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  8   プロメテウス(2010)
 
 
なんじの天を覆え、ゼウスよ
濛々たる雲をもって。
あざみの首をむしりつつ遊ぶ
少年のごとく
槲(かしわ)に山嶺に なんじの力をためせ。
されど大地はわがもの
手を触るるべからず。
またなんじならず
わが建てしこの小屋に、
わがかまどに 手を触るるな。
焔ゆえに
なんじわれを妬む。
 
天のしたに 神々よ
なんじらよりあわれなるものを われ知らず。
なんじらは
犠牲(いけにえ)と
祈祷の煙によって
わずかに権威をやしなうにすぎず。
世に童児、乞食、
愚かな希望にみつるものなくば
なんじらは 餓死の身ぞ。
 
われ幼くして
世のさだめを知らざりしとき、
迷える眼して
日輪をあおぎぬ、
わが嘆きを聞く耳そこにあり、
苦しむものをなぐさめる
われにひとしき心そこにありと信じて。
 
巨人族の倨傲と戦いしとき
われを助けたるはたれぞ。
死より 隷従より
われを救いしはたれぞ。
燃ゆる聖火のわが心よ、
そはすべてわがなせしところならずや。
しかもわれおさなくも欺かれ、
天上に眠れるものに
あつき感謝を捧げたりし。
 
 
なんじを崇めよと、何ゆえに?
重荷を担うものの苦悩を
なんじかつて和らげしことありや。
なんじかつて憂え悲しむものの
涙を拭いしことありや。
 
われを男子に鍛えあげしは
全能の「時」、
永遠の「運命」、
これぞわが主、なんじの主なり。
 
若き日の美しき夢
すべて破れて実を結ばざれば
われ生を憎み
荒野にのがるべしと
なんじおろかにも思いしにあらずや。
 
われここに坐し
わが像(すがた)に肖(に)せて 人間を創る。
苦しむも、泣くも
たのしむも 歓喜するも
なんじを崇めぬことも
われにひとしき
種族をつくる。
 
(「プロメーテウス」 ゲーテ 小塩 節訳)
 
 
 
「出て行けっ!」
「――っ!」
 
ピュンマは一瞬だけ唇を噛んだ……が、それだけで堪えることができた。
こういうことにも慣れてきた。
 
「祈祷が悪いと言っているわけではないんです。ただ、今の彼女にはきっとこの薬も有効だと 思うんです。……ほら、見てください、このマーク。これは、国際的にも……」
「……そうか。どこかで見た顔だと思ったら、アンタ、あの罰当たりだな!」
「……」
「出て行け!……この悪霊持ちが!」
 
男は血走った目をぎらつかせながら部屋の奥からライフルを取り出し、構えてみせた。
こうなったらどうしようもない。
 
「やれやれ……ライフルは信用するのに、薬を信用できないっていうのは、どういうことなん だろう。どちらも白人が持ち込んだ文明に変わりないのにな」
 
思わずひとりごちる。
それにしても、ひそかに恐れていたとおりになってしまった。
男の指摘を肯定するような素振りはしなかったつもりだが、どのみち彼は思いこんだままを吹 聴するのだろうし、彼を信じる村人も少なくはないだろう。
彼らにとって、あの巨人騒ぎの恐怖は今でも生々しいものに違いないのだ。
 
「ピュンマ、お帰り!」
「……ただいま」
 
明るい青年の声に、ふと肩の力が抜ける。
青年は気遣わしげにピュンマを見、彼の手に薬の袋が残っているのを見、困ったように微笑し た。
 
「やっぱり……駄目だったんだね」
「ああ。それに、あの事件のことも思い出させてしまった……悪いな、却って君たちの足を引 っ張ることになったかもしれない」
「そんなことないよ!……ジャッカやピュンマのことを、みんな少しずつわかってきているん だ。ジャッカが命を捨てて僕たちを守ってくれたことも、ピュンマがこうやって、村のために 努力してくれていることも……」
「……そう、かな」
「迷信は根強いけれど、それでも薬で病気が治ったヒトはいっぱいいる。彼らは僕らの味方に なってくれるよ、ピュンマ」
「ああ。そうだな……ありがとう」
 
