3    10人目
 
 
少し休みなさい、と自分よりも遙かに心身共にすり減らしているはずの老人に言われた。
固辞しなければ、と思っても、その気力は残されていない。
 
そんな彼を、老人は痛ましそうに見つめ、優しく言った。
 
「ゆっくり休みなさい……そして、もし君が望むなら、すべてを忘れてしまうこともできる」
「……いい、え」
 
辛うじて首を振ることができた。
即座にそうしなければ、おそらく001が……あの赤ん坊が、自分の記憶を消してしまうだろう。
 
「忘れません。僕は……今見たものを、死ぬまで忘れません。僕、は……!」
 
いけない、と思うのに、涙が溢れる。
動揺してはいけない。
いくら言葉で平静を装ったとしても、態度がコレでは……いや、どのみち001には筒抜けなのだろうけれど。
 
「お願いです。記憶を消さないでください!……僕は、忘れない……忘れたくありません!」
 
涙が止まらない。
子供のようにしゃくりあげる自分の頭を、誰かが優しく抱きかかえている。
これは……00、3…?
 
――彼女も、サイボーグなのだ。
 
「いやだ!……忘れたくない!」
「……ごめんなさいね」
 
優しい声が耳をくすぐる。
次の瞬間、彼の意識は途絶えた。
 
「……すまんな、フランソワーズ」
「いいえ……可哀相なことをしてしまいました……ね」
「うむ。……イワンよ、頼んだぞ」
 
001を振り返ったギルモアと003は強いテレパシーに打たれ、思わず目を見張った。
 
『記憶は、消さない』
 
「001…?!」
「でも……」
『彼が、自分で望んだことだ』
「でも、イワン!……彼は本当は後悔しているわ。心の奥では……こんなに怯えて」
『うん。でも、それでも、彼は自分で望んだんだ』
「……僕も、001と同じ意見だ」
「ジョー……?」
 
それまで004の状態を無言でチェックし続けていた009が静かに言い、立ち上がった。
 
 
 
ボルテックスの奇跡を経て生身の体となり生還した004をサイボーグに「戻す」ためには、ひとつ、大きな障害があった。
もちろん、ギルモア研究所には不測の事態に備え、サイボーグたちがどんな状態になろうとも「再生」できるだけの設備とあらゆるパーツが常備されている。
 
004の「原爆」を除いて。
 
それは至極当然のことだった。
そのパーツについては本来「補充」する必要などあり得ないのだから。
 
そう、補充する必要などあり得ないのだと、ギルモアは懸命に主張した。
しかし。
 
それが装着されていなければ「004」ではない、と、アルベルトは頑なに言い続けた。
どんな説得も、その前には徒労だった。
 
「博士。俺は、今さらあなたを苦しめようと思っているわけではありません。ただ、俺が俺であるためには、アレが必要なんです。我が儘だということはわかっています。だが……」
 
あなたには、責任があるはずだ。
俺を俺にしたのは、あなたなのだから。
 
ついにギルモアは折れた。
といっても、ないものは、ない。
それについては、既に設計図も処分してしまっていたのだ。
なければ作るしかない、わけだが……。
 
手っ取り早く済ませるには、言うまでもないが、001の力を使えばよい。
……しかし。
ギルモアは苦悩の末、コズモに全てを打ち明けることにした。
 
「これから004に埋め込む原子爆弾は、もちろん、非合法な『核兵器』じゃ。我々は、それを容易に……ではないが、秘密裏のうちに作ることができる。そういうことが、我々にはできるのだ」
 
息をのむコズモに、ギルモアは言った。
 
「国際宇宙研究所は、我々を切り離すべきだ。我々は間もなく……004の手術の前に、ココを去るじゃろう」
「ギル、モア博士……!何をおっしゃるのですか!」
「よいかね、コズモ君。もう一度言おう。我々は、非合法な核兵器を作り、保有するのだ。君には我々を告発する義務がある。国際宇宙研究所の所長として」
「ばかな!……なぜそんなことをしなければならないのですか、ギルモア博士?004の体に原爆を仕込むなど……そもそも、そんなことをする必要は」
「……ある」
「ギルモア博士!」
「我々は、そういうモノたちなんじゃよ……コズモ君」
 
ギルモアのまなざしは、冷たく澄み通っていた。
その突き刺すような光に、コズモは言葉を失った。
 
そして、数日後。
「彼」がギルモア研究所の門を叩いた。
 
「はじめまして。僕は、アルフォンス・ティボーと言います。国際宇宙研究所の所員で、原子力エンジンの研究をしています。コズモ博士の紹介で参りました。僕を是非、004のオペに立ち会わせていただきたいのです」
「……君。自分が今言ったことが……それが、どういうことを意味しているか……わかっているのかい?」
 
まだ少年のように見える「彼」に、応対に出た009は思わず問いかけていた。
「彼」はしっかりうなずき、柔らかく微笑した。
 
 
 
「コズモ博士は……本当に僕たちと『心中』するつもりでいるんだろうか…」
 
ふとつぶやいたジョーに、フランソワーズは思わず微笑した。
 
「きっとそうね……だって、本当にそうなるところだったんですもの。でも……研究所の人たちまで巻き込んでしまうのは、やっぱり申し訳ない気がするわ……ティボーさん、あれでよかったのかしら」
「……心配かい?」
「ええ」
 
