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ちょっとだけ困る

「003」12個入り
 
どうしてイキナリそんなことがアタマに浮かんだのかわからない。
少なくとも、それまでのジョーにそんな経験はまったくなかった。
 
――何考えてるんだ、それどころじゃないだろうっ!
 
そうだ。
それどころではないのだった。
 
でも、もしかすると。
こんなときにこんなことを思いついたりするのは、不条理といえば不条理だが、それゆえに、非常に重要な……たとえば天啓のようなものだったりしたりするのではないだろうか?もし、そうなら……!
 
ジョーは……実際どうしてそんなことができたのか、後で考えてもわからなかったのだが……彼女の柔らかい肌から自分の身を勢いよく引きはがした。
 
「……ジョー?」
「フランソワーズ……!」
 
あまりに長い年月の間深く愛しつづけたあまりに、神聖化し、手も足もだせなくなってしまっていた誰よりも愛しい少女が、美しく澄んだ青い瞳を不安げに潤ませ、見上げている。
何もかも忘れ再び襲いかかりたくなる衝動を懸命に抑えつけ、ジョーはそっと手を伸ばして、そのバラ色に紅潮しているふっくらした頬をなだめるように優しく押さえた。
 
「すぐ、戻るよ……ここで待っていて」
「……」
「いいね…?きみはもう……僕のものだ」
 
震えながら微かにうなずくフランソワーズが、もーどうしようもなく愛おしい、
それでも、行かなければならなかった。
 
(もちろん、すぐだ!あっという間に戻るとも!)
 
ジョーは慌ただしくシャツのボタンを留め、部屋の鍵と小銭入れを掴んだ。
一刻の猶予もならない……という切迫感が最も深刻かつ切実だったのは、他ならぬ彼自身であったのだから。
 
 
※※※
 
 
(一番近いドラッグストア……いや、コンビニでいいんだ!)
 
いつもよりも微妙にぎくしゃくと足を運びながら、ジョーは焦っていた。
こんなに下半身が思い通りに動かないことなど、サイボーグになってからはないことだった。その原因はわかっているし、仕方が無いことではあったが、それでももどかしい。
 
最寄りのコンビニの店内は白々と明るかった……が、その圧倒的に溢れる「日常」の空気感も、ジョーの熱を冷ましはしなかった。
ジョーはさっさと迷いのない足取りで目指す棚に向かい、当然のように「003」とある箱を手にとって……よくわからないが少なくとも「002」はちょっとやだな、と思った……レジへ直行した。
 
レジ袋を広げようとする店員を「そのままで」と口早に止め、箱にシールだけ貼ってもらい、店を出た。
もしかすると「すぐ使いますから」と口走ってしまったかもしれない……と思わなくもなかったが、今のジョーにはそんな些細なことはどうでもよかった。
 
 
※※※
 
 
部屋が近づいてくる。
 
はやる気持ちと同時に、ジョーの心に、ふと不安がよぎった。
フランソワーズは、こんなふうに急に放り出されてどう思っているだろうか……と。
 
もちろん、ちゃんと事情を話せばわかってくれるはずだ。
彼女の訪問はまったくの不意打ちだったのだから、コレを彼女のために事前に購入しておく、なんてことは不可能だったし。
それに、コレを部屋に常備していなかった、ということ自体は、彼女の立場から考えればむしろジョーの誠実さを示す証拠となるだろう。
 
が、よく考えてみたら、こんなに大慌てで飛び出したのがコレを買うためだった、というのは、彼女の立場から考えた場合、
 
(そうなの。ジョー、私に赤ちゃんができたらそんなに困るのね)
 
なんてことになったりはしないだろうか?
 
(違う、それは違うよ、フランソワーズ!僕は、君のカラダを不用意な危険にさらしたくないんだ!)
 
それはもちろん、こういうことを繰り返し、積み重ねていけば、きっとそれについて二人でじっくり考えるときもくるだろう。でも、こんな唐突に……何の覚悟もなしに、彼女にリスクを負わせるわけにはいかない。
 
――でも。
 
部屋の前で立ち止まり、ジョーは深呼吸した。
とりあえず、ただいま、と言うのはいいとして、その後どうしたらいいのか。
 
むき出しのまま握りしめていた「003」の箱に目を落とす。
まずはこの箱をどーするか、だ。
 
そーっと中に入って、そーっと装着してから寝室に入ればいいのだが、いくらそーっとやっても、彼女は003だ。気付かれてしまうだろう。
 
(そうだ、コンビニのトイレで装着しておけばよかったんだ!)
 
