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2014/12/29 
 
フランソワーズの出演するバレエ公演は、かつてのパリ・オベラ座で行われた。
もちろん、この世界でのそれは僕が「人間」であったときに記憶していたような劇場ではなかったが、そのことはさほど気にならなかったし、周囲の人々もそのようだった。
 
僕は、あの老婦人の庭から、際だって美しいバラを切らせてもらい、客席についた。
ジョーやギルモア博士、それからショーさんも来ていることは感じていたが、僕は敢えて1人で彼女を見たいと思っていた。
 
あの頃と同じように、フランソワーズは群舞を担当するダンサーの一人だった。
そして、あの頃そうだったように、僕はたやすく彼女を見分けることができた。僕たちが当然のように持っている力を使うまでもなく、一目で彼女を見つけたのだ。
それについては、ジョーが苦笑いをしていたことがある。
 
「フランソワーズには内緒だけど……僕は、集団で踊っているときに彼女を見分けられたためしがないんだ」
 
「人間」であったとき、ジョーはフランソワーズの踊りを見たことがなかったのだという。
バレリーナであることは話には聞いていた、という程度で、彼自身、そうした方面にはまったく興味がない男だったし、彼が出会い、愛した彼女は常にバレリーナではなく戦士だった。
 
この世界で初めて踊る彼女を見たというジョーは、その美しさに驚嘆しながらも、やっぱりわからないものはわからない、と笑う。
 
「とても君のようにはいかないよ、アラン。……それに、内緒、とはいったけど、もうとっくに彼女にはバレていると思うんだ……だから、君がしっかり見てあげてほしい」
 
あのマンガのように、後で殴られたりしませんよね、と茶化すと、彼は生真面目に首を振った。
 
「正直、ちょっと残念だけど……彼女を幸せにできる人間が僕だけだなんて思っていない。それに、それをいうなら、君こそ僕を殴りたいんじゃないかな?」
 
まさか……と言いかけて、僕は口を噤み、ふと気付いた。
あなたに腕力で叶うはずがないじゃないですか……と、ふわっと言ってしまいそうになったのだ。
しかし、そんなはずはない。
というより、「腕力」とか「叶う」とかいう発想が、そもそも僕たちの世界においては異質なものだ。
 
僕がそうした異質な発想を持つようになったのは、僕のフランソワーズへの「思い」を「人間」としての記憶が支えているからなのだろう。
僕がそれを忘れ果てているなら、そもそも彼女をこうして特別に好もしく思うはずがないのだった。
 
と、いうことは……つまり。
 
僕は不意にもやもやとした不安のような感情にかられ、思わず周囲を見回した。
熱心に舞台に見入る青の惑星……「地球」の人々。
彼らは、何を見て、何を思っているのか。
 
……そして、僕は。
 
 
 
あの頃と違うのは、ジョーも、もちろん彼女も……かつての「人間」ではないということ。
だから、舞台の後、黙って花束を床に置きながら彼女に一礼した僕の「思い」を、彼女と彼女の仲間たちは……すぐに共有した。
 
「待って、アラン……!」
「心配はいりません、フランソワーズ……ジョー、それに皆さん」
「何も心配はしていない。僕たちは、君を信じている」
「……ジョー」
 
ジョーは微笑み、花束を大事そうに拾い上げると、フランソワーズに渡した。
 
「信じている、というのはこういうことだよ、アラン……どんな結果になろうと、僕たちは君を」
「……はい」
 
僕は拳をぎゅっと握りしめた。
その後を聞く必要はない。
なぜなら、彼らとそっくり同じ思いを、僕ももっているからだ。
 
どんな結果になろうと、僕は……あなたたちを。
 
 
僕はすぐに赤の惑星へ飛んだ。
遅ればせながら、命じられていた全ての「調査」が一区切りつき、当座の結論が出たことを報告するために。
 
「調査」の任についていたのは、もちろん僕だけではない。
彼らもまた、続々と赤の惑星に戻り、報告を澄ませていた。
その内容は、ほぼ同じものだったし、僕自身の報告もそれらと大差はなかった。
 
そして、ほどなく連邦政府は、ジョーを……「サイボーグ009」を招集し、喚問することを決定したのだった。
 
彼にそれを伝える役目は僕に与えられた。
ジョーは全てわかっていたというように落ち着いてうなずき、フランソワーズを連れて行ってもいいだろうか、とだけ尋ねた。
 
「彼らには理解できないことのひとつだと思うが……彼らの疑問に正確に応えるためには、たぶん彼女が必要になる」
「ええ。でも、ジョー……おそらく、認められるのは同席だけで、彼女に発言の機会は与えられないと思います」
「そうだろうね。もちろん、それでかまわない……彼女は、僕にとってそういうひとだから。あとは彼らに感じてもらうしかない」
 
本当は、サイボーグ全員とギルモア博士、ついでにショーさんも連れて行きたいところだけど……と笑うジョーに、僕は慌てて、さすがにそれは無理……というか、混乱を招くだけです、と答えた。
ジョーは、わかってるよ、と、また笑った。
 
 
青の惑星とそこに住む人々についての全ての「調査結果」は、彼らがまったく新しい未知の生命体である、ということを意味していた。
それを奇蹟がもたらした希望ととらえる報告者……僕のような……もいれば、忌まわしい新たな脅威ととらえる報告者もいた。
当然のことだろう。
 
彼らは、僕たちと同じように精神感応ができる……が、その精神には、それぞれどうしても共有できない領域が認められる。
それはかつて僕たちを脅かした「闇」なのか、それとも……?
 