ピュンマはまぶしげに青年を見つめた。
かつての巨人との戦い……ピュンマがかけがえのない友を失った戦いの後、当時幼い少年だっ た彼は逞しく成長し、あのジャッカの遺志を見事に引き継ぐようになっていた。
 
時は飛ぶように過ぎていく。
なのに、人は変わらない。
変わっている……のかもしれないが、その歩みはあまりに遅い。
一方で「文明」は恐ろしい速度で人々を侵食していくのだ。
 
変わらない人間が、変わりゆく文明を手にする。
その悲劇が、故郷の静かな村にも広がりつつあるのをピュンマは感じ取っていた。
 
 
「……まあ、ピュンマ!どうしたの、元気にしている?」
 
弾む少女の声はまるで鈴の音のように心地よく、美しい。
ふと眼を細めかけたピュンマは、慌てて気持ちを引き締めた。
 
「うん……実は、君に頼みがあるんだ、フランソワーズ」
「私……に?」
「君に、『見て』もらいたいものがある」
「……ピュンマ」
 
受話器の向こうの気配が、ふっと変わった。
心で詫びながら、しかしピュンマは繰り返した。
 
「『見て』もらえないか、003」
「……わかったわ。急ぐのね?」
「ああ。申し訳ない」
「大丈夫よ。ちょうど公演が終わったところで……バカンスの計画を立てていたんだもの」
「それは……ますます申し訳ないな」
「何を言ってるの……アフリカ旅行に行くって言ったら、みんなうらやましがるわ」
「…ありがとう、フランソワーズ……ああ、彼も呼ぶから」
「……え」
「君ひとりってわけには……どうしたっていかないだろうからね。文句を言われる前に、さ」
「ピュンマっ?!」
「これで、ちょっとは許してもらえるかな?」
「な、何を言ってるのか……わからないわ」
「ふふ。来ればわかるよ……本当にすまないが、頼む」
 
思わず含み笑いをしながら受話器を置く。
背中に剣呑な視線を感じ、ピュンマは笑顔のまま振り返った。
 
「来てくれるよ、フランソワーズ。やっぱり君がいると違う」
「……何言ってるんだ。すぐにOKしてくれてたじゃないか」
「うん……ありがたいな。仲間というのは、本当に」
「それで……今日はどうする?」
「そうだな。とりあえず、村の様子を見てもらいたいんだが、夜中でないと無理だ」
「顔を覚えられている……からかい?」
「そういうこと。特に君のような美形は珍しいからね、ジョー」
「……ったく!しばらく会わないうちに、ずいぶん陰険になってないか、ピュンマ?」
「ははっ、それは失礼」
 
しかし、手早く地図を広げると、ジョーはすっと真剣な眼差しになった。
さすがだな、と心で思いながら、ピュンマは説明を始めた。
 
「騒ぎの中心はこの谷だ。集落と集落の境目で、不吉な場所とされている。普段人が立ち入る ことはまずない。ここは、死者を埋葬する場所にもなっているんだ」
「誰も立ち入らない場所で、騒ぎが起きるのかい?」
「いや、正確に言えば、騒ぎは村で起きている。『祭』に積極的に協力しない人々が、次々に 何者かに襲われ始めたんだ」
「『祭』……?」
 
それは、村に古くから伝わる伝統だった。
一年に一度、村を守る神々に感謝を捧げる祭なのだ。
しかし、今年は少し様子が変わった。
 
まず、神官がはやり病で倒れた。
それは、新しいマラリヤの一種で、新薬による治療が必要だった……のだが、不運なことに、 彼には既に手遅れだった。そこから何かが狂い始めたのかもしれない。
 
神官の死は「祟り」である、という噂が流れ始めた。
噂は静かに着実に広がり、村人は新薬を拒絶するようになっていった。
当然、病は村を蹂躙する。
 
特別な「祭」が必要だと、誰が言い始めたのかはわからない。
が、その声は村に瞬く間に広がっていった。
新しい神官が立てられ、彼は「祭」のため、莫大な費用を集め始めた。
 
「ヒドイものだよ。そんな負担ができる者は、村にわずかしかいない。みんな、毎日の食べ物 を削って……それでも足りないからといって、家畜や家を売るものまで出てきた。密猟も急激 に増えたし、それだけじゃない……おそらく」
 
