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三を困らせてみたり

Kiss
 
どこかで見たことがあると思ってたけど。
そうか、この色だ。
とはいえ、最初、どっちがどっちに似ていると思ったのか…今ではもうわからないな。
 
ピュンマは、久しぶりの碧の瞳に、故郷の森を見ていた。
何年ぶりだろう。
 
「きみは…変わらないな、フランソワーズ」
「あら…あなたもよ、ピュンマ」
 
その碧の目が、じっと自分に据えられているのを悟り、ピュンマは苦笑した。
 
「こんなところで点検は勘弁してほしいな」
「メンテナンスに来ないからよ…あんなに言ったのに」
「ごめんごめん…忙しかったんだ…わかってくれるだろ?」
「わかりません…!ここに来たのは、そのためでもあるんだから」
「ホント?」
「ホントよ…地雷の除去も大切だけど…あなたの体だって大切だわ」
 
全然次元の違うものを比べないでほしいよなぁ…
そういうところも変わってない。
 
…いや。
 
違う。
君はやっぱり変わった。
 
 
 
ヨミの闘いで009と002を失ってから、めっきり老け込んだギルモアは、あの研究所の跡地に、小さな家を建てて余生を送った。イワンとフランソワーズとともに。
 
彼がひっそり世を去った後は、フランソワーズが研究所を再建し、その膨大な研究を受け継いでいた。
イワンがいなければ、何もできなかったのよ…と、彼女は笑うが。
 
地下に作られた研究所は、かつてのものに比べると、規模も小さく、設備も整っていない。
もちろん、ドルフィン号のような戦艦などない。
もし、あのときのような戦闘になれば、無力に等しい研究所だったが、仲間たちのメンテナンスを行い、その費用を捻出するための研究…「仕事」をするには十分だった。
 
彼女は、定期メンテナンスのために年に数回仲間を呼び寄せた。
文句を言いながらもやってくる仲間達を見て、イワンは笑い、こっそりフランソワーズに耳打ちした。
 
君でなければ、こうはいかないよ、フランソワーズ。
彼らは、君に会いたい一心で、好きでもないメンテナンスを受けてくれるんだ。
 
研究所を訪れれば、いつも変わらない碧の瞳が迎えてくれる。
ただ、それだけのことを確かめたくて、仲間達は律儀にやってきた。
そうして…長い年月がたち。
 
「君、研究所の外に出るのって…久しぶりじゃないのかい?」
「ええ…そうね…旅行にも行かなかったし…日本を離れるのは、ほんとにあれ以来だわ」
 
…あれ、か。
 
ついこの間のことのようにさらりと言うフランソワーズから、ピュンマはそっと目を反らした。
 
この間のようなものなのかもしれない。
彼女には…まだ。
 
 
 
地雷除去のために、003の力を借りたい。そうピュンマが連絡したのには、理由があった。
仲間たちは相談していた。
そろそろ、彼女を「解放」してやりたい。
あの研究所から。
 
縛られているつもりはない、とフランソワーズは一蹴したが、やはり気がかりだった。
 
「俺たちには有り余るほどの時間がある。彼女にできることなら、俺たちにもできないはずはない」
 
アルベルトの言葉をきっかけに、彼らは自分の体に関する知識とメンテナンスの技術を少しずつ学び始めた。
イワンもそれに賛同し、自動修復装置の開発を急いだ。
今では、彼女の力を借りなくとも、研究所に行けば自分のことは自分でなんとかできるようになっている。
 
しかし。
彼女がそこに居続ける「必要」がもうない、ということを示しても、彼女は研究所を去らなかった。
 
「とにかく…あのお嬢さんを一度、研究所から引っ張り出してみようや」
 
グレートが提案し、仲間達は綿密に「作戦」を練った。
そして。
 
作戦の序盤はほぼ成功。
そんなわけで、今、フランソワーズは、アフリカの森にいる。
ピュンマとともに。
 
明日になれば、アルベルトとグレートが合流する。
 
「大がかりになるわね…」
「二人とも、君に会いたいのさ…せっかく僕が独り占めできると思ったのになぁ」
 
驚いたように目を見張ったフランソワーズは、すぐにくすくす笑い始めた。
 
「そうね、私も残念だわ…でも…やっぱりみんなであたった方がいいのかもしれない…危険が全然ないわけじゃないもの…万一のことがあったら」
「万一?」
「ええ…わかってるでしょ、ピュンマ…私たち、死体をヒトに見せるわけにはいかないのよ…ちゃんと『始末』しなくちゃ」
 
