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介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?

新ゼロ
 
しまった……と思ったときは遅かった。
体が勝手に動いてしまっていたのだ。
 
常人をはるかに越えた力をくらって吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられ、気絶した男達にさっと背を向け、ジョーは目を見張っている少女の腕をぐい、とつかんだ。
 
「さあ、今のうちだ……走って!」
「あ、あなた……あなたは、誰、なの……?」
 
少女の怯えきった視線と震える声が心に突き刺さる。
その痛みにたじろぎながらも、ジョーはどうにか微笑してみせた。
 
「ボクは……ジョー。……島村ジョー」
「…ジョー…?」
 
少女がぼんやりとつぶやく。
彼女が聞きたかったのはそういうことではないのだろう。それはわかっていたが、といってそんな話をのんびりしているヒマはない。
ジョーは泣きそうになっている少女をひきずるようにして走りはじめた。
 
 
 
とりあえず追っ手はない……と思う。
ようやく息をつくジョーを、少女は大きな青い瞳でじっと見つめた。
 
「…あ、あの」
「…どうした?」
「あの……ありがとう、ございます……助けてくださって」
「……」
「ジョー…とおっしゃるんですね…私は、フランソワーズ…フランソワーズ・アルヌールといいます」
 
知っている、と叫びたくなるのを懸命に抑える。
おし黙っているジョーに、やや怯えた様子をみせながらも、フランソワーズはとぎれとぎれに説明を始めた。自分はフランス人であること。バレエのレッスン生であること。記憶が途切れてしまっているらしく、今どうしてこんなことになっているのか全くわからない、思い出せない…ということ。
 
「…ここは、どこなんですか…?」
「パリから少し離れたトコロだ。詳しいことは言えない…怖い思いをさせて、ごめんよ」
「…いい…え」
「でも、安心してほしい。さっき見たとおり、ボクはあんな連中にやられはしない。絶対に、君を傷つけさせはしないから」
「…あの」
「なんだい…?」
 
黙ってしまったフランソワーズをのぞき込み、彼女が小刻みに震えていることにジョーは気づいた。
 
「ああ。怖い、んだね……無理もない」
「ごめんなさい…急に心細くなってしまって……もし、このままずっと家に帰れなかったら…と」
「…家…に?」
 
ジョーは堅く唇を噛んだ。
 
君は、家には帰れない。
今、君の帰る場所はパリではないのだから。
 
 
 
翌日、004から連絡が入った。
今回の作戦のターゲットであるNBGの拠点を見つけ出した、ということだった。
 
「オマエたちはそっちの監視を続けていろ」
「…でも、アルベルト…」
 
ジョーは戸惑った。総攻撃をする、というなら自分も加わるべきだと思う。もちろん、フランソワーズも。が、彼女の異変について、ジョーはまだ仲間達に報告をしていなかった。
 
彼女の記憶の混乱は、戦闘中に心身に受けたなんらかの衝撃による、一時的なものである可能性が高かった。しかも、彼女に目立った外傷はなかったし、第一、すぐ近くにいたジョーでさえ、そんな衝撃を彼女がいつ受けたのか、心当たりはない。
とすれば、混乱が収まるのにそれほど時間はかからないだろうと思われた。
それに、これまでのところ、作戦を変更しなければならないような事態にはなっていない。
 
ジョーは、受話器を手にしたまま、ちらっとベッドで眠っているフランソワーズを振り返った。
「耳」のスイッチを入れているはずはない…そんなものが自分にあることすら気づいていない彼女に、電話の向こうの004の声が聞こえるはずはなかっし、万一聞こえたとしても、何の話をしているかなど、わからないだろう。そうは思うのだが、どうしても声を抑えがちになってしまう。
しばらくの沈黙の後、004がふ、と息をつく気配がした。
 
「たまには、いいだろう…後は俺たちに任せて、ゆっくりしてこい」
「…え?」
「邪魔をしたな…」
「ア、アルベルト…っ?」
 
思わず叫んだ。どうやら、勘違いされてしまったらしい。
電話は既に切れていた。
 
これからどうしたものだろう…と、ジョーはやや途方にくれて、眠るフランソワーズを見つめた。
戦闘がほぼ終了した…というのは、たしかに喜ばしいことだ。索敵がまったく出来ず、ただの少女になってしまった003を庇いながら…ついでに、自分が普通の人間であるかのように、力を加減しながら戦うのは、予想を遙かに超えた負担だったのだ。
 
