くりすます
僕はクリスマスツリーの飾り付けが得意だ。
教会には大きなツリーがあった。
 
きらきら光る玉とか小さいライトとか、綿の雪とか…きれいに飾って。
 
僕だけのツリーじゃなかったけど。
とてもきれいだった。
 
そして。
ツリーの根本に置かれた、色とりどりの包み。
どれが僕のか、当てようとするんだけど…いつも当たらなかった。
 
誰がくれたのかわからないプレゼント。
少しだけオトナになったとき、少しだけそのことをスネていたら、神父様が教えてくれた。
 
誰からのプレゼントか、わからない?
それは、神さまがくれたからだよ、ジョー。
 
それを信じたわけじゃないけど。
でも。
 
神さまがくれたというプレゼントは、僕の心を少しだけ温かくしてくれた。
 
クリスマスは、誰にでもくる。
いい子になら、なおのこと。
 
どんなときも、どこにいても。
 
君だけのサンタクロースが。
 
 
 
12月25日、早朝。
ギルモア研究所は異様な熱気に包まれていた。
 
「こっちはどうかな〜、フランソワーズ〜?」
 
怪しい声で誘うジェットの後を、フランソワーズがとことこついていく。
やがて。
小さい歓声と、大きな笑い声。
 
「…見つけた、みたいだね…これで最後かな?」
「だからさ…ジェットはイースターとごちゃまぜにしてるよ!…サンタクロースのプレゼントが隠してあって、探さなくちゃいけないなんて、聞いたことない」
「まぉいいだろ、ジョー…楽しそうにやってるんだし…第一、靴下に入りきらなかったんだから仕方ないじゃないか」
 
アルベルトは、両手にキャンディの包みを抱えて駆け戻ってきたフランソワーズをひょいっと抱き上げ、彼女の手から包みをとると、テーブルにおいた。
そこには既に鮮やかな紙やリボンでラッピングされた菓子が山積みになっている。
 
「こんなに食べたら…虫歯になっちゃうよ」
「大丈夫…僕がちゃんと歯磨きしてあげるからさ」
 
少々得意そうにピュンマが言う。
フランソワーズがおとなしく歯磨きさせるのは彼だけだった。
 
「なに…こいつは、そうがっつきゃしないから大丈夫だ…なぁ。フラン?」
 
アルベルトは片手でフランソワーズを抱きながら、もう片方の手で包みの一つを開いた。
バラの花をかたどったキャンディが転がり出る。
 
目を輝かせるフランソワーズの手に、そっとキャンディを握らせ、アルベルトは優しく言い聞かせた。
 
「きれいだろう…?これは、見て楽しむモノなんだ…食べたら、なくなるからな?」
 
フランソワーズはじっと手の中を見つめ、アルベルトを見上げ、また手の中を見つめ…大事そうにそっとキャンディをポケットにしまいこんだ。
 
「…溶けたらべたべたになるのに」
「いちいちウルサク突っ込むなよ、ジョー」
 
グレートが笑った。
 
 
 
今年はクリスマスパーティをする。全員参加。
そして、パーティは25日午後4時から。
 
フランソワーズが7時には寝てしまうから。
 
グレートがジェットを押し切り、パーティの指揮をとった。
とにかく、家庭的に敬虔にいくのだ、と主張して。
 
「教育的配慮ってもんがあるだろっ!」
 
その一言に誰も反論できなかった。
 
 
グレートが立てたプランでは。
 
まず、静かにイブの夜を過ごし。
クリスマスの朝はフランソワーズにサンタクロースがきたことを教える。
昼はゲーム。それにディナーの準備。
 
そして、クリスマスディナーを祈りとともに食し、プレゼントの交換をする。
 
「それじゃ、宴会はっ?花火はっ?カラオケはっ?」
「…オマエって、どこ出身だ?」
 
ジェットの必死の訴えをグレートはにべもなく却下した。
その代わりと言ってはなんだが。
 
プレゼントを交換するとき、フランソワーズとキスを交わすことを全員に認める。
 
「ちょっと待てよっ!!」
 
今度はジョーが叫んだ。
が、グレートは悠然と答えた。
 
「もちろん、両頬に…だ。俺たちは大人だからな、それくらいの分別はある」
 
ジェットは、納得した。
…そして、ジョーは。
 
「オマエも遠慮しなくていいぞ…最後にキスすればいい」
 
グレートは鷹揚に言った。
最後ならフランソワーズが大泣きしても、そのまま寝床へ連れていって宥めながら寝かせればいいわけだし…
 
ジョーは納得しなかった。
が。
 
結局、多数決がとられ、グレートのプランは採用された。
 
 
 
