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何故困る

Escape 2
 
 
ジョーの部屋の前に立ち、フランソワーズは深呼吸した。
 
「ジョー…?入るわよ」
真っ暗な部屋に、フランソワーズはそっと足を踏み入れた。
彼は、ベッドで仰向けに転がっている。
 
「…夕ご飯、食べないの?…」
「後で…食べるよ」
「そんなこと言って…朝もお昼も食べてないじゃない…」
 
静かに近付く。
優しく栗色の髪に触れたとたん、思い切り手をはねつけられた。
「ほっといてくれ…!何日食事しなくたって、僕の体はビクともしやしない!」
 
…だめよね、やっぱり…
 
フランソワーズはこっそり息をついた。
でも…こうして彼の部屋に毎日足を運べば…そのうち、きっかけができる。
今日は…これでやめておこう。
 
ごめんなさい、と囁いて、背中を向けたフランソワーズに、冷たい声が飛んだ。
 
「…君も…タイヘンだな」
 
「……ジョー?」
「博士に頼まれたのかい?…それとも、みんなで相談したのか?」
「何のこと?」
「そんな心配顔してみせなくたっていい…君の作り笑いは、もううんざりだ!!」
 
突き刺すように言い放ちながら、茶色の瞳は微かに怯えている。
いつもそう。
フランソワーズは黙って笑顔を返し、おやすみなさい、とだけ言って部屋を出た。
 
…作り笑い…かぁ…ホントに、鋭いわね、ジョーは…
 
「休暇」から予定より一日遅れて帰ってきた彼。嫌な予感はあった。
何か…あったのだろう。
彼は、迎えに出たフランソワーズにものも言わず、部屋に上がり、そのまま出てこなかった。
ギルモア博士は黙って首を振り、仲間たちは肩をすくめた。
 
丸一日待ってから、仲間たちは無言でフランソワーズを促した。
こうなると、彼をひっぱり出せるのは彼女だけだったから。
 
理由はあるのだ…必ず。
でも、彼はそれを誰にも言わない。
 
言えば…少しは楽になるのに…
何があったのか、私に話して。
 
何度も口から出そうになったが。
言えるのなら、彼も苦しみはしないのだろう。
 
…難儀な人だわ。
誰かを傷つければ…その人の痛みまでそっくり感じ取ってしまうくせに。
 
3日後。
ジョーはフランソワーズのノックに応え、ドアを開けた。
黙ってダイニングに降り、夕食を摂った。
これで…とりあえずは一件落着。
 
…疲れた。
 
でも…私が疲れてることがわかったら…
ジョーはここに戻れなくなるかもしれない。
 
こんなこと…もう何度繰り返したのかしら。
 
みんなは、「おまえでなきゃダメだ」なんて、簡単に言う。
「あいつが心から安らげる相手はおまえだけだ」とか。
でも、それは違う。
私にはわかってる。
…もちろん、ジョーも。
 
 
 
たしかに、やめておけばよかった…のだと思う。
彼は、まだ不安定だったのに。
 
でも…私は疲れていた。
よりかかるものが、ほしかった。
だから…ずっとしまっておいた指輪を出して、左手に嵌めた。
昔、兄から貰った指輪。
子供っぽいデザイン…今見たら、贈った兄自身が顔を赤らめてしまうかもしれない。
 
「…それ…?」
ジョーの前に出た数秒後。
彼は指輪に目をとめ、首を傾げた。
 
…めざとい。
 
感心しながら、私は少し慌てていた。
こんなに、いきなり突っ込まれるとは思っていなかった。
 
「似合う?」
なるべく無邪気に微笑み…軽く指をかざしてみせる。
彼は返事をしない。
 
似合うよ…なんて、この人に言えるはずない。
それはいいとして…
 
「……」
「おかしい…?」
「…おかしい、とかじゃなくて…そんなの、つけてたら…戦うときに…」
「危ない…かしら…?でも、そうなりそうだったらはずすわ」
「そんなこと言ってるんじゃないよ」
 
