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何故困る

藍玉
 
要するに、相手にされていないということ。
それははじめからわかっていたことだったし、それを悲しいと思ったのももう遠い過去のことだったような気がする。
そろそろ慣れてもいいのに……と、フランソワーズは溜息をつく。
 
だから、こうして溜息をつくのは、彼が冷たいからではなく、相変わらず諦めの悪いワガママな自分に呆れるからなのだ。
 
 
 
予定よりも少し長くかかったミッションだった。
留守にした研究所が気になるから、と早く帰りたがったギルモアだったが、目ざめたばかりの001を抱いて振り返り、儂はイワンのテレポートで戻る、君たちはもう少しのんびりしてから帰るといいじゃろう、と言った。
それが、不器用な彼のねぎらいの表し方だったのは明らかだったから、サイボーグたちは素直にそれを受け入れることにした。
 
有事でなければ、そもそもギルモアは001と二人暮らしをしている。
有事といえる今であっても、001が起きているなら何も心配はない。
が、フランソワーズは当然のように、それなら私も御一緒します、と微笑したのだ。
 
仲間達は、いやそれなら自分が…と申し出もしたが「私よりも博士やイワンの役に立てる人なんているかしら?」と言われてしまえば、返す言葉もない。
それはいかん、と眉を寄せるギルモアに、更にフランソワーズは言った。
 
「お心遣いは本当に嬉しいですわ、博士……でも、私もホームシックになりかけているんです」
 
ここに残って、しばらくのんびり……と言っても、家族や友人がいるわけではない。
更に、ミッションが終わったと言っても、やはり003をひとりで放り出すには微妙に不安があるから、彼女がここに残るのならば、当然、サイボーグたちの誰かがついていなければいけない。
誰がその役目につくかといえば……
 
「俺がオマエの面倒みてやっても……か?フランソワーズ」
「…ジェット?」
 
フランソワーズは目を丸くした。
同時に、部屋には奇妙な沈黙が流れた……が、ジェットは淡々と続けた。
 
「まあ、面倒みてやるってのは言い過ぎだが、野暮用があってな……付き合ってもらえると助かるんだよ」
「……野暮用って。何があるんだい、002?」
 
不意にジョーが口を開いた。
ジェットはわずかに眉をひそめたが、ジョーの表情に単純な好奇心しか浮かんでいないことを確かめると、にやっと笑ってみせた。
 
「気のきかねえヤツだな。言いにくい用だから野暮用っていうんだろ?……だが、003を連れて行くなら、一応報告は必要か。何、買い物があるのさ。ちょっとこっちで知り合ったオンナがいて、ソイツが何かと口うるさいんだよな。スッキリ別れるには何か記念品でも押しつけておかないと……」
「おいおい、まさか、そんなことのために003を煩わせようというのかい、002?」
「堅いこと言うなって、008……もちろん、イヤなら無理は言わないさ……どうする?」
 
どうする、と聞かれてフランソワーズが考え込んだのはほんの数秒だった。
すぐに、再びジョーが口を開いたのだ。
 
「たしかに感心しない話かもしれないけれど、いいんじゃないかな。003だって、たまには女の子らしい買い物や散歩がしたいだろう?……せっかく博士が気遣ってくださっているんだし、002が一緒なら安心だしね」
 
それで、決まった。
思わず006と007が顔を見合わせた……が、さすがに何も言わなかった。
まして、他の仲間たちは賢く沈黙を守ったのだった。
 
 
 
ともあれ、ジェットが気持ちのいい連れであることには間違いない。
久しぶりにリラックスした気持ちで街を歩きながら、フランソワーズは彼の気遣いに心から感謝していた。
 
野暮用、というのは口から出任せだったらしいこともすぐにわかった。
彼がどうしてそんな出任せを言ったのか……も、想像できないことはなかったが、フランソワーズはそれについて何も触れまいと思った。
 
