旧ゼロ
 
「どうだい、003?……アニキたち、うまくやってる?」
「よく……わからないわ。でも、そんなにすぐに見つかるものではないでしょう?町のようなものも……近くにはないようだし」
「あーあ、それじゃ、ドロドロ・クリキントンだっけ?見つかるのなんて、いつになるかわからないじゃないかー!」
「ハイドロ・クリスタル、よ」
「なんでもいいよー。だいたい、見知らぬ星に下りて探索しようってときにさ、003のアネゴとおいらを連れていかないなんて、どうかしてるんじゃないの、アニキは?」
「まだそんなこと言ってるの、007ったら。009は、どんな危険があるかわからないから、私たちをここに置いていったのよ。それに、私の眼と耳はどこにいてもちゃーんと役に立てるもの」
「ちぇっ!なんだいなんだい……いいさ、そんならオイラだって!」
 
いきなり小さい虫に姿を変えた007を003はぱっと指先でつまみ上げた。
 
「いててててて!なんだよう、放せ、放しやがれーーー!」
「駄目よ、こっそりついていくなんて!ここで待ってろ、命令だって言われたでしょ、忘れたの?」
「おぼえてるともさ。ちっくしょー!そっちこそ、おぼえてろな、アニキー!」
 
じたばたもがきながら007は叫んだ。
 
 
 
「ハックショ!…やれやれ、きっと007がアタシの悪口言ってるアルねこれは!」
「はは、悔しがっていたもんなあ、アイツ」
「気持ちはわかるけど、やっぱり子どもには危険すぎるからな……まあ、003も置いてきたから、彼女がうまく機嫌をとってくれているはずさ」
「おいおい009、まさか、そのために超一級レーダーの003を置いてきたのか?ずいぶんと贅沢な戦力の使い方だな」
「なーに、相手は動かない鉱物だぜ。003は安全なイシュメールの中から探索しても問題ないさ。そういうことだろ、009?」
「そういうこと。ハイドロ・クリスタルそのものの探索なら、彼女に任せておいてもいいんだ。僕たちは、その手がかりになりそうな……この星の文明社会につながる手がかりを探すのさ」
「文明社会……ねぇ?」
 
周囲の密林をぐるっと見渡し、002はぼやくようにつぶやいた。
そのとき、漠然と前方を見ていた008が不意に目をすがめ、耳をすますような仕草を見せた。
 
「どうした、008?!」
「文明かどうかはわからないが……どうやら、妙にキレイな生き物がいるぜ?」
「キレイな……?…あ!」
「ほう?」
「ひょーっ!可愛らしいアル…!猫アルかね、犬アルかね?」
 
やがて、サイボーグたちの目の前に、警戒する様子もなく、真っ白な小動物が姿を現した。
ふさふさと長い毛は雪のように白く、羽のように軽くなめらかな光沢を放っている。
踊るような仕草で跳ねるたび、くるくると巻いた毛先が柔らかな曲線を描いた。
 
「ずいぶん、人に慣れているな……008、どう思う?」
「うん。野生の動物という感じじゃないね」
「ペットか……と、いうことは、つまり……」
「文明の手がかり、か?だが、ずいぶんと都合のいい展開じゃねえか」
「たしかに……罠、かもしれないな。しかし」
「罠も手がかりのひとつアルよ!それに、このまま手ぶらで帰ったら、007がウルサイねえ!」
「よし、それじゃ……ここはのってみるか。おい、君……君のご主人のところに僕たちを案内してくれるかい?」
 
009が話しかけると小動物は、うなずくような仕草を見せ、かけていった。
後を追い始めたサイボーグたちの背中をしばし見送り、腕組みをしていた004も、やがて小さく舌打ちをすると、走り出した。
 
 
 
