しぇすた
 
「ふ…ふえええええええええええ〜〜〜んんんっ!!!!!!」
 
凄まじい泣き声に、サイボーグたちは飛び上がった。
フランソワーズだ。
 
「な、なんだ…?どうした?」
「あ…ああああああっ!!!!!!」
 
突然大声を上げたジェットに、一斉に注目が集まる。
 
「なんだ?」
「…や…やべっ、忘れてた…かくれんぼしてたんだ、アイツと!」
「アイツ…って…フランソワーズと?!」
 
ピュンマが物凄い剣幕で居間を飛び出した。
他の者も慌てて後を追った。
 
普通の泣き声じゃない…!
何か怪我でもしたのか、フランソワーズ?!
 
ますます大きくなる泣き声は2階から。
ピュンマは一気に階段を駆け上がり、どの部屋かを確かめるゆとりもなくドアを押し破った。
 
「?!」
 
目の前の光景に固まったピュンマは次の瞬間、獣のようなうなり声を上げていた。
 
 
 
「お、落ち着け、ピュンマっ!!」
「放せ…放せぇっ!!殺してやる…殺し…!」
 
アルベルトは無言のまま、ピュンマのみぞおちに右の拳をめり込ませ、沈めた。
し…んとした部屋の中、ジェットにしがみついたフランソワーズのすすり泣きだけが響いていた。
 
「…とにかく…お前の言い分を聞こうじゃないか、ジョー」
 
床に座り込み、肩で息をしている少年に、アルベルトは冷ややかに言った。
 
「うまい言い訳がある…っていうのならな」
「…な…なんだよ、その…言い方…っ!ぼ、僕は…!」
 
アルベルトを目で抑え、グレートがジョーの傍らにしゃがみこんだ。
優しくその肩を叩く。
 
「まあ…とにかく落着こう、ジョー…俺たちだってな、お前さんの気持ちが全然わからない…ってわけじゃない」
「…だから!みんな、どうして僕の話を聞いてくれないんだよっ?!」
「話…ってな…そう言われても…」
 
グレートは口ごもった。
 
そこは、ジョーの寝室。
カーテンが閉ざされ、部屋は薄暗い。
床にはシャツやらジーンズやらが脱ぎ捨てられていて。
 
ピュンマが飛び込んだとき。
フランソワーズは火がついたように泣いていた。
ベッドの中で。
そして。
 
泣きわめくフランソワーズを押さえつけ、服を脱がそうとしていたジョーは、トランクス一枚の姿だった。
 
 
 
「僕だって驚いたよ、急に聞いたこともないスゴイ声で泣き出すから…まさか怪我でもと思って、それで確かめようとして…もっと泣かれるのはわかってたけど、そんなこと言ってる場合じゃないだろう?!万一のことがあったら…」
「じゃ…なんでお前…そんな格好で」
 
ジョーはグレートをキッと睨んだ。
 
「シャワーを浴びようとしてたんだ…ちょっと疲れたから、昼寝するつもりで…それで、カーテンを閉めて、バスルームに行こうとして…」
「お前って、部屋ん中で脱いじまうのか?」
「大きなお世話だよっ!…とにかく、服脱いでいたら、何か変な気配がするから…ベッドに…」
 
間違いない。何かが…いる。
ジョーは足音を忍ばせ、ベッドに近づき…さっとカバーと毛布をはらった。
次の瞬間。
凄まじい泣き声に度肝を抜かれ。
 
「大体…っ!どうしてフランソワーズが僕のベッドにいるんだよ?!」
「……あ」
 
グレートが片手で口を押え、アルベルトをのぞいた。
アルベルトも眉を寄せ、振り向いた…が。
既にジェットの姿はなかった。
 
「…かくれんぼ…か?」
「まぁいい…あいつには後でゆっくり話をつけることにして、だ…ジョー?」
「…な…なんだよ?」
「どこか、壊れちゃいないだろうな?」
「…たぶん」
「ピュンマにホンキで殴られたんだ、一応、博士に診てもらっておいた方がいいだろう…それともシャワー浴びて昼寝してからにするか?」
「……いい」
 