それでも、いよいよせっぱつまった瞬間、ジョーは咄嗟に「力」を使ってしまった。
あのときの彼女の怯えきった表情を思い起こすと、やはり、彼女が記憶を失っている間は、自分がサイボーグであることを隠しておかなければ…と、思う。
 
一方、戦闘が終了した…となれば、別の問題が生じる。彼女は「家」に帰りたがっているのだ。
それを、どう説き伏せて、研究所へ連れて行けば…というか、帰ればよいのだろうか。
もっとも、今彼女はこれだけぐっすり眠っているのだから、目が覚めたときには記憶の混乱が収まっている、ということを期待することもできる。
とりあえず、そうであることを祈るジョーだった。
 
 
 
しかし、フランソワーズの記憶は戻らなかった。
まだ狙われているかもしれないから、というジョーの説明に彼女は素直にうなずき、連日宿を点々とする彼に素直に従った。とはいえ、いつまでもこうしていられるわけもない。
 
家族に、電話をしてもいいだろうか、とためらいがちに問われたとき、ジョーは迷いながらも首を振った。万一、盗聴されていたら、君の家族にも危害が加えられるかもしれない。そう言うと、フランソワーズは蒼白になり、顔を覆って静かに涙を流した。
 
「…ごめん。酷なことを言ったね……でも」
「いいえ。…あなたの言うとおりだと思います。ごめんなさい、泣いたりして…」
「…フランソワーズ」
 
どうにも切ないのは、たぶん、自分が今、彼女の本当の心を見ているからなのだろう、とジョーは思った。いつも笑顔を絶やさないフランソワーズ。その笑顔の下に、彼女が押さえ込んでいる苦しみや悲しみはどれほどだったろう。それを見せつけられているのだ、と思う。
 
彼女は、僕をどう思っているのだろう…と、ジョーはふと不安になった。
考えようによっては、自分がしていることは誘拐であり、家族への連絡をさせないやり方に至っては、脅迫であるとも言える。
この上、彼女をギルモア研究所に連れて行ったりしたら……あの海のただ中に頼りなく浮かぶ難破船を思い起こし、ジョーは苦しげに首を振った。
そんなことはできない。恐怖と不安で、彼女がどうなってしまうかわからないではないか。
 
しかし、もう時間は残されていなかった。
数日後、アルベルトから再度連絡が入ったのだ。
作戦は終了した。おまえたちもとりあえず研究所に帰還しろ……と。
 
どうしたらいいのかわからないまま、翌朝、ジョーは最後の宿を後にした。フランソワーズをストレンジャーに乗せ、アクセルを踏む。本来なら、このまま海岸まで走り、人気のないところを見計らって離陸してしまうところだ。が、やはりそうは思い切れない。
とりあえず国道を走らせていくと、「パリ」の標識が目に入った。
思わずちら、とフランソワーズをのぞくと、青い目は僅かに潤み、寂しげに揺れている。
 
そのとき、どうして自分がそうしたのか…後になっても、ジョーは説明できなかった。
とにかく、彼は標識に従って、いきなり大きくハンドルを切ったのだ。
 
「…パリ、に…行くのですか?」
 
やや震える声でフランソワーズが問う。
ジョーは黙ってうなずいた。
 
 
 
ジョーはストレンジャーを郊外に置き、地下鉄で街の中心部に入ることにした。
渋滞を避けたかったこともあるが、何より目立ちすぎるはよくないと思ったからだ。
窓を流れる駅の様子をぼんやり見つめながら、フランソワーズの記憶はサイボーグにされる前で途切れているようだから、もしかしたら、年代のギャップなどもあるのかもしれない…などと思ったりした。
が、彼女が特に戸惑っているような様子は見られない。
 
