5      謎の巨大怪獣(後編)
 
現れた怪獣は、しばらくじっと三人を探るように見つめ……また消えてしまった。
 
「…驚いたな。本当に現れた」
「うん。思ったとおりだ」
「どういうことなの、009?」
 
003に真剣な眼差しを向けられ、009はうーん、と苦笑した。
 
「どういうことかは…わからないよ。でも、これで、アイツが何のために現れるのかは…わかるかもしれない」
「009、まさか…アイツは僕たちの歌を聴くために現れた、とか言うつもりじゃないだろうな?」
「どうだろう。だが、アイツは腹をすかせていたのに、ものを食べようとはしなかった…ということは、餌を探しに来たんじゃなかった…ってことだ。それに、何かが原因で『迷子』になっているわけでもない。アイツは、自分の行きたい所に自由に移動できるらしい。今みたいにね」
 
なるほど、と008が手を打った。
 
「それで、こんな所で『実験』してみたんだな、009?」
「そういうことさ」
「でも…餌を探しているわけでもなくて、迷子になったわけでもないなら…一体、何のために現れるのかしら……」
「うん。それはむしろ、008の方が詳しいんじゃないかな」
「僕が…?」
「そうさ。アイツもつまり野生動物なんだ…って考えるなら…いつもいる場所ではないところに出かけるのは、どういう目的で、なんだろう?」
「なるほど…!そうか、食べ物が目的ではなく、迷子になったのでもない…のなら…」
 
じっと考え込む008を、009と003は辛抱強く待った。
…が。
やがて、008は息をついて大きく首を振った。
 
「でも……まさか、そんなことが…?」
「なあに…どういうこと、008?」
「いや…すまない、003。思いつくことはあるんだが、いくらなんでも非現実的なんだよ」
「008。この状況そのものがもう十分に非現実的だとは思わないか?…どんなことでも構わない、君の考えを話してほしいんだ」
「…009」
 
009の力強い視線を受け、008の表情から少しずつ迷いが消えていった。
 
「わかった。それじゃ、話そう…僕の考えを」
 
 
 
数日後。
村を取り囲むように待機していた兵隊たちは、一向に動く様子のない事態に疲れと苛立ちを見せ始めていた。
 
怪獣は現れない。
が、今後とも現れない、という証拠などないし、その正体も依然としてわからないままだ。
何の成果もない今の状態で、撤収することはできない…と司令官たちは思い詰めているようだった。
そんな軍隊と調査隊の様子を008はじっと観察していた。
 
一方、村の娘たちと親しくなった003は、この騒ぎで無理矢理中止させられてしまった「祭り」についての話をよく耳にしていた。
若い彼女たちは軍人達の理不尽さに不満を隠そうとせず、「祭り」がどんなに楽しいか、自分たちがそれをどんなに楽しみにしていたか…を、穏やかな聞き手である003に切々と語るのだった。
 
「彼女たちには悪いけれど、ソレを利用させてもらうのがいいな、やっぱり」
「009…でも、危険だわ。あんないい人たちがもしケガをするようなことになったら…」
「その心配はいらない。僕と008が必ず君たちを守ってみせる…だろ?」
 
008も頼もしくうなずいた。
 
「たしかに、危険がないわけではない。だが、苛々し始めたあいつらをこの村にずるずるおいておく方が、むしろ困ったことになるかもしれないんだ…全力を尽くすと約束するよ、003。勇気を出して、やってみよう」
「…わかったわ、008…009」
「大丈夫。絶対に君たちに危害を加えさせたりはしない。僕達サイボーグの誇りにかけても」
 
009はきっぱりと言った。
 
 
 
その夜は、満月だった。
 
月明かりの道を、003に率いられた村の娘たちがこっそり歩いていく。
彼女たちは思い思いに着飾り、楽しそうに目を輝かせていた。
 
「…こっちよ」
 
自分も華やかな衣装をまとった003は、向こうから同じように村の青年たちを率いてくる008の姿をとらえた。
村の中央の広場では、驚くべき速さで、009が簡素な舞台を組み上げている。
これなら、うまくいきそうだわ…と、003はほっと息をついた。
 
広場に着いた若者たちは、魔法のように組み上がった舞台に歓声を上げ、早速、もってきたランプをともしては、あちこちに吊し始めた。
娘たちは果物を広げ、青年たちは酒を広げた。
 
「さあ!…踊りましょう!」
 
003が舞台にとび上がり、楽しげな澄んだ声を放つ。
それが、始まりの合図だった。
きらめく光の中で、若者達は思い思いに楽器を鳴らし、歌い、踊り始めた。
 
(009、008!…軍が動き始めたわ!)
 
