ひととせ、ぎるもあ殿の黒き幽霊どもをうたせたまひしに、幽霊島をせめたてんとて、かの海豚船より天人の船・土竜の船・海神の船と分かせたまひて、その道にたへたる人々を乗せさせたまひしに、ぴゅんま大納言の参らせたまへるを、ういすきー殿、「かの大納言、いづれの船にか乗らるべき」とのたまはすれば、「海神の船に乗り侍らむ」とのたまひて、やがてかしこき荒磯なる幽霊島の淵よりみそかに入らせたまひしなむ、申し受けさせたまへるかひありてあそばしたりな。
御みづからも、のたまはすなるは、「天人のにぞ乗るべかりける。じぇっと殿に添ひたてまつりて、かばかりに飛び入りたらましかば、名のあがらむこともまさりなまし。口惜しけるわざかな。さても、いわん殿の､『いづれにかと思ふ』とのたまはせしになむ、じょー殿にこそしかずと思へ、われながら心おごりせられし」とのたまはすなる御心、いとゆかしかりけむ。
一事のすぐるるだにあるに、かくいづれの道も抜け出でさせたまひけむは、いにしへも侍らぬことなり。
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「はい、では後半に行きます。はいんりひ君。『天人のにぞ乗るべかりける』を単語に分けてみてください」
「天人、の、に、ぞ、乗る、べかり、ける、です」
「そうですね。べかり、ける、を分けるところは、みんなにはまだ難しいはずですが、さすがでした。では、あるぬーるさん、この部分の係り結びを指摘してください」
「はい。ぞ、が係助詞で、結びは、ける、で連体形です」
「そのとおりです。係り結びはリズムの問題なので、現代語訳には影響しません。ぞ、も無理に訳さなくてよいです。覚えているかな？…では、解釈してみましょう。天人の、の後に省略されている言葉があるんですが、何でしょう、じゅにあ君？」
「……船」
「そうですね。では次。べかり、は、まだ勉強していない助動詞です。終止形はべし、で、意味がたくさんあって、なかなかタイヘンなので、今日は深入りしません。とりあえず、〜するのがよい、と訳しておきましょう。そうすると、乗るべかりける、はどういう意味になるかな、張くん？」
「乗るのがよかった。…になるアルよ」
「うん、いいですね。ける、も、見落とさず、ちゃんと、た、と過去の意味で解釈してくれてます。でも、ここで、ける、をただの過去としてしまうと、ちょっとマズイところもあります。意味は通じますが、文法的に微妙…というか。難しいかな。りんく君、何か思い出すことありますか？」
「…………」
「先生…りんく君、寝てる…みたいです」
「あら。じゃ、しまむら君、どうぞ」
「へっ？ぼく…ですか？りんく君、起こさなくていい…ですか？」
「いいでしょう、夏期講習だし…で、しまむら君、ける、について、ここで何か思い出すことはあるかな？」
「……ええと」
「さっき、あるぬーるさんが、ける、は連体形だと言ってくれましたが、それじゃ、終止形は？」
「…けり…？」
「そうです。品詞はわかるかな？」
「助動詞…です」
「はい。けり、には文法的意味が二つあると、この間勉強しましたが、何と何でしたか？」
「何と…何…え？ふたつ…って？…えーと…」
「ひとつは、過去、ですね。それと、もうひとつ」
「…………」
「あ。助動詞表見ていいですよ。文法のテキスト裏表紙の…」
「…忘れました」
「おや。それじゃどーにもならないな。では、ぶりてん君」
「え、え…いたん…かな？」
「そうです。みんなも助動詞表を確認してください。そういうわけで、実はこの、ける、には詠嘆の解釈を入れた方がいいのですが、なぜフツウに過去だとあまりよくないのか、わかりますか？ぴゅんま君」
「はい。けり、の過去は間接体験です。ここは、話し手が自分の経験したことについて振り返っている場面なので、それではちょっと不自然じゃないかと」
「そのとおり、完璧ですね。今の説明でみんなわかったかな？…と、時間なくなってきました。訳を確認しましょう。天人のにぞ乗るべかりける、は、天人の船に乗るのがよかったなあ…となります。過去の意味が残っちゃってますが、実際に過去の出来事ではあるので、その方が自然な現代語訳になります。大切なのは、詠嘆の、なあ、をしっかり訳出することです。…それでは、今日はここまで。はいんりひ君、号令お願いします」
「起立！………」
「…………」
「じぇっと…じぇっと、起きなよ…じぇっと…！」
「あ、別にいいですよ、しまむら君。寝かしときなさい」
「…え」
「…気を付け！礼！」
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「じぇっとー！起きろってばー！」
「次はういすきー先生の数学だが…こりゃ、起きそうにないな」
「命知らずアルねえ…」
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