ピュンマはぎり、と歯噛みした。
子供の数が、減り始めた……というのだ。
 
「まさ…か!」
「たぶん、そのまさかさ、ジョー。子供たちは売られたんだ」
「馬鹿な……なぜ、そんな祭をしなければならない?」
「もちろん、やめさせようと努力はした……いや、今でもしているんだ。だが、人々の恐怖は 根強い。でも、それだけなら、君やフランソワーズの力を借りるようなことではない。借りて も何にもならないかもしれない……それだけじゃ、ないようなんだよ」
「……」
 
あまりの過酷な要求に、さすがに疑問を持つ村人たちが出始めた。
彼らはピュンマたちの指導に耳を傾け、神官たちのグループと対抗する勢力を作り始めた…… のだが、その矢先の怪事件だった。
 
「彼らを襲ってきたのは、すさまじい力を持った化け物で、ライフルで撃っても死なないとい うんだ。そして、勇気ある若者がこっそりその化け物を追い、ヤツが谷間へ消えるのを確認し た。この……死者の谷間に」
「ライフルで撃っても死なない……死者の谷間……それは、まさか」
「そうだよ、ジョー。僕たちは、ソレを見たことがある」
「ゾンビーグ?!……しかし、あれは!」
「ああ。キラードス博士は死んだし、NBGは滅びた。……だが、何らかの形で、技術が残さ れた可能性はある。それを利用しようとするヤツらも」
「……そういう、ことか」
「だから、まずフランソワーズに『見て』もらいたい。彼女には……酷な頼みになるだろうけ れど」
 
ふと表情を曇らせたピュンマの気持ちは、ジョーにもよくわかった。
フランソワーズが透視した最後のゾンビーグは、生前、彼女を慕っていた可憐な少女だったの だ。
 
 
村はひっそり寝静まっていた。
といっても、ジョーの腕時計の針はまだ10時をやや越えたあたりを指している。
 
「さすがに……夜が早いんだね」
「まあね。こういうときは助かるけどな」
 
灯りは持っていない。
足音も極力立てないよう、二人は細心の注意をはらった。
敵に見つからないために……というよりは、これ以上村人を無用な恐怖に落とさないためだっ た。自分たちが「化け物」と認知されてしまったら話がややこしくなるばかりだ。
 
立ちふさがる「敵」がいないのなら、暗闇を音も立てず歩くことなど、008と009にとっ てはごくたやすいことだった。
村には何も怪しいところは見られない。二人はそのまま、問題の谷へと降りていくことにした 。
 
「……たしかに、気味が悪い場所だな」
「君でもそう思うかい、009?」
「ああ。……ここが墓地だと聞いているからかもしれないけれどね」
「そうだな……むっ?」
「ピュンマ?」
「静かに……アレを見ろよ」
「……っ!」
 
二人は思わず息をのんだ。
谷間の荒れた泥と石が少しずつぐらぐらと揺れ始めたのだ。
 
「あ、あれ……はっ!」
「ゾンビーグ……?」
 
みるみるうちに谷間には地割れが走り、そこから人のようなモノが次々と這いだしてきた。
次の瞬間、009が叫んだ。
 
「あぶない、008!」
「――っ!」
 
二人はぱっと散った。
ゾンビーグたちが僅かな迷いも見せず、襲いかかってきたのだ。
 
「クソ、俺たちに気づいていたのかっ!」
「なんて、数だ…!」
 
008は歯噛みした。まさか、これほどの数がいるとは思っていなかったのだ。
ゾンビーグとの戦い方はよく心得ていた。というか、ただ戦っても無意味に近いことを知って いる。とにかく足を潰し、動けなくするしかない。
 
「009、加速装置は使うな!」
「わかっている。この狭い場所で『静かに』使うのは…無理だからね」
 
あくまで冷静な彼の声に、008は落ち着きを取り戻そうと深呼吸した。
どうしたら、いい?
 
