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旧ゼロ
 
 
あなたのことがわからないって思うことはよくあるの。
 
普段のあなたは、それほど難しい男の子ではないように思うわ。
マジメで、正直で、親切で、でもちょっとめんどくさがりで、意外に意地悪で、何より意地っ張り。
そんなあなたが、私は大好き。
もちろん、ケンカもするけれど…ケンカするほど仲がいいって言うじゃない?
 
でも、009のときのあなたは……つまり、それはミッションのときのあなたはってことだけど…とても、いつものジョーとは思えないの。
マジメで、正直で、親切で……その辺は同じだけど。
でも……でも。
 
やっぱり、わからない…わ……
 
 
 
「…大丈夫よ、グレース、泣かないで…大丈夫だから」
 
私は、一生懸命彼女を慰めた。
泣いてしまうのも無理はないけれど…こんなことになってしまったんですもの。
心細くて、恐ろしくて、絶望しそうになるのも仕方ないわ。
 
「フランソワーズ……」
 
涙で一杯のきれいな目で、グレースは私を見上げた。
その涙をぬぐってあげたかったけれど、私も手足を縛られたまま。
でも、私はいつものように笑って、いつものように言った。
 
「きっと、すぐにジョーが来てくれるわ」
「…無理よ。わかりっこないわ…いくら、彼でも」
 
たしかに、今回はそうかも。
実際、目をこらしても耳を澄ましても、仲間達の気配を感じることはできなかった。
 
グレースは、砂漠に囲まれた小さな国の、有力者の一人娘だった。
年は、私と同じ…栗色の巻き毛がとても可愛らしい女の子。
彼女のお父さまは、石油の利権を争う国々の狭間で危ない綱渡りを続けながら、祖国に平和と繁栄をもたらそうと命を削っている、とても立派な人物だった。
 
そして、だからこそ、彼はこれまでも何度も暗殺されかけたり、誘拐されたり、軟禁されたり…といったテロにさらされている。
彼の家族も、そういう危険には慣れっこになっていたのだという。
もちろん、グレースも。
 
彼女は、今、留学生として日本の大学で勉強している。
日本にいるのは、治安が一番いいから…らしい。
 
「たしかに、この国で外国人は目立つからね…彼女を狙うテロリストも動きにくいんだろうな」
と、ジョーは言った。
 
それでも、私たちが彼女に出会ったのは、彼女が怪しい男たちに追われているトコロを偶然助けた…のがきっかけだったりするのだから…彼女に言わせると、自分たちが完全に安心して暮らせる場所なんて、地球上のどこにもない、ということなのだ。
 
可哀相だわ…と嘆息する私に、ジョーは、まあ僕たちも似たようなモノだけどな、なんて、さらっと言うのだから、呆れてしまう。
私たちはサイボーグなのだから、事情は全然違うのに。
 
でも、一度助けた人は、完全に安心して暮らせるようになるまで責任をもって守り通す、というのが私たちのポリシー。
そんなわけで、グレースとのつきあいは、もう半年近くになる。
これまでも、ちょこちょこ危ない目にはあってきているけれど…今回は最悪だった。
 
完全な不意打ち。
そもそも、私がグレースに会ったこと自体が偶然だったのだ。
バレエのレッスンの帰りに偶然会って、お茶を飲んでおしゃべりして…店を出たところを襲われた。
グレースを羽交い締めにした体格のいい男を咄嗟に透視して、私は抵抗を諦めた。
男は、サイボーグだったのだ。おそらく量産型の……でも、戦闘用サイボーグ。
私一人なら、どうにか倒せるかもしれない…運がよければ…という相手だったから、グレースを盾にされていては、手の出しようがない。
 
銃口を向けられたとき、撃たれようと思った。
微妙に急所を外して撃たれ、死んだようにみせかければ…そのまま逃げる彼らをこの眼と耳でトレースして、とりあえず仲間に彼女の危機を知らせることができる。
 
