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三周目


  7   闇夜(旧ゼロ)
 
 
003の目が見えなくなったという知らせに、009はとるものもとりあえずギルモア研究所に駆けつけた。
 
「…003!」
 
クルマから転がるように飛び出し、半ば叫びながら突進した玄関のドアが、いきなり開いた。
思わずつんのめるようになり、009は何度も瞬きした。
 
「どうしたの、009…そんなにあわてて」
 
ドアを開けたのは003だった。
 
「どうしたの…って…君、目が…」
 
まさか007に担がれたんじゃないだろうな、と思いかけたのと同時に、003があら、と小さく声を上げた。
 
「やだ、009には言わないで…って言ったのに」
「…え」
 
そっとのぞいてみると、彼女の目は、たしかにいつもどおり美しかった…けれど。
…たしかに。
 
「ホントに…見えないのか?」
「…ええ。でも、心配いらないんですって」
「へ?」
 
 
 
はらはらしながら見守っていたのははじめのうちだけだった。
慣れた手つきでお茶を入れ、009に勧める003は本当にいつもどおりの彼女で。
 
「たいしたトラブルじゃないみたい。そうね…今日で3日目だし…ずいぶん慣れたわ」
「慣れた…?」
「心配かけてごめんなさい…博士が戻られたら、すぐ直してくださるって」
「戻られたら…って」
 
なんなんだ、博士は…
会議なんかよりこっちの方が大切なのに!
 
憮然とする009の気配に、003はちょっと首をかしげた。
さりげなくティーポットを取り、お茶のおかわりを注いでくれる。
本当に、これで見えていないとは思えない。
 
「私は、耳もいいでしょ?家の中のことならよくわかっているし…あなたたちの音もちゃんと覚えているから」
「僕たちの…音?」
「ええ」
 
003はふふっ、と面白そうに笑った。
 
「とにかく…僕は博士が帰るまで、ここにいるよ」
「あら…大丈夫よ、009」
「大丈夫?どこが?万一敵に狙われたりしたら…」
「そんなことあるはずないじゃない…それを言うなら、会議にいらっしゃる博士や、お泊まり遠足にでかけた007の方がよっぽど…」
「いいから…!007は君を心配して、僕に電話をよこしてきたんだぞ」
「あの…あのね、009…本当に大丈夫なのよ。もうすぐ、004も来てくれるの」
「…004?」
 
なんで、僕を飛び越えて、ドイツなんだ?
 
 
 
004だけでなく、002も一緒だった。
要するに、ただ日本へ観光旅行を楽しみにきただけだった二人は、003の目が見えない、と聞いて驚いた。
 
「それならそう言えばいいじゃねえか…!そうすれば、こんな面倒かけるような真似は…」
「だから、それほど不自由じゃないのよ…せっかく来てくれたんだもの…逢いたかったの」
「逢いたかったって…見えないのにか?」
「いいの…私にはわかるんだから」
「003、もうそっちに持っていっていいかい?」
「あ、はーい!ありがとう、009…」
 
大皿を持って台所から出てきた009に、002は意味ありげな目配せをした。
 
「ま、どっちにしても晩飯ごちそうになったら、宿は他でとるぜ…な、004?」
「…そうだな」
「まあ、どうして?」
「どうしてって…009が泊まるんだろ?今日は?」
「なっ…待てよ、002!」
「泊まらないわよ…ね、009?」
「……。」
 
奇妙な沈黙が落ちる。
003は首をかしげた。
 
「それとも、009も二人とお話したい?明日はお仕事なんじゃないの?」
 
ベッドの用意をもう一つするのは簡単だけど…と生真面目に言う003を009は素早く遮った。
 
「いいよ、僕は帰るから。始めからそういう予定だったんだろう?」
「ええ…でも、ベッドなら…」
「いいから」
「でも」
 
002はこっそり肩をすくめ、004と顔を見合わせた。
 
 
 
002と004はよくしゃべった。
テンポのよい会話を、003もコロコロ笑いながら楽しんでいるようだった。
 
「しかし、どーしても納得いかねえなあ…お前の目が見えてないなんて」
「まあ、いつも酷使してるわけだからな。休みだと思ってのんびりかまえてろ」
「そんな、暢気な…!」
 
気色ばむ009をゆるやかな視線で牽制すると、004はグラスを傾けた。
 
「そうねえ…真っ暗…って、久しぶりの体験なのよね……」
「真っ暗…か。言われてみれば、俺たちもこの体になってから経験ないわけだが」
「そうでしょう?」
「やっぱりコワイか?」
「そんなことないけど…なんだか懐かしい感じ、かしら…?」
 