どうもこうも、あまりに多勢に無勢だ。
逃げ出すしかないのだが、そのためにはこいつらを一度に叩き伏せなければならない。
不用意に逃げ、後を追わせてしまったら、ゾンビーグの大軍を村に呼び込む結果になってしま う。
 
「……マズイな」
「大丈夫か、008?」
「ああ、何とか」
「半分ぐらいは行動不能にしたと思う」
「そう願いたいところだが……」
 
008と009は少しずつ追い込まれていった。
最後の手段は、あるにはある。009の加速装置だ。
……しかし。
 
「なるべく使わないでほしい……んだよな」
「うん。騒ぎになるね」
「そんな贅沢を言ってる場合じゃないかもしれないんだが……わぁっ!」
「008!しまった…!」
 
突然、音もなく現れた太い腕が008の足を掴み、引き倒した。
咄嗟に銃を構えた009も、目の前に数体現れたゾンビーグたちに身動きがとれない。
 
「008!……ピュンマっ!」
「うわああああああーーーっ!!!!」
 
ぎりぎり、とイヤな音が聞こえる。
009が意を決して加速装置を噛んだ、その瞬間。
空から、稲妻のようなビームが迸った。
 
「――え?!」
 
呆然と立ちすくんだ009を強い風が煽り、ゾンビーグたちは一時にひっくり返った。
 
「今だ、009!」
「……002っ?!」
 
どうしてここに、と問うヒマはもちろんない。
009は倒れたゾンビーグたちの足を次々に叩きつぶし、ピュンマを羽交い締めにしているゾ ンビーグにも一撃を加えた。
 
「あ、ありがとう、009……だが、一体」
「よくわからないけれど……援軍がきたってことかな」
「何ぐちゃぐちゃ言ってやがる、サボるな!」
「……言ったな!」
 
008は不敵に笑い、再び身構えた。
 
空からの援護は恐ろしいほど有効だった。
彼らがほどなく全てのゾンビーグを行動不能にした……そのとき。
地面が怪しく揺れ始めた。
 
「心配いらないわ。……ゾンビーグの回収を始めただけ。引き上げましょう」
「003!」
 
驚いて振り向くと、青い瞳が楽しそうに瞬いていた。
 
 
要するに二人は「飛んで」きたのだと聞き、008は呆れ、009は怒った。
 
「なんて無茶をするんだ、ジェット!」
「おいおい、無茶なのはコイツさ……ったく、人使いが荒すぎる女だぜ。うっかり電話に出ちまったのが運の尽き、15分後にはニューヨーク発パリ経由アフリカ行き、ときた。お手軽すぎるよな」
 
003はさほどすまなそうでもない笑顔でゴメンナサイ、と言った。
 
「なんだか、厭な予感がしたんですもの。飛行機も翌日は無理、と言われてしまっていて……ジェットがすぐ来てくれて本当によかったわ」
「まあとにかく、結論としては助かったんだろ?008、一体なんなんだ、アレは?」
「それをこれから調べるのさ……援軍はたしかにありがたい。早速始めよう、たぶん敵は混乱している。チャンスだ」
「……ココにも人使いの荒いヤツがいやがった」
 
ぶつぶつ言いながらも、002の行動は素早い。
ほどなく彼は再び003をかかえ、飛び立っていた。
 
「……見えたわ!さっきの谷から上流の方へ3キロ。地下……でも、それほど深くないし、基地としてはかなり小さいわ。設備は……NBGのものに似ている」
「ということは残党か、それとも誰かがちゃっかり廃品利用してやがるのか……」
「サイボーグもロボットも見えない。戦闘員はゾンビーグだけだと思うわ。それにもう、あまり数はいないようよ」
「親玉は、何者だ?」
「わからない……人間は数えるほどしかいないわ。NBGとは関係がない人かもしれない。使われている言語は、この国のものだけ。あ、もしかしたら閉じこめられているのかしら?……なんだか、ひどく慌てた様子で言い争いをしている」
「なるほど……聞いたか、008?」
「……ああ。概ね予想どおり、だね。003、僕たちを誘導できるか?」
「もちろんよ、まかせて」
 
明るい調子の通信に、思わず笑みが漏れる。
008は009がうなずくのを確かめてから、走り出した。
 
空が白みかけている。
夜のうちに済ませてしまいたかったが、難しいようだ。
とはいえ、003の情報によれば敵地は村からかなり遠く離れた密林の中だから、おそらく人目につくこともないだろう。
 