迷わずうなずく彼女に、ジョーは軽く肩をすくめた。
たしかに……004の手術に立ち会うことは、「彼」にとって想像を絶する過酷な経験だったにちがいない。
004を十分にわかっている……そして、同じモノでもあるはずの自分でさえ、そのボディーに鈍く光る「死神」の最終兵器を装着する瞬間には、僅かに指が震えたのだ。
 
「あの人は……004が『人間』であることをわかっていたわ。そして、その『人間』に死の兵器を埋め込むことの恐ろしさを……」
「……」
「でも、わかっているのに……怯えながらも、それができてしまう……そんな自分にも、彼は気づいたはずよ」
「フランソワーズ」
「あんまり、可哀相で。まだ……彼、20歳にもなっていないと聞いたわ」
「そうだったのか。優秀な人なんだな」
「やっぱり、イワンに頼んだ方がいいのではないかしら。私たち……あの人をこんな風に巻き込んでしまうのは……」
「ずいぶん、気にするんだね」
「……だって」
「君は彼に同情する義理なんてないはずだ」
「…ジョー?」
「君だけじゃない。僕たちはみんな、彼らの犠牲者だと言ってもいい。連中のうちごく僅かな人間が、ささやかな十字架を背負うとして、それを気に懸けてやる必要なんかないだろう?」
「ジョー…!何を言うの?」
 
大きく目を見開き、怯えたように首を振るフランソワーズにジョーはふと目を細め、表情を和らげた。
 
「……ジョー?」
「いや。君があんまり彼を心配するから、ちょっと妬いてみせたつもりだったんだけど……わかりにくかったかな?」
「まあ……ふざけないで!」
 
フランソワーズは耳まで赤く染め上げながら、楽しげに笑うジョーを恨めしそうに見上げた。
 
 
 
「――っ!」
 
思い切り悲鳴を上げたつもりだった……が、夢だったらしい。
飛び起きた「彼」は大きく肩を上下させ、深呼吸を繰り返した。
そして……
 
「……忘れて、ない……?」
『そうだよ、アルフォンス』
 
頭の中に呼びかけるのは、もちろん001だ。
「彼」は辺りを見回した……が、001は別室にいるらしい。
 
『君の記憶は消さない。君は忘れるわけにはいかないんだ。今日見たモノも……これから君が犯すだろう罪も』
「……うん」
 
そうだ。
罪、だ。
……でも。
 
「コズモ博士が、僕を選んでくれて……よかった」
『そうだね……僕たちも、君でよかったと思っている』
「……ありがとう」
『君は、009に似ている』
「……え?」
『そう言われても、うれしくないかな?』
「……」
 
どういう意味か、わからなかった。
最強のサイボーグ、009……身体だけでなく、その精神も、巨大な宇宙意志にのみこまれることはなかったのだという。
彼が、人類を……いや、宇宙を救ったのだ。
その彼と、自分とが……似ている、と言われても。
 
『僕が言うことじゃないけど、彼はそんな大層な人間じゃないよ、アルフォンス。彼だけじゃない、人間はみんなそうなんだ……強くて、もろくて、美しくて……醜い』
「001」
『罪を知り、罪を負うことに耐えうる者だけが、罪を贖うことができる。それだけのことなんだ……君がそうあろうとする限り、僕たちは君の仲間だ』
「……」
 
「彼」はただうなずいた。
涙が溢れそうになるのを懸命にこらえる。
泣いても、何にもならないのだから。
 
 
 
「お……っと!」
 
山のような郵便物をより分けていたジェットは、薄い封筒をつまみ上げ、にやっと笑った。
 
「……ん?」
「いや、いつもの……ラブレターだ、あんたにな」
「……ああ、ヤツか」
 
アルベルトは苦笑いしながら封筒を開き、さっと目を通した。
 
「なかなか、頑張っているじゃないか、坊や」
「今度は……どこだって?」
「スイスに移るらしい。新しい研究所の立ち上げスタッフになったんだと。忙しいこったな」
「そろそろココに招待してやったらどうだ?……この調子だと、尻尾振って飛んできやがるだろうぜ」
「そうかもしれんが……そんなヒマはないだろうよ。それに、俺たちも、いつまでこうしていられるもんだか……明日のことも当てにはならないんだからな」
「たしかにな……招待されて来てみたら、家はもぬけの殻、ってんじゃ笑えねえ」
 
――まあ、そういうことだ。
 
とりあえず明日は無事かもしれない。
それなら無事であるうちに返事を書いておこう、とアルベルトはペンを取った。
 
「親愛なるアルフォンス……」
 
いつものようにそう書き始め、ふとペンを止める。
ほんの数回、それもサイボーグ手術の直後に二言三言、言葉を交わしただけの彼だった。
思い出そうとしても、その輪郭はぼやけ、いつのまにか彼がよく知る、栗色の髪の青年の姿になってしまう。
 
 
それでいいのだろう、とアルベルトは思う。
それでも、オマエはこの世にいて……オマエの戦いを戦っているのだから。
 
俺たちはこの世にただ9人だけのサイボーグ戦士だ。
だが、10人目の仲間は……無数にいる。
 
そんなことを、時には信じてみたくなる。
 
 
 
 
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