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  9   ピュンマさま009と遊ぶ
 
 
そんなことをする気になったのは、少し酒が残っていたからもしれない。
 
ベッドに入る前に何となく窓の外をのぞくと、門を出て行くジョーの後ろ姿があった。
こんな時間に、どこに行くんだろうと思った次の瞬間、ピュンマは静かに窓を開け、庭に降り立っていた。
足音を忍ばせて近づいたつもりだったが、もちろん、声をかけるまでもなくジョーは振り返った。
 
「どうしたんだ、ピュンマ?」
「それはこっちのセリフだぜ、ジョー?酔い覚ましに散歩かい?」
「いや。……日の出を見に行こうと思ったんだ」
「日の出?」
 
ピュンマは思わず夜空を仰いだ。
星の位置をざっと確かめる。
 
「日の出って……まだずいぶんあるぜ?」
「うん。ちょっと遠くまで行くからさ……付き合う?」
 
日本の文化に触れることになるかもしれないし、君、そういうの好きなんじゃないか?とジョーは笑った。
 
海沿いの道をのんびり歩きながら、ジョーはピュンマに日本の「初日の出」信仰について語った。
 
「なるほど……新しい年の神を海から迎える、ってことか」
「うん。もっとも、そんなことを知らなくても、僕たち日本人って、太陽は海から昇るモノと思ってるのかもしれない」
「ああ、そういえば日出づる国の天子、とかいう言葉があったっけ」
「……君ってなんでも知ってるんだな」
 
もちろん、わざわざ遠くまで出かけなくても研究所の周囲で日の出は見られるわけだが、ついでだから「初詣」もしてしまおうと思うんだ、と説明してから、ジョーはあ、と声を上げ、心配そうにピュンマをのぞいた。
 
「君、大丈夫かい?……その、信仰上の問題とか」
「僕のことは気にしなくてもいいよ。むしろ、そのハツモウデに僕のような異教徒が混じってもいいのかどうかということの方が心配だな」
「異教徒……って。そんな感じのトコロじゃないから大丈夫だよ。遊園地に行くのとあんまり変わらないっていうか」
「…遊園地?」
「いや……ええと。とにかく、行ってみればわかるよ」
 
マズイな、急ごうか、と、ジョーは不意に駆け足になった。
言われてみれば、漆黒だった空が少しずつ藍色に変わりかけている。
そういえば、どうして車を使わないんだろう……とピュンマは思った。
 
結構な距離を走ったと思う。
ジョーを追って藪のような林を抜けると、突然目の前が開けた。
……海だ。
 
「……スゴイな」
 
思わず唸った。
研究所で海は見慣れているが、コレはたしかにスゴイ。
広大な砂浜が広がっている。
 
「間に合ったね。すごくキレイな日の出になりそうだ」
 
嬉しそうなジョーの声に我に返った。
水平線が少しずつ明るくなっていく。
たしかに、美しい。
 
やがて。
まばゆい光とともに、赤い太陽が水平線に現れると、ジョーは厳かにぱん、ぱん、と二回手を打ち、合掌した。
ピュンマも思わず胸に手を当て、頭を垂れ、故郷の祈りをつぶやいていた。
 
どうして車を使わなかったのか、は、ハツモウデに向かう途中でわかった。
周囲の道路は呆れるほど渋滞していたし、車を停める場所もなかったのだ。
なるほどなあ、と辺りを見回しながら、ピュンマはふとあることに気づいた。
 
「なあ、ジョー」
「…うん?」
「どうしてフランソワーズを連れてきてやらなかったんだ?」
「え……」
 
目を丸くするジョーに、ピュンマはやれやれ、と息をついた。
 
「そりゃ、かなり歩いた……ってか走らされたけど、彼女だって003なんだ、これぐらいなんでもないだろうに」
「……」
「きっと喜んだと思うぜ?」
「そうかな」
「そうさ」
 
海岸を歩いているのも、ぎっしり並んだ車に乗っているのも、ほとんどが若者のグループ…というか、カップルだった。
 
「いいんだ。……いつも、初詣には近くの神社にみんなで行くんだし。大晦日とお正月のパーティで彼女、くたびれているだろうし」
「でも」
「それに、こういうトコロは風紀ももうひとつだしね」
「フウキ?」
 
もういいじゃないか別にそんなこと、と急に足を速めるジョーをあっけに取られて見送りながら、ピュンマはしばし首を傾げていた。
 
フウキ……って。
もしかしたら、アレのことか?
 
「なるほど、フンドシか……たしかにフランソワーズには見せられないが、面白そうじゃないか。付き合うよ、ジョー」
「え?」
「異教徒でも大丈夫だよな?」
「何を言って……」
 
ピュンマにぐいぐい引っ張られ、慌てながら、ジョーはようやく初泳ぎ寒中水泳大会、の看板に気づいた。
 
「いや、コレは関係ないよ……!」
「いいじゃないか、せっかくここまできたんだ、泳いでいこうぜ」
「でも、準備が何も……」
「下に、防護服は着てるんだろう?」
「……え」
 
きょとん、とするジョーの表情がおかしくて、ピュンマは思わず吹き出した。
 
「馬鹿だなあ……まさかあの服で泳ぐわけないだろう?…マフラーを使うのさ」
「……へっ?」
 
あ、でも白じゃないとマズイのかもしれないけど。
大目に見てもらえるかな、異教徒だし。


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