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何故困る

相聞的超銀
 
モスクワは…雪。
 
「ジョー…」
「…ごめん」
 
いいのよ…と、何度言っても彼の目から、悲しい色は消えない。
どう言えば…わかってもらえるのかしら…
私が…今、幸せだということを。
 
この運命を背負ってからずっと、私が安らげる場所は、あなたの腕の中だけだったのに。
やっと…やっとたどりついたわ。
2年間…私はあなただけを待っていた。
待っているということにも気づかないほど。
 
「それじゃ…明日、空港で」
 
さっきと同じ台詞。もう3度目だ。
思わず微笑みながら…フランソワーズは彼の茶色の瞳を見上げた。
離れたくない。
 
私の部屋にきて。
今夜は。
 
心でつぶやくだけで、頬が燃えるように熱くなる。
やっぱり、言えない。
でも、もし彼が…来いと言ってくれたら。
 
明日、旅立てば…もうそこは、戻るあてのない戦場だから。
 
しかし、ジョーはそっと彼女を離した。
遠ざかる彼の背中を、フランソワーズはいつまでも見送っていた。
 
 
 
シャワーを浴び、ベッドに腰掛けて、きちんと出来上がった荷物に目をやった。
早く…眠らなくては…
今夜はいろいろなことが一度に起きすぎた。神経が高ぶっているのは仕方ないかもしれない。
舞台の千秋楽…アズナブールの求婚…ジョーとの再会…そして。
明日、私は戦場に戻る。
 
ノックの音に、フランソワーズはハッと顔を上げた。胸が高鳴る。
…ジョー…?
「目」で確かめる余裕もなく、ドアに駆け寄り、勢いよく開いた。
 
「…ア?」
 
立っていたのは、青白い顔のアズナブールだった。
彼は、呆然としているフランソワーズの両肩をいきなりつかんだ。
 
「先…生……?」
ベッドに突き飛ばされ、両手首を押さえつけられて、フランソワーズは初めて自分がネグリジェしか纏っていないことに気づいた。
「い、いや…!何を…!!」
懸命にもがき、彼を押しのける。
ネグリジェが悲鳴のような音とともに、大きく裂けた。
 
忘れかけていた戦士の勘が、彼女を助けた。
フランソワーズは、アズナブールを床に突き倒し、露わになりかけた胸元をしっかり押えた。
 
「何を…なさるんですか…?」
怒りのこもった、強い光が青い瞳に宿る。
うめきながら起きあがったアズナブールは唇を噛んだ。
 
「…すまない…」
「出ていってください」
「フランソワーズ、私は…」
「出ていって!」
「君に話があるんだ…!」
「今は…」
「今でなければ話せない…!明日になれば、君は…!」
 
フランソワーズはハッとアズナブールを見つめた。
 
「…どうして…それを…?」
「…ムッシュウ・島村に…会ってきた」
「…え…?」
 
彼の言葉をぼんやりと反芻し、フランソワーズは立ちすくんだ。
 
…ジョーに…会って…きた…?
 
 
 
「頼む…私の話を…」
「…ここでは…嫌です」
「もうあんな真似はしない…誓う…!」
 
アズナブールが燃えるようなまなざしを向ける。
じっと彼を見つめたまま、フランソワーズはガウンを羽織り、ソファに腰を下ろした。
 
「フランソワーズ、君に本当に必要なのは…君にとって大切なものは…何だ…?よく…考えてくれ…彼は…立派な男だ…それはよくわかった。君が…彼を愛しているということも」
「…先生…」
「わかってる、君は…僕のこんな言葉で揺らぎはしない…だが…!」
アズナブールは深く息を吸い、吐いた。
 
「…彼は…君に応える気があるのか?」
「……」
「君を愛している男が、どうして君からバレエを奪うんだ?…君を本当に愛している男が…なぜ…私に、君のもとに行くことを…君を説得することを許す?」
さっと顔を上げたフランソワーズの目を、アズナブールはじっと見つめた。
 