そして、親玉、は……
 
008はひそかに息をついた。
あまり考えたくはないが、顔見知りが全くいないというわけにはいかないんだろうな、と思うのだった。
 
 
倒れたゾンビーグたちを呑み込んだ谷間は土砂崩れに巻き込まれたような荒れ方だった。めちゃめちゃに岩や倒木が折り重なり、003が「入口」だと示した地点も、その下に埋もれていた。
 
「ここが入口だとしたら、やはり閉じこめられている……んだろうな」
「彼らはゾンビーグを使って掘り出そうとはしないのかな?」
「さて……」
 
003を抱えた002が空から降り立ち、お手上げ、のポーズをしてみせた。
 
「こりゃ、容易なことじゃない。005か006でも呼ばないことにはな」
「中に閉じこめられているのは……5人。この村の人たちじゃないかしら?ゾンビーグを使って脱出しよう、と言っているけれど、無理みたいね……彼らをそこまでしっかりと操る方法が十分わからないようよ」
「とにかく、僕たちでできるだけのことはしてみよう」
「へっ!……相変わらずご親切なこって」
 
悪態をつきながらも、002は、黙々と作業を始める009に手を貸した。
008は003からさらに人物の特徴を聞き出し、やはり閉じこめられているのは新しい神官の一味だろうと結論した。
 
「そもそもこんな基地を作ったのは……あのキラードス博士なんだろうな、やっぱり」
「万一のときのため、用心に…ってか。ったく、始末に負えない野郎だぜ。こういうのが、世界中あちこちに用意してあったんだとしたら……」
「死体はどこにでもある、とか言ってたよな、そういえば」
 
008は走り出しそうになる怒りを懸命に抑えながらつぶやいた。
たしかに、死体はどこにでもある。特に、この地では。
ふと002が手を止め、008を見つめた。
 
「どうするよ、008?もう放っておくか?」
「……ジェット」
「こうなったのはヤツらの自業自得だ。ゾンビーグの回収を焦って……いや、やり方がわかっていなかったのかもしれないが、とにかくヤツらは自分たちの手でこの谷をめちゃくちゃにしやがったんだ。俺たちに、助けてやる義理はない……そうだろ、009?」
「たしかに、そうだ……けど」
 
009はじっと008を見つめ、003をちらりと見やってから、困ったように微笑した。
 
「ピュンマは、彼らと話がしたいんじゃないかな。そうでなければ、直接ぶんなぐってやらないと気がおさまらない……とか」
「まあ、そんなところ……なのかもしれない……ありがとう、ジョー」
 
数時間後、どうにか入口を掘り出し、こじ開けた彼らは、またゾンビーグ数体と戦わなければならなかった。守りに配置されていたということではなく、単に制御不能になった結果……のようだった。
 
「この、奥よ……私たちには気づいていないようだから、気をつけて」
「……攻撃してくる、というのか?」
「ええ。ライフルを持って身構えているわ……無理もない、かしら」
「面倒だな……こっちの声は届かないか?」
「届くようになる前に、まず扉を壊さなければいけないでしょう。きっと、振動でパニックになるわ」
 
案の定、扉をこじ開けた途端、ライフルの一斉射撃を受けた。
009は003を庇い、002が風のように男達の手から武器を吹き飛ばし、008は叫んだ。
 
「落ち着け!助けにきたんだ!」
「あ、あ、あ……っ!」
「お前たち、は……悪魔!」
「……何っ?」
 
009は身を起こそうとする003を咄嗟に伏せさせ、自分も身を縮めた。
舌打ちとともにふわり、と002がホバリングしてみせると、男達は完全にパニックに陥った。
彼らはものすごい勢いで008を突き飛ばし、わめきながら駆け出していった。
 
「悪魔……かよ。よく言うぜ、どっちが、だ」
「無理もない。彼らは、あの巨人との戦いのことを思い出したんだ」
 
赤い服と黄色いマフラーに目を落とし、009はつぶやくように言った。
 
「基地」は本当に小規模なものだった。
おそらく、キラードスが自分だけの緊急避難のために……どんな事態を想定していたのかはわからないが……用意しておいたもののようだった。
 
