わすれがたみ



 4   七歳までは神のうち
2015.01.06 
 
 
学習机、ランドセル、文房具、体操服、上履き……。
 
日本の小学校って、こんなにたくさんのモノを揃えなければいけないのね……と、嘆息するフランソワーズのため、張々湖とグレートを始めとするどこか怪しいガイジンのオジさんたちは、文字通り世界中からそれらをかき集めてくるのだった。
 
そのひとつひとつに、説明会で聞いたとおり「しまむらじょう」の名前シールを貼っていく。
が、準備しなければならないのはそれだけではなかった。
 
島村丈・島村春子。
 
フランソワーズは研究所から送られてきた写真を手に取り、しばらく物思いに沈んだ。
イワンが作りあげた、ジョーの「両親」の痕跡。
 
イワンの話によると、ジョーの母親の名は実際に「春子」だったらしい。
彼女の形見となるようなものは何も残っていないというが、写真データを見つけることはできたので、それを元に、イワンとギルモアは何枚かの写真を作成した。
例えば、結婚式。それから、産まれたばかりのジョーを抱いた夫婦の記念写真。
 
「島村春子」は優しそうな美しい女性だった。
彼女が009と寄り添い、幸せそうに微笑むそれらの写真にフランソワーズの心が全く騒がないといえば嘘だったが、一方でこの二人を愛おしむ気持ちも自然にわき出てくる。
 
――ジョーを、私にまかせてください。
 
フランソワーズは祈るように写真の二人に語りかけた。
どこにもいなかった……いたかもしれなかった幸せな二人。
 
これが、ジョーの本当のお父さんとお母さんなのよ……と、フランソワーズがジョーに初めてその写真を見せたとき、マンションのリビングには、神妙な面持ちの張々湖とグレートが同席していた。
さすがに、一人で乗り切ることは難しいような気がしたのだった。
 
「ほんとうの……?」
「ええ。……この人がお父さん。しまむら、じょー。……あなたはお父さんの名前をもらったの。この人がお母さん。しまむら、はるこ」
「……」
「そして、ママは……二人のお友だちだったの」
「……」
「お父さんとお母さんは、本当にあなたをかわいがっていたのよ……ほら、ごらんなさい。これが、ジョー、赤ちゃんのあなた。かわいいでしょう?」  
「……」
「でも、お父さんとお母さんは、事故にあって、お亡くなりになってしまったわ。それで、私があなたのママになったのよ……わかる?」
「……」
 
黙り込むジョーに、張々湖とグレートは素早く目配せを交わした。
 
「つまり、だ。……君にはお母さんが二人もいるってことだよ、ジョー」
「……ふたり?」
「そうアルね!この写真のお母さんと、フランソワーズ。どっちもジョーの大事なママね!」
「どっちも……?じゃ、ママも、ぼくの本当のママでいいの?」
「……」
 
フランソワーズは邪険にジョーを抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめて涙を隠した。
 
「……もちろんよ、ジョー」
「そう、なの?……あー、よかったぁ……!」           
「いいなぁ、ジョーは……吾輩など、ママが一人もおらんのだよ……憐れではないかね?」
 
大げさに泣き真似をしながら、グレートが素早く涙を拭っていると、ジョーが慌てたように叫んだ。
 
「ダメだよ!ママは、僕だけのママだからね!」
「おやおや。だいじょぶね、わかってるアル……よーくわかってるアルよ、ジョー」
 
張々湖も笑いながら鼻をすすり上げた。
 
「両親」の写真は、ジョーのランドセルに大事にしまい込まれた。
彼が必要を感じたときは、いつでも取り出すことができるように。
 
 
入学式の日。
イワンをのぞくサイボーグたち……「おじさん」たちは久しぶりに集まり、思い思いの場所から、ジョーとフランソワーズを見守った。
そして、夜には「お祝い」の夕食会がにぎやかに張々湖飯店で開かれた。
大はしゃぎするジョーとともに大いに盛り上がりながらも、子供の前で泥酔するわけにはいかないだろうと、ほどほどのところでアルベルト、ジェロニモ、ピュンマは研究所へと引き上げていった。
 
「ジョーは、これからこの日本で、普通の人間として生きていくのね……」
 
たくさんのプレゼントに囲まれ、楽しそうな微笑を頬に残して、ソファですやすや眠るジョーを優しく見つめながらつぶやくフランソワーズのグラスに、グレートは控えめに紹興酒を注いだ。
 
「まぁ……難しいことはヌキだ。……今はこの子を愛し、この子の成長を素直に楽しもうではないか、マドモアゼル」
「ええ。……いつも、本当にありがとう」
「なんのなんの……しかし、これから少々忙しくなりそうだな、おぬしは。なんでも日本の小学校には、PTAとかいう保護者の組織があるとか……」
「そうね。うまくできるかどうかわからないけれど。でも、やらなくちゃ……せっかく、ジョーに本当のママって言ってもらえたんですもの」
「……そう、アルね」
 
これから……あなたは少しずつ、少しずつ私たちから遠ざかっていくんだわ。
あなたは、新しい世界に入っていく。
私の知らない世界……私がどこにもいない世界に。
それは、とても悲しいこと。
 
でも。
私が今、こんなに幸せなのも、あなたのおかげなのよ、ジョー。
 
だから、もう少し……もう少しだけ。
あと少しだけ、ここにいてちょうだいね。
 
あなたのママと……古い仲間たちの傍に。
 



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