が。
午後のお茶を飲み、そろそろホテルに戻ろうか、という時間になった頃。
ジェットは、不意に宝飾店の前で足を止めた。
 
「さて。……野暮用といくか」
「…ジェット?」
 
そのままつかつか店に入っていく彼を、フランソワーズは慌てて追った。
本当だったのかしら……と思うと、少し不安になる。
もし、本当に贈り物をしたい女性がいるのだったら、今日一日を自分に付き合わせたりしてよかったのだろうか。
 
「それじゃ、後はオマエに任せたぜ」
「…え?」
「俺にこんなモノがわかるわけないだろう。オマエの好みで選んでくれ」
「選んでくれって……何を?」
「何でもいいさ」
「……予算は?」
「馬鹿か、オマエ?…俺を誰だと思ってる?」
「……」
 
フランソワーズは改めて店内を見回し、それからジェットを見上げた。
たしかに……忘れそうになるけれど、彼はトップレーサーなのだ。
そして、この店はどちらかというと若者をターゲットにしたカジュアルな品物をメインにしているようで、気が遠くなるほど高価な品は置いていない。
 
「どんな感じの人?」
「は?」
「髪の色とか…目の色、とか」
「だから、オマエが気に入ったモノでいいって言ってるじゃねえか。わからないヤツだな」
「……」
 
首を傾げながら、でも逆らっても無駄かもしれない……と思い、フランソワーズは素直にショーケースに向き直った。
ぐるっと見て回る。
 
「なんだか久しぶりだわ、こういうのって……」
 
自分でも他愛ないと思いながら、きらきら光るアクセサリーを見ていると、少しずつ楽しくなってくる。
いつのまにか、ジェットを待たせていることを忘れ、夢中になっていた。
ようやく、可愛らしいネックレスを見つけ、値札を確かめてから振り返ってみると……ジェットの姿が見あたらない。
きょろきょろしていると、店員が微笑し、目配せをした。
その視線を追いかけ、すぐに見つけたのは往来に突っ立ってくわえタバコをしているジェットの姿と……
 
「……ジョー」
 
フランソワーズは口の中でつぶやき、その場で固まってしまった。
 
 
 
「野暮用って、ホントだったのか」
 
呆れたようなジョーの声。
ジェットがぶっきらぼうに答える。
 
「嘘ついてどうするんだ?」
「それは、そうだけど……」
「オマエこそ、何の用でこんなトコロをうろついてるんだ?」
「…それこそ野暮用さ。でも、君たちがいるなら、他の店をあたるよ」
 
フランソワーズははっと我に返り、「耳」のスイッチを切った。
やがて、ジェットが店に戻ってくる。
精一杯の笑顔を作り、選んだネックレスを指さしながら、フランソワーズはこっそり外をうかがった。
ジョーの姿は、どこにもなかった。
 
結局、ジェットはネックレスの包みをフランソワーズの手に押しつけた。
こうなるのかもしれない、と薄々予想していた彼女は、さほど抵抗することもなく、素直に「ありがとう」と微笑した。
そうしなければ、何かが自分の中で崩れてしまいそうな気もしていた。
 
翌日、朝食の席でフランソワーズの白い喉元に華奢な金の鎖と緑の貴石を見つけた仲間達は、優しく微笑しつつ何も言わなかった。もちろん、ジョーもだ。
そのことに軽い失望を覚えている自分に気づき、フランソワーズは自室に戻ってからしばし自己嫌悪に陥った。
 
私、ジョーにヤキモチを妬いてほしいと思っていたのね。
ジェットもそのつもりで連れ出してくれたのかもしれない……なんてことまで考えて。
彼は、本当に私を楽しませようとしてくれていたのに。
 
昨日、宝飾店の外にいたジョーの姿を「見た」のは一瞬だった。
彼の少し離れた後ろに、栗色の髪のほっそりした女性が立っているのに気づいたからだ。
といっても、彼女はこちらに背を向けていた……と思うし、ジョーとジェットの会話に加わってもいなかった。少なくとも、自分が「耳」を使ってしまっていた間は。
だから、彼女がジョーの連れだったとは限らない。
 
