい、イワン!とにかく、彼女の無事を僕たちにわかるように示してくれないか?生憎、僕たちは島村ジョーじゃないんでね」
 
落ち着き払った008に、少年は薄く笑い、そうだなあ…とつぶやくと、009を見下ろし、まっすぐ指さした。
 
「そうしたいけれど…無理なんだ。『こっち』には『彼』がいるから」
「…イワン?」
「だからさ、そもそもひとつの世界に、島村ジョーが二人いるなんて、あり得ない…よね?」
 
少年の言葉に、サイボーグたちはさっと緊張し、自然に009を守る体勢をとった。
そんな彼らに、少年は苦笑した。
 
「早まらないでよ。彼を殺す、なんて言ってないし…それに、僕がその気になったら、君たちがどうやったって、止められない」
「…イワン、いったい……」
「それより話を聞きたいな。君たちがここに来ているということは…僕が何かを間違っている、と思ったからだろう?それは…何?」
 
少年はサイボーグたちを見下ろし…ふと005に目をとめた。
005はうなずいた。
 
「…神は、既にこの世に在る。…お前も003も、人間だ。神にはなれない」
「神、というのは言葉のアヤにすぎない。僕が目指しているのは、世界の平和と全ての人々の幸福だ…たしかに、そう言いながら実は私利私欲に走るだけなのが人間というものだけれどね。僕もそうだ…ということかい?」
「たしかに、てめーはうまくやっている方だろうよ…だが」
「イワン!」
 
不意に009が叫び、さらに一歩を踏み出した。
 
「君が今まで世界のためにしてきたことが、間違っているのか、正しいのか…僕は、それがわかって来たわけじゃない。ただ、君はさっき、ひとつだけ間違ったことを言った。それだけは確かだ。だから、僕が糺したいのは、その誤りだけだ」
「…ふうん。何が間違い?」
 
009はまっすぐに少年を見つめた。
その視線に思わずたじろぎながらも、少年は黙って彼の言葉を待った。
 
「フランソワーズは、僕のものだ!」
 
 
 
長い沈黙を破ったのは、少年の笑い声だった。
が、009は身じろぎもせず、少年を見つめ続けた。
 
「まいったな…!まるで、だだっ子だね、009!…これが君だなんて、信じられない…話にならないよ…!」
「……」
「こんな馬鹿な男が島村ジョーであっていいはずはない…んだが。でも、君にチャンスをあげるよ。僕は長い間君を見てきた。本当の君を…知っている。少し、アタマを冷やしたまえ、009…ゆっくり考えればわかるはずだ。君のなすべきことが」
「…イワン?!」
「君は、フランソワーズを守るモノなんだよ、009…僕と同様に。僕は彼女の心を守る。君はこの世界を守りたまえ。僕たちは同じモノだ……二度と、会うことはなくても」
「何…?!」
 
はっと身構えたサイボーグたちの前から、少年は姿を消した。
 
「しまった!」
「ドコに行きやがった…!」
「…一応、追いかけてるけど…彼は、このへんにいる…おそらく、003も」
「…このへん…って」
 
008はギルモアから渡された小さな機械を細かく操作し始めた。
001の精神波を追うことのできる装置なのだという。
 
「このへん、としか言いようがないな…フツウの座標ではとらえられない空間だ。とにかく、研究室は近くにあるんだろうから、それをまず探そうか。二度と会うことがないってことなら、邪魔は入らないだろうし…何か手がかりはあるかもしれない」
「…ったく、世話のかかる餓鬼だぜ…!」
「まったくアルね…001も、ごちゃごちゃ難しいコト考えないで、009みたいに素直に言えばいいアルよ!」
「…え?」
 
我に返ったように006を振り向き、きょとん、と見つめる009に、でもどうやら自覚はないらしいネ…と、006は溜息をついた。
 
 
 
かなり深く潜った…と思うのに、まだ白い靄が立ちこめているばかりだった。
イワンは、慎重に進んでいった。
 
靄はしっとりと優しくまとわりつく。
彼女の胸で眠りにつくときの感覚を思い出し、イワンはふと切ない気持ちになりかけた…が、引きずられてはいけない、と気持ちを引き締めなおした。
彼女は、強い。
ぼんやりしていると、完全に引き寄せられ、のみこまれてしまうだろう。
それを誰よりも知っているイワンだった。
 
…いた!
 