ちょっとムッとした。
変な突っかかり方だわ。
 
私の心の声が聞えたように、ジョーはさっと顔を上げ、まっすぐに私を見た。
 
「君が、そんなちゃらちゃらしたモノをつけたがるようなヒトだったなんて、思わなかったな」
「ちゃらちゃら…って…コレが?!」
 
思わず大きな声になってしまった。
ちょっとたじろくジョー。
 
ここで…やめておくのよ!
…心が叫んでいる。
でも、止まらない。
 
「あなたに、そんなこと言われたくないわ!何よ、気にいらないなら黙っていればいいでしょう?…私がどんなヒトだって、あなたには全然関係ないじゃない!!」
「な…なんだよ、その言い方?…僕は、ただ…!」
「じゃ、どんな言い方すればいいの?…ううん…いいわ、もうそんなこと…!あなたに気を遣うのは、もうたくさん!!」
 
ジョーの顔から…すっと血の気が引いた。
 
…何を…言ったの、私…今?
 
心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような感覚。
彼の手が勢いよく振り上がり…次の瞬間、ぴたっと止まった。
 
どうして、殴らないの、ジョー?
何か言いなさいよ、言いたいことがあるんでしょう?!
ずるいわ……あなたはずるいのよ、いつも…いつも!!
 
自分を抑えることができなかった。
私はいきなり、目の前のカップや皿を思い切りテーブルから薙ぎ払った。
勢いにまかせて、花が入ったままの花瓶を両手でつかみ、彼の胸にたたきつける。
花瓶は粉々になった。
 
凄まじい物音…だったのだろう。
でも、何も聞えなかった。
仲間たちが駆けつける気配。
私は夢中で部屋を飛び出し、ガレージに走り、車に飛び乗った。
 
誰も、追ってはこなかった。
 
 
 
前、グレートが言っていたような…
事件に巻き込まれやすいのは、俺達の体質なのかな…って。
ホントにそうなのかもしれないわ。
フランソワーズは震える少女をそっと抱きしめていた。
 
急に飛び出してきた彼女。
驚いて急ブレーキをかけると…ヒッチハイクだ、なんて言う。
 
ここに彼女を置いていったら、またこんな危ないコトを続けるんだろうし。
それに…止めた相手が悪ければ、どうなるか…日本は治安がいい、とは言うけれど…
フランソワーズはドアを開け、彼女を乗せた。
 
行き先を聞くと、彼女は、しばらくこのまま走って、と言う。
「でも…この先は峠よ…山に入ってしまうわ」
「いいの…!」
何がいいのか…わからない。
 
二人は無言のままだった。車は、山道を滑るように走っていく。
「…あなた…もしかしたら…家出…?」
返事がない。
「そう……なら、私と…同じね」
「…え?」
怪訝そうに見つめる少女に微笑もうとして…フランソワーズはハッとミラーに目をとめた。
 
尾行…されてる…?
 
「つかまって!」
叫ぶなり、思い切りアクセルを踏み、横道へとハンドルを切る。
猛スピードで通り過ぎる黒い後続車を見送り、素早くターンした。
 
「…やっぱり…!」
黒い車が、慌てて引き返してくる。
…乗っているのは…4人…
耳を澄ませた。
慌ただしい話し声…切れ切れの意味をなさない言葉だが、明らかに殺気だっている。
銃器に弾を込めるような音。
フランソワーズは唇を噛んだ。
 
土地勘は…ない。
むやみに走り回った。
とにかく…街に出よう…そうすれば…!
 