「そうだ、彼は言った……私を選ぶのも、彼を選ぶのも、すべて君の自由だと」
 
沈黙。
やがて、静かな声がアズナブールに届いた。
冷ややかな声。
 
「私も、そのとおりだと思います…違うんですか、先生?」
 
アズナブールは軽く唇を噛んだ。
目を閉じ、静かに首を振る。
 
「そんな言い方をするな……君らしくない」
「先生は…本当の私をご存じないんです…私は…ジョーと行きます」
「フランソワーズ!」
「ジョーは…私を愛してなんかいません…でも、私は……!」
 
さっと口を塞がれ、フランソワーズは息を呑んだ。
が、アズナブールのまなざしは穏やかだった。
 
「…そんな言い方をするな…と言っただろう…?私が…間違っていた」
「……先生」
「君の言うとおりだ…彼が君を愛そうが愛すまいが、君は彼を愛している…私が君を愛するのと…同じように」
 
フランソワーズはふとうつむいた。
震える両肩に静かに手を置き、アズナブールはごく自然に…舞台の上でそうするように、彼女を抱き寄せた。
2度、3度と、宥めるように優しくキスを繰り返し、アズナブールは抱きしめる腕に力を込めた。
 
「…やめて…ください…」
細い少女の声。
愛しくてたまらない。
 
「私とでは…幸せになれないか…?」
つぶやく。
フランソワーズは小さく首を振った。
「行かせない…彼は君を幸せにできない…君がどんなに私を嫌っても、私は…君を不幸にしたくないんだ…!」
 
抱き上げられ、フランソワーズは身を硬くした。
「いや…!約束が…!」
「…君が嫌だと言うのなら…すぐにやめるよ…本当に…私を拒むのなら」
 
ずっと…ずっと長い間、見守っていてくれた、温かい瞳。
フランソワーズの体から、力が抜けた。
アズナブールは、深く彼女の唇を求めながら、胸元の破れ目に手を差し入れ、開いた。
やがて…肩から、ガウンが滑り落ちる。
二人はベッドに倒れ込んだ。
 
…ジョー…どうして…?
 
閉じた瞼から、涙が零れた。
その雫を、アズナブールの唇がそっとぬぐう。
いたわるように、彼は優しい愛撫を繰り返した。
 
あなたは…こうなってもいいと…思っていたの…?
自由…すべて、私の自由……だから、あなたは平気なの?
 
いいえ…いいえ、違う。
ずるいわ、あなたのせいにするなんて。
そうよ、私は…いつも、自由なのに。
 
あなたが…それを守ってくれるから!
 
フランソワーズは目を開け、そっとアズナブールの胸を両手で押し戻した。
「いやです…先生。離してください」
「…フランソワーズ」
 
青い瞳の奥に、氷のような鋭い光が閃く。
息を呑み、アズナブールは彼女を離した。
 
「…どうしても…?」
 
フランソワーズは沈黙で答えた。
 
 
 
背中でドアが閉った。
足音が遠ざかる。
一人、ベッドに座っていたフランソワーズは、忍び寄る冷気に思わず両肩を抱いた。
 
「…ジョー…!」
 
言葉にならない。
押えきれない嗚咽。
 
後悔しているんじゃない、違う…これでいいの。
あなたの傍にいたい。それだけが、私の願い。
 
あなたが…私を愛していなくても。
 
わかっている…あなたは…私を愛してなんかいない。
もしそうなら、わかるはずだもの。
あなたの一言で…私が…どんなに楽になれるか。
一度でいい…嘘でもいいから。
 
幸せでも自由でもなく。
私が本当にただ一つ望んでいるもの。
 
わかっている…
それは…決して手に入らない…今度も。
 
涙を拭い、懸命に呼吸を整えながら、フランソワーズは床に落ちたガウンを拾い上げた。
 
…眠らなくちゃ。
自分に言い聞かせる。
 
明日…私は、戦場に戻る。
 
 
 