「呆れるほど、ゾンビーグにしか対応していない施設だな。他には何もありゃしねえ」
「キラードスらしい……んじゃないのかな。ゾンビーグさえあれば、あとはどうにかなるってことだろう?」
「それで、死体の調達ができて、人目につかないここを選んだのか……なんだかやりきれないな」
「本当ね。もしかしたら、こういう場所は、他にもあるのかもしれないわ」
「あるだろう……だが、あれからずいぶんたっている。ココだって、彼らが見つけて手入れをしていなければ、この谷間深く埋もれてしまっていたにちがいないんだ」
「そういうこと、だな」
「ま、とにかくブチ壊しちまおうぜ……こんなモノ、残しておいても胸くそ悪いだけだ」
 
吐き捨てるような002の言葉にうなずき、サイボーグたちは淡々と「処理」作業を進めた。
全てが終わり、地上に出たときだった。003があ、と声を上げ、前方を指さした。
 
「008、あなたを呼んでいるわ……若い人よ。ほら、あそこ!」
「あ……そうか、心配して探しにきてくれたんだ」
「着替えなくていいのかい?」
「ああ。彼は大丈夫さ……おーい!」
「ピュンマさん!……よかった、無事だったんですね!」
「連絡もしないで、すまなかったな……何か、変わったことはなかったか?」
「そ、それが……」
 
口ごもる青年をけげんそうにのぞいた008は、003の鋭い声にはっと顔を上げた。
009がぐ、と拳を握りしめる気配がした。
 
「アイツら……!」
 
あの逃げ出した神官たちが、大勢の村人を引き連れて戻ってきたのだった。
 
 
悪魔だ、悪魔だ……と、低いつぶやきがさざ波のように広がる。
群衆がサイボーグたちを取り囲むと、神官は傲然とピュンマを指さし、叫んだ。
 
「見ろ!……コイツは、悪魔の手先だったのだ!この神聖な谷間を荒らし、神々を愚弄した!このままでは祟りが村を襲うだろう!」
「ほら見ろ。やっぱり放っておくべきだったじゃないか」
 
002がぼやいた。
008が息をつき、前に出ようとしたときだった。
青年が村人とサイボーグたちの間に飛びだし、立ちはだかった。
 
「デタラメを言わないでください!……この人たちは……ピュンマさんは、悪魔なんかじゃない!どうしてそんなことが言えるんですか!みんな、彼が村のためにこれまでどんなに力を尽くしてくれたか、忘れたんですか?!」
「そいつは、われらの祭を邪魔しようとしたではないか!」
「去年までは、そんなことはしていない!ピュンマさんは村の伝統だって尊重してくれていた!おかしいのは今年の……アンタたちの方だ!」
「黙れ、若造が!」
「……あ!」
「どうした、003?」
 
突然、両手を耳に当て、頭上を仰いだ003が怯えた声を上げた。
009は咄嗟に加速装置を噛んだ。
 
「あ、あああああっ?!」
 
村人たちの悲鳴が上がった。
002が舌打ちをするなり、飛び上がる。
次の瞬間、何か巨大なモノが村人たちの頭上で破裂した。
恐ろしい勢いで飛んできた巨大な岩石を、009が間一髪、砕いたのだった。
 
「危ないっ!…伏せろっ!」
「ゾンビーグよ、まだ残っていたの!……3体!」
「なんて、しつこい…っ!」
 
歯噛みしながら、008も飛び出した。
岩石を投げつけてきたゾンビーグは009が既に倒していた。
その後ろで大木を引き抜き、振り回そうとしていたモノには002が向かっている。
情況に気づいたのか、森の奥へ逃げだす残りの一体を、すかさず追いかけようとした008は、青年の叫び声にはっと振り向いた。
 
「何をするんだ!その人を、放せ!」
「黙れ!あの怪物は、神の使いにちがいないのだ!……これ以上の乱暴は許さん!」
「フランソワーズ!……しまった!」
「駄目よっ、みんな!」
 
003を羽交い締めにし、ライフルをつきつける神官に、一斉にとびかかろうとしたサイボーグたちは、彼女の声にはっと動きを止めた。
 
――駄目、ここでこの人たちに私たちの『力』を振るったりしたら…!
 