峠を走り抜けた。遙か下に、街がかすんで見える。
…あそこまで…一気に降りる…!!
そのとき。
銃声が続いた。
「伏せて!!」
少女に声をかけた瞬間、がくん、と激しく車体が揺れた。
懸命にハンドルを支える。
 
タイヤを撃ち抜かれた。
 
茂みに車を突っ込ませ、飛び降りると、助手席側に走り、少女を引きずり下ろした。黒い車がぐんぐん迫ってくる。
 
フランソワーズは背後を素早く見極め、少女を抱いて、林の斜面に身を躍らせた。
次の瞬間、黒い車は二人が乗ってきた車に体当たりした。車は凄まじい音とともに、斜面を転がり落ちていった。
 
「やったか?!」
ばらばらと駆け寄り、下をのぞき込む男たちは、やがてこわごわと落ちた車の近くに降り始めた。
じっと息を潜めるフランソワーズの腕の中で、少女が目を開けた。
「…!」
いけない…!
口を塞ぐ前に、少女は怯えた声を高く上げていた。
 
「あそこだ…!!」
男たちが駆け寄ってくる。
フランソワーズは少女をその場に伏せさせ、飛び出していった。
あっという間に男二人を投げ飛ばした。
 
風のように跳び回る少女が次々に仲間を倒していくのを呆然と見ていた男たちは、我に返り、銃を抜いた…が、次の瞬間、銃は地面にたたき落とされた。
 
「動かないで!!」
フランソワーズは、さっと銃を拾い、構えると、二人の男を見据えた。
「あなたたち…誰なの…?なぜ、私を…!」
男の視線がふっとさまよう。
フランソワーズはハッと息を呑んだ。
 
…まさか…この人たちが狙っているのは…あの子の方…?
 
舌打ちして、銃を抜こうとした男の腕を撃ち抜き、ひるんだもう一人の足元にも弾を撃ちこんでから、フランソワーズは身を翻し、少女の腕を掴んで立たせた。
「走れる?」
青ざめた顔で、少女がうなずく。
 
「それじゃ…向こうへまっすぐ走って、隠れているのよ、大丈夫…!私も、すぐいくから…いいわね?」
うなずき、駆けだした少女を見送ったフランソワーズの耳に、鈍い金属音が飛び込んだ。
 
「…うそ…」
 
男たちは体を引きずるようにして、車から機関銃を取り出し、フランソワーズに向けて構えていた。次の瞬間、すさまじい銃撃。
 
「どういう…こと?…ここは、日本でしょう?」
思わずぼやいた。
 
今度家出するときは、防護服とスーパーガンを忘れないようにしなくちゃ…!
 
どうやら男たちをふりきり、少女を捜しに戻る。
声をかけると、少女はああ、と呻くように叫び、フランソワーズの胸に身を投げた。
「大丈夫…もう…大丈夫よ」
少なくとも…しばらくの間は。
 
 
「ここは…どこかしら…?」
震える声。
フランソワーズは微笑んだ。
「歩いて街にでるのは…今日中には無理ね…野宿しないと」
「野宿?」
「…まだ、名前も聞いていなかったわ…私はフランソワーズ…あなたは?」
「ユミ…」
 
 
 
いらいらと歩き回るジョーに、ジェットはうんざりしたように声をかけた。
「いいから、落ち着けよ、ジョー…そのうち帰ってくるって…」
「あの車、そんなに燃料は入ってなかったはずなんだ…!それに…お金だって持ってるかどうか…」
「…お前って、親父みたいなコト言うんだな?」
 
…だったら、はやく追いかけときゃよかったのに…
言いかけて、ジェットは息をついた。
駆けつけたとき、ジョーはびしょぬれになった体を拭こうともせず、ぼんやり立ちすくんでいた。
彼が普通に口をきけるようになるまで、たっぷり1時間はかかったのだ。
 