クリスマス一週間前。
ジョーは黙々とクリスマスツリーの飾り付けをしていた。
 
さっきから、後ろで気配がしている。
…フランソワーズだ。
 
フランソワーズは、ジョーが飾り付けを始めると、とことこ居間に入ってくる。
そして…じーっと見つめている。
見つめているだけで、近づこうとはしない。
 
一度、思い切って静かに呼んでみようとしたら、振り返っただけで大泣きされた。
 
泣くんだったら、見なければいいのになぁ……
 
ジョーはこっそりため息をついた。
でも、フランソワーズはクリスマスツリーに並々ならぬ興味を持っているらしく。
どーしても居間からでていこうとしない。
 
 
「う〜ん…」
 
ジョーは腕組みして、考え込んでいた。
星の飾りが一つ、余ってしまった。
 
どこにつけたらいいかなあ…?
 
少し後ずさりして全体を眺めてみる。
…が。
つくづく完璧な飾り付けだ。
この星をどこにつけても、バランスが微妙に崩れるような気がする。
 
「うう〜ん…」
 
ジョーは唸った。
わからない。どーしてもわからない。
でも。
相談する相手もここにはいなかった。
 
ジェットに相談したら、
「おぅ、ココなんかいいんじゃないか?だったらよ、こっちもホラ、ココにもってきて〜〜」
という具合に、せっかくの飾り付けを考えもなく台無しにされてしまうだろう。
 
かといって、アルベルトに相談したら。
「それを飾らなければすむことだ」
…馬鹿か、オマエ?
という感じで素っ気なくあしらわれるに決まっている。
 
飾らなければすむことだってのはわかってるさ。
でも、それは、したくないんだ。
 
箱の中でひたすら待ち続けていたオーナメント。
一年に一度、光り輝く場に出ることを、ただ待ち続けていたのだ。
明るい、温かい光の中で…優しい人たちの眼差しに包まれる日を。
 
「大丈夫…オマエもちゃんと、みんなといっしょにキレイに飾ってあげるよ…心配しないで」
 
星を軽く振り、つぶやく。
 
…そうだ。
 
去年のクリスマス…こうやって迷っていたら、後ろから明るい声がして…
白い優しい手が僕から星をとって…
そして、ツリーに飾ってくれた。
 
僕には思いもよらなかった、でもそこしかないって最高の場所に。
 
…フランソワーズ。
 
君は…いつ戻ってきてくれるんだろう。
それは…子供の君だって可愛いよ…すごく可愛い。
もう…言葉にできないくらい可愛いけど。
 
でも、僕は。
 
このツリーの下でキスするなら…去年みたいに。
 
「…あ」
 
手から星が滑り落ちた。
同時に、軽い足音が近づく。
 
…え?
 
ジョーは思わず後ろに下がった。
フランソワーズが、とことこツリーに歩みより、ジョーの落とした星を拾い。
精一杯背伸びして、両手でツリーの枝にひっかけた。
 
「…あ!」
 
ジョーは大きく目を見開き、息を呑んだ。
そうだ、そこ…そこだよっ、フランソワーズ!!
 
