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四周目


  12   帰還(旧ゼロ)
 
 
なぜか、これが最後の別れになるような予感がしていた。
 
 
謎の「人形」を調査するため、P国へ向かう009と001を乗せた小型機はぐんぐん遠ざかり、やがて003の視界からも消えた。
 
出撃の時は、高まる気持ちと同時に、いつも微かな不安がある。
たぶん、それだろうと、003は懸命に自分を宥めた。
殊に、この任務には全人類の命運がかかっているのだから。
 
「009……どうか、無事で」
 
こらえきれず、とうとう小さくつぶやく。
009が連れ去られた…と001の連絡が入ったのはそれから間もなくのことだった。
 
 
 
001を抱きかかえ、すさまじい加速に耐える。
早く、1秒でも早く……!
 
003は懸命に前を見つめた。
U国の軍事基地がみるみる迫ってくる。
どこからか、009の声が聞こえるような気がした。
 
後は君たちに任せる!
どうか、世界に、平和を…!
 
「どこに着陸する、003?」
 
004の声に素早く目を走らせ、003はミサイルのコントロールルームを探した。
 
「あったわ!一番近い入口前に着陸します!007は何か小さいものに変身して、006は地下から。コントロールルームまで私が誘導します!005、シャッターを破ってちょうだい。004は、警備隊を抑えて!」
「了解〜!」
 
機体を急停止させるや、サイボーグたちは次々に飛び出していった。
003は地上の007、地下の006を導きながら、続々迫る戦車隊の情報を004に送った。
 
お願い、間に合って…!
ああ、それに…009と002は?
 
ともすると浮かび上がってくる不安を打ち消し、003は能力を全開にしていた。
数分後、007と006から、コントロール室を制圧、ミサイル発射阻止に成功、と連絡が入る。
ほっと胸をなで下ろしながら、008を振り返ると、彼は微笑してうなずいた。
 
「あとの始末は俺たちにまかせろ、003。君は、急いで002と009を援護するんだ!」
「行こう、003。僕をしっかり抱いて!」
 
001が小さい手を挙げ……次の瞬間、二人の姿は消えた。
 
 
 
とにかく、全速力で飛んだ。
 
001は009がミサイルを向けたという怪しい人工衛星の位置を告げただけで、後はU国の戦闘に意識を集中させていた。
だから、それ以上の手がかりはない。
 
そこに、本当に009はいるのか。
ミサイルで人工衛星を破壊したとして……なら、アイツはどうなる?
 
何もかもわからないままだったが、飛ぶしかない。
後でもっと速く飛んでいれば…などと悔やむのだけはゴメンだ。
 
そのとき。
002の耳に、微かな通信が入った。
 
「こちら003…002、聞こえる?こちら003……」
「003か、助かったぜ…!009はどこだ?この方向でいいのか?」
「009は爆発の衝撃で飛ばされたわ。誘導します!」
「ありがたい……で、奴は無事なのか?」
 
一瞬の間があった。
 
「無事よ。お願い、002…009を助けて!」
「わかってるって…飛ばすぞ、003……ついてきてくれよ!」
 
マッハ5……マッハ5.5……マッハ6……。
 
003の指示が細かく入ってくる。
そのたびに進路を微調整した。
空気の摩擦で、防護服が少しずつ焼け始める。
それでも、002はスピードを上げ続けた。
 
マッハ6.5……!
神様…!
 
002は大きく目を見開いた。
彼方に、何かが落下していくのが見える。
 
「あれが、009よ!」
「わかった!見つけたぜ…!」
 
そうとも。
このジェットさまが見つけたからには、逃すものか。
待ってろよ、009……最後まであきらめるな!
 
 
 
湖に着水した二人が岸に泳ぎ着くと、001がふわふわ宙に浮かんでいた。
 
「やあ、お帰り…009。002もご苦労だったね」
「ありがとう、001…そっちも、間に合ったんだね…よかった」
 
009は大きく息をついた
頭上に広がる穏やかな青空。
その美しさが、作戦の成功を何より強く物語っていた。
 
「二人とも、ちょっと休みたまえ…もうすぐみんなが迎えにきてくれる」
「ああ、そうさせてもらうぜ…と?」
 
002は首を傾げた。
009も思わず叫んでいた。
 
「どうしたんだ、003!」
 
大きな木の根本にもたれるようにして、003がじっと目を閉じている。
001は二人を抑えた。
 
「目と耳の使いすぎだよ……スイッチが切れなくなって、危険な状態になったから、僕が意識を飛ばした。早くギルモア博士に見てもらわないと」
 
 
008が中心になって取り組んだ「後始末」はミサイル発射阻止よりも、ある意味困難を極めた。
が、実際に発射命令を出したことで、両国の指導者たちは、すさまじい絶望感と悔恨とを経験していた。
交渉は、それまでよりもずっと円滑に進んだ。
 
実際にミサイルを発射したP国の方に国際世論の非難が集まりかけもしたが、発射を止めようと命を落とした士官の存在が、それを和らげることになった。
 
「道は遠い。だが、われわれは歩み始めた。歩みを止めてはならん」
 
ようやく事態が落ち着き、P国を離れるとき、ギルモアはそうつぶやいた。
 
一方、先に研究所に帰された003のメンテナンスにも、かなり長い日数が必要だった。
彼女がようやくほぼ元通りに回復した、と001から知らせが入ったのは、サイボーグたちがP国を発つ前日のことだった。
 