フランソワーズは、ぐんぐん遠ざかるモスクワの街を眺めていた。
まだ、ジョーと目を合わせていない。
 
彼は、搭乗口へとまっすぐ歩いていた。
駆けつける足音が聞えていたはずなのに…振り向きもしなかった。
 
彼の前に置かれていた鏡の中で…一瞬二人の視線は絡み合い、すぐにほどけた。
息を弾ませ、追いついたフランソワーズはジョーの背中に言った。
 
「ごめんなさい…」
 
彼は返事をしなかった。
 
私が…来ないと思っていたのね…
 
ふっと息をつく。
 
…あなたらしいわ…ジョー。
もしかしたら…来ない方がいいと…思っていたのかもしれない。
それが…私の幸せだと…
 
「…アズナブール先生は?」
低い声。
フランソワーズはハッと身を硬くした。
昨夜の彼の愛撫が…肌に蘇る。
震えそうな声を懸命に抑えた。
 
「今日の夕方…パリへ発つそうよ…」
 
不意に、膝の上で手を握られ、フランソワーズは思わず声を上げそうになった。
熱く、優しく…愛おしむように、ジョーは彼女の小さな手を握りしめる。
 
眠れなかった。
君が…あの人に奪われるのだと…その思いに夜通しつきまとわれて。
君を信じていたのに…いや、違う。
信じるしかなかっただけだ。
…何一つ、手出しすることを許されていない僕だから。
 
ようやくたどりついた夢の中で…君は彼に抱かれていた。
幸せそうに彼の背中を抱いて…彼の愛撫に応えていた。
 
そして…約束の時間…来なかった君。
 
正気でいられたのは、戦いの前だったからだ。
長く苦しむことはない。
烈しい戦いがすぐに、僕の命を絶ってくれるはずだから。
 
君の笑顔を胸の底に抱きしめて…永遠の休息につく。
それは…いつでも、僕の望むところだ。
 
なのに、僕は…君を手放せない。
 
君は、僕たちを見捨てない。
僕たちは何度も君の命を救った。
君を故郷に帰すために、命をかけた。
そのことを忘れる君ではない。
君は…全てを捨てて駆けつける。
僕が君を呼びさえすれば。
 
僕は…わかっているんだ。
 
だから、君を呼びに行く。君を待つ。
そんなやり方は卑怯だと…それも、わかっている。
全部わかっているのに…どうすることもできない。
僕は…どこまでも君を苦しめる。
 
フランソワーズの頬に、涙が零れた。
刺すような痛みが、ジョーの胸を抉った。
 
 
 
不思議な夕焼けだ。何度見ても、慣れることはない。
 
ジョーはぼんやりと廃墟の街を見下ろしていた。
軽い足音に振り返る。
 
「タマラ…」
 
王女は微笑んだ。
「やっぱり、ここにいたのですね…009」
「なんだ…お見通し…だったのかい?」
「ええ…だって、毎日ですもの…あなたは…いつも何をそんなに見ているの?」
無邪気な笑顔。
ジョーは苦笑した。
 
「何を…ってことはないんだけど…やっぱり変かな」
タマラは黙って首を振った。
 
「どうしても…残ってはいただけませんか…?」
ぽつりとつぶやく。
ジョーは目を伏せた。
 
考える余地すらない。これは僕の宿命だ。
戦いを…手放すわけにはいかない。
何があろうとも。
 
「君が女王でなければならないのと同じように…僕は、戦わなくてはならないんだ」
「平和のために…?それなら、この星の王として…違う戦いをしていただくわけにはいきませんか?」
「それは…僕の戦いじゃない…ごめん…タマラ」
 
タマラはふと地平線を見やった。
「嘘…」
「…え?」
「あなたは…嘘をついているわ…」
「嘘って…何が…?」
「あなたが…ここに残ってくださらない本当の理由を…私は知っています」
「…本当の…理由…?」
 
首を傾げるジョーに、タマラは寂しく笑った。
「…おわかりに…ならないのね、あなたは……不思議な…残酷な人…」
 
予感がした。
なじみのある…不吉な、予感。
それを振り払おうと、ジョーはタマラをじっと見つめた。
彼の視線に引かれるように、タマラは彼の胸にすがりついた。
そっと肩を抱きしめる。
 