――やはり、くるか。面白くなってきたな。ファンタリオンの女王よ。
 
どこからともなく響く声に、女王、と呼ばれたまだ少女のような美しい女性はまったく反応しなかった。
 
――それにしても、けなげなものだ。主人を救うために必死ではないか。オマエが人間の我らよりあのケダモノを信用するのもうなずけないではない。
 
「あなたがたは、人間などではありません。ケダモノですらないわ。残酷な……悪魔!」
 
ようやく、女王はそれだけを言った。
冷たい、しかし澄んだ美しい声だった。
 
――なるほど。だが、今やオマエもその悪魔の手先となっているのだぞ、女王タマラ。久しぶりの獲物だ、じっくりと見物を楽しむがいい。どこまでたどりつけるかな?…そうだ、いいことを教えてやろう。ヤツらは、地球という辺境の星から、身の程知らずにも我々に反旗を翻した馬鹿者どもだ。ゾアさまの船団をもって宇宙の藻屑とするのも、戦力が惜しい。この宇宙のゴミ溜め、ファンタリオン星にたたき落とし、じわじわと自滅するのが分相応というものだ。
 
女王タマラは再び石のような沈黙に帰り、見ろと言われたクリスタルの壁面を無表情のまま見つめた。
赤い服を着た男たちが、彼女の親友……ピララの後を追って走っている。
まもなく彼らもここにたどり着くだろう。この……悪魔の城に。
これまで何人もがそうしたように。
……そして。
 
私は、何も聞かない。
何も見ない。
私は……
 
女王タマラは瞬きもせず、彼らの動きを見つめ続けた。
 
私は、何も見ない。
私を絶望させるものなど……もう、何も。
 
 
 
ほら見ろ、罠じゃねーか、と004がぼやく……が、その声はむしろ楽しげだった。
002もにやっと笑った。
 
「こうでなくちゃ面白くねーよな、009?……やっぱり俺たちゃ、地上戦の方が性にあってるぜ」
「別に、性にはあっていないが……戦わないわけにはいかない状況だな」
「ほっほ、007が聞いたらモーレツに悔しがるいい場面ね!」
 
白い小動物に導かれてたどり着いた、岩に埋もれかかった扉のようなモノをこじ開けるやいなや、サイボーグたちの前に姿を現したのは、山のように巨大なひとつ目の化け物だった。
 
「む…?!気を付けろ、みんな!コイツは、ロボットだ!」
「なんでそんなことがわかるね、009?!」
「003から通信が入ったのさ……!ん?003?……なん、だって?」
《人よ!……009、そのロボットのペンダントの中に人がいるわ!女の子!》
「……女の子?…!あ、本当だ!」
「…というか、そのペンダント、とかいうの……どうも、ハイドロ・クリスタルに見えないか?」
「なんでもいいぜ、まずはコイツを倒してからだ!」
 
002が叫ぶなりジェット噴射し、飛び上がった。
それが、戦闘開始の合図だった。
 
 
突然、クリスタルの壁面に映し出されていた映像が消えた。
同時にすさまじい振動を感じ、タマラは思わず悲鳴を上げた。
 
ついに扉が開かれ、地獄の番人……これまで、彼女の目の前で無数の若者達を葬ってきたロダックが動き出した、そう思った次の瞬間のことだった。
そして今、何が起きているのか、タマラには全くわからなかった。
 
「――ピララ!」
 
烈しい揺れに、ついに立っていられなくなり、叫ぶと、ふっとピララが現れ、腕に飛び込んできた。
夢中で抱きしめ、うずくまる。
そのとき、壁を叩くような音とともに、澄んだ少年の声が響いた。
 
「おーい、大丈夫かっ?!」
「――っ?!」
「手荒なことになってすまない、もう少しのしんぼうだから、がまんしてくれ……必ず、助け出す!」
「……あ…なた……は」
「僕は、009!」
 
叫ぶなり、少年は姿を消した。
あっと思うまもなく、ふわっと体が浮く感覚に襲われる。
タマラは、思わず悲鳴を上げ、意識を失った。
 
 
 
――ゼロゼロ、ナイ……ン……?
 
「あ!……気がついたわ……もう大丈夫よ……気分はどう?」
「……」
「いや、目開けたら、ますます美人だねえ!…ね、君、名前なんていうの?」
「……タマラ」
 
ふっと答えてしまってから、何者かもわからない相手に王族の名を名乗ってしまったことに気づき、タマラは慌てた。
が、尋ねたのはごく幼いあどけない子どもで、ふんふんとむやみにうなずき、そっかー、道理でタマラない美人だ!などと、言っている。
 
「007、失礼よ!……ごめんなさい、まだ子どもで……」
「ゼロ、ゼロ……?」
「あ、この番号ね、オイラたちの名前みたいなものなの。まあ細かいことは気にしないでよ」
「……ゼロゼロ、ナイン……は」
「え?」
「へ?」
 
