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  8   ピュンマさま007と遊ぶ
 
 
たしかに、暑い。
 
日本の夏が凄まじいのは何度も経験済みだが、さすがに今年はおかしいよな、とピュンマは思った。もしかすると「調査」をする必要があるんじゃないかと思うぐらいだ。
どんなに暑かろうが、少し沖に出れば爽快な風に吹かれるぐらいはできたものだったのに、呆れたことに、それすらない。風はぴったり止まり、よどんだ空気の中、太陽だけがあくまでじりじりと照りつけてくるのだった。
 
「おい、008!……いいかげん潜った方がいいぞ」
 
通信に、ピュンマはうなずいた。たしかに、これでは潜るしかない。
できれば肺呼吸で通したい、といつもなんとなく思ってしまうのだが、どうしようもないだろう。
 
やれやれ……と、ゆっくり潜水すると、ようやく太陽から解放される。
さて、通信の主は……と辺りを見回し、ピュンマはぎょっとした。
 
「なんて格好だ、グレートっ!」
「……は?何って、見てわかりませんかね?……イカですよ、イカ」
 
もちろん、見ればわかる。
グレートは巨大イカに変身し、ゆらゆらと漂っていたのだった。
 
「なんだって、そんなモノに変身するんだ?悪趣味だな……」
「なーにを言っておる。吾輩の変身は、常にTPOというものをふまえて行っておるのだ」
「TPO?」
「さよう。なぜ、何のために、今我らはここにいるのか。もちろん、あの灼熱地獄から僅かな時間でもいい、逃れたいがためだ。そして、つかの間の涼をこの母なる海で……」
「……つまり、その格好が一番涼しいと、そういうわけかい?……根拠は?」
「経験だ」
「……経験?」
 
グレートはことさら全身の力を抜いてだらりと広がって見せた。
 
「張々湖の仕入れに付き合って市場に行ったらな、氷水の中で、イカがこーやって涼んでおったのだよ」
「涼んでって……生きちゃいないだろう?」
「もちろん。だが、そこで見たありとあらゆる魚介類の中で、ソイツだけが吾輩の心を動かしたのさ。つめたーい水の中で、こぉ、完全にだらーっとだらしなく手足を放り出して漂っておった。ああ……吾輩はイカになりたいと、そのときしみじみと……」
「はいはい。もういいよ……ったく!」
「思ったとおり、実にすばらしい気分だぞ、ピュンマ。お前にも味合わせてやりたいぐらいだ」
「遠慮しとく」
 
即座に言ったものの、完全に呆けた有様でゆらゆら漂うグレートの姿に、ちら、と好奇心のようなモノが動かないわけでもなかった。きわめてだらしない姿ではあるが、たしかに今日のような日は、それはそれでいいのかもしれない、ピュンマは思った。少なくとも、人工エラをフル稼働させて泳ぎまくる、という気分になれないことは確かだ。
仕方ないなあ……とつぶやきながら、ピュンマはグレートほどではないにせよ、全身の力をふわ、と抜いてみた。そのままだと浮き上がってしまう。微妙に調節をしながら、とりあえずくるりと寝返りをうつように仰向けになり……。
 
「危ないっ!」
「なにっ?わ、わ、わわわわわーーーっ!?」
 
ピュンマはすばやくグレートの手足をまとめるようにして抱え込み、ぐん、と深く潜った。
ほぼ同時に、水面が烈しく泡立つ。
 
「と、鳥……っ?」
「ああ、ずいぶんいたね。どうやら、昼寝中の君の脚をねらったみたいだぜ、イカくん?」
「おー、くわばらくわばら!油断も隙もないもんだな、大自然では」
「いや、それほどのことでは……」
 
大自然じゃなくたって、そこまで無防備だったら何かあるよな、と言いたいのをこらえ、ピュンマはとりあえずそこから離れようと、グレートを抱えたまま泳いだ。
 
「しかし、一緒にいたのがお前で助かったよ、ピュンマ。これが……そうだな、ジョーだったら、こうはいかなかっただろうよ」
「食われてたってことかい?…まさか」
「いやー。あの御仁は、吾輩の上をいくノンキ者だからな。コトが実際に起きるまではコトが起きたことに気づかない。危機のまっただ中でなければ危機を察知しないのさ」
 
そうかもしれない。
だが……
 
「もしそうだとしても、何が起きたのか君が理解するより前に、ジョーは君を危機から助け出しているだろう。彼のスピードがあれば、たやすいことだ」
「まあ……それはそうかもしれん」
「彼はノンキなんじゃない。つまり、力があるというのはそういうことなんだと思うよ」
 
「日常」をぎりぎりまで引き延ばす。
僕たちが人間として生きることのできる時間を。
それが、彼の「力」の使い方だ。
 
「そしてヤツは、吾輩の脚をくわえ引きちぎらんとする海鳥を、ちょいちょいちょいと一瞬でひねり殺していくわけだ」
「グレート?」
「力があるということは、そういうことさ」
「そう、だね」
「やはりお前さんでよかったよ、ピュンマ」
「……」
 
ふと黙り込んだピュンマを、グレートはこれも無言でしばし見つめていた……が。
 
「へっ?!な、ななななな!」
「まー、あまり考え込んでもしかたがないことだ」
「な、何するんだグレートっ!…放せ、気色悪いっ!」
「失礼な。別にリアルを追及しているわけじゃない。粘液は出しておらんぞ」
「ね、ねんえき……って!」
 
ぐるぐると全身にイカの足を巻き付けられ、ピュンマはもがいた。
締め付けられているわけではないが、身動きできない。
 
「気持ちいいだろー?」
「どこがっ?……何考えているんだ君はっ!このヘンタイっ!」
「ヘンタイとは異な事を。これこそ吾輩の経験と能力の粋、ひんやりすべすべ、最高の感触のはずだぞ」
「ば、馬鹿なこと……!」
「皮膚感覚に素直になればいいだけだ。まず先入観を捨ててみたまえ……というか、怪しい先入観に支配されたヘンタイはお主の方だろうよ」
「な……っ!」
 
グレートは顔だけ変身を解き、難しい表情になった。
 
「お主はやっぱり頭が固いな。……ジョーだったら」
「ジョーだって誰だって同じだっ!」
「いや、ヤツは違うと思うがなー。適応能力というか、先入観に縛られない発想というか、その辺はまあ天性だよ」
「だからって、こんなことを喜ぶと……っ!」
「喜ぶと思うぞ?」
「……」
「……な?」
 
え、ええと。
まさか……でも。
 
「ほーら、気持ちよくなってきたろうが」
「ならないっ!放せーーっ!!」


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