「そんなに心配なの、009?」
ふわふわとゆりかごが浮いている。
 
「…001!目が覚めたのか!…フランソワーズは…フランソワーズは、どこにいるんだ?」
「う〜んと…山の中だよ」
「…山?」
 
赤ん坊は淡々と語る。
「とっても元気そうだから大丈夫だよ、009…今はもう眠ってる…大活躍したからね」
 
「大活躍…って…」
 
…コレのことか?
やっと片づけ終わったテーブルの方を、アルベルトが顎で示した。
 
「違うよ…!銃を持ったやつら4人と渡り合って、とりあえず追い払った…車は壊れちゃったけど…」
「銃を…?どういうことだ…?まさか!」
 
「ブラックゴーストじゃないよ…つまんないヤツらさ…ええと…ジャパニーズ・マフィアっていうのかな?ああいうの?」
「ほう?そりゃタイヘンだ…なぁ、ジョー?…フランソワーズ、香港に売りとばされちまうかもしれないぞ?」
「香港、馬鹿にしてるアルな?!」
ジョーは叫ぶように張々湖とグレートを遮った。
「そんなこと、どうでもいいよ!!…何があったんだ、イワン?!」
 
「何…って…つまり、連れに恵まれなかった…ってことだなぁ…大丈夫、彼女…結構楽しそうだし…今度家出するときは、防護服とスーパーガンを忘れないようにしなくちゃ…だってさ…僕もそう思うよ」
イワンは大きなあくびをした。
 
「寝るんだったら、その前に教えてくれ…!フランソワーズはどこに…?イワン…?イワン!!」
「…寝ちまった…な」
ジョーはうめき声を上げ、乱暴に髪をかき上げた。
 
「本当に危ないのなら…イワンもそう言うじゃろう…まあ、落ち着いて待っていた方がいい…そのうち、連絡があるかもしれん」
ギルモアはため息をつきながら、イワンを抱き上げた。
 
「まったく…ヒトの悪い赤ん坊じゃわい…心配しておるのは…ジョーだけではないものを…」
 
 
 
「あ…ありがとう」
フランソワーズからビスケットを受け取り、ユミは心配そうに彼女を見返した。
「…あなたの分は…あるの?」
「私は大丈夫…そういうふうにできているから…」
 
闇が少しずつ深くなっていく。ユミがほんのわずか、身を寄せるようにしてきた。
「…ねえ…ユミ…聞いてもいい?」
 
……無言。
でも、聞かなくては…
 
気になるのは…機関銃だ。
彼女が追われているのは間違いないが…こんな少女を一人、殺すにしろ捕らえるにしろ…あんな武器が必要だとは思えない。
いや、結果的に彼らは「サイボーグ」に出くわしてしまったのだから…備えあれば憂いなし…ということなんだけど。
それはともかく。
 
あんな目立つモノ、警察に見つかったら面倒なはず…
使うアテがあるからこそ…持ってきたのだろう。
 
機関銃を持ち出す必要があるような相手が…彼らにはあった…ということだ。
この少女をめぐって。
そして、その相手には…まだ遭遇していない。
敵か…味方か。
 
もしかしたら、私一人では…無理かもしれない…でも…
 
山の中だ。
携帯は使えない。
通信機も…距離がありすぎる。
仲間を呼ぶことはできない。
 
「あなたは…なぜ狙われているのかしら?…それがわからないと、私も…困るわ…あいつらの武器を見たでしょう?日本では、フツウの人はああいうもの、持っていないはず…よね?」
ユミはむっとしたようにフランソワーズを見上げた。
 
「…あなただって、フツウの人には見えなかったけど、フランソワーズ?」
「もちろん…だから、ヒッチハイクなんて、気楽にしたらダメなのよ。どんな人にぶつかるか、わかったものじゃないでしょ?」
「そっか。フフ…ほんとね。でも、私は…アタリだったみたい…違う?」
「ナマイキね、コドモのくせに…!」
「あら!…私、もう17になるのよ」
ユミは得意そうに笑った。
 
「私の方こそ聞きたいわ、フランソワーズ…あなたは、何者なの?…パパの知り合いだった人?それとも…滝川さんがよこしたの?」
「……あのね、ユミ…もし私があなたと会うつもりだったのなら…ヒッチハイクするあなたを拾う…なんて、あまりにも成功率の低い作戦だと思わない?」
苦笑するフランソワーズに、ユミは肩をすくめた。
 
「そうか…もしかしたら…誰もまだ気づいていないのかも…あ〜あ、いやになっちゃうわ…おじさまの方に先に気づかれちゃうなんて」
「…おじさま?」
「ええ…私を狙うなら…おじさましかいないもの…でも…あんまり頭いいやり方じゃないと思うなぁ…私に何かあったら、すぐ疑われる立場だと思うんだけど…!やっぱりダメね、あの人は…」
 
 
 
17歳で…政略結婚…?
フランソワーズは、すやすや寝入ったユミの顔をまじまじと見つめた。
…ホントかしら?
 