懐かしい感じ?
何言ってるんだ、003は。
大体、もう何時だと思ってる?
早く休ませてあげなくちゃいけないのに。
 
「ガキのころって、暗闇がむやみに怖かったよなあ…」
「そうね…お化けか何かがいる…!って、どうしてかそんな気がして…おかしいわね、こうして闇なんて知らない目になった今の方が、あのころよりずっとずっと恐ろしいモノをたくさん見ているんだわ」
「そうだな…だが、子供にはやはり何かが見えているんだろうさ、闇の中に…目に見えないものは、何も見えない闇の中でこそ見えるものだ」
「おめーの話はわかんねーんだよ、004!酔ってるだろ?」
「もう…!002ったら、これ以上暴れないで…!」
 
彼女の笑顔にごまかされちゃダメだ。
彼女は、いつだって笑ってるけど、本当は……
 
「…帰る」
「…009?」
「おやすみ。早く寝た方がいいよ。疲れてるだろう?」
「いや?俺たちは別に……」
「君たちのことじゃない!」
 
沈黙は一瞬だった。
 
002と004がほとんど同時に立ち上がる。
二人はカバンを無造作にかつぐと、すたすた玄関へと歩いていった。
 
「え…え、待って、二人とも…!」
「つい楽しくて時間を忘れちまった…宿が見つからなかったらコトだからな」
「何言ってるの…ねえ、待って…お風呂も、ベッドも用意してあるのに…!」
「…だそうだ、009…頼んだぜ」
 
うまくやんな、と009の耳元で風のようにささやき、002はばたん、とドアを閉めた。
 
「…なんなんだ」
「…ホント」
 
ってか。
どうしよう?
 
…いや。
どうするもこうするもないじゃないか。
 
僕は、帰るんだ。
帰るって言ったんだし。
 
 
 
風が窓を微かに揺らしている。
いつもと同じ、静かな夜。
 
いつもと違うのは…
耳を澄ましても、誰の寝息も聞こえないことだった。
 
003は小さく溜息をついた。
 
さっき、時計が1時を打った。
あと数時間で夜明け…明日がくる。
 
明日になれば、007が帰ってくる。
おみやげ買ってくるからね、って言ってたから…きっと急いで帰ってきてくれるわ。
 
彼の慌ただしい足音と、元気な声を思い浮かべようとしながら、003はくるっと寝返りをうった。
 
…でも。
夜が明けても…私のこの闇はかわらないのね。
 
ふと、004のコトバがよみがえった。
 
『闇の中では…見えないモノが見える』
 
嘘よ。
何も見えないわ…何も。
 
どうしよう。
…怖い。
 
本当に一人になるなんて、思っていなかったわ。
一人になったからって…こんなに怖いなんて、もっと思わなかった。
もう…子供じゃないのに。
 
ホントは…ジョー、あなたにいてほしかった。
あなたの側にいれば、何も怖くないもの。
でも…あなたは忙しいから。
我が侭を言って、困らせるのはいや。
 
003は毛布にくるまったまま、そうっとベッドを降りた。
廊下をそろそろ歩く。
 
階段を下りたところに、電話がある。
 
ジョーに電話をかける…つもりではなかったけれど。
せめて、電話の近くにいれば…少しは。
 
手すりを探りながら、ゆっくり階段を下りる。
床のきしむ音がいつもと違うような気がしてならない。
思わず立ち止まり、耳を澄ました。
 
何も聞こえない。
 
「…!」
 
003はきゅっと唇を結んだ。
手すりにつかまりなおそうとしたとき。
 
知らない、気配がした。
 
何…!?
だれか、いるの…!?
 
恐怖に、体が硬直する。
たしかに、気配がある。
何も聞こえないのに。
 
…そんなはずない。
緊張して耳を澄ましている003に音をとらえられることなく、家の中に忍びこめるモノなど、あるわけない。
 
『闇の中では…見えないものが見える』
 
いや…!
いやよ、見たくない…こないで…!
 
夢中で手すりにしがみついた瞬間、すさまじい力で、いきなり後ろから両肩をつかまれた。
 
「きゃああああああああっ!!!!」
 
003は我を忘れ、叫んだ。
 
 
 
あっという間に羽交い締めにされる。
懸命にもがいた。
 
この、音…サイボーグ!
 
でも、違う…009じゃない。
002でも004でもないわ…!
 
『万一敵に狙われたりしたら…』
 
ああ、009の言ったとおりになってしまった。
どうしよう…捕まってしまう。
 
「いやっ!いや…離して!」
「003…!」
「離して…助けて、ジョー…ジョー…!!」
 
彼に声が届くはずないのに。
でも、彼を呼ぶことしかできない。
弱い私。足手まといの私。
 
「003…フランソワーズ、落ち着け!僕だよ…009だ!わからないのか?」
 
違う!
ジョーの音じゃないわ。
怖い…!
 
