お見舞い

   原作
はじめてジョーがひょっこり入ってきたとき、フランソワーズは文字通り目を丸くして驚いた。
 
「どうしたんだい?そんな顔して」
「どうしたって……ジョーこそどうしたの?何かあったの?」
「何かって…何?」
 
ジョーはベッド脇のスツールをさっさとひっぱりだして腰掛けると、カバンを開け、何やらごそごそ探り始めた。
 
「はい、これ…お見舞い」
「お見舞い…?」
 
小さな包みを手渡され、フランソワーズはまた首を傾げた。
 
「あ…クッキーなんて、食べちゃいけなかった?」
「ううん…食事制限はないらしいから、大丈夫よ…でも、本当にどうしたの、ジョー?何か困ったことでも起きたの?」
 
入院して5日目だった。
たしかにそろそろ研究所のことが気になり始めていた…のだけれど。
 
フランソワーズの問いに、ジョーはただ不思議そうに見つめ返すだけで、何も答えない。
仕方がないので、更に尋ねてみる。
 
「もしかしたら、イワンが…ぐずってる?」
「いや。まだ眠ってる。そろそろ起きるのかな…うん、起きたら君がいない…ってウルサイかもしれないね。そんな病気、僕がすぐ治すから連れて帰ってこい、とか言われるかも」
「まあ。でも、そんなの…今更困るわ」
「…そうだね。大丈夫。イワンだってわかってるさ、そういうことぐら…い…」
 
語尾がなんだかふわふわした感じになった…と思うか思わないかのうち、ジョーがひとつ大あくびをした。
なんだかどっと力が抜けて、フランソワーズは手渡されたクッキーの包みをやや邪険にサイドテーブルに置いた。
 
「…食べないの?」
「もうすぐ夕食だから」
「あ。そうか…邪魔になるかな、僕」
「そんなことは…ないけれど……」
 
フランソワーズの言葉を聞く風もなく、そうか邪魔だよな、ここ、せまいしね…とジョーはにわかにあたふたし始めた。
あっという間に立ち上がり、カバンを背負いなおし、スツールを丁寧に戻す。
 
「それじゃ…おやすみ、フランソワーズ。また明日来るよ」
「…明日?」
「うん。何か、欲しいものはある?雑誌とか…あと、なんだろう、何か細々したもの」
「…特に、ないわ。ありがとう」
「そうか…じゃあ、お大事に」
 
ぱたん、とドアがしまる。
 
何だったのかしら、今のは…とフランソワーズはひたすら首を傾げ続けた。
 
それが、本当にただの「お見舞い」で、実のところ彼にとっても彼女にとってもそういうことは初めての経験だったのだ…ということに、フランソワーズがふと気づいたのは、それから3日目、明日は退院する、と決まった日のことだった。
 
「明日の午後2時だね?ぞれじゃ、30分ぐらい前に迎えに行けばいいのかな?」
「ありがとう、ジョー…でも、お仕事は?」
「休むからいいよ」
「そんなの…そこまでしてくれなくてもいいのに。一人でも大丈夫、ちゃんと帰れるわ。退院できるんだもの」
「それは、そうだろうさ。…でも、もうこんなこと、二度とないかもしれないだろう?」
 
…そうかもしれない。
フランソワーズはちょっと考えてから言った。
 
「それじゃ、今夜はここに泊まってみる?」
「…へっ?」
「うふふ、冗談よ……だって、なんだかいつも眠そうなんだもの、ジョーったら」
「寝不足なんだよ…」
「あら。やっぱり、イワンが…?」
「そうじゃなくて。…まあいいや、今日で終わりだからね」
 
またひとつ大あくびをすると、ジョーはううん、と伸びをしながら立ち上がった。
 
「それじゃ…おやすみ、フランソワーズ。また、明日来るよ」
「ええ。おやすみなさい、ジョー…また…明日ね」
 
ぱたん、とドアがしまる。
フランソワーズはほっと息をつき、ひっそり微笑した。
 
 
こんな約束をするのも、今日が最後。
それなら、たまには入院するのも悪くなかった…のかもしれないわ。
 
 
また、明日…
明日ね、ジョー。
 
 
 

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