レポート課題: 遠足 or 修学旅行シーンを展開せよ
「いいかげんにしなさーい!!…次の班が待ってるのよっ!!」
とうとう脱衣場に踏み込み、生徒たちを追い立てる。修学旅行の入浴時間。どんなに大きい風呂場でも、どんなに時間をとっても、必ず最後はパニックになる。「入浴係」の私は、時計を持って女子風呂の入り口に座り込んでいた。
今日は最終日。このあと、伝統の「花火大会」がある。とにかく、時間厳守!!
軽く会釈して、亜麻色の髪の少女が通り過ぎる。あー、次はフランソワーズ・アルヌールの班か…。誰からも好かれる心優しい生徒。女子にお決まりの「仲良しグループ」に所属してないのは、気が強いせいなのか、のんき者だからなのか。ともかくも、意気地なしや友達のいない変わり者は、男女を問わず、自然に彼女の周りに集まる。わが3年4組真の担任だ。
この子の班なら制限時間の三分前には出てきて、ついでに脱衣場の整理もしてくれるかも…急に眠くなる。
「先生…先生…」
いかん。ほんとに寝てしまった。
「なんだ、まだいたの?そろそろフランソワーズたちに、脱衣場空けといてあげないと…」
「いえ…あの、外に…誰かいるみたいで…」
…覗き?…でも、窓はずいぶん高いところにあったはず…
浴室の戸を開けると、湯船の中から不安そうな視線が一斉に集まった。
「誰か…いるって…え?!」
…たしかにすぐ外から男子の声が聞こえる。聞こえるなんてもんじゃない。大騒ぎだ。しかし…外を覗こうにも、窓はあまりに高い。どうしようもなく、携帯で男の先生に応援を求めた。やがて、怒号。先生たちが駆けつけたらしい。やれやれ。
「さ、出なさい…のぼせちゃった…?」
堰を切ったように号泣する生徒がいた。フランソワーズは涙の溜まった目で私を見、こくん、と首だけでお辞儀してから、泣いている子の肩をそっと支えた。この様子なら、まあ大丈夫…すぐ落ち着いてくれるだろう。この子たちで助かった。
しかし、あの騒ぎ…いったい誰だったんだろう…「会議室」に向かう。もう指導が始まるはず。既にいやな予感はしていた。ああ…なんかすごくいや。
部屋のすみに男子生徒が7人。学年主任がうんざりした顔で振り返った。…やっぱり。私も負けずにうんざりする。やっぱりおめーが混ざってたか、ジェット・リンク…!
「…先生、女子の方は?」
「はい、もう部屋にもどって…あらら?」
思わず声が出てしまった。一番端に栗色の髪。まさか…島村ジョー?
むっつり座っている生徒たちは全員生傷だらけだった。まじまじ見つめている私に、ああ、と学年主任がにが笑いした。
「こいつら、ケンカしてたんだって…」
「ケンカ…」
どーして覗きの最中に殴り合いのケンカするんだ?…さすが島村ジョー。わかんない奴。
しかも相変わらず…無謀。6対1かあ?
「変な子たち…覗きは静かにするもんよ、普通」
ジェットが口を尖らせながら、ジョーを顎で指した。
「俺たちは静かにしてたんだけど、こいつが…急に殴ってきて」
「どうせあんたが何かつまんないこと言ったんでしょ。ケンカするぐらいなら、呼ばなきゃいいのよ。それも、こんな、しょーもないことに…」
「俺たち、コイツなんか呼んでねーよ!」
「『呼んでません』」
「…呼んでません。知らないうちに来てて、いきなり…」
「ジョー、そうなの?」
彼はうざったそうに顔をあげてちらっとこっちを見る。そうだ、と言ってるらしい。
「返事くらいしろ、島村!」
いきなり学年主任の怒声。私が飛び上がってどうするんだ…
「先生…すみません、そろそろ花火が…あの、後は私が聞きますから…」
やだけどしょうがない。7人のうち6人はバスケットボール部の生徒だから、顧問に任せたいとこだが、彼は花火大会の準備で忙しい。島村ジョーと、バスケ部長のジェット・リンクがうちのクラスだし、そもそも私は花火大会には大して役に立たない。
曖昧にうなずいて、学年主任は手短に「経過」を説明し、部屋を出ていった。ジェットたち6人は体育祭でマスタ−した「組体操」を駆使して、高窓から女子風呂を覗く作戦を実行しようとしていた。そこになぜかジョーが来て、なしくずしに乱闘になり…
ため息しか出てこない。「組体操」で女子風呂覗き…?アタマ悪すぎ…。
で、どうしてジョーが現れて、しかもケンカしたのかを…聞き出すのか。気が遠くなる。
それにしても不思議だ。もし、ジョーが「覗き」をするつもりだったとしても、あの高窓を一人では覗けない。だったら諦めるしかないではないか。大馬鹿ジェットの組体操グループとケンカする必要なんてないのに。
ありうるのは、彼らに「帰れ」と邪険にされ、ついでに何かイヤなことを言われて「拳」を使うことにした…ってとこだけど。それは違うと、ジェットが言ってる。嘘はつかない子だ、多分…。 だけど、やっぱりヘン。
今までもそういうことは何度かあった。結局ジョーが悪いってことになるんだけど、何かおかしい…でも、彼は黙っているから…話も一方的になってしまう。まったく、どうしてこの子は何も言おうとしないんだろう?「拳」だけじゃ、複雑なことは語れないのよ!