少女と子どもがちょっと瞬きして顔を見合わせるのを、タマラは不安げに見つめた。
そのとき。
 
「003、あの子、気がついたって?」
「あ、009!」
「――っ!」
 
あの少年の声に、タマラは飛び起きようとし……めまいに襲われ、あ、と思うまもなく、強い腕に支えられていた。
 
「無理はしない方がいい。怖い思いをさせてすまなかった。でも、もう大丈夫。あの化け物……ロボットは倒したから」
「倒し……た?……ロダックを?……あなた、が……」
「ちょっとちょっと待ったーーっ!ズルいぞアニキ!……自分ひとりで倒したみたいに言っちゃってさ!」
「そんなこと、誰も言ってないだろう?……まったく、にぎやかで申し訳ない。少し落ち着いたら話をしよう。君の話も聞かせてほしいし」
「……私、の」
「そうだ、君の名前は?」
「……」
「あー、タマラさんだってさ!」
「007ったら!」
 
003が慌てて007の腕をつかみ、引きずっていく。
なんだよ放せー!と叫ぶ声が遠ざかり、009は苦笑しながらタマラに向き直った。
 
「本当にすまない……あれで、気はいいヤツなんだ」
「わたくし……助けて、いただいたんです……ね……!まあ、ピララ!」
 
ぴょん、と飛び込んできたあの小動物を懐かしそうに抱きしめ、ようやく微笑を見せたタマラを、009はほっと息をつきながら見守っていた。
 
 
 
夢を見ているのかしら……と、タマラは何度も思った。
 
永遠に続くと思われた虜囚の日々から解き放たれ、民衆とともに、星の再興のために立ち上がる……これは現実なのか、もしかしたら、自分はまだあの冷たいクリスタルの牢獄にいて、夢を見ているだけなのかもしれない……と。
しかし、そんな不安に陥るたび、タマラは009の明るい声と笑顔に励まされ、これこそが現実だと信じることができた。
そして、ハイドロ・クリスタルのお礼に……と、009たちの水先案内人であるというコマダー星人サバが、宇宙船をはじめとする科学技術についての貴重なデータも惜しみなくファンタリオン星のために提供してくれた。
 
「僕も、ゾアを倒したら、コマダー星の復興のため働くつもりでいるんです!」
 
曇りのない瞳で笑うサバが、タマラにはまぶしい。
この少年は、絶望を味わいながらも、そこから立ち上がる勇気を得たのだ。
おそらくは009たちによって……
 
しかし。
悪夢は終わってはいなかった。
それは、ある夜、突然に訪れた。
 
――なかなか忙しそうではないか、タマラ女王。
 
返事はしない。
これまでもそうだった。
しかし、声は嘲りを込めて続いた。
 
――そうつれなくするな。ゾアさまは、オマエたちを憎んでいるわけではない。オマエたちが己の幸福を追求したところで、我々にとってはどうでもいいことだ。ゴミ溜めのハエどもがゴミ溜めでおとなしく遊んでいる分にはな。だが……そこから出ようとするなら、話は別だ。ゴミは焼却しなければならない。ハエどもと一緒に、だ。
 
悪魔は、消えたわけではなかった。
たしかに、クリスタルの牢獄は消えた。
が、今度はこの星そのものが牢獄だというのか。
この……美しい、故郷の星が。
 
――よく考えて動くがいい、女王よ。ハエどもがむやみに飛び回らないようにするにはどうすればよい……?よく、考えるのだな……そして、なすがいい。オマエにできることを。
 
タマラは堅く唇を噛み、窓を見上げた。
美しい月が夜空を照らしている。
その月が燃え上がる炎にやかれ、黒煙に巻かれたあの日を……地上が地獄の業火に包まれたその日を、タマラは昨日のことのように思い描くことができた。
 
――なすがいい。オマエにできることを。
 
夢は、終わらないというのなら。
それなら、せめて選ぶことができれば。
悪夢か……幸福な夢か。
 
「……いいえ……いいえ、いいえ!」
 
タマラは小さく呻き声を上げ、自分の体を堅く抱きしめるようにした。
私は、今……何を考えて……?!
 