僕を…愛していると言ってくれた女性。
こんな僕を、まっすぐに見つめて…
応えられないのなら、せめて守りたい。
この…力の全てをかけて。
でも。
 
不吉な予感は…いつも当たる。
 
 
硝煙の立ちこめる中、瓦礫をかき分け、タマラの亡骸を葬った。
涙が止まらない。
 
僕は…何もできなかった。
 
また…守れなかった。
この力…僕の力が…僕に近付く人に災いを呼ぶ。
なのに、それを払う力は…僕にない。
 
そして。
うなだれる僕を…震えるこの背中を優しく包む視線があるのを、僕は知っている。
でも。僕は振り返れない。
振り返れば…見つめれば、君も彼女と同じ運命をたどることになってしまうから。
 
フランソワーズ。
 
あの海辺で…初めて君を抱きしめた。
初めてで…多分最後。
それでいい。
 
僕の暗い運命が君を殺す前に、僕の命が尽きることを。
今、祈ることは…それだけだ。
 
 
 
これが、あなたの鼓動。
 
ここで倒れてはダメ。
今倒れたら、何もかも終ってしまう。
でも。
 
「しっかししろ!…あと、少しだ…っ!」
 
張りつめた、アルベルトの声。
 
そして…振り返る、茶色の瞳。
心配そうに……たぶん。
 
もう、何も見えない。
 
ここで…終わりなのかもしれない。
 
手放すなら、一瞬でやり遂げなくては。
倒れるなら、一瞬で。
 
あなたが…向こうを向いた、そのとき。
銃を抜き、こめかみを撃ちぬいて。
 
それで…終わりにできる。
 
 
「…フランソワーズ!」
 
 
…ううん。
嘘よ。
嘘だから。
だから…そんな顔をしないで。
 
これが…あなたの鼓動。
 
あなたとともに生きる本当の意味を、私は知ってる。
私だけが知っている。
この、体で。
 
まだ…倒れてはいけない。
 
 
「…大丈夫よ……ごめんなさい」
 
 
 
彼が消えた虚空を見つめ、彼の形見を握りしめ、ジョーは立ちつくしていた。
歯を食いしばり、慟哭するジェット。
 
ジェット、君なら…もしかしたら、彼を止められたのかもしれない。
僕は、止めなかった。
…最後まで戦うために。
 
進まなくては。
僕たちの戦いの全てが無駄になる。
全て無駄に。
 
でも。
僕たちは…何のために戦っているんだ?
誰のために?
 
彼が消えても、宇宙は静かにここにある。
何も変わらず。
恐ろしい悪魔と、僕たちとを…ともに包んで。
 
こうして一人ずつ…失っていくんだ。
こんなに苦しんで、悲しんで…僕たちは。
 
いつかこうして別れるのなら。
あの懐かしい故郷で穏やかに暮していればよかった。
その幸福の果てに、地獄が口を開けていたとしても。
いつか、こうして別れるのなら…
 
どうして、こんな惨い別れ方をしなければならないんだ?
手を取り合い、故郷の星の上で業火に焼かれ、燃え尽きる。
そんな最期をのぞむのは…許されないのか?
 
 
ジョーはゆっくり顔を上げた。
その目に…取り戻したイワンを抱きしめ、うつむいているフランソワーズが映る。
 
ああ…でも。
 
僕はもう…ここまで来てしまった。
君を…ここまで連れてきてしまったんだ。
そして…今、彼を永遠の闇へ置き去りにして。
 
もう…引き返せない。
だったら。
 
 
操縦桿を握る。
スターメイズを目指して。
 
フランソワーズ。
 
僕は守れなかった。
一つの命も…守れたことがない。
今、とうとう、仲間まで。
だけど…それでも、僕は誓う。
 
君を守る。
 
何度裏切っても…君の眼差しは変わらなかった。
だから…もう一度。
もう一度だけ、僕を見て。
 
僕は君を守る。
もう誰も死なせない。
 
わかってる。
この崩れかけた船で。
このちっぽけな僕に何ができるだろう。
こんな誓いに意味なんかないんだ。
 
でも、僕は戦う。
何度でも誓う。
 
君が、信じてくれるから。
 
 
 
