新ゼロ
 
 
009がタマラの「護衛」につくため出かけた、と聞き、004はふん、と唇をゆがめた。
 
「それはそれで結構だが、なぜヤツは003なりアンタなりを連れていかない?」
「まあ、タマラ自身がエスパーだからな。諜報型は必要なし、ってことだろ……と、いうように我輩は解釈しておるがね。003はどうだか知らん」
「要するに、気を遣ったんだろ?アンタたち、二人ともな」
 
面白くもなさそうに002が言う。
ますます渋面になった004に、008が笑った。
 
「いいじゃないか……いつものことだ。003だって慣れてる。こんな状況にあるのにもかかわらず、日常性を保てているんだから、喜ばしいともいえるさ」
「008、ソレ、本気で言ってるアルのか?」
「……と、でも思ってなきゃ……やってられないだろ?」
「まったくだ」
 
サイボーグたちは顔を見合わせ、誰からともなく溜息をついた。
 
 
 
仲間たちがどこか冷ややかであることに、009も気づいていた。その理由もなんとなくわかる。
しかし、だからといって、世話になっているタマラの頼み事を断るわけにはいかないし、そもそも、そこには何ら問題などないはずで。
 
「ああ!見てください、009……やっぱり、咲いていましたわ……!」
「見つかったのかい?」
「ええ。よかった……これなら、種もたくさんつくでしょう」
 
跪き、草の間からのぞいている可憐な白い花弁に、タマラは嬉しそうに触れた。
ここ数日、タマラは森を歩き回り、動植物の調査をしている。
ダガス軍団の攻撃によって、町だけでなく、森林も大きな被害を受けた。
絶滅してしまった種も少なくないのだと顔を曇らせながらも、わずかに残った個体があるなら保護をしたい、と、彼女は忙しい公務の間を縫って、森に入るのだった。
 
「そろそろ……戻らなければ。いつまでもこんなことをして無駄な時間を過ごしていては、皆に叱られてしまいます」
「そうかな。君のしていることは、無駄なことじゃないと……僕は思うけれど」
「……ありがとう、ジョー」
 
微笑するタマラは、普段の威厳をまとった女王というよりは、まだあどけなさの残る少女にしか見えない。始めは意外に思い、戸惑った009も、今はこういう彼女の方が好きだった。
もっとも、それを彼女に告げたことはない。
告げれば、むしろ彼女を悲しませることになるような気がしたからだ。
 
おそらく……と、009は思う。
彼女がそうであるように、今の自分も、戦士ではなくただの少年のように見えるのではないか、と。
それは、この戦いに身を投じてから初めて味わう安らぎだった。
 
「不思議ですわ……わたくしは、生まれたときから王族として生きてきました。それを重荷に感じたことなど、ありません。一族を殺され、ただ一人、とらえられていた……あのときでさえも」
「……タマラ」
 
気遣わしげに見つめる009に、タマラは大丈夫です、と微笑し、続けた。
 
「でも、今……こうしているとわかるような気がします。わたくしが……やはり、わたくしには重すぎる使命を負っているのだということが」
「……」
「こうして、あなたといると……わかるような気がするのです……ジョー、ありがとう」
「僕のほうこそ……僕も同じことを考えていたかもしれない」
「……ジョー?」
「いや……違うな。多くの民を抱える君の苦しみは、僕なんかとは比べものにならない。僕は……もししくじったとしても、何も失うものなどない。誰に迷惑をかけるわけでもないし、悲しませるような人もいない」
「ジョー?」
「僕は、戦うために作られたサイボーグ……兵器なんだ。もともと人間ではない。だから……」
「それは、違います!なんてことをおっしゃるの……!わたくしは存じておりますわ。あなたは人間です。誰よりも貴い、誰よりも優しい……!」
 
聞いたこともない悲しい声をあげたタマラに、009ははっと我に返り、慌てた。
彼女といると、ときどきこういうことがある。普段は心の奥底に沈めている思いがなぜか浮かび上がってくるのだ。
 
「すまない、タマラ……心配しなくていいよ、僕は……自分を不幸だなんて思っていないのだから」
「……でも、ジョー!」
「たしかに、運命を呪ったことがないわけじゃない……でも、この体のおかげで、できるようになったことも、たくさんあるんだ」
「……」
「どんなに重い、苦しい使命を負っていても、今の僕には、守りたいものがある……守りたい人たちも、大切な仲間も。だから、これでいい」
「仲間……」
 
