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二周目


  12   帰還(平ゼロ)
 
 
「もし、この家が焼け落ちてしまったら…あなたは、どこに帰るの?」
 
突然の問いに、009は何度も瞬きして003を見つめ返した。
これから住むことになる、新しい家が完成したときのことだった。
 
海岸にログハウスを建てる…という発想に、009もはじめは少し驚いた。
だが、008の説明で納得した。
 
「たしかに、潮風でやられるってのはわかってる…でも、たぶん…この家を長持ちさせることについては、そう気を配らなくてもいいだろう、と僕は思う。それにね、海岸に近い方が何かと便利さ。出撃も地下から直接行けるし、攻撃されたときも、フツウの人に迷惑をかける可能性が小さい」
 
つまり…そういうことなのだ。
この家に無事で何年も住み続ける。
そう信じることができる者は、まだ誰もいない。
 
戦いは、本当に終わったのだろうか?
 
それは、全員が感じていることだった。
特に、第一世代の4人は。
 
長い長い戦いの日々。
それは、本当に終わったのだろうか?
本当に、自由になれたのだろうか?
 
…でも。
 
009はなるべく明るく答えようと努力した。
この鋭い碧の目が、そんなささやかな演技を見逃してくれるとは思えなかったけど。
 
「僕には、はじめから家なんかないからさ…君たちがいるトコロが家だと思って、ソコに帰ることにする」
「……」
 
不意に、003が大きく目を見開いた。
まっすぐ見つめられて、009は少したじろいだ。
 
「…どうしたんだ、003?…やっぱり…まだ、不安かい?」
「い、いいえ…そうじゃないの」
 
003はうろたえたようにコトバを濁した。
いつもの彼女らしくない。
 
「そうよね…帰るトコロは、家とは限らないわ…」
「…え?何て言ったの?」
 
のぞき込む009に、003は黙って微笑を返した。
そのままゆっくり新しい家へ歩き出した後ろ姿が、どことなく儚く見えて、009の胸は痛んだ。
 
そうだよね。
君の家は…もうどこにもない。
 
でも…でも、もしできるなら。
ココを、君の家だと思ってもらえるといい。
僕たち…家族にはなれなくても…帰るトコロがない、なんて思わないようになれるといい。
 
君も…僕も。
 
 
 
ホントに…燃えちゃったわ。
私たちの…家。
 
出撃前夜、一人研究所の焼け跡にたたずみ、003はじっと目を閉じていた。
 
不吉な予感は、いつも当たる。
それなら…
 
「やっぱりここにいた、フランソワーズ」
 
振り返った003の目が怯えているのに気付き、009は微かに眉を寄せた。
無理もない。
…でも。
 
「すっかり、燃えちゃったね…」
「…そうね」
「フランソワーズ。初めて、ここに立ったときのこと…覚えてる?」
「……」
 
またうつむいてしまった003の両肩をそっと抱きながら、009はささやくように言った。
 
「僕の考えは…あのときと、同じだ」
「……」
「この家がなくなっても…僕には、帰るところがある」
「……」
「それが、君たちなんだ」
 
だから。
だから、君も悲しまないで。
帰るところを無くしたなんて、思わないで。
 
君は一人じゃない。
君にはいつだって、僕たちが…僕が、いる。
 
そう言いたいのに…コトバが出てこない。
一番肝心なコトバなのに。
 
もし言えたら…君は笑ってくれるんだろうか。
 
「私って、ダメね」
 
不意に、003が口を開いた。
儚い笑顔。
 
「きっと、罰が当たったんだわ…家が建つなり、もし、これが焼け落ちたら…なんて、口にしたから」
「そんなこと…ないよ、君のせいなんかじゃない!」
 
真顔で一生懸命首を振る009に、003はまた笑った。
 
「言わなければ…よかったかのかしら」
「どっちだって、同じさ…関係ないよ」
「……」
「僕は、君が何でも言ってくれた方がいい。一人で不安に思っていたりしないで」
「…009」
 
不意に手をぎゅっと握られて、009は目を丸くした。
003が微笑んで見上げている。
温かい、優しい…強い笑顔だった。
 
なんてきれいなんだろう、と思った。
 
伝われ。
伝わってくれ。
 
009は祈った。
精一杯の思いを込めて、彼女の手を握り返した。
 
僕は、君がいるところに帰る。
君は、僕がいるところに帰る。
 
僕たちは、ずっと離れない。
 
 
 
夜明けの夢は、正夢になる…って、誰に聞いたのかしら。
兄さん?
それとも…
 
誰かに夢の話をすると、それは現実になる…とも聞いたような気がするわ。
ううん、逆だったかしら?
誰かに夢の話をすると、それは現実にならない…ということだったかしら?
 
 
焼け落ちる家。
海底にひとり沈んでいくドルフィン号。
闇の中での戦い。
 
…そして。
 
あなたが、炎に包まれる。
遠い、遠いところで。
 
あなたの声を聞き、私は手を伸ばす。
空へ向かって。
 
私はあなたを呼ぶ。
声を限りに。
 
帰ってきて。
帰ってきて、ジョー!!
 
あなたが…見える。
今にも消えそうなあなたの指が、懸命にのばした私の指に少しずつ近づいて、そして……
 
「フランソワーズ?」
 
003はハッと顔を上げた。
いつの間にか抱き寄せられていた。
 
心配そうに、一心にのぞき込む赤褐色の瞳。
胸がいっぱいになった。
涙があふれそうになる。
 
「本当に…どうしたんだ、フランソワーズ?」
「……」
 
 
何度も…何度も見た夢。
いつも、ここで目が覚める。
終わりが、わからない。
 
あなたに話そうかよそうか、何度も考えたわ。
そして、決めたの。
 
誰にも…言わない。
そう、決めた。
 
これは、私の秘密。
私の賭け。
 
 
「心配なことがあるなら…言ってくれればいいのに」
 
009の腕に力がこもる。
003は彼の胸に額を押し当て、涙を隠した。
 
 
ええ。
全部…話すわ。
 
全てが終わり、あなたが、私のもとへ帰ってきたとき。
それまでは…夢は夢のままで。
 
誰にも言わない。
そして、信じて、戦うの。
 
私の指は、あなたに届く。
あなたはきっと帰ってくる…と。


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