島村ジョーは口をきかない。たまに意思表示するときは「拳」を使う。こちらの方は、かなり雄弁に使いこなす。それゆえ、ガラの悪い生徒たちににらまれ、普通の生徒には「怖い」と避けられる。別に怖くはないんだけど…普段はおとなしいし、可愛げのなさに目をつぶれば、むしろマジメな子なのかも…と思う。といっても、たしかにあの目つきはイケナイ。おまけに口をきかなきゃ、友達もできない。孤立するのが楽しかろうはずはないが、担任としても手の出しようがなかった。
彼は班分けの日に学校を休んだ。旅行に来るつもりはないんだろうな、と思った。だったら、あまり悩んでもしかたない。私は彼の名前を気弱そうな男子の部屋に無理やり押し込み、行動班はフランソワーズのところに入れた。
登校してきた日、彼を職員室に呼んで説明した。
「これじゃ、いや?」
返事はない。
「まあ、部屋なんて、どーせ寝るだけなんだから…」
やっぱり無言。どーでもいいやって感じだな。
「それで、班の方は…」
ん?…口が僅かに動いている。しばらく待った。
「…なんで」
さらに待つ。が、それでおしまい。
なんで、か。困ったな。キミに親切にできる子は、フランソワーズくらいしかいないでしょ?と言ってしまうのはさすがにまずい。
「つまり、用心棒…だな」
なに、それ?って顔。そうか。
「用心棒…って、しってる?」
うなずく。
「この班の子たち、みんな意気地なしだから…あなたが入ってあげれば、意地悪な子たちがびびって、手出ししなくなるんじゃないかなーって思ったの」
迷うような目。後で、隣の席の先生に、
「先生、いくらなんでもあれはないでしょう〜」と呆れ顔をされてしまった。
まあ、どうせ参加しないんだろうから、いいや、とそれ以上考えなかった。自習課題まで準備したのだが、彼は結局旅行に参加した。しかも珍しく何のトラブルもおこしていない。実につまらなそうな顔をしてはいるけど。
考え込んでいる私に、ジェットはいらいらした眼を向ける。あんた、楽しみにしてたもんね、花火大会…
「もう、殴ってすませればいいじゃないですか…オレたちの人権はこの際おいといて…」
「チカンに人権はない」
「あ、先生、そーゆーこと言っていいのかー!」えーい、やかましいわ!あんたとじゃれてる場合じゃないのよっ!!
「…なんか話が変じゃない?…あんたたち、本当はこの子からかってるんじゃないの?こっそり呼んでおいて、来たらチカンよばわりしようって…」
「そんなことしてどーすんだよ、先生!…」そりゃそーだ。でも、それなら…
「…それにチカンって言い方、ひどいなあ…こーゆうのって少年のロマンってゆーか、アドベンチャーなんだぜ?…どうせ見られて騒ぐほどの女子なんて、たいしていないんだし…」
ちょっと待て。つまらんコト言いやがったな、小僧…とりあえずジョーのことはいいや。まずおまえを泣かしてやる!