ぼそっとつぶやくと、ジョーは床に散らばった服を拾った。
 
 
 
その晩、ジョーは皆と一緒に食事をすることができなかった。
フランソワーズが、彼の姿を見ただけで怯え、逃げまどうので。
 
もちろん悪いのはジェットだと、誰もがわかっていたが。どうしようもない。
フランソワーズはピュンマにくっついて歩き、2階に上がるのも怖がった。
 
「いかんなあ…トラウマにならなきゃあいいが…」
「トラウマ…?」
「いや…もし、元に戻ったとき…」
 
ピュンマに抱かれて、やっと眠りについたフランソワーズを覗き込んでいたグレートは、素早くつっつかれ、ハッと振り向いた。
居間の戸口に、ジョーが立っている。
 
「大丈夫だよ、ジョー…よく寝ているから…昼間は…すまなかった。本当に」
 
ジョーはわずかに微笑み、ピュンマに首を振った。
 
「じゃ…ゴハン食べてくるよ」
「あ…ああ」
 
張々湖が作っておいたスープを温め直し、ガスの炎をぼんやり眺めながら、ジョーはため息をついた。
 
可哀想なことしちゃったな。
どんなに怖かったろう。
 
あんな薄暗い部屋の中で…目が覚めたら、誰よりコワイ僕に捕まってて。
きっと、自分がどうしてそこにいるのかなんて忘れてたはずだし。
 
でも…どうして君は僕がコワイんだろう。
 
もしかしたら…いや。
もしかしなくても。
 
スープがふきこぼれる音にジョーはハッと顔を上げた。
あたふた火を止め、鍋をおろす。
 
コンロを汚したらすぐ拭いておかないと叱られる。
張々湖大人や…フランソワーズに。
 
 
 
暖かい日だった。
天気もよく…誰からともなく、ちょっと出かけるか、ということになって。
もちろん、フランソワーズがいなければそんなことは誰も思いつかなかったのかもしれないけれど。
 
広々した野原を駆け回るフランソワーズ。
しゃがみこんで大事そうに小さい花を見つめるフランソワーズ。
張々湖の作ったお弁当をうれしげに食べるフランソワーズ。
 
彼女は期待を裏切ることなく、仲間達の間ではしゃぎ回った。
 
お弁当が終ったところで、ジェットが袋から赤いゴムまりを取り出した。
目をまん丸くするフランソワーズの頭をくしゃっと撫で、立ち上がる。
 
「ちょっと腹ごなしの運動しようぜ!」
 
仲間達は苦笑しながらも、立ち上がった。
ジョーをのぞいて。
 
ジョーはいつもにもまして物静かに、少し離れたところでじっとしていた。
完全に気配まで消していたあたり、さすが009というかなんというか。
 
立ち上がりかけたアルベルトがふと腰を下ろした。
 
「俺は…やめとこう…ちょっと一眠りしたいからな」
 
ジェットがもの言いたげに口を開きかけ…また閉じた。
ピュンマはアルベルトに目でうなずいた。
 
 
 