「……くそっ!」
 
002が思わず地面をけりつけ、毒づいた。009の拳も震えている。
が、動くわけにはいかなかった。
 
「我々は、これ以上の禍を村に呼びたくはない」
「……」
「この娘の魂を神に捧げ、許しを乞わねばならない」
「なん、だと…?」
「大丈夫よ……私は大丈夫。みんな、動かないで。この人たちの言うとおりにして」
「……フランソワーズ」
「そうだ。そこを、一歩も動くな!」
「――っ!」
 
神官たちは003を縛り上げ、抱えると、村人たちに戻るよう合図をした。
群衆がゆっくりと囲みを解き、離れていく。
 
「…どうして。どうしてなんだ……!みんな見ていたはずじゃないか……この人たちは、僕らをあの化け物から守ってくれた。たった今、この目で見たじゃないか…!」
 
青年はがっくりと膝をつき、歯を食いしばって涙をこらえていた。
 
 
部屋には、重苦しい沈黙が流れていた。
ピュンマの住まいに戻ると、既に神官たちからの書状が届いていた。
取引の持ちかけだった。
 
サイボーグたちの力であの基地を「修復」し、逃げたゾンビーグを回収する。
ピュンマは村から永久追放。
その条件に応じるなら、フランソワーズを返す、というのだった。
 
「ふざけやがって……一体、なんだってアイツらは、あのイカれた基地とゾンビーグにそこまでこだわるんだ?扱いきれずに、もう一歩で死ぬ、という目にあったばかりだろうが!」
「それが、『力』というものなんだよ、ジェット……強大な力を目にしたとき、僕たちは錯覚しがちだ。その力さえ手に入れば、全てが望みのままになる、と。僕たちはしょせん限りある命と限りある肉体を生きるものにすぎないのに……」
「……こんな取引に、応じるわけにはいかない」
 
低い声に、008と002ははっと009を見つめた。
ちらちらと揺れるランプの灯は薄暗く、前髪の奥に隠れた彼の表情は読み取れない。
 
「もちろんだ、009。……だが、そう簡単には結論できない」
「そうさ。たしかに、俺たちがその気になれば、003を救出することはできる。取引など無用だ。力づくで、ならな……だが、それでは008がこの村にいられなくなるし……結局はアイツらがこれからも村を牛耳っていくことになってしまう」
「いや、002。僕やこの村のことは考えにいれなくていい。とにかく、彼女の命を優先すべきなんだ。アイツらは愚かだ……彼らに煽動される村の人々も、愚かだ。愚かさには……相応の報いがあってしかるべきなのかもしれない」
「それは、違う…!」
「009……?」
「違う。……不幸になるとわかっている人たちが目の前にいるのに、それを見過ごしにすることはできない。君が……仲間が全てをかけて努力して……苦しみながら築いてきたものをみすみす砕くことだって、できはしない」
「ありがとう、ジョー。でも……」
「003も、きっとそう思っている」
「……しかし」
「取引には、応じない。彼女を助けにも……いかない」
「おい、それじゃどうするつもりなんだ?」
 
002がいらだたしげに立ち上がったとき、扉がばたん、と開いた。
息せききって駆け込んできた青年が、震える声で言った。
 
「大変です……!『儀式』が始まってしまったようです!」
「何、だって?」
「儀式?……何が起きているっていうんだ?…おい、008!」
「実際に行われたのを見たことはない。だが、記録によれば、生け贄の体を切り裂き、血を杯に受け、神に捧げる。それを生け贄が絶命するまで、ほぼ一日がかりで続けるのだと……」
「おい、冗談じゃないぜ!……行こう、009!」
「……待て」
「待てるかっ!確かに一日がかりだというなら、まだ今は生きるの死ぬのじゃないだろうが、そんなことを言っている場合じゃねえだろっ?!」
「いいえ、待ってください!」
 
蒼白になった青年が、002と009の間に割って入った。
 
「これは、僕たちの村の問題です。僕たちが解決します。あの人を、死なせはしません!」
「……君」
「待ってください……なんて、お願いできる立場ではないことはわかっています。僕たちに、あの人を一秒だって苦しめる権利はないことも…!でも…!」
「……」
「ピュンマさん、僕たちは、今までずっとあなたに頼ってきました。あなたが戦ってくれるのを当てにしていました。……でも、もうこのままではいられません!アイツらは狂っている…そして、その言いなりにしかなれないのなら、僕たちだって、狂っているんだ!このままでは……ジャッカに申し訳が立たない!」
 