009の笑顔が胸をよぎった。
陽光の下で彼は青空を見上げ、深呼吸しながら言った。
 
――本当の自由を手に入れるために……僕たちは、戦う。ゾアを、倒すんだ!
 
「……009…!」
 
本当の……自由を。
ああ、でも……009!
 
 
 
イシュメールの整備は順調に進み、いよいよ明日が旅立ち、という夜。
タマラはサイボーグたちを神殿に招いた。
 
「みなさん、本当にありがとうございました……今夜は、今のわたくしたちに出来る精一杯のおもてなしを、みなさんにさせてください」
「タマラ……ありがとう。でも、そんな気遣いはいらないんだ。僕たちは、なるべくひっそり旅立とうと思っている。万一にでも、僕たちの戦いに、君たちを巻き込むわけにはいかない」
「……009」
 
ふとタマラの表情が曇った……が、それは一瞬のことだった。
彼女は宛然と微笑み、優雅に一礼した。
 
「実は、みなさんに隠していたことがあります……今夜は、それを見ていただきたいのです。このファンタリオン星の……本当の姿を」
「……タマラ?」
「え!?」
 
不意にまぶしい光に包まれ、サイボーグたちはぱっと身構えた。
……しかし。
 
「こ、これ……は?」
「ど、どうなっちゃってるの?!」
 
一変した周囲の様子に、サイボーグたちは呆然と立ちつくしていた。
何もなかったはずの神殿が、いつのまにか美しく飾り付けられ、たくさんの着飾った人々まで集まっている。
 
「わ、すごいご馳走だ!」
 
007が歓声を上げ、走り出した。
サバも大きく目を見開いて周囲を見回し、見事な美術品や工芸品の数々に、感嘆の声を挙げた。
 
「父から、聞いていたとおりです…!ファンタリオン星にはすばらしい文明世界があると…!」
「……これは、驚いた……しかし……ん?タマラは?」
「タマラが……いなくなった…?」
「いや、タマラだけじゃ……ないぞ。009もだ!」
「……ジョー…?」
 
003が不安そうにつぶやき、思わず祈るように両手を組み合わせた。
 
 
 
「……っ!……みんな?!」
 
はっと我に返り、009は息をのんだ。
仲間達の姿が見えない。
 
「これは……いったい」
「ご心配には及びませんわ、009……みなさんは、わたくしの本当の宮殿でおもてなしをしています」
「本当の……というと?」
「……わたくしの心が作り上げた……わたくしの宮殿です」
「タマラ……?」
「わたくしには、そういう力があるのです」
「君がエスパーだということは聞いていたが……いや、そんなことはいい。どういうつもりなんだ、タマラ…?」
「009。……わたくしは、あなたに、お願いがあります。それを、どうしても聞いていただきたいのです」
「僕に?…願いって……」
「009、いいえ、ジョー……お願いです。この、ファンタリオン星に……わたくしのもとに、どうか残ってください!」
 
懸命の思いをふりしぼり、心を込めた言葉とともに、タマラは009を見つめた……が、次の瞬間、思わず目をそらしていた。
彼の眼差しは刺すように厳しく、氷のように冷たかったのだ。
 
「説明したまえ、タマラ。どういうことだ。君は、僕たちを……いや、みんなをどうするつもりなんだ!」
「どうも……しません。申し上げたとおりです。みなさんは、わたくしの……」
「君の、心の中に捕らわれているということだろう?!君が、クリスタルの中に捕らわれていたように!」
「……009」
「なぜ、そんなことをする?!みんなを返せ!……今、すぐにだ!」
「信じてください、009……わたくしは、みなさんに危害を加えたりしません。すぐにここにお戻しすることもできます。ただ、あなたと……二人きりでお話がしたかったのです……だから、わたくしは……」
「僕たちをこの星にとどめたい、と言ったね?君はいったい、何のために……?」
「あなたたち、ではありません……わたくしは、あなたに、とどまっていただきたいのです」
「僕、に……?」
 
タマラはいつのまにか、はらはらと涙をこぼしていた。
自分が何をしようとしているのか、自分でもわからない。
ゾアの手先となり、サイボーグたちをこの星に止めようとしているのか。
それとも……
 