 
 
003に避けられている。
気のせいではない…と、009は思った。
 
研究所に帰還した仲間達を、001を抱いた003は「お帰りなさい。おつかれさま」と、いつもの笑顔で迎えた。その後も、特に以前と変わった様子はない。
 
しかし。
003は、明らかに009と二人きりになるのを避けていた。
そう感じたのは、もちろん、009が彼女と二人でゆっくり話をしたい、と望んでいたからだ。
 
やがて、仲間達は一人ずつ故郷へと散っていく。
最後に発った002を空港で見送り、振り返ると、003はもう背中を向けて歩き始めている。とりつく島がないというのはこのことだろうか。
009はこっそり肩をすくめた。
 
空港からほとんど無言のドライブを終え、研究所にようやく着くと、003は「ありがとう」と艶やかな笑みを009に向け、それでいて彼から話しかけられることを拒否するように、さっとシートから離れようとした。
 
もう、ガマンできなかった。
 
「何を怒ってるんだ、003!」
「…009?」
 
不思議そうに見上げる瞳が美しいから、よけいに苛々する。
009は素早く車を降り、003の両肩を掴んだ。
 
「怒ってなんかいないわ…どうしたの、009」
「……」
「…これからお仕事があるんでしょう?急がないと…」
 
その通りだった。
が、彼女を離してはいけないような気がした。
 
「もう一度聞くよ、003…君は、怒っているね?僕のことを」
「……」
「すまないが、ちゃんと話してくれないか」
「……」
「僕が君を怒らせたのなら、その理由を知りたい」
「…知って、どうするの?」
 
ふと003はつぶやき、009をまっすぐに見つめた。
その視線の強さにたじろぎながらも、009は彼女の肩を掴む手に力を入れ直した。
 
「どうする…って?」
「話してもどうにもならないことよ…怒っているように見えたのならごめんなさい…もう、気にしないで」
「…なんだよ、それ?」
 
顔をそむける003を強く引き寄せようとしたとき。
車の中から発信音が聞こえた。
 
「呼んでるわ…早く行って!」
「…っ!」
 
どうしようもない。
009は心で歯噛みしながら003を突き放すように解放し、車へと走った。
 
 
 
「お帰りなさい」
 
小さい声で言ってみる。
研究所の広いテラスに立ち、遠くの海を見つめながら、003は繰り返しつぶやいた。
 
「お帰りなさい。お帰りなさい……お帰りなさい」
 
今度、彼がここに来るのはいつか、わからない。
あんな態度をとって、不愉快な気持ちにさせてしまったのだから…しばらくは来ないかもしれない。
それなら、その方がいい。
 
いつであっても……今度、彼がここに来たら。
そうしたら、言わなければならないと003は思った。
言えるように…ならなければ。
 
「お帰りなさい…009。お帰りなさい…ジョー」
 
続けて言ってみる。
それがどう違うのか、本当はよくわからない。
でも……
 
溜息をつきかけたとき。
突然、風が舞った。
003はハッと身を堅くした。
 
この、気配…!
 
「…ただいま、フランソワーズ」
 
背中に、優しい声。
体が動かない。
 
「そうか…そういえば君にお帰りなさい…って言ってもらってなかったんだ」
「…嘘!」
 
素早く振り返った。
白い防護服に赤いマフラー。
009が微笑している。
 
「私、ちゃんと言ったわ…!」
「それは…みんなに…だろ?僕だけに言ってくれたわけじゃない」
「…009」
「どうして?やっぱり、君は怒ってる」
「……」
 
瞬きもせず見上げている澄んだ瞳に、涙がわき上がった。
泉のようだ。
その滴をそっと指で受け止めながら、009は囁くように言った。
 
「君は…わかっているんだろう、あのときのこと。だから…怒ってる」
「……」
「本当のことを言うよ。僕は、死ぬつもりだった。あきらめていたんだ、あのとき…でも、君は僕を見ていてくれた…僕を、見つけてくれたね」
 
003は小さくうなずいた。
 
「僕はサイボーグだ。平和のために戦わなければならない…君の傍にいて、君を守ってあげることはできない」
「私もサイボーグよ…あなたと、同じだわ」
「…うん」
「約束、してくれる…ジョー?」
「約束…?」
 
003は009の胸に顔を埋め、涙を抑えた。
 
「どんなに遠くに行っても…どんなに時間がかかってもいいわ。待っているから…だから、あきらめないで」
「…フランソワーズ」
「そうすれば、私…あなたを探すことができる」
「……」
「約束…して」
 
009は静かに尋ねた。
 
「それで…君は、いいの?」
「……」
「必ず帰ってくる…って約束しなくて、いいのかい?」
 
003は黙って首を振った。
それは守れない約束かもしれないから…と、そう言い切ることはまだできない。
…でも。
 
優しく抱き寄せられ、003は目を閉じた。
彼には、何もかもわかっているはずだった。
そう、感じた。
 
「お帰りなさい、ジョー」
「…ただいま、フランソワーズ」
 
 
約束しよう。
僕は、あきらめない。何があっても。
君がいる岸辺に、僕は帰ろう。
 
あきらめないよ、フランソワーズ。
信じてくれ。
 
それだけが、君にあげられる、ただ一つの誓いだから。
 


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