……でも。
 
「もう!…いいかげんにして、フランソワーズ!」
 
フランソワーズは小さくつぶやくと、勢いよく首を振り、ベッドから立ち上がった。
思い悩む余地などどこにもない。
自分はジョーを愛している。が、彼は自分を愛していない。
そんなことはわかっている。
 
自分が誰と何をしていようと、ジョーの心が動くことなどあり得ない。
もちろん、003としての自分が危険にさらされた時なら、話は別だ。
その時の彼がどれだけ優しかろうと頼もしかろうと、それは009として当然のことをしているだけであって。
ゆきずりの生身の女性たちならともかく、仲間である自分まで、それを彼の個人的な好意だと勘違いしてしまうなど、愚かしいにも程がある。
 
深呼吸してから部屋のドアを開けると、目の前にジョーが立っていて、フランソワーズは思わず息をのんだ。
ジョーも、驚いたように一歩後ずさった。
 
「あ?…フランソワーズ、出かけるのかい?」
「ラウンジに……ここのカフェオレ、とてもおいしいの」
「そうか…ゆっくりしておいで」
 
もちろん、一緒に行こうとは言わない彼の柔らかい微笑が、今はただ辛い。
フランソワーズは、彼の脇をすり抜けるようにして、エレベーターへと向かった。
 
1階に下り、足早にロビーを横切っていったときだった。
不意に1人の女性が飛び出してきた。
あやうく衝突しそうになり、フランソワーズが「すみません」と顔を上げると、目の前を栗色の長い髪が敏捷な生き物のように流れた。
 
反応が遅れたのは、咄嗟にあの女性を思い出したから……かもしれない。
次の瞬間、フランソワーズは仰向けに倒されていた。
いけない、と思ったが、既に意識は半分飛び、体も動かない。
大理石の床に頭を打ち付けたのだ……と思ったとき、喉を熱いものが掠め、フランソワーズは意識を失った。
 
 
 
耳元で、怒鳴り声がしているような気がした。
あの声は、ジェットと……誰?
 
聞いたことがあるようなのに、誰なのかわからない。
すさまじい怒りのこもった声だった。
 
不意に、腕を強く引かれた……と思うと、また反対側に引き戻された。
頭が割れるように痛い。
思わずうめき声を上げると、声がぴたりとやんだ。
 
「…大丈夫か、003!」
 
懸命に目を開けると、見慣れた天井と、大きく見開かれた栗色の瞳。
ドルフィン号にいるのだ、とわかった。
そして……009の腕に抱かれている。
 
何かが起きた。あのホテルのロビーで。
相手は、女性……でも、体から機械音はしなかった。
おそらく、生身の人間で。
普段の自分なら…「003」なら、こんな無様なことにはなっていないはずだった。
そこまで思い出し、フランソワーズはつぶやくように言った。
 
「……ごめんなさい」
「…フランソワーズ?」
 
009は絶句し、ひどく悲しそうに表情をゆがめた。
離れたトコロから002が、なんでオマエが謝るんだ!と怒鳴っている。
 
喉に、包帯が巻かれている。
そっと触れると、009がまた心配そうにのぞいた。
 
「…痛むのか?」
 
フランソワーズは小さく首を振った。
鈍い痛みがある……が、大したことではなさそうだ。
 
「…ネックレス……は」
「ちぎれて、どこかに飛んでいってしまったらしい……すまない」
 
009はつらそうに呻くと、そのままフランソワーズを強く抱き寄せた、
どうして、あなたが謝るの…?と聞きたいのをこらえ、フランソワーズは素直に009の胸に頬を押しつけた。
 
 
 
研究所に戻ってから、004が顛末を話してくれた。
ミッションの中でジョーと知り合った若い女性が、彼との別れを諦めきれず、ホテルを訪れ……もちろん、当然のようにすげなくあしらわれた。
 
そして、絶望した女性の前にちょうど運悪く、フランソワーズが現れてしまった。
ミッション中、彼女がジョーと行動を共にしていることに密かに気づいていた女性は、彼女がジョーの恋人に違いないと逆上し、襲いかかった……つまり、そういうことのようだった。
 