自然に共有できない以上、「対話」を試みるしかない。
それが連邦政府の結論であり、彼らがその対象に選んだのが、青の惑星の「帰還」に最も深く直接的に関わった「009」だった。
 
「闇の子」との戦いの全てに道のりをつけ、こちらの世界と接触することもできていた「001」も、もちろんその有力候補に上がっていた。
が、全ての調査は、彼よりも「009」の方がこの問題については多くの情報を持っている、と結論づけていた。
決め手になったのは、彼が「人間」として接触した闇の子「翡巫女」の記録だった。
彼女は、あの大変動の前に、彼ら人間が真の意味で「消滅」させることに成功した唯一の闇の子だったのだ。
 
ジョーは、僕の「調査」に応じて、それについて語ってくれたことがあった。
そのときも、彼の傍らにはフランソワーズが寄り添っていた。
 
「僕は、翡翠と恋に落ちた……人間が、ごく普通にいうところの恋に。そして、彼女を愛した。……これも、人間として、ごく普通にすることだった。ただ、僕にとっては、彼女が特別である理由があったんだ……僕が、サイボーグだったから。ごく普通の恋愛など望めないのだと思い込んでいたから。そういう意味で、彼女との出会いは、僕にとって奇蹟だったんだ」
「でも……あなたは、その前にフランソワーズを……愛していたのではないですか?」
「もちろん。それも奇蹟の一部だと、今になると思う。僕は……翡翠に出会う前に、既に愛を知っていたんだ。しかも、自分ではそうと気付かないままに。サイボーグがサイボーグを愛することなどありえない……それも、あの凄惨な戦場の中で、そんなことは起こりえないと思い込んでいたからね」
「……それは、私も同じだったのよ、アラン」
 
少し言いにくそうに、それでもはっきりとフランソワーズが付け加えた。
なるほど、そういうことか……と腑に落ちた。
 
「つまり……フランソワーズの僕への愛は、本来、彼女の愛の唯一の対象であるあなた、ジョーへ向けられるべきものだった。それを、光の子である僕が受け、それによって僕は変質した……一方で、あなたのそうした愛を受けることによって、闇の子である翡巫女にも同じような変質が起きた」
「そういうことなんじゃないかと思う。君は君たちのシステムによって、既に召還され、あらかじめ闇の子と切り離されていたから、翡巫女のような消滅の仕方はしなかった……ただ、人間としての心は残った。君がフランソワーズと愛しあった分だけ……ね」
「もし、切り離されていなければ、僕も翡巫女のようになった可能性があった、ということですか?」
「それは、わからないけれど……でもアラン……愛の物語は、いつも破滅につながるものだわ……そうじゃなくて?」
 
フランソワーズが柔らかく微笑んだ。
そう言われてみれば、そうかもしれない。
 
「……愛、か」
「外側から見れば不思議な偶然だ。闇の子として目覚める運命だった翡翠に僕が出会い、光の子として旅立とうとしていたアランにフランソワーズが出会う……でも、本当に偶然だったのだろうか?おこがましいようだけれど、僕が愛したから翡翠は翡巫女になり、彼女が愛したからアランは召還された……ということにはならないだろうか?」
「つまり、覚醒する人間が翡翠であり、僕である必要はなかった……ということでしょうか」
「そういうこと、だね……もっとも、なぜそれが僕たちでなければならなかったのかも、わからない……もしかすると、それだってどうでもいいことだったのかもしれない。僕たちがいなければ……別の009と003が同じ事態を引き起こしていたかもしれないんだ」
「ええ、そう思うわ。愛が人間の限界を超えるのは、そう珍しいことではないもの。ヒルダさんだって……」
 
なるほど、と僕はうなずいた。
あの、かつて地球に「密航」した「要注意人物」……彼女は、004……アルベルト・ハインリヒが生涯かけて愛し抜いた唯一の女性だったのだという。
 
連邦政府が招集しようとした候補に、ヒルダも当然だが、入っていた……が、彼女はおそらく愛する男、アルベルト・ハインリヒの他に語ることを持っていないだろうと思われた。
そして、それを言うなら、ショーさんも同じことだった。彼は、絵を描くことの他に語ることをほとんどもっていない。その絵が問題といえば大問題だとすることもできるが、それはジョーへの喚問を終えてから考えればよい、ということになっていた。
 
 
 
そして、その日。
ジョー……サイボーグ009は、ついに、連邦政府の喚問台に立った。
彼が愛する唯一の女性、サイボーグ003とともに。
 
 


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