ピュンマは思わずまじまじとフランソワーズを見つめた。
碧の瞳は真剣そのものの光を湛えている。
 
「縁起でもないこと言わないでくれよ…そんなことにならないように、君に来てもらったんじゃないか」
「…ふふ、そうね…そうよね」
「…ごめん…能力を使うのは…それも、こんな形で使うのは…君にとって辛いことだと…わかっている」
「そんなことないわ…こうやって…誰かの役に立てるんだって…思うのは嬉しい」
 
フランソワーズはふと空を見上げた。
満天の星。
 
「…きっと、ジョーだったらそう言うわ…そう思わない?」
 
咄嗟に返事ができなかった。
彼女の口からその名前を聞くのも…何年ぶりだろう?
 
「だから…来てくれたのかい?」
 
静かに尋ねるピュンマに、フランソワーズは微笑んで首を振った。
 
「いいえ…ごめんなさい、ほんとはね…わからないのよ、私…今も」
 
あの人のこと…何も。
 
 
 
フランソワーズの能力を公にするわけにはいかなかったので、ピュンマは無理を言って彼女と二人だけで動くことを同僚たちに認めさせた。
アルベルトとグレートが合流すると、彼らは少々奇妙なグループとして好奇の目を集めたが…
作業が始まれば、そんなことを詮索しているヒマもなくなった。
 
「しかし…キリがないな…」
「ホントね…」
「少し休めよ、フランソワーズ…いくらなんでも疲れただろう?」
 
アルベルトに促され、フランソワーズはキャンプに戻った。
 
「ま…あんまり陽気な仕事じゃないが…こんなぎらぎらした太陽を見るのも、たまになら悪くはないさ」
「…そういう言い方もあるかもな」
「もう…!二人とも、まだ昼間なのに、お酒?」
「お堅いこと言いなさんな…おぬし、ほんとに母親っぽくなってきたなぁ?」
 
混ぜっ返すグレートに、フランソワーズは唇を尖らせる。
 
「当たり前じゃない…!私はイワンのお母さんだもの…もうずっと…!」
「その可愛い息子が気がかり…になってきたか?」
「え…?」
 
じっと見つめるアルベルトをきょとん、と見返し…やがて、フランソワーズは微笑んだ。
 
「私、そんな風に…見える?」
「ああ…少しな…帰りたいのか?」
「そういうわけじゃ…ないけど…イワンのことなら張々湖大人がちゃんと面倒みてくれてるし、ジェロニモも子守の手伝いに…って来てくれたし…ただ…なんとなく落ち着かないの」
 
思わず顔を見合わせる3人に、フランソワーズはくすくす笑った。
 
「やっぱり…作戦だったんでしょ、あなたたち…!私を研究所から追い出そうと…」
「追い出す、とは人聞きが悪いぜ、マドモアゼル…俺たちはただ…」
「そうだよ…お節介だってわかってるけどさ、僕たちは心配なんだ、君のことが」
「心配…って…アルベルト、あなたも?」
「…まあな」
 
呆れた、と息をつくフランソワーズに、アルベルトは注意深く話しかけた。
 
「急ぐことはない…あそこにいたけりゃ、いればいいのさ…だが、俺たちは…お前に知ってほしいんだよ」
「…知って…ほしい?」
「ああ。お前を必要としているのは…俺たちや、あの研究所だけじゃないかもしれない…ってことを」
 
世界は…広い。
それを知ってほしいと思う。
 
「…世界」
 
フランソワーズはつぶやき…そのままうつむいた。
 
「そうね…世界は…広くて…たくさんの人たちがいて…」
 
悪い人も、いい人も…いろんな人たちがいて。
 
でも。
あの人は、いない。
 
「ジョーだって…お前に幸せになってほしいと願っていたはずだ」
 
ピュンマとグレートは思わず息をのんだ。
重い沈黙。
 
「…ええ」
 
フランソワーズはぽつりと言った。
 
「あの人なら…きっとそう言うわ…」
 
ここを離れて、幸せになって。
僕のことは…忘れて。
 
「…でも」
 
本当なの?
本当にそう思っていたの、ジョー?
 
