お兄ちゃん、見て!……と、子供達が我先に駆け寄ってくる。
彼らが差し出す奇妙な絵……らしきモノが描かれた画用紙を、ジョーは一枚一枚、丁寧に受け取った。
「あ!……コレ、もしかしたら僕を描いてくれたのかい?」
「うん!お兄ちゃんが、優勝したところだよ!」
「すごいな。こんなに格好良く描いてくれたんだね、ありがとう」
「ううん……ホントのお兄ちゃんの方が、ずーっと格好良かったよ!」
少年は目を輝かせ、息をする間も惜しいと言わんばかりに話し続ける。
やがてその話を別の少年が脇からひったくり、自分の絵も見てくれ、とせがむ。
彼の隣には可愛らしい少女が折り鶴を大事そうに両手で持ち、立っていた。
「まあ、みんな……島村さんが困っているでしょう。一人ずつ、順番におっしゃい……本当にごめんなさいね、島村さん」
「そんなことは……本当に、この子たちと過ごす時間が僕には大切なんです。いつも感謝しています」
絵や手作りの贈り物を一通り見せると、子供達は、遊ぼう、とジョーの腕を引っ張った。
愛車である瀟洒な赤いオープンカーに順番に乗せてやり、小さなドライブに連れて行ったこともあったが、彼らはそれよりもジョーと原っぱをとび回る方が楽しいようだった。
疲れてしまうでしょう、と気の毒がる園長に笑ってジョーは首を振った。
もちろん、どんなに子供達と駆け回ろうが、疲れるような体ではない。
今は、それが嬉しい。
ジョーがレースで獲得した賞金を、子供達の施設に寄付するようになったのは、ジェットの影響を受けてのことだった。
「こんなチンケな寄付をしたところで、問題が全て解決するなんざ、あり得ないが……何もしないよりはマシだからな」
闘牛は金になるのさ、と苦く笑うジェットに心が動いた。
彼が言うところの「ロクでもない稼ぎ方」しかできない自分たちだが、だからといって、そうして稼いだ金に色がついているわけでもない。
――金は、金だからよ。
あっけらかんと言い放つジェットの笑顔は晴れやかだった。
そして、ごく密かに寄付を続けていたジョーが、施設の求めに応じて、時折慰問にも行くようになったのは、フランソワーズの影響だ。
といっても、彼女とそんな話をしたことはない。
彼女にしてみれば、このことと自分がどうつながるのか、全くわからないだろう。
でも。
彼女がいなければ……
ジョーは飛びついてきた子供を高々と抱き上げ、まぶしく青い空に目を細めた。
彼女は、いつも笑ってくれる。
あの青い目が輝くたびに感じた。
あなたがいてくれて嬉しい。
あなたの声が聞きたいの。
あなたが大好きよ、ジョー。
彼女から言葉として聞いたことはない。
それでも、自分にはあの笑顔だけで十分だった。
僕を必要としてくれる人がいる。
僕と会うことを楽しみにしてくれる人がいる。
一緒に笑ってくれる人がいる。
僕が素直に望みさえすれば……光は、どこにでもある。
別れ際、あの折り鶴の少女がおずおずとジョーの袖を引いた。
どうしたの?と首をかしげると、恥ずかしそうに小さな画用紙を差し出す。
そういえば、さっきはこの子だけ、絵を持ってこなかった。
画用紙には、ドレスを着た女の子……のように見えるモノが描かれている。
「きれいだね……おひめさま、かな?」
「ううん……およめさん。お兄ちゃんの」
「……」
黄色で塗られた髪のようなトコロに、飾りのリボンのようなモノがついている。
それは、世界中の子供達に愛される有名な映画のヒロイン…プリンセスを模したものだったが、ジョーはそれを知らなかった。
「キンパツでね、とってもきれいで、優しくて……おそうじもお料理も上手なの。それで、お兄ちゃんのことが大好きなのよ」
「……そうか。ありがとう。大事にするよ」
ジョーはていねいにその絵をカバンにしまいこんだ。
見送りに出てきた園長が、いつものように礼を言う。
「本当に……お忙しいお時間を割いてくださって、ありがとうございました。島村さん、あなたがこの子供たちにどれほど素晴らしい夢を与えてくださっているか……」
「……いいえ、園長先生」
ジョーは微笑し、カバンをそっと手で押さえた。
「夢をいただいているのは……僕の方です」
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