「気、つかわなくてよかったのに」
 
苦笑するジョーの額を、アルベルトはこづいた。
 
「お前こそいちいち気を回すな…だから疲れちまうんだ」
「…僕は、別に」
「コドモなんて…何を考えているんだかわかったもんじゃない…気にするな」
「アルベルト」
 
わかってる。
…でも。
 
「コドモだからわかる…ってこともあるんじゃないのかな」
「…何?」
「あの子には、わかるんだ…僕が…コワイ人なんだって」
 
ジョーはぼんやり青空を見上げた。
 
「フランソワーズが僕に優しくしてくれたのも…わかってたからだ、きっと」
「…わかっていた?」
「僕は…コワイ人なんだってこと」
 
やっぱりスゴイよな、フランソワーズって…
独り言のようにつぶやくジョーに、アルベルトは思い切り眉を寄せた。
 
「ぅわっ?!」
 
いきなり仰向けに突き倒されて、ジョーは大きく目を見開いた。
灰青色の目がじっと見下ろしている。
やがて。
革手袋に包まれた右手がそっとジョーの両目をふさいだ。
 
「…寝ろ」
「アルベルト」
「くだらんことを考えるより、寝た方がマシだ」
「くだらんこと…って…!」
「…くだらんことだ」
 
とりつくシマもない言い方に、ジョーは深く息をついた。
 
「…わかったよ」
 
 
数十分後。
はしゃぎ疲れたフランソワーズを肩に乗せ、戻ってきたジェロニモは立ち止まり、頬を僅かに緩めた。
首を傾げ、後ろから覗き込んだジェットが舌打ちする。
ピュンマも、苦笑しながらつぶやいた。
 
「あ〜あ、気持ちよさそうに…」
 
仲間達は足音を忍ばせつつ、眠るジョーとアルベルトの傍らに座った。
 
「オッさんまでなんだよ…ったく、やだね、年寄りは…」
「そう言うなって…僕たちも一休みしようか…なんか、眠くなってきた気がするよ」
「…これだけ気持ちよさそうに寝てるの見せつけられたらな」
 
めいめい勝手なことを言いつつ、草の上に寝ころぶ。
フランソワーズは、彼らの周りを迷うようにとことこ歩き回り…
…ジョーから一番遠くにいたジェットの隣に座り込んだ。
 
「よし、お前もここでお昼寝だ…来いよ」
 
ジェットに抱き寄せられ、頭を撫でられて、フランソワーズは小さくあくびをした。
 
 
 
ひんやりした風が頬を撫でた気がして…次の瞬間、素早くつっつかれ、ピュンマは飛び起きた。
 
「な…っ?!」
「しぃ…っ!」
 
人差し指を口の前に立て、ジェットが睨んでいる。
 
ジェット…こーゆー起こし方しといてそれはないだろう?
 
言葉をぐっと呑み込み、ピュンマは、目で「どうした?」と問いかけた。
ジェットは黙ったまま、アゴで少し離れた場所を示した。
仲間達もみんな体を起こし、黙って同じ場所を見ている。
 
…あ?!
 
ピュンマは大きく目を見開き、慌てて口元を押えた。
 
「馬鹿、笑うなよ…!俺たちだってガマンしてるんだ!」
 
グレートから奇妙な調子の脳波通信が飛ぶ。
 
「で、でも…どうして…キミがやったのか、ジェット?」
「まさか…!どうやったのか、こっちが聞きたいぜ!」
 
乱れ飛ぶ脳波通信は、すうすう眠りこけている茶色い髪の少年にだけは、用心深く閉ざされていた。
そして、その少年の胸にすがりつくようにして眠っているのは、亜麻色の髪の幼女。
あまつさえ、幼女の肩には…冷えた風から庇うように、少年の右手がそっとかけられていたりするわけで。
 
「私が最初に起きた時はもう、こうだったアルね…フランソワーズ、どうやって転がっていったアルかねえ?」
「神秘的ですらあるな」
 
…まったく。
 
「…どうする?」
「どうする…って、どうもこうも…起きたら、泣くだろうな」
「…うん」
 
泣くだろう。
それはもう、確実に。
 
「ジョーだけこっそり起こしてやるか?」
「そうだね…彼も、元気になるよ…こうやってフランソワーズが転がって来てくれたのを見たら」
「…俺たちのイタズラだとしか思わんだろう」
 
…あ。
ピュンマはまじまじとアルベルトを見つめ…
深く深くうなずいた。
…たしかに、そうだね。ジョーは、そういう子だ。
 
「困ったもんだな」
「困ったアルねえ…」
 
張々湖とグレートが顔を見合わせたとき。
もぞ、とフランソワーズが動いた。
 
青い目がぱっちり開き。
彼女は、密着している少年をまじまじと見つめた。
…全員が黙って両耳に指を突っ込んだ。
 
まだ眠り続けている茶色い髪の少年をのぞいて。
 
更新日時:
2003/02/02

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Last updated: 2003/8/11