みんなでいってみよう!
その1


BackIndexNext

5   新ゼロ
 
予感は、あった。
だから彼を避けていたのに……。
 
ゆっくりと波打ち際をあるくジョーから半歩遅れて、フランソワーズは今にも泣きそうな気持ちでいた。
散歩に行こう、と笑顔で誘われたとき、反射的に断ろうとしたのだけれど、空に広がる夕焼けのあまりの美しさに心が鈍った。
 
いずれにしろ、彼は思いを通そうとするのだろう。いつものように。そうすれば、自分は彼に逆らえない。
だったら、今……せめて、この美しい時を心に焼き付けておかなければ。
フランソワーズは何度も自分に言い聞かせていた。
 
ふと、ジョーが足をとめた。だから、フランソワーズも足を止める。
 
「フランソワーズ。聞いてくれ」
「……」
「今度の戦いは、これまでとは違う……それは、わかっているね」
「……」
 
彼は振り返らないままで続ける。だから、フランソワーズも答えない。
 
「いろいろ考えて出した結論だ……君は、ここに残ってほしい」
「……」
「……フランソワーズ…?」
 
けげんそうに振り返ったジョーは、フランソワーズが自分を見ていないことに気づいた。
彼女はジョーの後ろ、遠く沈む夕日を見つめていた。
 
「……きれいだわ」
「……ああ」
「これが、最後の夕日」
「フランソワーズ……?」
 
出発までまだ若干の日数を残している。
彼女が何を言おうとしているのかわからず、ジョーが戸惑っていると、フランソワーズはふっと微笑した。
 
「ジョー……目を閉じて」
「フランソワーズ?」
「……お願い」
 
深い湖のような瞳にとらえられ、身動きできないような錯覚に陥りながら、ジョーは言われるままに目を閉じた。
次の瞬間。
 
「――っ?!」
 
焼け付くような痛みを頬に感じると同時に、不意をくらってジョーは砂浜に倒れ込んだ。
 
「……フ、ラン……?」
「さようなら、ジョー」
 
夕日の中で儚く微笑むと、フランソワーズは軽やかに身を翻し、駆けていった。
しばらく呆然と座り込んでいたジョーは、やがてはっと顔を上げ、砂を蹴って走った。
 
「待て!……どうする気だ、フランソワーズっ!」
 
不吉な予感が胸をしめつける。
呼吸がうまくできず、ジョーはあえいだ。
 
小さな足跡が砂浜に点々と伸び……やがてそれは、研究所へ戻る道とは逆の方角へと折れた。その先には、切り立った崖がそびえている。
まさか、と見上げたとき。
 
崖から白鳥が舞った。
 
「――加速、装置…っ!」
 
 
数秒後、ジョーは全身に波飛沫を浴びながら、受け止めたフランソワーズを堅く抱きしめ、震えていた。
もともと白い彼女の頬は、完全に血の気を失って、紙のようになっている。
間に合った……ことは間違いない。彼女は、気を失っているだけだ。そうとわかっていても、震えが止まらない。
 
「どう、して……どうして、君は……!」
「ジョー……?」
「フランソワーズっ!」
 
怒気を含んだ声を叩き付けた。そうせずにはいられない。
が、フランソワーズはそんなジョーの頬にそっと手をやり、微笑するのだった。
 
「何もかもわかっていたくせに……どうして、そんなに震えているの?」
「君は、何を……」
「ジョーは、意気地なしね」
「…………」
「仕方ないわ……今は待ってあげる。あなたたちが旅立つ日まで」
「フランソワーズ!」
「怖がらなくていいのよ、ジョー……だって、あなたはもう帰らないつもりでいるんでしょう?それなら、信じていればいいわ、最後の日まで……私が、ここで生きていると……あなたたちを忘れて、幸せに生きていると」
「……フランソワーズ」
 
夕日が最後の光を水平線に投げ、沈んでいくのを、フランソワーズはジョーの肩越しに見つめた。
 
「あなたたちも死ぬのなら、きっとまたすぐに会えるもの。大したことではないわ……私たち、いつも一緒にいたわけではなかったわね……だから、今度だって」
「……誰が」
 
うなるような声に、フランソワーズはふと口を噤んだ。
 
「誰が、死ぬと言った…?!始めから死ぬつもりなら、戦いになど行くものか!」
「……」
「僕を、見くびるな、フランソワーズ……!」
 
長い沈黙が落ちた。
水平線の淡い光はみるみるうちに消え、辺りが深い夕闇に沈み始める。
ふとフランソワーズがつぶやいた。
 
「ごめんなさい」
「……」
「ごめんなさい、ジョー……もう、帰らなくちゃ。みんなが心配するわ……離して…?」
「……」
 
離すことなどできない。できるものか。
ただ、それだけのことじゃないか。
ずっと、わかっていたはずだったのに。
 
僕は……馬鹿だ。
 
ジョーは唇を噛みしめ、フランソワーズを抱きしめる腕に力をこめた。
 


| ホーム | 超銀礼賛 | みんなでいってみよう! その1 | みんなでいってみよう! その2 | 母をたずねて三千里 | I.S.L. |