ようやく、靄の向こうに亜麻色の髪が見えた。
少しずつ近づきながら、イワンは彼女が泣いていることに気付いた。
 
「……どうしたの、フランソワーズ?」
 
脅かさないように、優しく…と細心の気を配って話しかけると、彼女は涙でいっぱいの瞳を向けてきた。
 
「イワンがいないの…ジョー。イワンを探して」
「…フランソワーズ?」
 
ということは、ちゃんと彼女には自分が島村ジョーに見えているのだ…と、イワンはひとまずほっとした。
しかし。
 
「イワンのことなら…心配いらないから。もう泣かないで。…僕と一緒に行こう」
「…イヤ。ジョー、お願い…イワンを探して。イワンが泣いているわ」
「大丈夫だよ…君も知ってるだろう?イワンはフツウの赤ちゃんじゃないんだ…一人でも大丈夫なんだから…それより、君は…」
「イヤ、どこにも行かないわ…!イワンが見つかるまで、ここにいる…!」
「…フランソワーズ」
 
イワンはそっとフランソワーズを抱き寄せ、宥めるように優しくその背中を撫でた。
 
「そんなことを…言わないでくれ…」
「ジョー…?」
「僕がいる…それだけでいいじゃないか、フランソワーズ……僕は、君を守る。僕は、君のために生まれた…君のために在るモノだ……イワンのことなんかどうだっていい。これからは二人で永遠の平和を築こう。君が抱き、僕が導く。今までと同じだよ…怖がらないで」
「……あなたは、誰?」
「え…?!」
 
フランソワーズは不思議そうにイワンを見つめた。
不意に恐ろしいほどの不安に包まれ、イワンは彼女の両肩をしっかりつかみ、思いを込めて見つめ返した。
 
「わからないのかい?よく見て、フランソワーズ。僕は、君の願いをかなえたい。君とともに、永遠の平和を築きたい。僕は……」
「あなたは、ジョーではないわ」
「…フランソワーズ?」
 
フランソワーズは悲しそうに首を振った。
 
「あなたは、ジョーではない。ジョーはいつも……迷っているのに」
 
 
 
「こいつは…っ?」
「驚いたな……さすが001、というか……しかし」
「いや、001一人でここまでできるとは思えないな。大方、ガモ博士がひそかに残したものなんだろうが…」
 
サイボーグたちは、ほどなく「研究室」を発見した。
それは、彼らの想像を遙かに超えた設備だった。
ギルモアがいれば、はっきりするのだろうが、BGの影が見え隠れする作業ロボットや計器も少なくない。
 
「……003…?」
 
次々にロックを解除し、奥へと進んでいた008が微かに呻いたのを、009は素早く聞き取り、走った。
 
「どうした、008……っ!」
「大丈夫だよ、009…冷凍睡眠…の状態になっているね。データを見るかぎり、当面危険はなさそうだ。だが、うかつに触らない方がいい。助け出すためには、できれば001の……少なくとも、ギルモア博士の手を借りなくては無理だ」
「……」
 
ばらばらと駆けつけた仲間たちは、カプセルの中で目を閉じている003に、思わず息を呑んだ。
 
「これが、守る…ってことかよ、001…」
「ホントにお仕置き、必要アルねえ…かわいそうに、003……」
「……違う」
 
震える声に、サイボーグたちはハッと009を見つめた。
 
「違う…僕は、こんなことを望んではいないっ……イワン!出てこい!」
「おい、009…?」
「許さない…許さないぞ、イワン…っ!」
 
すさまじい怒りのこもった声に、008は思わず肩をすくめ、002に目配せした。
 
「僕が001だったら、絶対出て行きたくないね……」
「フン。何にせよ遅いんだよ、コイツは…どうせキレるなら、さっさとキレておけばいいものを…!」
「うるさいなあ、009…そりゃ、これぐらいの音量でどうにかなるカプセルじゃないけどね」
「……001?」
 
ぎょっと振り向いたサイボーグたちの前に、もう一人の009が微笑しながら現れた。
同時に、素早くスイッチを噛み、009が消える……が。
 
「危ないよ、ジョー。カプセルを壊しちゃったら、僕でもどうすることもできない。ここでは、加速装置禁止…いいかい?」
「…その姿はやめろ!」
 
加速を解き、叫ぶ009にイワンは笑いながら首を振った。
 
「…イヤだね。009。どうやら、僕らはやっぱり共存できないらしい。003に叱られちゃったよ……僕は、島村ジョーではないって」
「当たり前だ…!今すぐこんなことはやめろ。彼女を元に戻し、君も僕たちのところへ戻るんだ!」
「イヤだ…って、言ったろ?」
「…001!」
「僕は…二度と、イワン・ウイスキーには戻らない。戻れないんだ……」
 
イワンは冷たい笑みを浮かべ、静かに右手を振り上げた。
その掌が青白く光り始める。
 
「今の僕は、君たちを殺すことだって……できるよ。フランソワーズを失うよりは、ずっとマシだからね」
「…001?」
「ここから立ち去れ。二度と僕たちに関わるな!」
「そうは行くかよ!…わかってるのか、餓鬼?…失うもなにも、彼女はもともとオマエのモノなんかじゃ…っ!」
「うるさい…!」
 
掌が素早く002に向けられる。
まばゆい光の中で声もなく倒れた002に、サイボーグたちは息をのんだ。
 
「邪魔を、するな……ここから立ち去れ」
 
これが、最後の警告だよ…と、001は微笑した。
 


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