フランソワーズはツリーを見つめながら後ずさりし…尻もちをついてしまった。
 
「フランソワーズ…!」
 
急いで駆け寄り、抱き起こそうとしたとき…目が合った。
 
 
「ふ…ふぇええええええ〜〜〜んんん!」
 
 
 
「グレートっ!ドコ行ってたアル〜っ???」
 
張々湖は、大きな包みを抱えて入ってきたグレートを怒鳴り付けた。
 
「アンタはんが七面鳥がないとクリスマスじゃない、なんて言うアルから、ワイかて慣れないクリスマスディナー作ってるアルよっ!少しは手伝ったらどうアルかっ?4時まであとちょっとアル、遅れたらフランソワーズ、寝てしまうネっ!」
「わ、わかってるって大人…ちょっとコレを取りに行ってたんで…」
「何アルか、それ?…フランソワーズへのプレゼント、もぉ十分すぎるほどあるアル…あんまり甘やかすのは感心しないネ」
「違うって、コレはその…ジョーに…さ」
「…は?」
 
グレートはにやっと笑った。
 
「神は全ての迷える子羊を祝福したもうのだよ、張大人…分け隔てなく、な」
 
 
 
きっかり4時。
テーブルには張々湖の料理が並び。
グレートにならって、一同はしばし神に感謝の祈りを捧げた。
…そして。
 
「メリークリスマスっ!!!」
 
ジェットが叫び、クラッカーが鳴り、シャンパンの栓が飛んだ。
 
「…大丈夫…?フランソワーズ?」
 
フランソワーズを膝の上に抱き、しっかり両耳を押えてやっていたピュンマが、おそるおそる彼女を覗き込んだ。
 
「大丈夫大丈夫っ!…オマエ、度胸あるもんな、フランソワーズ?」
「あぁっ、ジェットっ!」
 
ジョーが止める間もなく、ジェットはフランソワーズの目の前でクラッカーを鳴らした。
フランソワーズは嬉しそうに喉を鳴らしてはしゃいだ。
 
「ほ〜ら、な?オマエが怖いのはジョーだけだよなぁ〜?」
「…っ!」
「ハイハイ、座るアルね…みんな、どんどん食べるアル〜!」
 
張々湖の料理は文句のつけようもなく。
最後のクリスマスプディングまで、一同は正しく和やかにディナーを楽しんだ。
 
 
 
「じゃ…そろそろ…いいよね?」
 
フランソワーズの瞼が少し重たげになったのを覗き、ピュンマが目配せした。
 
「ああ…そうだな…プレゼント、見に行くか、フラン?」
 
アルベルトがフランソワーズを抱き上げ、クリスマスツリーのところに連れて行く。
ジェロニモが照明を落とした。
 
「…!」
 
色とりどりの光に包まれたツリーを、一同はしばし声もなく見つめていた。
 
「……」
 
ぼーっと立ちつくしているフランソワーズにふと目を落とし、ピュンマは微笑んだ。
 
「さ…もっと近くに行ってごらん…ジョーが、君のためにこんなにキレイに飾ってくれたんだ…」
 
そっと背中を押す…が、フランソワーズは動かない。
大きく目を見開き、踊る光を見つめている。
 
「フランソワーズ!」
 
グレートのおどけた声に、フランソワーズは弾かれたように振り返り…さらに目を丸くした。
 
「我輩、サンタクロースを連れてきましたぞ、マドモアゼル」
 
アルベルトがしゃがんでフランソワーズを後ろから支え、そっと囁いた。
 
「朝…いいものをいっぱいもらっただろう?…あの人がくれたんだ」
 
アルベルトは小さなポケットに指をそっと滑り込ませ…バラのキャンディを取り出し、優しく手に握らせた。
フランソワーズは手の中のキャンディを眺め、アルベルトを見上げ、仲間達を見上げて…
 
それから、目の前の、白い髭をつけた赤い服の少年を見つめた。
 
「…ありがとう、を言っておいで」
 
アルベルトがぽん、と背中を押す。
 
「…メリークリスマス」
 
明るい声に、フランソワーズはぱぁっと笑顔になった。
白い眉の奥から、茶色の目が優しくうなずいている。
 
フランソワーズはとことこ駆け出し、両手を伸ばして少年の腕に飛び込み…
その両頬にキスした。
 
 
 