あなたは、誰?
私たちを…00ナンバーだと知っている、この人は、いったい……
 
「嘘…!イヤよ、離して!」
「フランソワーズ!」
 
ものすごい力ではねとばされ、009はほとんど落ちるように階段を駆け下り、ぱっと振り返った。
階段の中程で暴れていた003が足を滑らせ、頭から落ちようとしている。
 
「加速…!」
 
勢い余って、一番下の段を踏み抜いてしまった…けれど、そんなことを気にしている場合ではない。
彼女の頭が下にたたき付けられる一瞬前、009の腕はその体を抱き取っていた。
 
「…フランソワーズ…!」
 
003が気を失っているだけなのを確かめ、009はようやく深い息をついた。
 
 
 
「まったく…!何が『あなたたちの音はちゃんと覚えている』だよ〜!」
「う〜ん…でも、アニキも悪いと思うよ、そんな夜中にいきなり忍び込んで抱きついたんだから」
 
うんうんともっともらしく腕組みをしながら、007はむやみにうなずいた。
003はうつむき、少々恨めしそうにつぶやいた。
 
「そうよ…本当に、心臓が止まりそうなぐらいびっくりしたわ。009ったら、音もたてないで入ってきて…」
「君を起こしたら悪いと思ったからじゃないか!それに、抱きついたって、なんだよ?…びっくりしたのは僕の方さ、君ときたら、今にも階段から落ちそうだったんだぞ。支えようとしたら暴れるし…!」
「ああ、大きな声を出したらいかん、009…!003はまだ感覚が不安定な状態なんじゃ、どうしてもっといたわってやれんのか…」
「お言葉ですが、ギルモア博士、そもそも、博士がすぐに戻って治療してくださらないから、こういうことに…!」
「もう、やめて、009…」
 
003が半分涙声で、消え入るように言った。
009はむっとしながらも、何度か深呼吸を繰り返し、007をひきずるようにして処置室を出ていった。
 
「まーったく、困った子じゃわい」
「いいえ…博士、ごめんなさい。本当は、私がいけないんです。009の言うとおりだわ…仲間の音を聞き分けることができないなんて…」
「怯えておったんじゃ…無理もない」
「それも、情けないわ」
 
ギルモアは黙って肩をすくめるようにした。
 
「004が言ったそうじゃの…闇の中では、見えないものが見える、と…ソレだったんじゃないのかね?」
「え…?どういう…ことですか?」
「君は、闇の中でいつもと違う…君の知らない009を見たのかもしれん…そういうことじゃよ」
「……。」
「ふふ、まあよろしい。ゆっくり休みなさい」
 
ギルモアは父親のような仕草で003の毛布をかけ直してやった。
 
 
 
どうしてもっといたわってやれないのか、だって…!?
 
009はいらいらと砂浜を歩いた。
 
あんな意地っぱり…!
僕が心配したって、「大丈夫よ」しか言わないんだ。
いつも…いつも、そうだ。
 
一人が怖かったのなら、そう言ってくれればいいじゃないか。
なんだよ、僕なんかいない方がいい、邪魔よ…って顔してたくせに…!
 
いたわってあげたい…あげたいけどさ。
どうしてあんなにかわいげがないんだろう、003は。
あんなに…きれいで優しい子なのに。
 
そうだよ、それなのにぜんっぜんかわいくないんだ…!
 
…でも。
 
009はふと足を止め、水平線を見やった。
 
でも。
ほうって…おけない。
 
昨夜だって、戻ってみてよかった。
 
あんなに…怯えて。
階段の途中で手すりにしがみついて…震えてた。
小さい女の子みたいに。
 
博士も、007も、002も004も…
みんな、003があんな女の子だなんて知らないだろう。
意地っぱりで、気が強くて、美人で優しい僕たちの003が、あんなに恐がりの女の子だったなんて。
 
僕だって、知らなかったけどさ。
でも…なんだか、予感がしたんだ。
本当に、戻ってみてよかった。
 
やっぱり、ほうっておけないよ。
正直言うと、彼女がもう少し素直でかわいくて、僕に頼ってくれる女の子なら、もっと気楽なんだけど。
 
でも、それじゃ003じゃないもんな。
しょうがない。
 
それに、なんだかんだ言ったって、彼女は結局僕を呼ぶんだから。
あんな大きな声で…一生懸命にさ。
 
 
きれいな貝殻を探して、帰ろう。
子供みたいって、笑うかな。
 
まあいいや、笑われたって。
君が笑ってくれるんなら…ね。
 


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