原作(後期)
 
 
「お願いです、ジョー……!この星に、残ってください!」
「……タマラ」
 
そういうようなことを言われるのは初めてではない。
そして、そういうようなときのことを思い出してみると……あまりよい予感はしないのだった。
009はそっとタマラの体を押しやり、言った。
 
「君の手助けをしたいとは……思う。でも」
「……でも?」
「僕には使命がある。君にも……そうだろう、タマラ?」
「……」
 
そんなことは彼女にもわかっているはずだった。
だからこそ、彼女は助けを求めているのだ。
それでも……と009が深呼吸した、そのとき。
 
「ジョー……!」
「……003?」
 
微かにだったが、003の呼ぶ声が聞こえた。
なかなか戻らない自分を心配して探しにきたのだろう。
……というか。
 
本当に心配して本気で探しているのなら、もう見つけているはずだ。
ということは、本気で探しているわけではない…ということで。
彼女は、たまにそうやって「フツウに」ジョーを探すことがある。
もちろん、有事のときではない。
 
「何か、あったのでしょうか?」
「いや」
 
009は即座に首を振った。
003がこんなノンキなやり方で009を探しているのだから、むしろ何もないのだと考えた方が いい。
そう説明しようとしたとき、タマラがふと寂しげに微笑した。
 
「……わかりました」
「タマラ……?」
「あなたには……もう大切なかたがいらっしゃるのですね」
「え……?!」
 
それは、つまり……と考えるまでもなく、さすがの009も、彼女が言わんとしていることはわか った。
つまり……タマラは、003を彼の恋人というか伴侶というか、そういったモノであるのだろう、 と言っているらしい。
 
しかし。
しかし、それは……
 
「……違うのですか?」
「え……いや。その」
 
いぶかしげに見上げるタマラの澄んだ瞳に、009はますますうろたえた。
タマラの指摘に、大きな間違いはない……のかもしれない。
実のところ、003が自分の恋人なり伴侶なり……であるかどうかと問われれば、きっぱりそうだ と言い切ることはできない。
しかし、それでは彼女は他人なのか、あるいは、他のゼロゼロナンバーたちと同じ「仲間」なのか と問われたら、そうではない、ときっぱり言い切れる、と思う。
 
というか、問題はそこではない。
問題は……003が自分の何であろうとなかろうと、今、タマラの申し出を断ることとソレとは関係ない。関係ある、と思われてしまうのは心外だという気がする。
 
「……おかしなかた」
「……」
「でも、それが賢明ですわ、ジョー」
 
タマラの瞳は不思議な色を湛えていた。
その美しさに思わず引き寄せられながら、彼女がエスパーであることを、009はぼんやりと思い出していた。
 
「ええ。……私には、あなたの心がわかります」
「タマラ……?」
「もし、あのひとのためにあなたがここに残れないのなら……あのひとがいなくなればいい、ということですわね」
「――っ!」
「まあ。……こわい顔」
「……タマラ」
「でも、そんな顔をなさっても、わたくしは恐ろしくありませんわ、ジョー」
「君は、何を……タマラ?!」
 
タマラはふっと姿を消した。
一瞬、呆然と立ちつくしていた009は、ほどなく細い少女の悲鳴を聞き、ぎくりと顔を上げた。
 
「フランソワーズ!……やめろ、タマラ!……彼女は、違う!」
 
 
 
003は、足を滑らせて転んだだけだ、と何度も言わなければならなかった。
何度言おうと、009が腕を緩めようとしなかったから。
 
「ジョー……本当にどうしたの、ジョー?……見て、けがなんてしていないのよ?」
「……フランソワーズ」
「そんなに大きな声を出してしまったかしら……ごめんなさいね」
「……」
「私が悪かったわ、すっかり油断して……一人で出歩いたりして」
「……」
「ね、ジョー……何か、あったの…?」
「……ごめん」
 
彼女の言うことは本当だととっくにわかっている。それでも、体の震えが止まらなかった。
タマラが姿を消す瞬間……確かに、感じたのだ。
サイボーグとなってから幾度となく向けられ、今では体が覚え込んでいる……凍てつくような殺意 を。
 
――このひとは……フランソワーズは、違うんだ、タマラ!
 