「…わからないのよ…私には」
 
 
 
作業は順調に進んだ。順調すぎるほど。
予想以上に「003」の力は大きかった。
 
「これを…一生の仕事にするのもいいかも」
「やめてくれよ」
 
冗談ともホンキともつかない呟きを漏らしたフランソワーズを、ピュンマは軽くこづいた。
 
「俺たちの一生がどれだけ続くのかはわからないけど…こんな仕事はいらなくなる時代が来なくちゃいけない。すぐにでも」
 
フランソワーズは静かにうなずいた。
もうあと少しで…この森を離れる。
 
「これから…どこに行こうかしら」
「…え?」
 
アルベルトとグレートは、親しくなった現地のスタッフに引きずられ、酒盛りに参加していた。
テントに残って、明日の作業のための準備などしていたフランソワーズが、急に星を見たい、と言いだして…
そうして、二人はこの小高い丘に登り、草の上に座っている。
 
フランソワーズは小さく笑った。
 
「ここを離れたら…次はどこに行こうかな…って言ったのよ」
「フランソワーズ」
「もちろん…一度、研究所には帰るわ…イワンが心配だし…でも」
 
彼女は淡々と言った。
 
「あなたたちの言うとおりだと…思う。私…あそこを離れてみた方がいいんだわ」
 
作戦成功…のはずだった。
が。
なんとなく落ち着かない。
ピュンマは、注意深くフランソワーズを覗いた。
 
「ホンキで…言ってるの?」
「ええ」
「どうして…急に?」
「まぁ…!」
 
変なの…あんなに出ろ出ろって勧めてたくせに…!
 
ころころ笑うフランソワーズを、ピュンマは黙って見つめていた。
苦しそうに笑いながら、彼女はぎゅっと目を閉じた。
 
瞼から、涙がにじんでいた。
 
「あのとき…ね」
 
…あのとき。
 
といえば、「あのとき」に決まっている。
 
ピュンマは思わず体をこわばらせ、次の言葉を待った。
フランソワーズは目を閉じたまま、静かに続けた。
 
 
 
「あのとき…最後に、ジョーは私を見たの」
「…最後に…?」
「ほんの少し…強く手を握られて…合図みたいに。それで、顔を上げたら…そうしたら」
 
彼は、笑っていた。
 
「笑って…いた?」
「…ほんの一瞬だったわ…笑っていた…と思うの」
 
長い沈黙の後、ピュンマはつぶやいた。
 
「…彼らしい…ね…『大丈夫だよ』って伝えたかったのかな…口癖だった」
「そうね……でも」
 
フランソワーズは大きく息を吐いた。
 
「それだけじゃ…ないような気がして」
「…え?」
「…あの人は…あのとき、わかっていたわ…もう、最後だって…自分は死ぬ…私たちを…世界中の人たちを助けるために、たった一人で」
 
その話は、イワンに聞いたことがある。
ジョーは、全てを承知して、イワンに身を委ねたと。
 
「自分のためには何も望まなかった…何も言い残さないで行ってしまったあの人が…たったひとつ、残したのが…あの笑顔だったから…だから、私…」
 
考えずにいられなかった。
彼は…何を伝えようとしたのだろう?
最後のときに。
 
「それを見たのは…私だけだったから。だから…私がわかってあげないといけなかったのに…」
 
あなたは…何を言おうとしたの?
それは…きっと、あなた自身のための言葉。
あなたが…言い残したかった言葉。
 
「なのに…私には…わからない…わからないのよ…!」
 
こんなにはっきり覚えているのに。
あの一瞬。
あなたが、私を見て…微笑んで、そして。
 
ほんの少し手を伸ばせば届きそうなのに。
あなたの心に。あともう少しで。
…それなのに。
 
「フランソワーズ」
「最後まで…あんな最後のときまで…私は何もしてあげられなかったのよ、あの人に…それが…つらいの」
 
夕暮れになると…砂浜に出ていた。
こうして、星をながめていると…何かがわかるような気がして。
毎晩…毎晩、星をながめて。
 
…でも、わからなかった。
 
記憶の中で、あの人は優しく微笑んで、私を見つめて…そして…消えてしまう。
 
「それは…簡単なことだよ、フランソワーズ。彼が笑っていたのなら…君にだけ、最後に微笑んだのなら…その意味は、伝えたかったことは…ひとつだ」
「…ピュンマ?」
「彼は…ジョーはね、君のことが…好きだったよ」
 