が、銃はパラライザーだった。
私がサイボーグであるということを、彼らはつかんでいたらしい。
 
意識を取り戻した私は、男たちが相談している声を聞き取った。
彼らは、グレースを人質にして、自分たちの要求を彼女の父親につきつけた…のだけど、にべなく断られたのだ。
腹を立てた男達は、グレースを残忍なやり方で殺し、その様子をビデオに収め、父親に送りつけてやろう、と考えたのだった。
 
彼らはその考えを私たちに告げ、処刑は二時間後、まずそっちの女サイボーグからだ、と笑った。
なんて、残酷な男たち。
グレースをさんざん怯えさせて、絶望させて……殺そうというんだわ。
そんなこと、絶対に許さない!
 
と思ったものの、このままではどうすることもできない、ということもわかっていた。
そうして、その二時間が、間もなく過ぎ去ろうとしている。
 
どうすることもできない…けれど。
でも、絶望などするものですか!
 
私の耳は、こちらに近づいてくる男達の足音を捉えていた。
震えるグレースに、大丈夫よ、ともう一度言った。
 
 
 
「フランソワーズ!……フランソワーズ!お願い、もうやめてーっ!」
 
グレースの絶叫が遠く聞こえる。
見ては駄目、と何度も彼女に言ったけれど、おそらく彼らは、私がそう言うたび…そして、グレースが目をそらすたびに、私に攻撃を加えたのだろう。
 
苦痛を感じているような様子を見せてはいけない。それだけが、私にできる抵抗なのだから。
グレースを少しでも怯えさせないために……彼らを苛立たせ、私に注意を集中させ……少しでも、時間をかせぐために。
 
私が帰らなければ、きっと博士が心配して、ジョーに連絡するわ。
そうすれば、彼は必ずここを探し当てるにちがいない。
それまで……グレースには手を出させない。
 
「…ったく!なんてしぶとい女だ!」
「カワイイ顔をしているが…サイボーグだからな。大して効いちゃいないのかもしれん」
「…どうする?」
 
ごろり、と仰向けにされたのがわかった。
グレースの悲鳴が響き渡る。
 
「そろそろ終わりにしよう。さっき、ざっとX線で調べたんだが…コイツの改造部分は目と耳らしい…殺す前に、解剖してえぐり出してやったらどうだ?」
「…ふん、ソイツはいい。貴重な資料だと、科学者連中が喜ぶだろう」
 
鈍い光が目の前をよぎる。
ノコギリのような刃の小型ナイフ。
メス、なんて持っているはずのない男達だった。
 
手こずってくれれば……そのぶん、時間がかせげるはず。
刃が振り上げられた瞬間、懸命に悲鳴をかみ殺し、私はそう自分に言い聞かせた。
 
が、覚悟した痛みの代わりに私が受け止めたのは、ナイフがはじけ飛ぶ気配とうめき声、そして怒号。
 
「おのれ…っ!キサマ、何者だっ?!」
 
風が動いた。
私は、この風を……知っている、わ。
 
「僕か…?僕は、サイボーグ、ゼロ、ゼロ、ナイン!」
 
 
 
ヒドイよ、ヒドイよ…!と駆けつけた007が泣きながら縄をほどき、助け起こしてくれる。
見かけほど痛くないのよ、と彼を慰めながら、私は009の姿を目で追っていた。
 
男達の中に、サイボーグがいたことに、009ははじめ気づいていなかった。
それが一瞬の隙となったのだろう…ただ一人、009の攻撃に倒れなかった、そのサイボーグは、あっというまにグレースを捕まえると、彼女のこめかみに銃を押し当てた。
 
「コイツを殺されたくなかったら、銃を捨てろ…!」
「あ、兄貴…!」
 
007が上ずった声で叫んだ…が、009は落ち着き払って、銃を投げ捨てた。
男がにやり、と笑う。
グレースも叫んだ。
 
「ジョー!私にかまわないで!…もう十分だわ…これ以上、あなたたちに迷惑をかけるわけには…!」
「迷惑だなんて思ったことはないよ、グレース。もちろん、今も」
「うるさい…!無駄口を叩くな!」
 
男が苛立った声を上げ、片手でつかまえているグレースの手首をぐい、とひねった。
そのはずみに、ほんのわずか、彼女のこめかみから銃口が離れた。
 
――今だわ!
 