笑いは完璧に表情から消した。
「もう一度言ってごらん」
「え…?」
「こーゆーのって、少年のロマンでアドベンチャーで…それから?…一応チカンの言い分を聞いてやろうじゃない…女子にも話しといてあげるからさ」
ジェットは黙り込んだ。ざまみろ。
「あそこにいた女の子達ね…めちゃくちゃ泣いてたのよ」
「え?…うそ!」
「無理もないわよ…可哀想に、あんなに怯えて…一生ココロに傷が残るかもしれない」
「先生、泣いてたって…誰が?」
「誰だっていいでしょ。どうせ『見られて騒ぐほどの女子』なんていなかったんだから」
そのとき…何となく妙な気配を感じてジョーを見やり…動けなくなった。
なんて眼をするんだ、この子は。突き刺すような視線。怒りと悲しみとなんだかわからないものが入り混じった、どこまでも暗いまなざし。
「先生…先生!」
「は?」
しまった、毒気を抜かれていた…が、珍しく真剣な表情のジェットは何も気づかず、もどかしそうに尋ねた。
「その、フランソワーズも…?」
え?…
「教えろよ!!」
「『教えてください』」
「いいから!フランソワーズも泣いてたのか?」
「どうしてそんなこと知りたいの?」
「…謝る…から」
何言ってんだか。
「チカンに謝られて…嬉しがる女の子なんて、いないな。絶対いない」
「チカンチカンって言うなよっ!!」
「風呂場を覗こーとするような男のことを、この国では『チカン』と呼ぶのだ」
「もうっ…!あいつ、いたんだろ?わかってるんだ!」
何がおこったのか、すぐにはわからなかった。突然凄まじい音と一緒にジェットが椅子ごとひっくり返った。止める間なんてありはしない。ジョーはそのまま馬乗りになって、ジェットに殴りかかる。が。ジェットはジョーを跳ね飛ばし、すばやく態勢を立て直した。
「畜生、なんなんだよ、さっきから…!お前のせいで、バレたんだぞっ!折角の作戦が…」
唸り声をもらし、ジョーが再び飛びかかる。激しい息遣い、気が狂ったような目つき。ぼんやり眺めていた私はあっと息を呑んだ。…涙?…まさか。
「やめなさーいっ!!…ほら、あんたたちも見てないで止めるっ!!」
やめなさいなんて言ったって止まらない。間に飛び込んだ。ほかの5人も慌てて二人を引き離しにかかる。悪戦苦闘の末、何とか押さえつけたときには全員息が上がっていた。冗談じゃないわよ、まったく…
「どうしたのよ!…これ以上手間を…!ジョー!!」
烈しく手を振り払い、部屋を駆け出していくジョーの背中を、呆気にとられて見送った。ぬれた頬に真っ赤な眼。たしかに泣いていた。何があっても泣いたことなんかない子だ。もう、なんだっていうの、一体…?ああ、ホントにわけのわからない子!
…指導中に逃げられた、ということに気づいたのは数秒後だった。しまったああああっ!!
「あんたたち、ここにいなさい!!」
「どこいくんだよ、先生?!」
『どこに行くんですか』…なんてチェックを入れてる場合じゃない!あてなんかないけど…このままだと、「脱走」についても指導しなくちゃいけなくなるわ!
ぽつぽつ花火大会に出ようとし始めている生徒たちに、次々ぶつかりながら走った。
「どうしたの、先生?」
呆れたような声。血相変えて走っているのが自分でもわかる。でも、早くつかまえなくちゃ!