「…あの」
「もうすぐリヨンだ。君は、家に帰りたい…んだよね?」
「……はい。でも…」
 
不安げな青い瞳に、ジョーはふっと微笑した。
自分が何をしようとしているのか、自分でもよくわからない。
ただ、このまま彼女を研究所に連れて行くことはできない、と思った。
ではどこに連れて行くのか…と考えたとき、この街しか思いつかなかった。
 
「もう、危険はないと思う。心配はいらないよ」
「…本当、ですか?」
「うん」
「ああ…!」
 
フランソワーズは喜びを抑えきれないとき、よくそうするように、両頬を手で押さえ、ほうっと息をついた。
 
「でも…いったい、どうしてこんなことに…何も思い出せないなんて。いろいろな人たちに心配をかけてしまったのではないかしら…」
「たぶん、そうだろうね……でも」
「…でも?」
 
けげんそうに見上げるフランソワーズに、ジョーはただ微笑を返した。
でも、君の無事な姿を見たら…君のその笑顔を見たら、みんな、そんなことはすぐに忘れてしまうだろう。
きっと、忘れてしまう。
 
ターミナル駅に降り立つと、ジョーはすっと人波に身を隠した。
何の気配もなくそうすることは、彼にとってはごくたやすいことだ。
ややあって、フランソワーズがようやく、彼が傍にいないことに気づき、慌てて不安そうに辺りを見回し始めた。
 
彼女の状態を思うと、このまま立ち去ってしまうのは心配だった。
誰か、信頼できる友人か家族と会うのを確かめなければ、とジョーは思った。
それを見届けたら……
 
泣きそうな顔で駅の中を走り回っていたフランソワーズは、やがて諦めたように肩を落とし、歩き始めた。おそらく、家へ帰ろうとしているのだろう。
彼女の家族について、ジョーはほとんど何も知らなかった…が、健在であることはおそらく間違いない。引っ越しなどしているとも思えなかった。
もう大丈夫だろう、と思いながらも、ひそかに彼女の後を追おうとしたときだった。
不意に、フランソワーズが顔を上げ、小さな叫び声を上げた。
同時に、亜麻色の髪の少年が、やはり叫びながら彼女に駆け寄っていく。
 
「フランソワーズ!…姉さん!」
「シモン?……シモンね!」
 
堅く抱き合う二人に、ジョーはほうっと溜息をつき、ゆっくり背を向けた。
シモン、と呼ばれた少年は、たしかにフランソワーズとよく似た顔立ちをしている。弟なのだろう。
 
「…あ!島村さん……ジョー!」
「…っ?」
 
ギクリ、とつい振り返った視線が、フランソワーズの澄んだ瞳とぶつかり、ジョーは慌てた。
完全に気配を消していたつもりだったのに、ほっとして気が緩んでしまったのかもしれない。
弟の手を引いて嬉しそうに駆け寄ってくるフランソワーズを、ジョーはただ立ちつくし、ぼんやり見つめていた。
 
 
 
この人は、ジョー。私を助けてくれたのよ……というフランソワーズの言葉を受け、シモンは感謝にあふれるまなざしでジョーを見上げた。
 
「本当に、ありがとうございます。……姉は、以前にも、行方不明になったことがあって…そのときも、記憶をなくしてしまっていたのです。もしかしたら、何か、恐ろしいことに巻き込まれているのではないかと…心配していました」
「…そう、でしたか。でも、その心配はありません。彼女は……本当に、ただ、不運だっただけなのですから。僕が関係していたトラブルの現場に、偶然居合わせてしまっただけで…本当に、申し訳ないことをしました」
「謝ったりしないで、ジョー……シモン、彼は本当に命がけで私を守ってくれたのよ」
「ああ、姉さん。…事情は全然わからないけれど、この人が、本当に立派な…優しい人なんだってことは、わかるような気がする。ジョー、今日は是非ウチに泊まってください。両親もあなたにお礼を言いたがると思います」
「とても嬉しいけれど、それは、できないんだ…僕は、すぐ戻らなければならないから」
「…戻る…?どこへ?」
「…僕の、いるべき場所に…ありがとう、シモン、フランソワーズ。君たちのことは忘れない」
「でも…ジョー…!」
「フランソワーズ。怖い思いをさせてしまって、本当にすまなかった。……元気で」
「…そんな」
 