ジャパニーズ・マフィアのことはよく知らない。
ジェットが、そういう関係の映画が好きらしく、よく居間でビデオを見ているが…
仲間の評判は悪い。
やたらと人が死ぬし、血が流れるし、痛そうだし…
でも…ジェットのホントの楽しみは、ビデオそのものじゃなくて。
いやがるジョーに無理矢理そういうのを見せる…ってトコロにあるのかもしれないのだけど。
 
ボスの急死…その一人娘…後継者争い…
…定められた婚約者。
 
ホントなら…たしかに、逃げ出したくなるかもしれない。
そして、彼女を追うのは…血を分けた叔父。
 
出来すぎた話だ。
 
でも…
 
「ココロから愛し合った人としか結婚したくない、なんて…コドモの夢みたいなこと、考えてるわけじゃないの…でも…滝川さんと結婚するのは…本当にただ流されてるだけのような気がして…それでも、あの人には、私を断ち切ることなんてできない…背負っているものが大きすぎるから…だったら、私が…逃げてあげようかな…って思ったの」
 
…失敗しちゃったけど。
 
つぶやくユミの目に、光るものが浮かんだ。
 
…ジョーなら。もちろん。
 
フランソワーズは星空を仰いだ。
あなたなら…完全に信じるでしょうねぇ。
この子の涙。
 
フランソワーズはユミの髪をそっと撫で…ハッと耳を澄ませた。
「…まさ…か…?」
じっと集中してから、唇を噛み、ユミを烈しく揺する。
「起きて…!」
「…あ…?」
ぼんやりしているユミの片腕を自分の首に巻き付けるようにして、フランソワーズは立ち上がった。
「静かに…ゆっくり歩くのよ…怖がらないで…私につかまって…!」
「…フランソワーズ…?」
「…探しに…来てるのよ、大勢…」
「え…?」
「大きな声を出してはダメよ、絶対に…!」
静かな…しかし、厳しい声に、ユミは黙ってうなずいた。
 
暗闇の中、時々足を取られてよろめくユミを支えながら、フランソワーズは慎重に歩いた。
わずかなライトを頼りに歩いている彼らの動きは遅いし、手に取るようにわかる。
しかし…道が少なすぎる。
かわすのにも限界がありそうだ。
 
いつの間にか、闇が青く薄明るくなってきている。
フランソワーズは、ユミを道の脇にある木の下のくぼみに座らせた。
 
「…ここに…じっとしているのよ」
「フランソワーズ…?」
「いい?…絶対に…出てきてはダメ…!」
「…でも」
「大丈夫…スゴイ勢いで登ってくる車があるわ…『フツウの人』じゃなさそう…いろいろなモノを用意してるし…きっと、『滝川さん』じゃないかしら…?」
 
フランソワーズが、車のナンバーを告げると、ユミは大きく目を見開いてうなずいた。
「フランソワーズ…でも、あなた…どうしてそんなことがわかるの?」
「約束しましょう…あなたを助けてあげる…そのかわり、私のことはもう何も聞かないし…誰にも言わない…できる?」
ユミは烈しく首を振った。
 
「ダメよ!…あなたもここに隠れていて…!危ないわ!」
「そうやっていると…滝川さんがくる前に、見つかってしまいそうなのよ…大丈夫、私は…そう、『フツウの人』じゃないんだから…!」
 
