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予想していたとおり、月には基地が……正確にいうと、月基地の残骸があった。
 
ゼロゼロナンバーサイボーグは、もともと宇宙空間における戦闘を想定して開発されている。とはいえ、当然だが、実際に宇宙空間に出たことのあるメンバーはいなかった。
 
「とにかく降りよう。これからのことを考えても、宇宙船から出ないですむはずがない……まず、僕が行く」
「待て、009……!」
「僕は『最新型』だろ?……僕にできないなら、他の誰にも無理だ」
「009……イシュメールには船外活動用のスーツがあります。まず、それを着た方が……」
「ありがとう、サバ……でも、あれを着た状態では、戦えない。それでは意味がないんだ」
「慎重にいけよ、009。出発した、と思ったトコロにトラブルが発生したから帰ってきました……なんて、さすがにみっともねえ」
 
002が眉をひそめた。たしかに、地球を出発してからまだほんの数分といったところなのだ。
 
 
 
自爆装置でもあったのか、戦艦によって爆破されたのかはわからないが、巨大なクレーターの底には、見たことのない奇妙な……そして明らかに人工物であろうモノが散乱していた。
始めに降り立った009のバイタルに何も問題がないことを確認すると、サイボーグたちも次々に船を下り、彼のもとに集まった。
 
「手がかり、なし……か」
「あるとしても、きっと僕たちにはわからないだろうね、これでは……だが、当てずっぽうでもいいから、目についたモノを拾って行こう。できれば、イシュメール……コマダー星の文明とは異質であるようなモノを選んで」
 
008の言葉に、サイボーグたちはうなずき、思い思いに歩き始めた。
それほど時間をかけるわけにはいかないし、危険なモノを船内に持ち込む結果になってもまずい。
再集合すると、彼らはそれぞれが両手にもってきたモノを照合し合い、船外活動用スーツに身を包んで降りてきたサバの意見を聞きながらどれを持ち帰るかを決めることにした。
 
「一番の心配は、僕たちの健康を阻害するような物質や放射線が含まれていないか、ということですが……その心配はないモノと思われます。ただ……」
 
サバは残念そうにうつむいた。
精査してみないと確かなことは言えないが、ざっと見たところ、集めることができたのはごくありふれた廃材にすぎないようだ、と言う。
 
「まあ……当たり前、だな。始めから使い捨てる予定で作った基地だろう……それに、見たところ、基地、というほどのモノでもなかったらしい」
「ああ。要するに俺たちだって、イシュメールさえあれば、こうして基地なんざなくともココで動けるわけだ。基地といっても、要は、戦艦の集合場所っつーか、目印みたいなモノだったんだろうからな」
「それじゃ、引き上げよう……ウ?」
 
009が何気なく手にとっていた小さな金属の破片が、不意に宙に浮かんだ。
思わず身を堅くした彼らだったが、次の瞬間、001のテレパシーが届き、ほっと息をついた。
 
「どうした、001…!脅かすんじゃねーよ!」
『003だ……!』
「何?!」
 
009がはっと息をのみ、浮かんでいる破片をまじまじと見つめた。
続けて、力強いテレパシーが全員を打った。
 
『彼女は……生きているよ、009!』
 
 
 
イシュメールに戻ると、サバは早速その金属片を丁寧に解析した。
その結果、どうやらそれが使用済みの医療器具のようなもの……らしい、ということがわかった。
 
「似たモノが、コマダー星でも用いられていました。非常に危険な状態の患者にのみ使うモノで、短時間で使い捨てる仕様になっています」
『間違いない。これは、003に使われたモノだ。彼女はやはり彼らから手厚い治療を受けているということだね』
「で、でも……どうしてコレを見ただけで、そんなことまでわかるんですか、001?」
 
不安そうなサバの肩を叩き、007は笑った。
 
「そこんトコはな、我輩たちにもサーッパリわからんのだよ、サバ。この御仁とは相当長いつきあいになるんだが、それでも、なァ?」
「たしかにわからないアルね……でも、心配ないアル。001が間違ったこと、今まで一度もなかったからネ……ほんとによかったヨ」
「そう……ですか」
「サバ、これ以上解析する必要がないのなら……それ、もらっていってもいいかい?」
「ええ、もちろんです、009」
 
笑顔になったサバから破片を受け取り、愛おしげにそれを握りしめた009は、その手を001の前でゆっくり開いた。
 
「これは、君が持っていたまえ」
『009……?』
「それが一番いい」
 
001は一瞬絶句するように身じろぎすると、ふ、と横を向いた。
 
『僕に、そういう感傷は必要ない。それが彼女を思わせると感じるなら、君が持っているといい、009』
「……そう言うと思っていたよ、イワン」
 
009は笑いながら破片をクーファンに素早く滑り込ませると、001の柔らかい頬をそっとつついた。
 
「でもね。きっと、長いつらい旅になる。君が眠りの時間に入ることもあるだろうし、僕たちが君のことをいつも気に懸けていられるとは限らない。……これは、そんなとき、きっと君を守ってくれる」
『009、だからそれは君の』
「そう、僕の感傷だ……付き合ってくれてもいいだろう?」
 
返事はなかった。
やがて、クーファンがふわりと浮かび上がり、消えた。
008がやれやれ、と苦笑いしながら、いいのかい……?と009を振り返った。
 
「彼女を感じ取った001はさすがだが、そもそもソレを拾い上げた君の勘もスゴイんじゃないかと僕は思うけどね、009」
「……偶然さ。でも、少なくとも、幸運であることは間違いない」
「偶然でも必然でもかまわん。幸先がいい、ってことにしておこうぜ?」
 
004が009の背を力強く叩いた。
 
 
 
こんな破片が彼女の代わりになるはずがない。
僕が欲しいのは……
 
不意に呼吸が苦しくなったような気がして、001は喘いだ。
さっき、009に頬を優しくつつかれた感触が蘇る。
彼女にもよくそうやってつつかれた。
それは、はっとするほどよく似た感触で。
 
――そんなこと言ってはダメよ、イワン!
――まあ、生意気ね!
――おやすみなさい……私の、いい子ちゃん。
 
フランソワーズ、と仲間たちのように唇を動かしてみようとした。が、赤ん坊の体で、それはままならないことだ。
自分にもようよう発音できるのは……
 
「……マ……マ」
 
暗い部屋に微かな声が吸い込まれる。
001は何度も……何度も繰り返し、唇を動かし続けた。
 


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