 
大きく見開かれた碧の目に、みるみる涙があふれた。
フランソワーズは烈しく首を振った。
 
「違う…!違うわ、そんなこと…!」
「違わない…僕には…いや、みんなわかっていた。いつからかは知らないけど…でも、ジョーは君を…」
「違うわ!」
「違わない!…彼は、君を守りたかったんだ…君に幸せになってほしかった…誰より、大切な君に」
「違う…ひどいわ、ピュンマ…どうして、そんなこと…」
「わかるさ…!僕には…いや、僕たちにはわかる…!だって…!」
 
僕たちも、同じだから。
彼と…!
 
こんな張りつめた目をしている君を、ほうっておくことなんてできない。
このまま…消えてしまいそうじゃないか、君は!
 
何かに突き動かされるように、ピュンマはフランソワーズを抱き寄せ、素早く唇を重ねた。
 
 
 
後悔…しているわけではない。
嘘もついていない。何一つ。
それでも…
大事に守ってきた宝玉を砕いてしまったような悲しみが、少しずつピュンマを包み始めた。
そっと…唇を離し、腕を緩める。
 
フランソワーズは、もう泣いていなかった。
静かにピュンマの胸から離れ…星空を見上げた。
 
やがて。
細く透明な声。
 
「もう…死んだ人のことは、忘れても…いいわよね…」
 
 
フランソワーズがテントに入るのを見届け、ピュンマは自分のテントに潜り込んだ。
目を閉じる。
二組の足音が…近づいてくる。
アルベルトと…グレートだろう。
 
二人に話したら、笑うだろうか。
それとも…怒るだろうか。
 
もう…忘れても、いいわよね…
 
何度つぶやいてきたのだろう。彼女は。
長い長い間。
 
毎晩、星を眺めて。
彼の最後の微笑みを追いかけて。
 
答はないとわかっていて、彼女は毎晩問い続けてきたのか。
だったら。
だったら…ジョー、君のしたことは、何だ?
 
いや、違う。
これは…嫉妬だ。
 
彼が彼女だけに向けた微笑み。
そのためだけに、彼女は生きている。
その意味を問うために。
 
そうやって…彼女はここまで生きてきた。
生きてこられた。
 
そうだ、わかっている。
それがなければ…彼女は生きてはいないだろう。
僕たちは、彼女をひきとめられなかったはずだ。
 
 
 
気がゆるんでいたのかもしれない。
そのとき、フランソワーズは一人でぼんやりキャンプに待機していた。
もう…作業はほとんど終ったと思っていた。
 
なんだか退屈で。
ピュンマたちの姿を捜そうと、何も考えず、目のスイッチを入れた。
 
何かが、森の中で動いた。
 
「あ…?!」
 
フランソワーズは、思わず立ち上がっていた。
子供だ。
この土地の子供…らしい。
 
どうしてこんな所に…?立ち入り禁止になっているはずなのに…
 
いやな予感がした。
急いで子供の周辺を透視し…
 
次の瞬間、フランソワーズはキャンプを飛び出していた。
 
子供が歩く先に、いくつかの地雷が埋まっている。
 
見落としていた…んだわ…!どうして…!
 
