19      変身
 
 
 
実のところ、義侠心でやったわけじゃない。
強いて言えば、飽くなき自分への挑戦といったところか。
 
…しかし。
やめとけばよかったかもしれない。
ホントに大丈夫なのか、コイツ?
 
…なぁ、フランソワーズ?
これじゃ、おまえさんもタイヘンだ。
 
 
 
もともと、彼女を泣かせてしまったのは俺だった。
つい調子に乗りすぎた。
 
お忍びで来日中の、某国王女の護衛を依頼され、ついでに彼女に気に入られて…
まあ、ヤツには珍しいことではない。
それに、気に入られたからといって、そこから何がどうなるわけでもない。
何より、ヤツはどう見てもそっち方面…女には疎いというか無関心というか。
 
…だから、多少派手にからかっても大丈夫…という油断があるわけだな。俺たちには。
 
たしかに、やりすぎた。
いや、芝居の出来…ってことでいえば、即興としては傑作に近いものだったという自負がある。
もちろん、それがまずかったわけだが。
 
「その王女って…どんな女なんだ?美人か?」
 
興味津々のジェットに乗せられて、俺ははりきった。
全身全霊を上げて変身してみせた。
今見たばかりの…ジョーとチークを踊っていた王女に。
 
「へえ…?たしかに綺麗なヒトだね…」
 
あの堅物のピュンマまで感心している。
そうだろうそうだろう。
 
客がノッてくれば、ノらずにいられないのが役者の本能…ってね。
 
彼女が見ていることは、もちろん、俺も承知していたが。
なんというか…やっぱり油断していたんだよな。
あとでアルベルトにこっぴどくやられたが…
あいつも、気づいていたなら、始めに言ってくれりゃあいいのによ。
 
「…ったくやってられないよな〜!どうしていつもアイツばっかり、イイ思いを…」
「ま、あれだけあぶなっかしくぎこちなく踊ってたんじゃ…それほどイイ思いかどうかはわからないが?…でも、あんな視線で見つめられたら、たしかにそれだけでも男冥利につきるかもしれんなあ〜」
「あんな視線って…どんな視線だよ?」
「…こんなっ!」
「おおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
 
かさ、と背後で彼女が立ち上がる気配がした。
 
…げ。
ヤバ…かった…か?
 
俺は身をすくめた。
他の連中も。
 
…だが。
 
静まりかえった居間を、彼女は黙って出て行き…それだけだった。
 
 
 
泣いて…るんだろうな。
 
彼女の部屋をノックしようとして…やめた。
可哀想なことをしてしまった。
 
ジョーはまだ帰らない。
 
こいつらが、互いを想い合っているのは、俺には…俺たちにはよくわかっている。
もしかしたら、当の二人以上に。
彼女だって、ジョーが他の女に惚れることがあるなんてホンキで思っちゃいないだろう。
ありえないことではないが。
そりゃ、人生、何がおきるかわからない。そういう意味でなら。
 
…だが。
事あるごとに思わずにはいられまい。
ジョーに近づく女たちは…みな美しく心優しく…そして、人間だ。
 
003は、人間ではない。
 
そうだ。
人間ではない。
…可哀想に。
 
実を言うと、俺は…この体、それほど辛く感じているわけではない。
あまりに人間から離れすぎて…正直、昔の感覚が遠のいてしまっているのだ。
 
しかし、彼女の感覚は…たぶん俺とは違う。
そういう風に作られているはず。
 
可哀想に。
 
彼女は俺たちの誰よりも強く実感しているんだろう。
自分が人間ではない…ということを。
なのに、それを俺たちに愚痴ることはできない。
一番生身に近いのも彼女だから。
 
あの王女のような一途な瞳でジョーを見つめることなど…きっと彼女にはできるまい。
そう、たぶん…死ぬまで。
 
それがツライから…彼女は泣いている。
 
しかも。
ジョーが心底ほしがっているのも…その一途な瞳だったりするわけで。
もちろん、フランソワーズのソレ…でないと意味はないのだが。
 
俺には、なんとなくわかる。
あの二人が…本当の幸せにひたることなど決してないのだと。
 
それを思い知らされたから…彼女は泣いているのだ。
自分が愛する者に偽りの幸せしか与えられないということを。
愛する者を真に幸せにすることができない自分のさだめを改めて思い知り、嘆いているのだ。
 
すまないことをした。
すまなかった、フランソワーズ。
 
 
 
研究所の灯りは消えていた。どの部屋も。
当たり前だけど。
 
ジョーは、静かに廊下を歩き、そっと自分の部屋に入った。
深いため息とともに、ベッドに腰を下ろし…次の瞬間、思わず飛び上がっていた。
華奢な少女が横たわっている。
 
「なっ…?!」
 
フランソワーズ…?!
 
おそるおそる手を伸ばし…そっと顔の辺りに触れてみると。
柔らかい髪がひんやり濡れていた。
 
…泣いて…たのか?
 