私が心で叫ぶより早く、風が動いた。
次の瞬間、男は銃を握ったままの片腕をもぎ取られ、投げ飛ばされ……額を撃ち抜かれていた。
 
「…009」
「アワワ…ねぇ、ちょっとやり過ぎなんじゃない?兄貴…」
 
007も私も……たぶん、グレースも。
私たちは、拾った銃をホルスターに静かに収める009を声もなく見つめていた。
 
 
 
それからひと月後。
ギルモア博士の治療で、私の傷がすっかりよくなった頃、ジョーが研究所に現れた。
彼はあの後、グレースにずっと付き添って彼女を守っていたから、会うのはあのとき以来だった。
 
捕虜にした男達の心を001が探り、日本で暗躍していたテロリストたちのアジトを割り出した。
007と006がそこを急襲し、殲滅し…グレースは、とりあえず日本での安全を確保できたのだった。
 
「グレースが、君に会えなくなるのをとても寂しがっていたよ」
 
真顔でそう言うジョーに、私はちょっと呆れてしまった。
そんなわけないじゃない。
彼女とは、あれから一度も会っていない。電話すらしていないのよ。
つまり、彼女が寂しがった理由は……
 
「でも、仕方ないなあ…可哀相だけど。僕達といると、かえって危険に巻き込まれる可能性があるからね…それでもいい、なんて彼女は言ってたけど…そういうわけにはいかないよ」
 
それでもいい、って思うのも当然だわ。
だって、009がいてくれるんですもの。
どんな危険に巻き込まれても、必ず助けにきてくれるヒーロー、サイボーグ009がいてくれるのよ。
 
…わかってるのかしら、この人?
 
「ところで、傷はどうだい、フランソワーズ?」
「すっかり治ったわ」
「……」
「…見る?」
「馬鹿!…ったく、ちっとも女の子らしくないんだな、君は」
 
それは、もちろん、グレースのようなわけにはいかないわ。
私は、サイボーグ003ですもの。
 
「今度のことも、ちょっと反省してもらわないとな」
「え…?何を?」
「むやみに道草を食わないこと、さ…だいたい、君が友達に会ったからって、ふらふら寄り道なんかするからこういうことに…」
「まあ。寄り道してグレースと一緒にいたから、彼女を助けることができたのよ」
「馬鹿だなぁ…どのみち、君が近くにいたんだ。グレースだって悲鳴ぐらい上げただろう。それを『聞く』ことができてさえいれば、話はもっとずーっと簡単にすんだんだぜ」
「そんなのって…!結果論だわ」
「僕達には、結果が全てさ…そうだろう?もし、僕が駆けつけるのが、あと何秒か遅かったら、君は…!」
「30分ぐらいは遅くても大丈夫だったと思うわ。だって、あの人たち、私をすぐ殺すんじゃなくて、解剖するつもり…で…?!」
 
いきなりジョーに押さえ付けられ、口を塞がれて、私はもがいた。
 
「…カンベン…してくれよ…っ!…どこまでじゃじゃ馬なんだ、君は…!こっちの身にもなってくれ…僕が、どれだけ心配したと思って…」
 
…ジョー?
 
「…ごめん…なさい」
 
彼の声はかすれていて…まるで、泣いているように聞こえた。
こんな声を出されたら、謝るしかないわ。
 
「…でも」
「なんだよっ?」
「ジョー、なんだか嬉しそうだった」
「何がっ?」
「……」
 
そんなわけ、ない…わよね。
…でも。
 
「ねえ…あなたは、誰…?」
「だから、なんなんだよ…!」
 
私にもよくわからないわ。
わかっているのは、あなたがサイボーグ009だということ。
 
マジメで、正直で、親切で……
ちょっと怖くて、でもやっぱりカッコイイ、私たちのヒーロー。
あなたは、サイボーグ009。
 
…のはず…なのだけど。
 

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