震える青い瞳に吸い寄せられそうになる心を、ジョーは懸命に奮い立たせた。
これでいい、と強く思う。
 
彼女の記憶の混乱は、いずれ収まっていくのかもしれない。
そうすれば、彼女は遠からず自分がサイボーグであることも、仲間のことも思い出すはずだ。
が、それならそれでいいのだ、とジョーは思った。
もともと、彼女に戦う義務などない。が、心優しい彼女は、仲間達とともにあることを選んでくれたのだ。自分たちは、彼女のその気持ちにただ甘えていた。
 
君は、もう戦わなくていい。
いつか彼女にそう伝えたいと、ジョーは長い間願っていた。それが実現したのだ。
こんな形で…とは、予想していなかったけれど。
そして、できることなら……と、更にジョーは祈る。
できることなら、彼女の記憶が、二度と戻りませんように。
 
彼女には、いつまでもフランソワーズ・アルヌールとして生きてほしい。
そして、フランソワーズ・アルヌールの心に、サイボーグ009としてではなく、彼女を助けた心優しい一人の青年として、島村ジョーが残るというのなら、自分にとってもそれ以上の幸せはないのだと…ジョーは、そう思った。
 
…が。
ジョーははっと目を見開いた。
今にもこぼれ落ちそうな青く澄んだ瞳が、じっと見つめている。
 
この瞳を守りたくて戦ってきた。
この瞳に、どれだけ心を癒されてきただろう。
 
――失いたくない!
 
不意に奔流のようにわき上がった熱い思いに、ジョーは戸惑い、慌てた。
懸命にそれを抑え、断ち切ろうと、堅く拳を握りしめ、深呼吸する。
 
「…ジョー?」
「…さようなら」
「……」
「さようなら……003…!」
 
つぶやくように言うと、ふっと心が緩んだ。
涙が溢れそうになり、ジョーは慌ててフランソワーズに背を向け、走った。
 
ただ夢中で走り続けた。
どこをどう走ったのか、覚えていない。
いつのまにか人混みを抜け、静かな並木道に入っているのに気づき、ジョーはようやく足を止め、烈しく息を弾ませながら、倒れかかるように街路樹にもたれかかった。
 
さようなら…003。
僕の……フランソワーズ。
 
ぎゅっと目を閉じ、額に拳を押しつける。
そのときだった。
枯葉を踏む軽い足音に、ジョーははっと顔を上げた。
 
まさか、と心が震える。
おそるおそる振り返ると。
 
息を弾ませ、青い目に涙をいっぱいに浮かべたフランソワーズが、ジョーを見上げていた。
 
 
 
「ゼロ、ゼロ……ナイン?」
「――……っ?」
 
なぜ、と問いかけようとした声が、喉に絡まる。
呆然と立ちつくすばかりのジョーに、フランソワーズはたまりかねたようにすがりつき、嗚咽を漏らした。
 
「フラン、ソワーズ…?」
「どうして?…どうして…どうしてなの、ジョー?どうしてさようなら、なんて言うの?」
「……フランソワーズ」
「あなたに、003は……私は、もう必要ないの?」
「……」
「いやよ…そんなのいや!置いていかないで!…お願い…お願いよ、ジョー……いいえ、009…お願い…!」
「フランソワーズ……僕、は…」
「いや!聞きたくない…聞かないわ、あなたの言うことなんて…!あなたは、いつも、なんでも一人で決めてしまう…私の気持ちなんて、少しも考えてくれない…!」
 
不意に折れるほど抱きしめられ、フランソワーズははっと口を噤んだ。
彼の体が小刻みに震えている。
ふ、と全身から力が抜けた。
 
「…ジョー」
「……」
「…連れて行って…くれる…?」
 
囁くような声に、ジョーはただ無言でうなずいた。
 
「どこへでも…よ。あなたが…あなたたちが行くところなら、どこにでも」
「……」
「どんな危険な場所でも…命を落とすことがわかっていても」
「……」
「私は、いつも、あなたの傍にいたい…だから…」
 
ジョーはうなずき続けた。
抱き潰してしまうかもしれない…と思いながらも、腕の力を緩めることができなかった。
 
 
――やれやれ。姉さん、やっぱりそういうこと…?
 