烈しく自分を責めながら、走った。
応援を頼もうにも…仲間達はかなり離れた所にいる。
呼んでも間に合わない。
 
 
爆発音に、ピュンマはハッと顔を上げた。
アルベルトとグレートも弾かれたように顔を上げる。
 
「今の…音は?」
「地雷の…爆発だと…思う」
「事故か?」
 
3人は一斉に走り出した。
 
…まさか。
 
全員、同じことを考えているはず。
それはわかっている。
だから、口には出せない。
 
爆発とほぼ同時に、3人はそれぞれ咄嗟に、フランソワーズに通信を送っていた。
が、応答はなかった。
 
ようやくキャンプにたどり着くと…人だかりの真ん中で、子供が震えていた。
 
「何が、あったんだ?!」
 
フランソワーズの姿が見えないのを確かめるなり、ピュンマは怒鳴った。
 
「この子が…地雷の残っている森に紛れ込んで…誰かに助けられたらしい」
「…誰か…?」
「お姉ちゃん、としか…言わないから…事情も何もわからないんだが…とにかく、爆発のあったところへ、今調査に向かっている」
 
アルベルトが唸るような声を上げ、走り出した。
ピュンマとグレートも、後を追った。
 
 
 
動けない。
 
どうなったのか…わからないけど…
手足の感覚がない。
不思議なほど、痛みは感じない。
でも…
体を動かすことができない。
 
通信機も…きかなくなっているらしい。
ピュンマたちを呼ぶことができなかった。
 
このままじゃ…駄目!
 
もし、フツウの人に、私の体を見られたら…
一緒に動いていたピュンマたちにも迷惑をかけることになる。
 
何とか…連絡をとらなくては。
誰かに…見つかる前に、ピュンマたちに…見つけてもらわなくては。
でも、どうすれば…?
 
ピュンマ…アルベルト…グレート……!
来て…早く…!
 
…応答はない。
 
駄目、このままじゃ…
倒れては…駄目、駄目なのに…!
 
意識が、薄れていく。
微かに…足音が近づく気配。
 
仲間達の足音ではないことは…わかった。
フランソワーズは、最後の力を振り絞り、叫んだ。
 
…助けて!
 
次の瞬間、ふわっと体が浮くような感覚に包まれ…
彼女は意識を失った。
 
 
「フランソワーズ…フランソワーズ?」
 
誰かが…呼んでいる。
うっすらと目をあけると…茶色の瞳が心配そうに覗き込んでいた。
 
「……」
 
声が出ない。
ただ、黙って見つめているフランソワーズに、ジョーはふと微笑んだ。
 
「大丈夫だよ…フランソワーズ」
「だい…じょうぶ…?」
 
…なにが?
 
「…ここ…は…どこ…?」
「どこ…って…家だよ。僕たちの」
「え…?」
 
ハッと辺りを見回した。
潮騒が聞こえる。
 
丸太作りの家。
広いバルコニー。
目の前には砂浜がひろがっていて。
あの…家。
あの、焼け落ちたはずの…私たちの。
 
犬が、短く吠えた。
この…声?
 
「あ…わかる?」
「…でも」
 
…まさか。
 
震えるフランソワーズを、ジョーはそっと抱き寄せた。
 
「忘れちゃったのかい…?」
 
忘れるわけなんてない…でも。
 
「どうして…クビクロが…?」
 
ジョーは黙ったまま、また微笑んだ。
どこか、寂しそうに。
息が、止まった。
 
…あの…笑顔だわ…!
 
「…ジョー」
 
声が震える。
フランソワーズは、そっと彼の腕を握りしめた。
 
消えないで。
きっと…きっと、受け止めるから。
お願い、教えて。
あなたの…最後の言葉。
 
最後の…願いを。
 
ほんの少し手を伸ばせば…届きそうなのに。
あなたの、心に。
それなのに…なのに、体が、動かない…!
 
…いいよ、動かないで。
 
懐かしい声が心を満たした瞬間。
唇が重なった。
息が、できない。
堅く抱きしめられていた。
 
ジョー…?!
 
