喚問の場で、009……ジョーが何を問われ、何を語ったのか、僕は知らない。
僕はその場にいることを禁じられたし、情報の共有も許されなかった。
当然といえば当然だ。
僕は、おそらく……ほんの僅かかもしれないけれど……変わってしまったのだ。
僕は、かつての任務に忠実な連邦政府監視員ではなくなっているのかもしれない。
行動の自由は与えられたので、僕は騒ぐ心を静めるため、青の惑星に飛んだ。
ジョーとフランソワーズにつながる誰かの傍にいたかった。
しかし。
僕は、それまでなら必ずとらえることのできた「サイボーグ戦士」たちの気配を全く感じることができなかった。彼らは意図的に僕から姿を隠しているらしい。
長い戦いに身を置いた経験のある彼らは、用心深い。
このデリケートな時期に、僕と接触するはずなどないのだとすぐに気付いた。
もちろん、それは彼ら自身の保身のためではなく……僕の立場を万一にでもこれ以上悪化させないためだ。
彼らの思いやりがありがたく……それでも、僕は寂しかった。
そして、こうなることを心のどこかで予感していた僕は、自分を慰める術をあらかじめ用意しておいた。
だから、その日……僕はひたすら描き続けたのだ。
青の惑星にある、あらゆるモノを。
「……ジュン、どうしたかね?」
「ショーさん?!」
不意に穏やかな声が降り、僕は弾かれるように振り向いた。
ショーさんが、気遣わしげに微笑している。
「……」
「どうしたかね?」
繰り返し問うショーさんに、僕は慌てて弁解するように答えた。
「い、いえ……驚いただけです。まさか、アナタに会えるとは思わなかったので」
「ジョーが招集されたから、かな?」
「……はい」
「僕には関係ないことだよ……たしかに僕は彼らにある意味では深く関わったが……彼らを導いたわけではないし、彼らの真意を知る者でもない」
「でも……あなたは」
「僕は、ただ描いただけだ……彼らを。そして、それはもう、終わった」
「……本当に、終わった……のでしょうか?」
「ああ。……もちろん、彼ら自身が終わるわけではない。ただ、私が彼らを描き続けた、あの日々が終わったということだね。……とてつもなく苦しく、楽しい日々が」
ショーさんは遠くを見るまなざしになった……が、彼の目に何が映っているのか、彼が何を思っているのか、僕にはわからなかった。
つまり、それが「人間」の……今まさに問題とされている特徴なのだ。
「ジュン……彼らのことが心配かね?」
「え、ええ」
「なぜかな?」
「……」
――なぜ、だろう。
「それは……彼らにはどうしてもわからないところがあるからです。あなたもそうです、ショーさん……だから、僕は不安になる。心配になるんです」
「なるほど。君たちには、世界の全てがわかるからなんだろうなぁ……僕には及びもつかない話だが」
「あなたたちだって、僕たちと同じはずです……少なくとも今は」
「そう、かな」
ショーさんは困ったように微笑した。
「それでは、ただ僕が信じていないだけなのかもしれない……僕には、僕にわかる世界だけが世界だとは、とても思えない。たしかに以前とは比べものにならない多くのことを僕は知っているし……実行することもたやすい。それでも、それはただ量の問題のように思える」
「量、の問題……?」
「ああ。こうしていると、君の心が流れ込んでくる……以前には絶対になかった感覚だ。でも、それでも君の全てがわかるわけではない」
「そ、それは……僕があなたたちの影響を受けたからだと思います。あなたたちの心はどういうわけか、共有できないエリアを作っている。あなたたちと触れ合ううちに、僕にもそういうものができつつあるのだと……」
「そうかな?……僕は君が変わったのだとは思わない。君の全てがわからないと感じているのは、僕自身だ。僕が、君の全てをわかっていると思っていないだけなんじゃないか」
「……ショーさん?」
「だから……僕は絵を描く。わからないものを追い求めるために」
「……」
わからないものを。
手に入らないものを追い求めて……僕は。
僕の脳裡に、フランソワーズの華やかな笑顔が浮かび、消えた。
それはショーさんにも「わかった」らしい。
彼は、僕の背中を励ますように軽くたたき、「いいぞ!」と言った。
「描きたまえ。ジュン……ソレを、描くんだ」
「……はい」
僕は絵筆を取り直した。
描けるとは思えない。
……でも。
「ジョーは、今頃……何を語っているんでしょうか」
「さあねぇ……弁の立つヤツではないから、苦労しているかもしれないが……でも、語りきるまで、絶対にあきらめもしないだろう……そういう男だ」
「……ええ」
「幸い、この世界には無限の時間がある」
「そう……ですね」
――無限の時間。
僕はふと背筋が冷えるような思いに襲われた。
僕は、このままいつまでも追い続けるのか。
手に入ることはないと心のどこかで知りながら、追うのだろうか。永遠に。
ああ、それは幸福なことでもある。
僕は、描いているとき、たしかに幸福なのだから。
その至上の幸福が永遠に続くというのなら……もし、そうなら、しかし。
僕は、それに……耐えられるのだろうか?
