咄嗟に彼女の口を塞いだのは、彼女が思いきり悲鳴を上げるだろうという自信があったからだ。
今、研究所にいるのはギルモアと001だけだったし、ギルモアは地下の研究室にこもりきりで、001は夜の時間に入っている。
と、いうことは、多少大きな声を上げたところで問題はないはずなのだが、それではすまない、と009は予想していた。003はおそらく敵襲にあったとしか思わないだろうから、あらん限りの声で助けを求めるだろうし、そうなればギルモアや001が気付いてしまうかもしれない。もちろん、気付かれたとき、こっぴどく叱られれるのは自分だ。
背後から忍び寄るモノに、ここまで気付かない、というのは003としてどうだろうか……と思わないでもなかったが、その考えを009はすぐに打ち消した。
要するに、それだけ「009」の動きが完璧であるということでもあるし、ついでにいうと、自分に敵のような殺気があるはずもない。むしろ、彼女にとって自分は空気のような存在なのだろうと009は漠然と思っている。空気が、戦闘サイボーグとしての総力を挙げて気配を消し、近づいているのだ。
まして、研究所のリビングという、究極の安全地帯にいて全く警戒をしていない彼女が無防備であっても仕方ない。
「――――っ!」
「ごめん、フランソワーズ、脅かして……ボクだよ」
腕の中で必死にもがく003に、009は素早くささやきかけた。
同時に、抵抗が緩む。
どうして、と言いたげに見上げる青い瞳は潤み、まだ震えていた。
「ごめん……その、ちょっと、訓練のつもりだったんだ。……こんなにうまくいくとは思わなくてさ。でも、キミに気付かれずにここまで近づけたのって、ちょっと褒めてもらってもいいよね」
彼女を落ち着かせるためにおどけて言った自分の言葉に、009はそうだよな、とふっと思った。
ここに至るまで、今日はずいぶんと辛抱強く「訓練」をしてきたのだ。
思えば、早朝から人目を避けながら、松林や磯に寄せて砕け散る波を相手に。
それは、かなり孤独な時間だった。
何か言おうとしているのか、しっかり塞いだ彼女の柔らかい唇が動き、温かい吐息が伝わってくる。
腕の中に閉じ込めた体温をじんわり感じながら、自分の体がいつのまにか冷え切っていたことに009は気付いた。
「ご褒美に、あたためて、くれないかな?」
返事はない。口を塞いでいるから当然だ。
亜麻色の小さい頭が烈しく横にふられそうになるのを押さえ込み、009は彼女を抱きしめたまま、くずおれるようにその場に倒れ込んだ。
もがく彼女をどうにか脚と体で床に押しつけるようにして自由を奪い、後ろからスカートの中に手を滑りこませる。左手しか使えないのがもどかしいが、やむを得ない。動かせるところでできるだけのことをするしかないのだった。
後からものすごく叱られるだろう……というか、しばらく口をきいてもらえないかもしれないな、と思うと切ないが、もう止められない。
とはいえ、挿入は思いの外滑らかだったし、彼女の唇から伝わる振動も吐息も少しずつ甘く変化した……と、009は感じ取っていた。
やがて。
ぐったりと自分に身を任せながら、大嫌い、と泣きながら繰り返すばかりの003に009はただごめん、としか言えなかったし、それでも彼女を抱きしめる腕をゆるめることができなかった。
また泣かせてしまったと思うとやりきれない。
でも、自分ににとって003を笑わせることはどうにも難しいことだったし、そうなるとせめて泣かせるよりほかはないのかもしれない……と、009はぼんやり思うのだった。
好きだとか愛しているとか言ったことがない自分を、彼女はよく責めるけれど。
考えてみれば、彼女から好きだとか愛しているとか言われることもほとんどない。
嫌い、大嫌い、ならよく言われているかもしれない。
それはそれでいいよな、と009は思う。
どうしてそう思うのかわからないが、彼女に嫌い、と言われると、なんだかぞくぞくするように嬉しい。
だから、愛している、と言う代わりに、009は泣きじゃくる003の頬に優しく口づけ、そっとささやいてみるのだった。
キミは、ボクのモノなんだよ……と。
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