もう…いいんだ、フランソワーズ…何も考えないで…
僕は、ここにいる。
 
もっと早く伝えていればよかった。
そうすれば、答えを捜して悲しむ君を見なくてすんだのに。
 
そう。
君には…見つけられなかったはずだ。
僕の、最後の願い。
君がずっと捜し続けてくれた…答。
 
でも…わかっただろう?
答は…
 
今、僕の腕の中にある。
 
 
10
 
息せき切って、爆発跡に駆けつけようとした三人の前に、眩しい光が閃いた。
次の瞬間、イワンと張々湖…ジェロニモが現れた。
 
「な…?!」
「イ、イワン…?!」
「ジェロニモ…張々湖も?!」
 
「こ、ここ…どこアルか?!イワン、何したアル?!」
「後始末…だよ」
 
「後始末…?!」
 
赤ん坊は、張々湖の手を離れ、ふわっと宙に浮いた。
 
「今、003の体を処分した…もう、髪の毛一本残っていない」
「…処…分?」
「そうだ…安心したまえ」
 
「な…にを言ってやがるっ?!」
 
凄まじい形相で、アルベルトが叫んだ。
ピュンマの体も小刻みに震えていた。
 
「どう…いうことだ、イワン…?」
 
「フランソワーズは、子供を庇って、地雷の爆発に巻き込まれてしまった。君たちが駆けつけるより前に、他の人たちに見つかってしまいそうだった…サイボーグだということが、露見してしまう…だから、彼女は助けを求めたんだ」
「…お前に…か?」
「どうだったのかな…とにかく…僕は、間に合わなかった」
「間に合わなかった…?」
 
そうだ。
ピュンマは大きく目を見開いて、赤ん坊を見つめた。
 
あのとき。
超音波砲にやられて、ずたずたになった僕を…イワンと博士が助けてくれた。
だったら…
こうしてイワンが目覚めたなら…
どんな傷を負っていたとしても、彼女を助けることは…できたかもしれないじゃないか…!
 
「間に合わなかった…とはどういうことだ、イワンよ?…フランソワーズは…その…」
 
言いよどむグレートに、イワンはため息まじりに告げた。
 
「そう、死んだ…だって…つかまってしまったから」
「…つかまった…誰に?」
 
イワンはジェロニモの腕に舞い降りた。
 
「許してほしい…だって。…勝手だよ…!!」
 
ジェロニモは目を見張り、赤ん坊を見下ろした。
赤ん坊は声を立てることなく、涙を流していた。
 
「許せるもんか!でも…僕は、彼に…借りがあったから」
「…イワン」
「だから…渡すしかなかった。彼女を」
 
「…ジョーに…か?」
 
アルベルトがぽつりと聞いた。
返事は、なかった。
 
 
11
 
休暇のたびに海にでかけるピュンマを、同僚は笑う。
 
ギルモアは、自分が死んだら、海に帰してほしい…と言い遺した。
愛しい息子たちが眠る海へ。
だから。
イワンは、フランソワーズも海へ帰した…と言った。
 
 
すべての海は…つながっている。
彼らの眠る場所に。
 
いや…それだけじゃない。
僕は、信じている。
 
この海をどこまでも泳いでいけば…きっと、あの場所にたどり着ける。
あの、懐かしい家に。
 
ジョー、ジェット、ギルモア博士。
そして…フランソワーズ。
 
僕も、いつか帰る。
君たちのところへ。
 
君たちは、僕を優しく迎えてくれるだろう。
あの、懐かしい家で。
 
ジョー、君がよく言っていたように。
帰る場所さえあれば…何も恐れず、生きていける。
だから僕は…今日も生きる。
これからも、ずっと。
 
 
そうだ、ジョー。
ときどき思うんだけど。
君は…ずいぶん長い間、彼女を一人にしておいたじゃないか。
なのに、どうして、あのとき急に…彼女を連れていきたくなったんだ?
 
…なんてね。
僕にはだいたい予想がついてる。
たぶんはずれてない。
イワンも…賛成したし。
 
君は、結構したたかだったよな。
おとなしい子だったけど。
それでいて、頑固で。
 
欲しい、なんて絶対言わないくせに…
欲しいものを諦めもしなかった。
これも、絶対に…だ。
 
ホンキで心配になっちゃったのかい?
彼女が…君を忘れると思ったの?
確かめるすべなんてないけど。
 
そう、今、君たちはきっと幸せなんだろう。
だったら…
僕に少しは感謝してもらわないと。
 
そして、「そのとき」が僕に来たら。
できたら…君に迎えにきてほしいな、フランソワーズ。
頼むから、ジョーを説き伏せてくれよ。
 
…大丈夫。
まだ先の話さ。わかってる。
 
しばらくは…そっとしておいてあげるよ。
だから…ゆっくりおやすみ。
 
親愛なる者たちよ。
愛しい妹よ。
 
しずかに…安らかに。
 
更新日時:
2002.10.17 Thu.
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Last updated: 2013/8/15