僕は、もう僕のことなど忘れたように静かに筆を動かし始めたショーさんを見つめた。
「ジョーはたぶん……連邦政府を許しはしないと思います」
「……うむ」
「彼らは……全てを終わらせようとした。いや、そもそも、始めから、彼らは終わらせることしか考えていなかったんだ。人間を作りだしたのは、闇の子を滅ぼすため……ただ、それだけのためだった」
「そういうことに……なるかな」
「その意味では、闇の子も光の子も……同じです。彼ら人間にとっては」
「君が、喚問に答えるべきだったかもしれないな、ジュン……君の方が、ジョーより遥かに上手に説明できそうだ」
「え……」
思わずどぎまぎして目を伏せてしまった。
が、ショーさんはもちろん、皮肉を言ったわけではない。
彼はどこか楽しそうに続けた。
「一瞬は永遠と変わらない……それを僕に教えてくれたのは、やっぱりイワンだったのかなぁ……?」
「……」
「問題は、どれだけ長く生きるかではない。どれだけ多くのことをやり遂げるかでもない。誰が見てもわかる、誰とでも共有できるモノで、我々の生をはかることはできない……イワンは彼らの戦いを通じて、そう僕に教えてくれた。イワンの意志はジョーたちの意志でもあっただろう」
「……ショーさん?」
「心配はいらない……ジョーは、必ず帰ってくる。フランソワーズと共に」
「……ええ」
もちろん、そうだ。
僕たちには……無限の時間がある。
そして、当然だが、無限の時間を費やす必要などなかった。
ジョーとフランソワーズは、それからしばらくして、青の惑星に無事帰されたのだった。
彼の表情は晴れやかだった。
「アラン、君にお礼を言うよ……君の報告が、僕たちをどれだけ助けてくれたかわからない」
「そんな、ことは……僕はただ、あなたたちをもっと知りたかっただけです。僕は、あなたたちとともに生きたい……その先に何があるかわからないけれど、だからこそ……」
「連邦政府も、どうやらそう考えてくれたらしい。……彼らは、僕たちに……この惑星に干渉しないことを約束した。僕たちも、彼らを脅かすことは決してしないと約束した……そう言ってしまうと、シンプルに過ぎるけれど」
「それでは……!あなた方は、悪の因子を持つ者とはされなかったのですね?」
「それは……どうかな。もしそこが問題にされていたら、こうはならなかったかもしれないが……」
ジョーは苦笑し、フランソワーズの肩を抱き寄せた。
「君がいてくれたことが良かったのかもしれないな。……僕はともかく、君に邪悪なモノが宿ると想像できるヤツはいないだろうからね」
「まぁ…!アランは本当に私たちのことを心配してくれているのよ。冗談はやめてちょうだい、ジョー」
「ふふ、ごめん……アラン、気を悪くしてしまったかい?」
「いいえ……本当に、よかった!」
「ありがとう、アラン……でも、本当にあなたによかったと思ってもらえるかどうかは、これからの私たち次第なのよ……私たち、きっとあなたを裏切らない……約束するわ」
「……フランソワーズ」
彼女の澄んだ瞳が僕をまっすぐにとらえた。
そのとき、僕は気付いたのだ。
届かないモノを永遠に追い続けるのは……このひとも同じなのだと。
「僕も……約束します。フランソワーズ。僕は、あなた方を裏切らない。あなた方とともに生き続ける。どんなときも僕は諦めません。だって、僕には……」
――僕には。
それを何と名付ければいいのか、僕は咄嗟にわからず、口ごもった。
何だろう。
この、燃えるような、切ない……限りなく強い思い。
そのとき、僕の耳を、涼やかな声が打った。
「僕たちには、勇気がある……そうだろ、アラン?」
「……ジョー」
僕は大きくうなずいていた。
そうだ。勇気だ。
遠い昔。
僕達が「人間」を追放したのは、勇気がなかったから……だったのだろうか。
それとも「人間」に全てを託し、未知の宇宙へと送り出した、それこそが僕たちの勇気の証だったのだろうか。
もし、それが勇気の証だったのなら、そうして送り出した「人間」が「使命」を果たし、戻ってきた今、
僕たちは、再び勇気をもって彼らを迎え、受け入れるべきなのだ。彼らが、どんなに不可解な存在となっていようとも。
「ジョー……僕たちがあなた方人間にしたことを、あなたは許してくれますか?」
「それについては、許すも許さないもない。僕たちは、君たちの戦いのために作られた。だから、僕たちの戦いは、君たちの戦いでもあった。僕が彼らに……君たちに言いたいことはただ一つ……始めた以上、勝手に終わらせることは許さない。それだけだ」
「……そう、ですね」
僕たちは……戦い続けなければならない。
彼らはそれを僕たちに教えてくれた。
戦いとは、敵を殲滅することではない。
そのように終わらせることが戦いの目的ではない。
戦うとは、ただ生きることだったのだ。
それがどんなに不安で険しい道のりであるか、僕はもう知っている。
でも、僕は一人ではない。そして、僕たちには……
……勇気が、ある。
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