軽くウィンクして、フランソワーズは身を翻し、斜面を駆け上がっていった。
 
 
 
朝の風と光に、銃声は似合わない。
走りながら、フランソワーズはふと息をついた。
ここまで引きつければ…多分、ユミは大丈夫。
でも…私は…
 
囲まれていた。
用心しているのか、男たちは接近しようとしない。
銃を奪い取ることは出来なかった。
 
昨日より人数が増えているし、武器の性能も上がっている。
どんなに逃げても、思わぬ方向に新しい敵の姿が現れる。
「目と耳」がなければ、とっくに追いつめられていたはずだった。
 
 
「…!」
フランソワーズは唇を噛んだ。行き止まりだ。
路肩の茂みのすぐ下は、垂直に近い、深い谷。
逃げ道がない。
じりじりと近付く幾つもの銃口を見据え、深呼吸する。
 
こんなとき…あなたなら…
 
男たちの足が止まった。
一斉に銃口が向けられる。
 
…ジョー…!!
 
心で叫び、フランソワーズは、思い切り前方に飛び込み、素早く地面に伏せた。
転がりざま立ち上がると、一番近くにいた男に躍りかかり、叩き伏せ、銃を奪った。
一瞬ひるんだ男たちの利き腕を次々撃ち抜いていく。
 
…最後の、一人…!!
 
カチッ…と、空しい音に、フランソワーズは唇を噛んだ。
弾切れ…?
 
言葉にならない咆哮を上げながら、最後の男がフランソワーズに銃口を向け、引き金を引く。
 
辺りの音が一瞬遠のいた。
凄まじい衝撃。
 
「フランソワーズ…!」
 
次の瞬間、フランソワーズはせせらぎの音に、そっと目を開いた。
柔らかい草が茂っている。
…ここ…は?
 
黄色いマフラーの端から…少しずつ目を移した。
栗色の髪。
 
「…ジョー…?」
 
谷底に降りていた。
ジョーはため息をついて、フランソワーズを睨むようにした。
 
「乱暴だな、君は…結構ヒドイ怪我させてたよ、あいつらに…逃げるだけのつもりだったんだろ?」
「…な、なによ…!あれくらい、仕方ないわ…私は加速装置なんて持ってないんだから…!」
 
何が何だかわからないまま、言い返す。
耳を澄ますと、上の方で、うめき声がしている。
ジョーはふっと笑った。
 
「…よかった…間に合って」
「どうして…ここに…?」
「どうして…って…君が呼んだんじゃないか…!」
「……」
 
さっき…のこと?私、通信を開いていたの?
 
うんざりしたように、ジョーは髪をかき上げた。
「どうせなら、もっと早く呼んでほしかったけど…通信を送っても応えてくれないし」
「…閉じてたもの」
「…だと思った…気配はするのに、場所がはっきりわからない…実際、加速装置なんかより君の視力がほしかったよ、つくづく」
 
いきなり抱き上げられ、フランソワーズは慌てた。
「な、何…おろして、ジョー、歩けるわ…!」
「無理だと思うけど…?どうしてもっていうなら…仕方ないな。でも、踊れなくなっても知らないぞ」
 
言われて、初めて痛みに気づいた。
片足に、軽い銃創があった。
 
 
 
「何…見てるんだ?」
ストレンジャーのシートにフランソワーズを座らせ、足の手当てをしていたジョーが首を傾げた。
フランソワーズは小さく首を振った。
「ううん…」
遠く、あの木の下のくぼみで、ユミが、駆けつけた青年に抱きしめられ、泣きじゃくっている。
 
「…滝川さん…か…」
思わずつぶやいてしまった。ジョーがまた首を傾げる。
「…タキ…ガワ…?君の『連れ』のことかい?」
曖昧に首を振り、フランソワーズはしっかり抱き合う二人を見つめていた。
「…馬鹿ね…ホントに」
ため息が出そうだ。
 
ジョーはじっとフランソワーズを見つめ、軽く唇を噛んだ。
「…行くよ!」
 
慣れた振動が心地よい。
うとうとしながら、フランソワーズはストレンジャーのエンジン音を聞いていた。
 
ジョーは…どうして…私のいるところがわかったのかしら?
…捜して…くれたの?
どうやって…?
 