十分できたのに……!と、歯噛みしたが、もうどうしようもない。
彼女が眠っていてくれればいいのだが……とも思った。
そうすれば、ゆっくり装着してから揺り起こして……いや、起こす必要などない、そのまま抱きしめて、一気に……!
 
「……っ!?」
 
いきなり烈しい反応を示した自分自身にジョーはぎょっとした。
余計なことを考えている余裕はないのだった!
 
 
※※※
 
 
「ただいま、フランソワーズ……?」
 
返事はない。
もしかしたら、本当に寝てくれているのかも……と、緊張しつつ、ジョーはそっと寝室のドアを開けた。
 
「……ジョー」
「ごめん……」
 
ベッドに座り、うつむいていたフランソワーズがおずおずと顔を上げる。
目と目が合った瞬間、ジョーの体は動いていた。
 
「あなたは嘘をついたりしないもの。すぐ戻るって言ったのだから、帰ってこないはずなんて、ないわ……でも、私……」
「フランソワーズ……!」
 
涙をかくそうと、さっと顔をそむける彼女を強引に引き寄せ、唇を重ねた。
そのまま、堅く抱きしめる。
 
「ばかだな……今さら君を手離すなんて、できるものか!……愛してる、フランソワーズ……君は僕のものだ。二度と離さない!」
「……ジョー!」
 
 
※※※
 
 
そして。
美しく染まった頬を恥ずかしそうにジョーの胸に埋めながら、フランソワーズが「さっきはどこに行ってしまったの?」と、愛らしく尋ねたとき。
 
ジョーはもう焦りはしなかった……が、とりあえず彼女が眠ったら、ベッドの下に転がっているはずの「003」を回収しなくちゃな、と思うのだった。
彼女を夢中で抱きしめたとき、たしかに小さい箱が床に転がり落ち、同時にそれを踏んづけ、咄嗟にベッドの下に蹴り込んだ……ような気がするのだった。
 
非常に無駄な努力をした、ということになるのかもしれないが、必ずしもそうではないだろうと、ジョーは思う。
もしあのまま、何も思いつくことなく彼女を抱いていたら、それこそ衝動にまかせて自分の欲望を思うままぶつけるだけになっていたのだから。
結局思うままぶつけたことは同じ……だとしても、あのどたばたに引きずられるようにして、とにかくフランソワーズに「愛してる」と言うことができた。
 
できてよかったと思う。
もう二度と言えないような気もするし。
とすると、やはり天啓だったのかもしれない。
 
 
※※※
 
フランソワーズがすやすやと寝息をたてはじめたのを確かめ、そうっとベッドを降り、その下を覗き込んでみると、やはりつぶれかけた「003」の箱が転がっている。
それを拾い上げ、ジョーはやれやれ……と息をついた。
 
せっかくだから試しにつけてみようか、などとふと思いついたのもまた天啓だったのかどうかはわからない。
せっかくだからつけてみようか、は、せっかくつけたのだから、にすんなりつながるだろうということに、ジョーは思い至っていなかった。
 
「12個入りかぁ……」
 
改めてじっくり箱を眺め、ジョーはしみじみとつぶやいた。
12個、ということは、つまりあと12回。
途方もない数字に思えた。
ここまで……1回目に至るまで、どれだけの年月を要したことか……と改めて思う。
もし、このただ一度によって彼女が受胎するのなら。
それは「失敗」などではなく、それこそ奇跡……定めれた運命なのかもしれない。
 
あのコンビニには恥ずかしくてもう行けないなぁ、なんて思ったけれど、そんな心配はいらないのだと、ジョーは少し寂しく思った。
もし店員が自分を不審に思っていたとしても「次」がなければ、すぐに忘れてくれるだろうから。
 
 
実際、そのときのジョーは、本当に、心からそう思い、嘆息したのだった。
二日後、さすがにあのコンビニには行けないよな……と諦めて、通りの外れにあるドラッグストアへ走ることになるなど、夢にも思ってはいなかった。
 
更新日時:
2013.11.17 Sun.
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Last updated: 2013/12/5