「009。……わたくしは、あなたを愛しているのです……!」
「……タマラ」
 
009は身じろぎもせず、タマラをじっと見つめた。
そのまっすぐな視線に耐えきれず、思わず目を伏せたとき、タマラは彼の穏やかな声を聞いた。
 
「ありがとう、タマラ……君の気持ちは嬉しい。僕に、それだけの価値があるとは……思えないけれど」
「……00、9…?」
 
おそるおそる目を上げ、タマラは息をのんだ。
009はいつものように微笑していた。
 
「でも、その気持ちに応えることはできない。僕は、ゾアを追う。それが、僕の使命だ」
「……009!いけません、それでは……!」
 
タマラは夢中で009に駆け寄り、すがりついた。
そっと抱きとめられ、心が震える。
 
「それでは……あなたを失うことになります。ゾアは悪魔です。絶対に……勝つことなど……」
「そうかもしれない。でも、僕はあきらめない」
「……009」
「今わかったよ……君を牢獄から助けたつもりになっていたけれど、それは間違いだった。ゾアを倒さない限り、君の悪夢は終わらない」
「……」
「タマラ。僕たちを、行かせてほしい」
「いいえ……いいえ!悪夢など、終わらなくてもいい…わたくしは、それをただ幸福な夢に変えたい……変えてみせますわ、009…!わたくしたちは愛し合い、そうすればやがて……可愛らしい子どもたちも生まれるでしょう。わたくしたちは、この星を楽園とすることができるのです……お願いです、009……!」
「悪魔の目こぼしにあずかって偽りの幸せに酔えと言うのかい?……それでは生きていることにならないよ、タマラ」
「……」
「でも君は、僕を愛していると言ってくれた。君のその言葉は……本当のことだと思う」
「……」
「わかってくれ、タマラ……どんなにつらくても、僕たちは現実に生きるしかない。それしか、自由になるすべはない…!」
「00……9」
「頼む、僕はサイボーグ戦士なんだ!僕に仲間たちを返してくれ……そして、行かせてほしい、ゾアの本拠地へ……僕のいるべき場所へ……永遠の戦場へ!」
「009……!」
 
タマラの目に涙があふれた。
美しい、とぼんやり思った次の瞬間。
再びまぶしい光に包まれ、009は思わず呻いた……が。
 
「……お?」
「戻った……?!」
「ジョー……ジョー、よかった……無事だったのね!」
「フランソワーズ…!」
 
涙を浮かべて駆け寄る003をまずは守ろうと、咄嗟に抱き寄せがら、009は元の神殿に戻っていることに気づいた。
次々に姿を現した仲間たちも不思議そうに辺りを見回していたが、全員無事だ。
しかし、タマラの姿がない。
どうしたのか、と振り返ろうとしたとき、腕の中でフランソワーズが怯えた声を上げた。
 
「003?」
「ダガス軍団だわ……!」
「なんだってぇー?!うわ、ホントだ。すっげー数の戦闘機!」
「母艦は2隻よ……!早く、イシュメールで応戦を!」
「わかった!行くぞ、みんな!」
 
009の合図にサイボーグたちは力強くうなずき、一斉に走り出した。
 
 
 
――血迷ったか、ファンタリオンの女王よ。
 
「いいえ……わたくしは、ようやく目が覚めたのです。あなたがたは、わたくしをとらえているふりをしているだけでした。わたくしははじめから……自由の身だったのです」
 
――何を、愚かな……そうだ、チャンスをやろう。お前たちのESPでイシュメールを背後から撃て。そうすれば、地上への攻撃は許してやるぞ。
 
「愚かなのはあなたがたの方ですわ……わたくしも、わたくしの民たちも、戦うべき相手を間違うことはありません……もう、二度と…!」
 
――身の程知らずの虫けらが、何を言うか!……ならば、虫けららしく滅びるがいい!
 