「島村君…?」
消灯を確認して、一人で部屋を出たフランソワーズは振り返り、眼を丸くした。ジョーが肩で息をして立っていた。
「どうしたの?…忘れ物…?」
栗色の眼がまじまじと見つめている。思わず首をすくめた。
「やだ、ごめんなさい…島村君は上の部屋よね…誰かさがしてるの?…もう、みんな外に行っちゃったのよ…」
彼は返事をしない。それは知っているけれど…フランソワーズは首を傾げてさらに尋ねた。
「それとも先生?…先生なら、たぶん…」
ためらいながら、彼をうかがう。
「あのね、先生はお仕事中だと思うわ…さっき…騒ぎがあって…それで」
微かに彼の唇が動いたのに気づき、フランソワーズは口を噤んだ。
「泣いて…」
「え?」
「泣いてた…の…は…」
かすれた声でそれしか聞き取れない。しばらく考えてから、フランソワーズはふと真剣な表情になった。
「ごめ…ん…」
「…島村…君…どうして?…あ!」
フランソワーズが小さく叫び、顔色を変えた。ジョーはギクリと眼を見開いた。
「あなたも、あそこに…いたの…?」
青い瞳が一瞬怯えるように揺れ、彼を見つめる。
…違う!!…
心が悲鳴をあげているのに、声が出ない。
彼女が僅かに後ずさりした。思わずうつむき、ぎゅっと眼を閉じる。
ドアが閉まる音。そっと顔を上げた。もう、彼女はいない。
…結局…僕は何も…できなかったから…君を、泣かせてしまったから…だから…これで…
また涙がにじむ。声だけは出すまいと、唇を堅く噛み、駆け出そうとした、そのとき。
思いがけないほど早く、再びドアが開いた。フランソワーズが駆け寄る。
「血が出てるわ…」
涙を隠す間もなかった。フランソワーズは心配そうに覗き込んでから、大丈夫よ、というように微笑んだ。
「ちゃんとした薬は先生のところだけど…それは困るんでしょう?」
濡らしてきたハンカチでそっと傷口を拭き、危なっかしい手つきでバンドエイドを貼りながら、小声でささやく。
「…また…一人だったの?」
慌しい足音に振り返った。担任が息せききって走ってくる。フランソワーズはジョーの眼をまっすぐ見つめると、いきなりその手をとって、強く握り締めた。
「島村君、やっぱり先生に言おう…ね?私も一緒に話すから…!」
彼女は呆然としている彼を無理やり担任の前に引っ張っていった。
「先生、島村君が…ケガを!」
フランソワーズが緊張した面持ちで私を見つめる。何と言えばいいのかわからなかった。
「あの…殴られて…」
…それは知ってる。正確に言うと、殴って殴られたんだな。それよりも…
「わかった。もう花火が始まるわよ…行きなさい。それで、ジョー、あなたは…」
「先生、そうじゃなくて…!ケンカじゃないんです…島村君、お風呂を覗こうとしてた人たちを、やめさせようとして、殴られたんです!」
はあ?!…思わずジョーに目を移した。あ。こいつもびっくりしてる。
「島村君…そうなんでしょう?…お願い、ちゃんと説明して!!」
それはムリ、この子は「拳」でしか…などと言うわけにもいかず、私は黙って二人を見た。ジョーは顔をそむけ、ぎゅっと口を結んでいる。フランソワーズは半泣き状態。不意にジェットのコトバを思い出した。
『こいつが…急に殴ってきて』
そうだ。ジョーはどうして…何のためにあそこにいたのか。自分が覗くつもりじゃなくて、誰かにハメられて呼び出されたわけでもないとしたら…実は、彼らの「覗き計画」に気づいて、それを止めようとしてた…?わざわざ現場まで行ったのは、確実に止めるためか。何たって多勢に無勢…現場でなら、最悪でも騒ぐことができる。あとは教師にまかせればいい…そりゃ、自分もただではすまないかもしれないけど。それも覚悟の上?
なるほど。辻褄はあう。美しく正しい心で考えれば、むしろ自然な説明である。う〜ん、さすがフランソワーズ・アルヌール!…しみじみ感じ入る。よくまあ、そのように考えたものだ!
でも、私のココロはキミほど美しくも正しくもないぞ…だって…まさかねえ…いくら何でもカッコよすぎるだろうー…それじゃ「用心棒」どころじゃない、「正義の味方」ではないか。島村ジョーに「正義の味方」…駄目だ。全然駄目。イメージが折り合わない。
しかし。私はおもむろにうなずいた。
「そうだったの、ジョー…でも、どうしてすぐ先生たちに言いにこなかったの?…そうすれば、この子たちも、怖い思いしなくてすんだのに…暴力じゃ何も解決できないのよ…わかった?」
返事なんてしなくてもいいや。もう、これで片付けてしまおう。文句のある方は、どうぞどうぞ、好きなだけこの子と「面接」してください…何時間でも!