結局、フランソワーズはサンタクロースから離れようとせず…プレゼントにも見向きもせず、彼の腕の中で眠ってしまった。
 
「あぁ〜あ、どうしてくれるんだよ、ジョー?!」
 
赤い帽子とかつらと髭を一気にむしり取られ、ジョーはちょっと顔をしかめた。
 
「なんだよ、ジェット〜!」
「ほれ、起きろフランソワーズ!…寝てる場合じゃないぞ、誰に抱かれてると思ってるんだ、泣け泣け〜っ!」
「…馬鹿かオマエは」
 
アルベルトに後頭部をしたたか殴られ、ジェットは声もなくしゃがみこんだ。
 
「だが、寝かせてきた方がいいな…今起きたら泣くぞ」
「…う、うん」
「バレたら大変だね…サンタクロースがニセモノで、しかもジョーだったなんてさ」
「あぁ…トラウマになるぞ、きっと」
「…そこまで言わなくてもいいじゃないかっ」
 
口の中でぶつぶつ言いながら、ジョーはフランソワーズをピュンマに渡した。
 
「ったく!せっかく俺様が魂こめて選んだプレゼント…見てもくれなかったぜぇ!」
「明日にすればいいさ…このツリーだって、もう少し飾っておきたいし」
「魂こめて…って、何なんだ、お前のコレ…?」
 
アルベルトは、ひときわ大きな箱をアゴで示しながらジェットに尋ねた。
 
「ふっ…ABCとひらがなのおけいこボードだっ!」
「…おけいこ…?」
「そうよ…お前達口ぐせの教育的配慮ってヤツさ…!字を教えなきゃ絵本も読めねえし…」
「…それにしても…ちょっと早いんじゃないの?…そりゃフランソワーズは利発な子だと思うけど」
「今は無理でも、あと半年もすりゃ…使えるようになるだろ?」
「…半年…って、ジェット〜!」
 
頭を抱えるジョーに、ピュンマは笑いをかみ殺しながら言った。
 
「半年したら…君を見ても泣かないかもしれないよ、フランソワーズ」
「君までなんだよ、ピュンマっ!」
 
アルベルトが静かに言った。
 
「半年だの一年だの…そんな先のことを考える必要はない…俺たちにはな」
「……」
 
ハッと顔をあげるジョーに、アルベルトは皮肉な笑みを投げた。
 
 
 
星も凍りついている。
 
ジョーは、そっとフランソワーズを抱き寄せ、軽くその肩を揺すった。
 
「大丈夫?」
「……え、…ええ…」
 
重たげな瞼を懸命に持ち上げ、フランソワーズはうなずいた。
 
「もう少しだから…がんばって」
「わかってる…ごめんなさい」
 
もう少し…それは確かだ。
敵を倒すことはできた。
後は…倒れずに、仲間達のもとに帰るだけ。
 
たぶん、大丈夫。
 
すっかり消耗したフランソワーズは、目も耳も満足に使えない状態になっていたが…
でも、微かにドルフィン号の気配を捉えていた。
 
ジョーは傷ついた足を必死に引きずり、フランソワーズを支え、歩き続けた。
少しでも早く、仲間達のもとに。
 
「ジョー…?」
「うん…?」
「あなた…サンタクロースに会ったこと…ある?」
「え?」
 
何を…言ってるんだろう?
 
しばらく考えて…ジョーは、あ、と声を上げそうになった。
そうか。
今日は。
 
「今日は…クリスマス…よね…ふふ、ごめんなさい…それどころじゃ…ないのに」
「…フランソワーズ」
「あのツリー…きれいだった」
 
夢見るような口調に、ジョーはハッとフランソワーズを見つめた。
 
「帰ったら…飾りましょうね…みんなと、一緒に」
「…うん」
 
覚えてるの…?君は…?
それとも…
 
「大丈夫よ…私には、サンタクロースがついていてくれるの」
「サンタクロース?」
「…ホントよ…私だけの…サンタクロース」
「会ったことが…あるの?」
 
からかうような、それでいてためらいがちな言葉に、フランソワーズは幸福そうに微笑んだ。
 
「…あるわ」
「フランソワーズ」
「でも…内緒…それ以上は内緒…よ」
 
その面影を追うように目を閉じたフランソワーズの頬に、ジョーはそっと口づけた。
 
「…ジョー」
「大丈夫…元気を出して」
「ええ…わかってる」
 
わかってるわ、大丈夫。
怖いものなんかない。
 
だって。
私にはいつも…あなたが。
 
あなたが、いてくれるもの。
 
更新日時:
2002/12/23

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Last updated: 2003/8/11