「フランソワーズ…フランソワーズ?起きて…」
 
そっと揺すると…睫毛が微かに震えた。
涙を含んだ青い瞳がジョーを捉える。
 
「……」
「どうした…?」
「……」
「怖い夢でも…見たの?」
 
フランソワーズは無言のまま、ジョーを見つめていた。
 
「フランソワーズ…?大丈夫か?…僕が、わかる?」
「……」
「…フランソワーズ…っ…?」
 
ジョーは息を呑んだ。
青い瞳が見たこともない輝きを放っている。
切なくて、優しくて…透明な光を湛え。
 
じっと見つめたまま、フランソワーズは少しずつジョーに近づき…身を投げ出すようにすがりついた。
ジョーも、思わず彼女を抱きしめていた。
 
「…どう…して……?」
 
低い囁き。
フランソワーズは答えない。
 
ジョーは抱きしめる腕に力を込めた。
 
 
 
「信じられないヤツだな…」
 
そっとベッドから起きあがり、ジョーの寝息を確かめると、グレートは肩をすくめた。
 
「ま、それだけ俺の演技がすばらしい…ってことなんだが…それにしても」
 
…気づけ。
 
こうしてみると、はっきり自覚できる。
義侠心でやったわけじゃなかったということに。
強いて言えば、飽くなき自分への挑戦といったところか。
 
…しかし。
やめとけばよかったかもしれない。
ホントに大丈夫なのか、コイツ?
 
コイツは、とうとう、俺がコイビトではないと気づかなかった。
 
ジョーは、小さく、ごめんねと呟き…それ以上何も言わなかった。
ただ、優しく強く、彼女を…というか、彼女に化けたグレートを抱きしめ…そのままベッドに倒れ込み。
 
…やがて眠ってしまった。
 
これも信じられん。
コイツ、いつもそうなのか?
ものも言わず、ただじーっと彼女を抱きしめて…それだけで一晩すごせるってか?
 
どーなってるんだ、この日本少年のアタマ、いやカラダはっ?!
 
いや、もちろん…コイツに襲われたかったわけではないが。
いよいよというときになったら、素早くネズミかなんかに化けて逃走する予定だった。
たぶん、ジョーのことだから、咄嗟に何が起きたかわからず、おたおたするだけだろう。
俺の仕業と知り、怒りがこみ上げるのは明日の朝…ってことで。
 
迫真の演技だった…つもりだ。
 
フランソワーズの表情と仕草と声…それを完璧に真似、その上に、あの王女のマナザシを重ねた。
真っ直ぐな、ひたむきな…ただひたすら恋しい、ということだけを訴えるマナザシ。
透明な、愛の光だけを湛えた瞳。
 
完璧だったはず。
俺の演技は。
 
だが。やめておけばよかった。
非常に苛立たしい。
 
俺の完璧な演技に騙されたのなら…なぜそのまま眠れる?
いや…実のところ、アイツの彼女への想いってのは…その程度だってことなのかもしれん。
だからこそ…騙された…のか。
そういうことかよ。
 
…なぁ、フランソワーズ?
これじゃ、おまえさんもタイヘンだ。
 
 
 
足音が遠ざかる。
ジョーは、ふぅ、と息をついて身を起こした。
 
「何考えてるのかな、グレートは…?」
 
迫真の演技だった。
…でも、どうして?
 
はじめは、からかってるんだと思った。
僕が王女と踊っているのを、虫に変身してじーっと見ていたし。
どうせみんなや…フランソワーズに、あることないこと言いたい放題言うつもりなんだと思ってたし。
 
だから、みんなが寝静まるころまで時間をつぶして…帰ってきたんだ。
 
迫真の演技だったけど、なんか違うよ、グレート。
あれは、フランソワーズじゃない。
どう説明したらいいかわからないけど…
とにかく、違うったら違う。
 
違うと思ったのに…グレートだとわかっていたのに…つい抱きしめてしまった。
なんだか…すごく切なくなって。
抱きしめずにはいられなくなって。
 
抱きしめてしまったら、今更気づいてる、なんて言えない…よな。
グレートだとわかってるのに抱きしめるなんて…その。
ヘンタイ、みたいじゃないかっ!
 
そんなこと、面白おかしくフランソワーズに話されたりするのは、ゴメンだ。
騙されたふりをし続けていれば…少なくとも、彼女にだけは知られなくて済む。
こんなことが彼女にバレたら、グレートだってただじゃすまないもんな。
 
ジョーはゆっくり立ち上がり、部屋を出た。
無性にフランソワーズに会いたかった。
もちろん、とっくに寝てる…とわかってはいたが。
 
でも…
もし、眠る君の髪も涙で濡れていたなら。
寝かせておいてあげること、できなくなるかもしれない。
 
 
 
シャワーを浴び、ベッドに仰向けに倒れ込む。
 
馬鹿なことをしたもんだ。
どうして…俺はこんなことを…?
 
真実と偽り。
 
その間を綱渡りのように行ったり来たりする。
麻薬のような快感。
 
それを追い求めて、しくじったこともある。
しくじった挙げ句、大事な人を傷つけたことも。
 
そうなるかもしれないのはわかっていて。
でも、やめられない。
 
俺は…どこかで信じているんだ。
本当に演じきれば…いつか、それができれば…
真実も偽りも同じになる。
その区別など、つかなくなる。
 
すまなかったな、ジョー。フランソワーズ。
精一杯やったんだが。
 
偽りであることを恐れる必要などない。
精一杯、魂を傾けて演じれば、それは真実と同じ事になるのさ。
 
それを見せてやれなかったのは悔しいが。
でも…お前たちなら、いつかたどりつけるかもしれない。
偽りも真実もない場所に。
 
そうだ。かなわないこととわかっていても。
俺が演じ続けられるのは、信じているからだ。
 
…お前たちが、いるからな。
 
 

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Last updated: 2011/8/3