「…そうよ…こんなに殴られるなんて…ひどいわ」
フランソワーズが涙声でつぶやく。まあ、相手はその倍殴られてるんだけど。
さて、あとはジェットたちにゴメンナサイを言わせて、放免して、おしまい!…花火大会の平和のためには監禁しといたほうがいいんだが、変にストレスためて夜中に暴れられたら大変だあ…
「あの、先生?」
「はい?」
「島村君の…手当てをしてあげてください」
はいはい。もう笑うしかないな…。ジョーも居心地の悪そうな表情だった。
が。涙ぐむ「真の担任」フランソワーズに異議を唱えることなどできるはずもなく、私とジョーはおとなしく「保健室」に向かった。
妙なことになってしまった。ささっと終わらせよう…目立つ傷を消毒していく。
眼の脇にポツン、とバンドエイドが貼ってある。いつのまに…?でも、これじゃしょうがない。
はがして手当てしなおそうとしたとたん、思い切り手をはねつけられた。
「ジョー?…悪い、痛かった?」
そっとやり直そうとしたが、また振り払われる。あのなあ…痛いなら「痛い」と言え。幼児か、おまえは?
「治りが遅くなるわよ、ちゃんとはがして消毒しないと…ガマンしなさい」
ジョーはぷいと向こうを向き、立ち上がった。駄目だ。こうなると手がつけられない。
ほんっと、かわいくない子!
結局その後は、ジェット・リンクを追いまわして「ロケット花火は上に向けて放つものである」とか、「ねずみ花火を人が集まっているところに投げてはいけない」といった究極の幼児教育をするハメになった。やっぱり監禁しておくべきだった。
ようやく終わりに近づき、くたくたになって女子の集まっているところに戻った。最後の線香花火だ。いいわねえ、線香花火…ともかくも平和だ。
しかし。視界の隅っこに妙なものが見えた。ような気がする。なんだ、あれは?
…島村ジョーが心底つまらなそうに、線香花火をつまんで地べたに座り込んでいる。その脇にフランソワーズがちょこんとしゃがんで、何か嬉しげに話しかけていた。ああ、偉いなあ…彼と会話しようなんて、ザルで水を汲むようなコトを…やがて火玉が落ちると、彼女は立ち上がり、新しいのを持ってまた駆け戻ってきた。彼がかったるそうに火をつけてやる。いや、ちょっと待て!あんた、なんでライターなんか持ってるわけ…?
ああ…もういい。ほっとこう。疲れた。それにしても…島村ジョーと線香花火…
全っ然、似合わない。
「だから先生はニブいんですよ…そういうときは『ジョーとフランソワーズ』って思わなきゃ。どーして『ジョーと線香花火』になるかなあ…」
背の高い赤毛の青年がおかしそうに言う。笑うとあの頃のままだ。
「それに、先生はあいつがオレに殴りかかったのも見てたのに、気づかないなんて…」
気づくか、そんなもの。手元のカードに目を落とす。そう。あの子たちが…
「欠点のない子だと思ってたけど…そんな人間はいないのね、やっぱり…」
「え?…誰がですか?」
「フランソワーズのこと… 男見る眼がないってのだけが、欠点だったな」
ジェットはあきれ顔で私を見た。
「相変わらずですねえ、先生…」
「ふふ。ちゃんと写真撮って、見せにきなさいね…いつでもいいから」
「ええ…でも、ジョーは写真キライだから…」
「もちろん、花嫁だけでいいの…何がタノシクて結婚式で男の写真を撮るかなあ…第一、あの顔はもう見たくない」
大げさに肩をすくめてみせながら、ジェットは声を立てて笑った。
「ね、あの子…口きけるようになったの?…まさか『拳』でプロポーズしたんじゃ…?」
「何言ってんですか…!いや、でも、たしかに相当苦労して…気の毒だから、オレもちょっと口添えしてやったんですよ…まったく、オレだって彼女にずーっと憧れてたのに…」
「そうか。偉い偉い…でも、正義の味方とチカンじゃ…はじめから勝負は見えてるもんね」
「これだ…!これだもんな、先生は…!!オレ、今結構キズついたっ!!」
へへーンだ…あんたが女の子に不自由してないって話はあっちこっちから聞いてるわよ。
不意にジェットは窓辺に歩いていき、校庭を見下ろした。
「やっぱり、懐かしいっすね…全然変わってない…ホントに…楽しかったなあ…」
「あれだけ好き放題やってりゃ…ね。楽しくないはずなかろう?」
にが笑いしながら、ジェットは振り返った。
「ジョーたち、子供はやっぱりこの学校に通わせるんだろうな…オレもそうしようっと…今度はあいつらと保護者会で会ったりして…」
この子たちの子供…保護者会…ですって?…冗談じゃないぞ。
…それまでに退職しとかなきゃ。絶対に!
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