「まあ、災難だったな」
「…そのかた、どうなったのかしら……」
「警察に連行されたさ、もちろん。もっとも、精神鑑定を受けることになっただろうがな」
「……」
「どのみち、オマエには何の責任もない話だし、とんだとばっちりを受けたってことさ。そのうち、アイツに、うまいモノでもおごらせておくんだな」
「…まさか」
 
フランソワーズは重い息をついた。
ラウンジになど降りていかなければよかった……と思う。
 
ジョーのことだ、その女性を心ならずもすげなくあしらうだけで、十分に辛かったはずなのに。
002や004が怒るのは、結局そうやって別れなければならない女性を、彼が「その気」にさせてしまったから……なのだろうけれど。
でも、どんなに愚かであろうと、恋は止められるモノではない。
それは、自分がよくわかっている。
 
少なくとも、自分がラウンジになど行かなければ、事件は起きなかった。
そして、ラウンジに降りようと思ったのは、乱れた心を静めたかったから。
つまり、心を乱したりしなければ、そんなことをする必要もなかったのだ。
 
フランソワーズは、ひたすら情けない気持ちだった。
 
 
 
頭部を強く打ったということで、ギルモアは003のメンテナンスを念入りにおこなった。
いつものこととはいえ、神経系の能力に優れた彼女にとって、それはひどく苦痛を伴うことでもあった。
 
「ジョーは、すっかりふさぎこんでいるよ……君を守りきれなかったのが、よほど悔しいんだね」
 
発熱し、なかなか眠ることができない彼女にさりげなく問わず語りをしながら、008が優しく笑った。
メンテナンスをすれば必ずこういうことになるから、009は、いつも003だけは無傷で守ろうと必死になるのだという。
それでも、よほど運がよくなければ、うまくはいかない。
 
「今回のミッションでは珍しく、君に何の障害も残らなかった……だから、嬉しかったんだろうな。あの日はアイツにしてはおかしいほどリラックスしていたし、少々うかれてもいたんじゃないか?だから、反動で落ち込むわけさ。よりにもよって、自分のせいで……ミッションとは関係のないところで、君をこんなに傷つけてしまったんだから」
「そんなこと。ジョーは、何も悪くないのに……」
 
悲しそうにつぶやく彼女の澄んだ目をじっと見つめ、008は思わず溜息をついた。
彼女がホンキでそう言っているのだとわかったからだ。
 
まったく、君たちときたら、どこまで似た者同士なんだ。
気がもめることこの上ないよ。
 
が、008は黙ったまま、そっと彼女の額のタオルを取り替えてやった。
心地よい冷たさに彼女が目を閉じるのを優しく見守りながら、ただ、おやすみ、と言った。
目が覚めた頃には、熱も下がっているし、起きられるようになっているはず……というギルモアの言葉をぼんやり反芻しながら、彼女は少しずつ眠りに落ちていった。
 
そして、目ざめたとき。
彼女は、自分の部屋に戻されていた。
誰かがメンテナンスルームから運んでくれたのだろう。
 
そうっと身を起こし、頭痛がしないことを慎重に確かめる。
床に足を下ろし、ゆっくり立ち上がってみたが、異常はなさそうだった。
シャワーを浴びることができるだろうか……と、バスルームへ向かい、ドアを開けると、フランソワーズは思わず目を見開き、喉にそっと手をやった。
 
術着の襟の隙間から、金の鎖がのぞいている。
あの、壊れたというネックレス……によく似ていたが、中央には青い貴石が光っている。
 
 
 
結局どういうことなのか、フランソワーズにはわからなかった。
シャワーを浴び、身支度を整えると、彼女はそのネックレスをドレッサーの奥に隠すようにしまい込み、引き出しをぱたん、と閉めた。
 