息せき切って走ってきたシモンは、堅く抱き合う二人の姿に、深い溜息をついた。
ジョー、というこの青年を見た瞬間、直感していたことはしていたのだが……
 
やがて青年の胸から顔を上げ、おずおず振り向いた姉に、シモンは苦笑とともに軽く手を振ってみせた。
 
「…シモン、あの、私…!」
「要するに駆け落ちってことだよね?…父さんたちにはそう言っておく」
「…シモン…!」
「この間、父さんに聞いたんだ。あの二人は、そうだったんだって……だから、きっとわかってくれるよ」
「ちょっと、待って…私たちは、別に…!」
「あ。…でも、ジョー、一応、父さんに殴られる覚悟はしておいた方がいいよ。あなたは、ずいぶん強そうだから、大丈夫かもしれないけど…」
「シモン…っ!……ジョー?」
「…わかった。ありがとう、シモン……きっと、殴られにいくよ」
「約束…だぜ。……姉さんを、よろしく」
 
青年の目に柔らかい光が浮かぶのにほっとしながら、シモンは彼に右手を差し出した。
ぎゅっと握り合った青年の手は、思ったとおり力強く…そして、思ったよりも暖かかった。
 
 
 
無言でストレンジャーを走らせるジョーの横顔を、フランソワーズはこっそりのぞいた。
 
――本当に、置いていくつもりだったの…?
 
何度も尋ねようとして、やめた。
それを口にすれば、また涙があふれてしまいそうだったから。
 
彼の気持ちは、わかるような気もする。
でも、どうしてもわからないのは……おそらく、彼が、あの瞬間…別れを告げる瞬間まで、一度も、彼女の記憶を取り戻そうとする努力をしなかった、その理由だった。
 
ゼロゼロスリー。
 
その言葉を聞いた瞬間、さっと霧が晴れていくように彼女の記憶は蘇った。
つまり、それまで記憶が戻らなかったということは、ジョーがそれまでその呼称を彼女に対して一切使わなかった…ということだ。
 
――やっぱり…あなたは…女の子のサイボーグなんて、好きではないのね。
 
そう思うと、どうしようもなく心が沈んでいく。
が、フランソワーズはその思いを懸命に振り払った。
 
島村ジョーにとって、フランソワーズ・アルヌールは必要のない存在なのだとしても。
少なくとも、009にとって003が必要であることは、堅く抱きしめられたあのときにはっきり感じ取れたのだから。
 
 
――本当に、置いていくことが…できたのだろうか。
 
ジョーは、心許ない気持ちになっていた。
 
ゼロゼロスリー。
 
その言葉さえ口にしていなければ、今、隣に彼女はいなかった。
それに、自分は耐えられただろうか。
耐えきれず、彼女を無理矢理攫ってはいなかっただろうか。
かつてBGがそうしたように。
 
思えば、始めに彼女に問われたとき。
あなたは誰なのかと聞かれたとき、「009だ」と答えていれば、そこで全ては終わっていたのだろう。彼女はその瞬間記憶を取り戻しただろうし、自分もこんな迷いを心に抱くことはなかったはずだ。
が、彼女が003でなくなっていると知ったとき、どうしようもない不安に包まれてしまった。
サイボーグである自分が、罪に汚れた自分が、彼女の傍にいることは許されない、と思ってしまった。
それは、今こうしている瞬間も、変わらない事実であるというのに。
 
僕は、意気地なしだ。
君に拒絶されることを恐れて…サイボーグであることを隠そうとした。
君を、騙そうとした。
いや、僕は今も……君を騙し続けている。
君を……手放さないために。
 
 
「…ごめん」
 
不意に届いたつぶやくような声に、フランソワーズははっと顔を上げた。
 
「ジョー…?」
「ごめんよ…フランソワーズ」
 
フランソワーズは小さく首を振り、ギアに置かれた彼の手に、そうっと自分の手を重ねた。
ジョーは長く息をつき、また、ごめん、と繰り返した。

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