輝く夕陽の中で、海風に吹かれながら、フランソワーズは小さく息をついた。
 
これから…どうしよう。
 
帰れるとは…思っていなかった。
パリで、舞台の予定がはいっている。
 
地球では…ほんの数日しか過ぎていないことをギルモアから聞き、とまどっていた。
 
どのみち、舞台に出られるはずもない。
そう思って、パリに正式なキャンセルの電話を入れた。
 
アズナブールに怒鳴られた。
 
今から、代役をたてろというのか?
すぐ戻ってこい。舞台を台無しにするつもりがないのなら。
 
厳しい言葉と裏腹に、その声は温かい。
いつもそうだった。
 
 
帰ろう。
戦いは…終ったのだから。
私は…自由なのだから。
 
あなたが…それを守ってくれたから。
 
 
誰かに、きいてみたい。
兄さんに…それとも、アズナブール先生に…ううん、まさか…ね。
 
あんな…愛の告白って、あるかしら?
…って。
 
 
「フランソワーズ…後は、頼んだぞ」
 
 
私は動けなかった。
ただ、あの人の目を見つめて…うなずくしか。
 
あなたに置き去りにされるのは…何度目かしら。
あなたはいつもあっけなく行ってしまう。
そのたびに、泣いて…泣いて。
でも。
 
あのとき…涙はでなかった。
 
勘違いしてるだけかもしれない。
でも、いいわ。
 
あなたは…私にあなたの運命を被せてくれた。
あなたが背負っている…暗い運命を。
初めて…本当に、初めて。
あなたは、私に手をさしのべてくれた。
 
だから、涙は出なかった。
 
帰ろう、パリへ。
あなたがくれた自由を生きるために。
 
あなたが託してくれた運命を…越えるために。
 
 
10
 
誰にも言わないつもりだった。
この胸の…暗いところに沈めておこうと思っていた。
僕の心の闇。
それが…またほんの少し重くなるだけなのだから。
でも、君は…僕に聞いた。
 
「どうして…タマラのことを考えなかったの?生き返って欲しいって…」
 
ゆっくり…深く息を吐く。
答えたら…だめだ。
聞こえないふりをしなければ。
 
君は気づいてはいけないんだ。
 
僕は、アルベルトの生を望んだ。彼は蘇った。
僕には、そうする力があのときあった。
なのに…僕はタマラを。
 
君を汚したくない。その体も、心も。
君だけは、いつまでも……
 
でも、もう…引き返せない。
僕は、答えた。
 
「わからない…僕には」
 
君は黙っていた。
何も聞く必要はなかったから。
 
君はただ、僕の闇を受け取ろうとしただけだ。
この…重い闇を。
そして今、僕はそれを君に渡してしまった。
 
ここは、もう戦場ではないのに。
 
 
「これから、どうするの…?」
 
 
僕は、足下の小石を拾った。
思い切り投げる。海へ向かって。
 
その質問は、これで最後だ、フランソワーズ。
僕の行き先は…君が知っている。
僕たちは、もう二度と離れない。
 
駆け寄る君を抱きしめたとき。
苦しい顔をしているつもりだったのに…
あとで、君は僕が笑っていた…と言った。
 
本当?
 
だとしたら…君はやっぱり逃げた方がいいのかもしれない。
僕は、いつか後悔するかもしれない。
 
 
11
 
部屋に入ると…君は暗い窓を見つめていた。
あの、パリの嵐の夜のように。
 
あのとき…泣きじゃくる君をただ抱きしめることしかできなかった。
君の哀しみを払うことなんてできなかった。
今だって、僕は。
 
君は、足音に振り返った。
少しだけ怯えて、それでも微笑んで。
僕は君を抱き寄せて…唇を重ねた。
 
いつか…後悔するかもしれない。
こうして、君を闇に引き込んだことを。
…でも。
 
君を抱き上げ、そっと寝かせた。
淡く光る君の体に、僕を重ねた。
 
月の光を覆う、雲のように。
 
 
更新日時:
2002.07.24 Wed.
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Last updated: 2013/8/15