舞台の上で踊りながら周囲に目を配っていた003が、衣装の間に隠していた通信機で009たちに合図を送る。
 
(了解…!適当に足止めしておく。何が起きているか、まだそこのみんなには悟られないように。気を付けてくれよ)
(…わかったわ)
 
003は艶やかな笑みを若者たちに投げ、華やかに鈴を鳴らしながら踊った。
感嘆の声が上がる。
 
「この美しい夜に祝福を…!私たちの満月に祝福を…!」
 
003の凛とした声に、若者たちはどよめいた。
誰もが月を見上げ、踊り、声を放って歌っている。
周囲を気にする者はもはやいなかった。
 
 
一方。
広場の騒ぎに気づき、動き始めた軍隊を、008と009は、闇にまぎれて牽制し続けていた。
 
銃を構え、走る兵士達は、なぜか突然現れ続ける障害物に何度も転倒させられ、思うように進めず、苛立ちを募らせていた。
 
「おのれ、村の連中は何をやっているんだ、この非常時に!我々の命令を蔑ろにするにもほどがある!…えぇい、一人残らず検挙するのだ!抵抗する者がいたら射殺しても構わん!」
 
司令官は目を血走らせ、叫んだ。
 
 
 
突然、広場の端から鋭い悲鳴が上がった。
はっと振り向いた003は、ついにたどりついた兵士たちの、ぎらぎらした視線をとらえた。
 
「オマエたち、何をしているっ!全員手を挙げろっ!」
「アナタたちこそ、何なのっ?…ここは神聖な場所よ!」
 
天女のようにひらりと舞い降りた003の美しい目ににらみつけられ、兵士たちは一瞬ひるんだ…が、もちろん、それは一瞬だった。
 
「ふざけるな!…抵抗するなら…っ!」
 
銃声と悲鳴がたちまち広場を包んだ。
003は銃撃をかわしながら兵士たちに当て身をくらわせていく。
怯え、逃げまどう娘たちにも容赦なく銃口は向けられた…が、それらは瞬く間にはね飛ばされていった。
 
「003、大丈夫かっ?」
 
加速を解いた009に助け起こされ、003はしっかりとうなずいた。
が、はっと振り返ると、彼女は絶望的な声を上げた。
 
「ああっ!」
「どうした、003?!」
「…戦車よ…!こっちを狙って…撃ってくるわ!」
「なんだって!…まさか!」
 
広場の外で若者たちを誘導していた008も思わず叫んだ。
 
「しまった!…血迷ったな、司令官めっ!」
 
鈍く重い砲撃の音が村を揺るがせる。
009は堅く唇を噛み、加速して飛び上がると、迫る砲弾をひとつひとつ着実に撃ち落としていった。
しかし。
 
「ああっ!…チクショウっ!」
 
素早く振り返った009は、ひとつの砲弾が、弧を描いて村へと落下するのを認め、歯ぎしりした。
間に合わなかったのだ。
009は叫んだ。
 
「逃げろっ、逃げてくれ、003ーっ!」
 
 
飛んでくる砲弾を認めた003は、素早く着弾箇所を推定し、被害が及ぶ範囲を特定した。
幸い、もう人は誰もいない…と思った次の瞬間、彼女は大きく目を見開いた。
怯えきった一人の少女が逃げ遅れ、岩陰で震えている。
 
「危ないっ!」
 
何も考えられなかった。
003は少女に飛びつき、自分の体で覆うようにして庇った。
ほぼ同時に、頭上で炸裂音が響く。
 
「……っ?」
 
覚悟していた灼熱の炎が襲ってこないことに気づき、003はそろそろと顔を上げ…硬直した。
 
「なんだっ、アレは…?!」
「…怪獣…だっ!」
 
兵士たちが怯え、声を震わせる。
008と009も呆然と空を見上げた。
 
あの怪獣が、まるで砲弾を受け止めるようにして抱え込み、炎に包まれている。
そして。
人々が見つめる中、怪獣は炎とともに、声もなく消えていった。
 
 
 
「作戦終了」した軍が撤収すると、村は間もなく元の静けさを取り戻した。
空港へと向かうジープの中で、003がふとつぶやいた。
 
「あの怪獣は…無事に家に帰れたのかしら」
「…大丈夫さ。でも、きっと二度と現れないだろうな…あんなヒドイ目にあったんだから」
 
008が苦笑し、助手席の009に目配せした。
 
「…そうだな」
 
009もやや憂鬱そうにうなずいた。
 
怪獣は、要するに「遊びにきている」のだろう、というのが008の見解だった。
珍しいモノ…美しいモノ、楽しいモノを求めて、異世界を見物にきている。
どうしてかわからないが、あの村やサイボーグたちの歌を気に入ったのだろう、と008は考えていた。
 
だから。
思い切り楽しそうな場を作って怪獣をおびき寄せ、その上で何かがっかりするような思いをさせてやればいいんじゃないか…楽しいと思わなければ、怪獣は二度と現れないだろう…それが009たちの「作戦」だった。
一応、成功した、と言えるのだろう。
 
「子供だったのかもしれないわね…」
「え…アイツがかい?」
「ええ。だから、自分が恐れられていることに気づかなくて……あのときも、あの砲弾で自分が傷つくなんて考えず、ただ私たちを助けようとしてくれた」
「……」
「無事でいてくれれば…いいのだけど」
「確かめる方法は、たしかにないな…信じるしかない」
「…009」
 
009は穏やかな笑みを003に向けた。
 
「情けないけど、僕達人間には、まだそんなことぐらいしかできないんだ…でも、信じよう。アイツは無事に帰って…そして、いつかまた姿を見せてくれる。僕達人間も、アイツに信じてもらえるような存在に、いつかきっとなれる。そう信じよう」
「…ええ。そうね」
「ああ、そうだ…そのとおりだよ、009」
 
ジープはどこまでも続く荒れ地をひた走っていく。
やがて、重い沈黙を008が静かに破った。
 
「道は遠い。でも、僕達は諦めない。絶対に」
 
決意のこもったその声に、009と003は黙ってうなずいていた。
 
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