1   プロローグ
2012/12/20 
 
 
――これが、“終末”か。
 
眼下に広がる醜悪な瓦礫の山に、彼は思わず息をのんだ。
 
――ええ。ここ、日本での“実験”はほぼ終わりました……連邦政府の判断は、概ね正しかったといえましょう。
 
――母さん……。
 
――彼女を見つけたわ。可哀相に……ひどい傷を負って、絶望して……でも強い子ね。あのときのように、諦めていない。……やはり、会って、いくのですか?
 
――もちろんです。そのために、来たのですから。
 
――もし、あなたがそうしたければ……あなたの手で彼女を“救って”あげることができます。彼女の記憶を残したままで。
 
――え?
 
――許可をとりました。彼女の功績と気高い心が認められたのです。私は、彼女を救いたいと思っています。それに、あなたのその気持ちも……救いたいのです。
 
――僕の、気持ち……この……。
 
――苦しい使命を立派に果たし、私のもとに戻ってきたあなたは、その苦しみを全て忘れているはずでした。でも、あなたは……彼女のことだけは、忘れなかった。
 
――フランソワーズ。
 
彼は小さくその名をつぶやいた。
母の言うとおりだった。
 
――始めは、あなたの強い使命感がそうさせたのだと思っていました。完全に取り返すことができなかった“瞳”を最期に託した相手が、彼女だったからだと……でも。
 
――違います。僕は……。
 
彼は力なく首を振った。
醜い廃墟の崩れかけた建物の中に彼女がいるのを、彼もみとめていた。
母が言ったとおり、傷つき、絶望の涙にくれる彼女……しかも、その絶望はまだ終わらない。
新しい苦しみがもうそこまで迫っている。
 
――ありがとう、母さん。でも僕は、彼女を“助けて”あげられません。彼女が、決してそれを望まないからです。彼女は、あの人間と……ジョーともにあることを望んでいます。どんなに苦しもうと絶望しようと、命の本当の終わりの瞬間まで……彼女にそういう人がいることを、僕はどこかでわかっていました。だからこそ、彼女は強く気高い人なのだということも。
 
じっと見つめる母に、彼は微笑した。
 
――だからせめて苦しみを……この、ささやかな苦しみを、僕はずっと抱いていたい。そうしたいんです。さあ、行きましょう。きっと、これで彼女の……“フランソワーズ”の姿を見るのは最期になるはずです。次に彼女に会うときは……。
 
彼はふと目を閉じた。
 
軽やかに舞う、妖精のような彼女。
日だまりのような微笑。
遠くない未来、その全てを彼女は取り戻し、輝くばかりに美しい姿で光の中にいるはずだ。
 
……だが。
 
そのとききみは、僕を覚えていない。
だから、最期に少しだけ……少しだけ、僕を思い出して。
 
きみは嘆き、僕を恨み……彼とともに苦しみぬいて。
やがてすべてを忘れるだろう。
でも僕は、きみを忘れない。
 
さようなら、フランソワーズ。
 


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