青年は武器をととのえ、たいまつをともし、008に一礼した。
扉を開けると、外には同じように装備を整えた若者が数名立っている。
 
「お前たち……」
「行ってきます、ピュンマさん……僕たちは、必ず勝ちます。ジャッカの魂にかけて」
「……わかった。ありがとう」
 
ありがとう、とピュンマは繰り返した。
 
 
戦いは、あっけなく終わった……のだという。
 
若者達はさほどの抵抗も受けずに「儀式」の場を制圧した。
現場には、もちろん神官の命を受けた村人たちが大勢守りについていたが、その多くは彼らを見るなり逃げ出すだけで、戦おうとはしなかった。それどころか、村人の半数ほどは、彼らに加勢したのだった。
神官たちは取り押さえられ、詐欺・密猟・人身売買の嫌疑で町の警察へ連行された。
 
手出し無用と言われていたものの、ひそかに若者達の後を追い、援護しようとした008たちだったが、その必要は全くなかった。
代わりに彼らは森へと走り、最後のゾンビーグを倒したのだった。
 
「どういう……こと、なんだろうな。村人たちが俺たちを取り囲んで悪魔だと騒ぎ、003を連れ去ってから半日もたってはいなかった。どうして、彼らは態度を変えたんだ?」
「急に変わったわけではなかったんだよ、ジェット。……たぶん、その下地はできていた。ヤツらに疑問を持つ村人は増えていたんだ。そこに、あのゾンビーグの攻撃と『儀式』がトドメをさした。あまりに理不尽な現実を突きつけられて、みんな目を覚ましたんだろう」
「ピュンマの努力が、着実に実を結んでいたというわけね……よかったわ」
「よかったわ、じゃないだろう……いい加減にしろよ、003。お前、かなりおとなしくやられっぱなしになっていたっていうじゃないか。俺たちに助けすら呼ばなかったよな?」
「だって、あそこで騒ぐわけにはいかなかったわ」
「だが、もしあのままだったら……フランソワーズ、君はどうするつもりだったんだい?」
 
それまでずっと黙っていた009がふと顔を上げ、003に尋ねた……が、彼女はただ微笑して首を振った。
 
「わからないわ……でも、あのままだなんて思っていなかった。信じていたもの」
「僕たちを?それとも……」
「……わからない。でも、あなたもそうだったんじゃなくて、009?」
「え……?」
「もしそれが一番いいやり方なら、あなたはすぐ助けにきてくれたはずよ。でも、そうじゃなかった。……ということは、もっといい方法があって、あなたがそれを知っているんだと思ったの。だから安心していたんだわ、きっと」
「な、何言ってるんだ!僕が、何を……」
「いや、危ないよフランソワーズ!その考えは、たぶん危ないって!」
「まったくだ……な、ジョー。やっぱり無茶だろ、コイツ?」
「あら、そうかしら?」
 
くすくす笑う003に、男たちは思わず大きな溜息をついていた。
 
「そうだ、祭……結局、やるんだってね?」
「ああ。例年通りに。神官を選ばなくちゃいけないから、いろいろ大変だけど……」
「なんだ、つくづく懲りないヤツらだな」
「あら、自然や祖先に感謝して、神に祈る気持ちは貴いと思うわ。それをゆがめてしまうのがいけないんじゃないかしら」
「うん。そのとおりだ、フランソワーズ……といっても、ゆがめないようにするのは……きっと難しいんだろうね。神はたしかにいる……けれど、それを手軽に確かめることはできないのだと思う」
「ほう…?お前の口から神がいる、と聞くとは思わなかったぜ、008」
「手軽に確かめることはできない……って言っただろう?神がいるのだとしても、僕はそれを見たことなどない。それに近いものは見たことがあるけれど。例えば、あの……若者達の中に……」
 
008の視線を追い、何か楽しそうに語り合っている若者達の生き生きした様子を、サイボーグたちは見つめた。
 
神はいる。彼らの中に。
……だから。
 
「僕は彼らを守りたい」
「……うん」
 
わかるよ、と009がつぶやくように言う。
そんな彼にただ微笑を返し、008は繰り返した。
 
「全ては彼らの中にある。だから、僕は彼らを守る」
 
いつまでも……僕の、やり方で。


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