つぶやくタマラの声が沈んでいることに、009は気づかなかった。
 
 
 
大きな月と小さな月が寄り添いながら夜空を昇っていくのを、003はぼんやり眺めていた。
この空を見るのも、今日が最後になる。
……少なくとも、自分には。
 
「おいでいただけないかもしれないと……思っていました」
「……タマラ」
 
足音はしなかった。
咄嗟に透視し、彼女が3次元投影ではなく実体であることを確かめている自分に、003は思わず息をついた。
が、それでいいのだとも思う。
明日は……戦場に戻る自分なのだから。
 
「009からは、何か聞いていますか?」
「……いいえ」
「そう、ですか……やはり、そうなのですね」
「タマラ……?」
「あのかたにとっては、話すまでもないこと……なのでしょう」
「……」
 
いぶかしそうに見つめる003からふと目をそらし、タマラは寂しげに微笑した。
 
「わたくしは、009を……ジョーを、愛しています」
「……」
「さきほど、わたくしは、それをあのかたにお伝えしました。この星に残っていただきたい……この星の王となり、わたくしを愛し……やがてはわたくしたちの子孫をはぐくみ、わたくしとともに、未来を、希望を築いていただきたい……と」
「……」
「あのかたが……どう返事をされたか……おわかりになりますか、003?」
「……ええ、たぶん。それはできない、と言ったのでしょう……彼は、そういうひとです」
「……」
「望んで負ったものではないのに、自分の使命を忘れることができなくて……目の前に幸福があっても、手を伸ばそうとしないで、いつのまにか誰かに譲ってしまうんです。いつも、いつもジョーはそうして……」
「そうして……それは、あなたも同じですわね、003。わたくしには超能力があります。ですから……あのかたが、ここに残ってくださらない本当の理由も、わたくしは知っているのです」
「……タマラ?」
「わたくしは、あなたが妬ましい。いつもあのかたの傍にあって、あのかたと共に歩いていけるあなたが」
「……」
「あのかたは、わたくしに恋をしてくださいました。わたくしを、愛してくださいました。そのことも、わたくしにはわかっています。……それでも、あのかたはわたくしと共に歩いてはくださらない」
「タマラ、それは……!」
「そう、です……わたくしは、あのかたの『仲間』ではありませんから」
「……」
 
うつむく003の手をとり、タマラは祈るように目を閉じた。
 
「どうか、あのかたを……守ってさしあげてください。わたくしのかわりに……どこにいても。最後のときまで」
「……タマラ」
「わたくしは、あのかたに何もさしあげることができないのです……ひとときの安らぎのほかには、何も……わたくしは、ただあのかたの悲しみを……あのかたの荷を重くするだけの存在です。でも、あなたは違います、003。どうか、あのかたを……!」
「……わかったわ」
「……」
「ありがとう……タマラ」
「……003」
 
タマラの表情に輝くような笑みが浮かび……やがて、それは涙とともに消えていった。
この美しさを、自分はずっと覚えていなければいけないのだと、003は不意に思った。
 
同じものを、ジョー、あなたにあげることができないのなら……私は、せめて覚えていなければいけない。
命ある限り……あなたの傍らで。
あなたの「心」の一部として。
 
 
 
硝煙の中で、タマラの亡骸を抱きしめる009の背中が震えている。
それを見つめていることについに耐えきれず、003は唇を噛み、目をそらした。
そんな自分をも優しく見守る仲間達の視線を感じながら。
 
私は……本当に、彼を守ることができるかしら。
みんなのように、最後まで「仲間」であることができるのかしら……?
 
空を見上げる。
薄墨に暮れかかるその色が、亡き人を思わせた。
 
彼が恋したというそのひと。
彼に愛されたという、美しい女王。
そのひとは、今……彼の腕に抱かれ、永遠の眠りについている。
 
私も、あなたが妬ましいわ……タマラ。
……でも。
 
――これが、さだめなら。
 
 
静かに歩き出した003を、一瞬いぶかしそうに見やったサイボーグたちは、すぐ我に返った。
イシュメールに戻り、出発の準備をしなければならない。
009に気づかれる前に。
 
再び戦鬼と化す前に、彼にいましばらく、悲しむためだけの時間を与えようと彼らは思う。
ほんのひととき、人として許された……はかない恋の残滓を味わう時間を。
 
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