009は003を抱きしめたまま、何度となく心で叫んだ。
その叫びをタマラが聞いているかどうか……聞いていたとして、信じるかどうか、それはわからな かったけれど。
 
――僕は、この星に残らない。僕には使命があるからだ。
――君の力になりたいと思う。でも、それはできない。
――彼女のせいではない。彼女は、何も関係ない!
 
「なんて……まっすぐな人。まっすぐで、優しくて、強くて……愚かで」
 
タマラは力なく首を振り、うつむいた。
いけない、と思っても、気づくと009の思念を追ってしまっている。
彼がこの星に降り立ったときから。
 
「憎んでくだされば、よかったのに……」
 
やがて、烈しく揺れ動く彼の心の奥でほのかに見え隠れする暗い影に、タマラは気づいた。
それをじっと見つめ……ほどなく、彼女は深い息をついた。
 
「わたくしも……遠からず、あなたの悲しみとなるさだめなのでしょうか」
 
 
 
009が一人でやってきたことを素早く確かめると、タマラは優雅な仕草で立ち上がり、一礼した。
 
「よく、おいでくださいましたわ、ジョー……もうお会いしていただけないかと思っていました」
「君にお礼も言わずに……ここを飛び立つわけにはいかないから」
「そう……ですね」
「……タマラ。僕は」
 
真剣な眼差しで口を開こうとした009を押しとどめ、タマラは微笑した。
 
「いいえ、何もおっしゃらないでください……あなたにこの星にとどまっていただけない本当の理由は、わかっていますから」
「……」
「わたくし、あなたにひどい意地悪をしましたわね……許してください」
「それは、違う……君は、何も」
「それでも……最後に、ひとつだけ……お願いをしたくて、お呼びしたのです。とどまっていただけないのなら……せめて」
「……タマラ?」
 
――僕に、できることなら……!
 
じっとうつむいていたタマラは、009の強い思念に励まされたように静かに顔を上げた。
 
「せめて……わたくしに、あなたの子どもを……残していただきたいのです」
「……子ど…も?」
 
きょとん、とする009の両手を握りしめ、タマラは彼の瞳を見つめた。
やがて、009は大きく目を見開き、タマラをまじまじと見つめ返していた。
 
「子ども……って。僕……の?……君、と?」
「はい」
「……どう、やって……」
 
つぶやくと同時に、009の顔はみるみる真っ赤になっていった。
思わず目をそらそうとする彼に、タマラは叫ぶように言った。
 
「お願いです、ジョー……!私を……助けて!」
「タ……タマラ?」
「わたくしは……わたくしは……!」
 
それ以上は言葉にならず、タマラは009にすがりつき、唇を重ねた。
咄嗟に振り払おうとした009は、指先につめたいものを感じ、ハッと動きを止めた。
タマラの頬に、とめどなく涙が流れている。
 
――寂しい……寂しいのです。
――わたくしを一人にしないで。
――助けて、ジョー…!
 
「タマラ、僕は……!」
 
我に返ったように009が顔を上げ、おぼえずタマラの両肩を強くつかんだ瞬間。
 
すさまじい轟音が、とどろいた。
 
 
 
 
 
どうして、不吉な予感はいつもあたるのだろう。
タマラの亡骸を抱き上げ、009は焦土と化した町を呆然と見渡した。
 
――もしかしたら、タマラ。君は……こうなると知っていたのか?
 
答はない。
やりきれない思いをかみ殺し、振り返ると、仲間たちが痛ましそうに見つめている。
その中にあるはずの澄んだ青い瞳を見返す勇気が今はなかった。
 
 
「許さない……ダガス軍団……!」
 
009は絞り出すように、それだけを言った。
それだけが、嘘もごまかしもないまっすぐな思いだったから。
 
 
――憎んでくだされば、よかったのに。
 
 
ふと、微かな声が聞こえた気がした。
風の音のようにも聞こえた。
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