数日前、研究所に帰ってきた、ジョーの青ざめた頬。
 
何が…あったの?
…ううん…私には…わからないわね…あなたの…重い過去…それに…
私より…遙かに重い運命。
わかるはず…ないんだわ。
 
それでも、私たちは…仲間だから。
それが運命だから。
もし、他の女の子が003だったら…あなたはもっと…幸せだったのかもしれない。
もし、私たちがサイボーグでなかったら…惹かれ合うことなんてなかったのかもしれない。
 
…そうね、ジョー。
そう思うと…つらい。
でも…これが私の…私たちの運命だから…
ごめんなさい…諦めて…ね…?
 
助けてくれて…ありがとう…
 
ジョーはふと隣を見やった。
いつの間にか、フランソワーズは安らかな寝息を立てている。
茶色の瞳が、柔らかく瞬いた。
 
 
「あ〜?帰ってきたぞ!」
頓狂な声を上げるグレートにつられ、仲間たちは窓に集まった。
「ホントだ!…へえ…見つけたのか、あいつ…!」
「さすが009アルねえ〜!」
「どれどれ…じゃ、出迎えに……?とと?」
アルベルトに首根っこを掴まれ、グレートは目を白黒させた。
「バーカ、ちっとは気をきかせてやれ」
「…そうそう!さすが、004、わかってるアル!」
「たしかに…これ以上フランソワーズに暴れられたら、叶わないからなぁ…!」
ジェットが大げさに両手を広げ、笑った。
 
「フランソワーズ…ついたよ…起きて」
優しく肩を揺すり、囁く。
が。長い睫毛はそよとも動かない。
「フラン…」
ジョーはふと口を噤んだ。
 
……ごめん。
 
声にはならなかった。
ジョーは左手を伸ばし、彼女の右手をそっと握りしめた。
 
 
仲間たちはじーっと時計を睨みつつ、二人が現れるのを待っていた。
ストレンジャーがガレージに入ってから30分。
エンジン音はすぐ止まった。そして、異様な静けさ。
 
……いくらなんでも、遅い。
 
「様子…見にいくアルかね?」
おそるおそる切り出した張々湖を、ピュンマが慌てて制した。
「マ、マズイよ、マズすぎる、それは…!!」
「…しかし…なんだ?…仲直りしたのは結構だが…何もガレージでやっちまうこたぁないだろう〜!こっちの身にもなってほしいぜ…第一、あいつら、どっちも疲れてるだろうに…どーせならベッドでゆっくり……」
 
「まったくだよ!」
 
「001…?!」
サイボーグたちはぎょっとして振り向いた。
赤ん坊がふわふわ浮かんでいる。
 
「ジェロニモ…迎えにいってあげて」
「!!!!」
005が大きく目を見開き、めちゃくちゃに頭を振った。
 
「…だって…フランソワーズが…カワイソウだよ…ジョーはともかく…ちゃんと寝かしてあげないと」
「だから、イワン、オマエ赤ん坊のくせに何を…?何…だって?」
イワンはくすっと笑った。
 
「フランソワーズ、風邪ひいちゃうと思うな…あんなところで…寝てたら」
「ちょっと待て!」
グレートが呻いた。
 
「ま…まさか…アイツら…寝てる…のか?ぐっすり?」
イワンが面白そうにうなずく。
 
「ちっくしょう…!だから言ったんだ、アイツらのケンカなんて馬鹿馬鹿しい…どうせ…馬も食わない…」
「犬だよ、002」
「うるせぇ!!」
 
赤ん坊を怒鳴りつけ、ジェットは勢いよくソファに身を沈めた。
更新日時:
2002.07.14 Sun.
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Last updated: 2013/8/15