2    はじまり
 
 
その日。
悪夢がどのように始まったのか、知る者はいなかった。
それがどんな悪夢だったのかも、誰にもわからない。
 
彼らが感知できたのは、突然のすさまじい轟音のみで、それが全てだった。
そして、彼らは悪夢が確かにそこに存在したのだということと、全てが終わってしまったのだということだけを思い知らされていた。
 
「コズモ博士っ!…001!……003!」
 
めちゃくちゃに破壊され、崩れた壁のがれきをむやみに掻き分け、009はただ叫び続けた。その取り乱した様子は捜索しているとは到底いえず、もちろんそんな彼の姿を見たことがある者も誰もいなかった。
 
「……っ!待て、009!」
「ジェロ……ニモ?」
「その……下、だ」
「――っ!」
 
はっと息をのんだ009は、次の瞬間嘘のように平静を取り戻し、005が周囲のがれきが崩れてこないようにしっかり支えているのを確認してから、横倒しになったソファをそっとどかしていった。
……そして。
 
「……001…!」
 
悲鳴のような叫びに、サイボーグたちは一斉に振り返った。
 
「いたのかっ?!」
「001、アルか?!」
「無事……なんだろうな?!」
 
口々に叫びながら駆け寄る仲間達の前で、009はそうっと眠る001を抱き上げた。
呼吸、脈拍とも正常なのを確かめ、思わず息をつく。
 
「……ったく。よく寝ていられるぜ、この状況で」
「よ、よかった……アル……」
 
へなへなと006がその場に座り込んだ。
いや。
よかった……わけではない。
 
「駄目だ、コズモ博士と003は……見つからない」
 
遺体も……と言いかけた008は、009をちらっと見やると口を噤んだ。
 
「ということは……拉致、されたと考えるべきだろうな」
 
004が苦々しげにつぶやいた。
 
 
 
サバの父親、コルビン博士は、ボルテックス理論を完成させたことにより、ゾアに拉致されたのだという。
それならば、コズモ博士も同じように拉致されたのだと考えられる。
問題は、003だった。
 
部屋には夥しい血の痕があった。
ギルモアが解析した結果、003のものであるということがわかった。
 
「003は、偶然、コズモ博士と001の傍にいた。……おそらく彼女は、二人を守ろうとして戦い、傷を負った……そこまでは簡単に推測できる。わからないのは、その後だ」
「ウム……これだけ失血しておれば、おそらく……極めて危険な状態じゃったはずじゃ。彼らは、なぜそんな彼女をわざわざ連れ去ったのか……」
 
『僕と、間違えたんだよ……たぶんね』
「001?」
「目を覚ましたのか!」
 
001はふわりと浮かび上がった。
 
『少しなら……残留思念を追うことができる……混乱しているけど』
 
サイボーグたちは微かに発光する001を息を詰めるようにして見守った。
 
『彼らは、僕とコズモ博士を拉致するつもりだった……襲撃に003が気づいた。一瞬早く。彼女は爆風で飛ばされながら、咄嗟に僕をがれきと家具の隙間に隠し、彼らの、攻撃を……』
 
不意に001は喉をつまらせ、身をよじりながら苦しげにあえいだ。
005は黙って両手を伸ばし、001を抱き取ると優しく背を撫でてやった。
 
『彼女は、僕を……庇って、銃撃を受けた。……それ、から……001だな、と問われ、うなずいた……彼女……は…!』
「わかった……もういい、001……ありがとう」
『00……9……すまない』
「謝るのは僕たちの方だ……君の大事なママを守れなかった……許してくれ」
 
009は静かに拳を握りしめ、うつむいた。
 
 
 
一刻の猶予もならない。
サイボーグたちは、襲撃の翌朝、イシュメールを発進させた。
 
武装強化や整備はまだ完了していなかったが、航行中に続行することとなった。
何より心強いのは001が覚醒していることだ。
 
「二人は、ゾアの本拠地、カデッツ要塞星へ連れて行かれるものと思われます」
 
サバが、噛みしめるような口調で説明する。
彼もまた、父親を連れ去られているのだ。
少年の彼にとってそれがどれほどの痛みであるのか……今さらながら、サイボーグたちは思い知っていた。
 
「003は重い傷を負っているでしょうが、それはむしろ幸運であるかもしれません」
「……どういうことだ?」
「はい。彼女は001と間違えてさらわれました。その間違いが発覚するまで、命を奪われることは絶対にありません。彼女は、未知の超能力を持つ異星人として扱われているでしょう。少なくとも……意識を取り戻すまでは」
「なるほど。傷が重ければ、それだけ時間がかせげるということか」
「そうです。それに、彼女がその傷によって命を落とすこともありえません。彼らの医療技術は大変すぐれていますし……そもそも、助からないものなら、あの現場においていったでしょう。001はゾアが求めるボルテックスに直接つながる存在ではなく、地球人を知るための……サンプルのようなものだったはずですから」
「よくわかった、サバ……ありがとう。それなら、僕たちは一刻も早く彼らに追いつき、取り戻すだけだ。君のお父さんと……コズモ博士と、003を」
「はい!……009、まず月に向かいましょう」
「月……?」
「そこに、彼らの基地が……おそらく仮設のものでしょうが……あるはずです」
「003たち、そこにいる……ってことアルか?」
「……可能性は、とても低いです……でも、手がかりが、もしかしたら……」
「もちろん、行くとも……本当にありがとう、サバ」
 
009はサバの右手をぐっと握り、微笑した。
襲撃以来、初めて見せる笑顔だった。
 
――やっぱり君は強い、009。
 
001はひそかに小さな手を握りしめた。
のぞいてみるまでもなく、今、009の心には嵐が吹き荒れているだろう。
それなのに彼は、笑うのだ。
いつものように、穏やかに……優しく。
 
――僕だって…!
 
絶対に諦めない。
 
001はそう心に誓った。
たとえ、あらゆるデータが、他ならぬ自分の頭脳がはじき出す結果が、ことごとく絶望しか示さなかったとしても。
僕は、絶対に諦めない。
 
009、君が諦めないのなら……僕だって。
 
「これより戦闘態勢に入る。目標は……月基地!」
「了解!」
 
クリスタルの機体が微かに震えた。
月基地へ。
 
それは、果てが見えない戦いの始まりだった。
 


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