「……タマラ?」
「009、どうしたの?」
「いや……何でもない」
 
009はキッと前方を見据え、巧みにイシュメールを操り、攻撃をかわしていった。
しかし、地上に着弾させまいとする戦い方には、さすがに無理がある。
敵もそれを見抜き、卑怯な攻撃を次々に繰り出してきた。
 
「ちっきしょー!このままじゃヤラれるぞう、009!」
「くっ……!この角度ではノヴァ・ミサイルを撃てない!」
「待って!あれを見て…!タマラさんよ!」
「なん……だって?!」
 
003が指し示した地上に、タマラが立っていた。
烈しい砲弾も火の粉も、彼女には当たらない。
まるで、見えないバリアが張られているようだった。
そのバリアが、みるみるうちにふくれあがっていく。
 
「おいおい……何をしているんだ、あの女王さまは?」
《今です!彼らを殲滅してください!》
「そうか!……君が、地表を守ってくれるんだね、タマラ!」
《はい!それに、わたくしだけではありません》
「009、見て!ファンタリオン星の人々よ……!あんなに、たくさん……!」
「ありがたい!いくぞ、ノヴァ・ミサイルだ、005!」
「…うむ」
「ま、待って、009!……無茶だわ!いくらあの人たちでも……もし、爆発に耐えきれなかったら…」
「僕は、タマラを……この星の人々を信じる!それが……」
 
それが、せめてもの……!
 
「ノヴァ・ミサイル、発射!」
「……あ、ああっ!タマラさん!?」
「なにっ?……しまった……!」
 
すさまじいエネルギー弾がイシュメールから放たれたのと、同時だった。
背後から細い光線に貫かれ、タマラが倒れた。
 
「タマラーーーっ!」
 
009は叫んだ。
 
 
10
 
女王は、小さな子どもを助けようとしたのだ……と、ファンタリオンの民は涙ながらに語った。
民衆と力を合わせて張った結界の外に取り残されていた子どもに気づき、とっさに引き入れようとしたとき、その僅かな隙に、雨のように浴びせられていたレーザーの一条が彼女を襲った。
 
「そんな……!」
 
泣き崩れる003を支え、009も唇をかんだ。
 
「許してくれ、タマラ……君は、すばらしい女王だった」
 
僕は……僕も、きっと、君を。
……君を。
 
「なんか……さ。結局、オイラたちのせいで迷惑かけちゃった……ってことになるのかな」
 
ふと辛そうにつぶやいた007に、ファンタリオンの民は首を振った。
 
「それは、違います。私たちは、女王の心に触れ……知ったのです。本当の勇気と、愛を。そして、女王にそれを教えてくださったのは、みなさんでした。どうか……どうか、ゾアを倒してください。この宇宙に……自由をもたらしてください!」
「……ありがとう」
 
そう言うのがやっとだった。
009は深々と頭を下げ、拳を堅く握りしめた。
 
 
人々に見送られ、イシュメールはふわりと飛び上がった。
サイボーグたちは、みるみる遠ざかる緑の星をじっと見つめ、改めて思い思いに黙祷をささげた。
 
「惜しいひとをなくしちゃったよね……美人で、勇気があってさあ……003も、そう思うだろ?」
「ええ。尊敬できるかただったわ。私も、タマラさんのようになれたら……」
「へっ?……いやいや、アネゴ、それはいくらなんでも無理じゃない?……だってあっちは女王サマだもんね、なんつーか、生まれつきの気品、みたいなのが違ってるでしょ、はじめっから」
「もう、007ったら……そういう話をしているんじゃないの!私はただ、タマラさんのように、そのときがきたら、自分のつとめを勇気をもって果たしたい…って思うのよ」
「…そのときって?いつ?」
「そのときは……そのときよ。つまり……」
「ほら、二人ともいつまでぐずぐずしてるんだ?…いいかげん、持ち場についてくれよ!」
 
不意に不機嫌そうな声に遮られ、003と007はややむっとして振り返った。
 
「なんだい!ぐずぐずなんてしてないぞー!」
「そうよ。ひどいわ、009!」
「くだらないむだ話をしていただろ?いいから、早くするんだ!」
「……まあ。むだ話ですって?」
 
003はきり、と眉を上げたが、009は動じる様子もなく、彼女の白い額をこづくようにした。
 
「お転婆め。……まったく、冗談じゃない、何が『そのとき』だ…!」
「なによ、意地悪ね…!あなたには関係なくってよ、009」
「ああ、関係ないとも……当然だ。あってたまるもんか!」
 
たちまち始まった口喧嘩に、007は目を丸くし、少しずつ後ずさりした。
こんな二人に近づいてもいいことは何もないと経験ずみだ。
 
「……ってか、むだ話ってさ、こういうのを言うんじゃないの?」
 
こっそりつぶやく。
もちろん、003にも聞こえないように、だ。
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