リビングに上がると、仲間たちが次々に笑顔で声をかけてくる。
が、ネックレスについて何か言う者はなかった。
 
ジェットが新しいモノを用意してくれた……と考えるのがフツウだが、おそらく、そんなことをしているヒマは今までなかったはずだし、それは他の仲間たちにしても同じだった。
そうすると、イワン、という可能性があるのだけど……何のためにそんなことをしたのか、これもわからない。
イワンはイタズラを楽しむような趣味を持ち合わせていなかったし、そもそも常に論理的な言動を貫く彼が、こんな不可解な行動をとるはずもなかった。
何より、彼女が不思議に思ったのは……
 
ジェットに買ってもらった、あのネックレスにはめ込まれていたのは、淡い緑のベリドット。
同じデザインで、ジルコンやピンクトパーズ、アクアマリンがはめ込まれたものもあった。
そして、実を言うと、あの店で彼女が本当に一番美しいと思い、心を奪われたのは、この青い貴石……アクアマリンだった。
 
ただ気に入ったものを選べ、と言われて、素直に嬉しかった……が、やはり、あの日の彼女にはどこか後ろめたさがあった。
だからなおさら、ジェットのまっすぐな優しさが眩しかった。
そして、ベリドットは、彼の明るい赤い髪によく映える貴石だったのだ。
 
フランソワーズはゆっくりと研究所の非常階段を上がり、甲板に出てみた。
久しぶりに浴びる日差しが暖かく、澄み渡った空はどこまでも青く、美しい。
ふと、あのしまい込んだネックレスを思った。
 
私も、こんなふうになりたい。
この、空のように。
 
フランソワーズはじっと空を見上げ、ただそれだけを願った。
 
 
 
彼女の白い喉に、あの青い光が点ることは二度となかった。
それでいい、とジョーは思う。
 
ミッションの中で知り合った、栗色の髪の少女。
彼女は、心にどこか暗い蔭を宿しているように見え、その蔭に惹かれるようにして、ジョーは彼女を庇い続けた。
そして、彼女の心に単なる蔭ではない、何か病的なものが見え隠れしている……ことにようやく気づいた頃、彼は彼女の傍らを離れなければならなかった。
 
懸命に悲しみを押し殺しながら、彼女は、思い出がほしい、と言った。
身につけるものを残してほしいと言う彼女に応えようと、ジョーは慣れない宝飾店を歩き回り、そして。
 
嬉しそうに包みを受け取った彼女の目の輝きが、箱を開けた瞬間、さっと消えた。
はっとする間もなく、彼女は斬りつけるような視線をジョーに投げ、物も言わず箱を地面に叩き付けると、素早く身を翻して駆け去っていったのだ。
 
あのときは、わけがわからなかった。
うち捨てられたアクアマリンのネックレスを呆然と拾い上げた、あのときは。
彼女の怒りと悲しみの本当の意味をジョーが思い知ったのは、その翌日、フランソワーズが傷つけられたときだった。
 
彼女は、突き倒したフランソワーズの喉に両手をかけていた。
夢中で駆け寄り、力任せにひきはがそうとして、ジョーは息をのんだ。
彼女はフランソワーズの首を絞めようとしたのではなく、ネックレスを引きちぎろうとしていたのだった。
 
彼女の異様なまでに研ぎ澄まされた心は、感じとってしまったに違いない。
全身全霊をかけて愛した男が、彼自身にも隠し続け、心の奥底に押し込めていた願いを。
 
 
だから、あの夜、眠るフランソワーズの首にジョーはそれをそっと巻き付けてみた。
大切に抱きしめると、華奢な体は確かに温かく息づいているのに、その肌はどこまでも青白く、少しでも腕を緩めたら、澄んだ光に包まれて水底に沈んでいきそうに思えた。
ジョーは、泣きたいほどの幸福に戦きながら、ただ彼女を見つめ続けた。
 
やっぱり、君だったんだ。
僕が見つけた、この世で一番美しいもの。
僕の、青い宝石。
 
 
それは今、彼女自身の手によってどこかに封印されているにちがいない。
決して、彼の手の届かぬどこかに。
 
それでいいと、ジョーは思う。
それ以上を望むことなど、できないから。
 
 
更新日時:
2010.04.20 Tue.
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Last updated: 2013/8/15