ホーム はじめに りんご 結婚式 メール お泊まり準備 お守り袋 これからどうするの? 383934 Who are you?
介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?

原作
 
 
少年は、憎悪に燃える視線を向け、言い放った。
 
「お前なんかに名乗る必要はない!」
 
言われてみれば、そのとおりなのだ。
が、思わず言葉を失ったとき、頭上から柔らかい声が降った。
 
「ええ、必要はないわ。でも、あなたの名前を知りたいの……それだけよ」
「……00、3?」
 
ふと見上げる009に003は微笑した。
いや、そうではなく、彼女は彼の背後の少年に微笑したのだけれど。
それでも、その微笑は自分に向けられたもののように、009には思えた。
 
「009、そこから跳べそう?」
「ああ、もちろん」
 
うなずいてから009は少年を振り返り、もう一度手を差し伸べた。
少年は、ぼんやりとその手を取った。
おとなしくしてくれさえすれば、彼を抱えて飛び上がることなど造作もない。
そっと地面に下ろされると、少年は暗い眼差しで003を見つめ、つぶやくように言った。
 
「……どうして」
「理由なんてないわ……無事で、よかった」
 
少年は口を噤んだ。
003も、それ以上何も言わなかった。
 
 
 
「結局、わからなかったな」
 
ちらちらと踊る焚き火の炎を見つめながら、不意に009が口を開いたので、003はただ首を傾げた。
そんな彼女の表情に、わからないのは僕の方だと気づき、009は思わず苦笑した。
 
「いや…ゴメン。さっきの、あの子の話さ」
「…あの子?」
「ウン。…あの子の、名前。とうとう教えてくれなかったな…と思って」
「そう、ね……考えてみたら、当たり前だったわ。見知らぬ人に名前を教えても、いいことなんてひとつもないもの……そうやって、あの子は生きてきたんだわ」
「そうだね。そう言われてみれば、僕だってそうだったからな」
「……え?」
 
009は、眩しそうに目を細めて003をちらっと見やり、苦笑いのまま続けた。
 
「僕に、名前を言えっていう知らない大人は、警察官か、教師か、チンピラか……そんなトコロだったよ」
 
「…まあ」
「名乗れってことは、宣戦布告みたいなモノさ……そういえば僕もよく言ったっけ。『オマエなんかに名乗る必要はない!』ってね」
「そうなの?」
 
想像できないわ、という表情で目を丸くしている003の額を軽くつっつき、009は今度は楽しそうに笑った。肩をすくめてくすっと笑い、003はまた首を傾げた。
 
「でも、私はあなたがそう言うのを聞いたことがないような気がするわ……私たち、初めて会ったとき、どうやってあなたの名前を聞いたのかしら」
「僕は、名乗っていないよ。君たちの方から教えてくれたんじゃないか。『君が009だ』…ってさ」
「…あ!」
「今思えば、あれでよかったんだなあ…そうでなきゃ、いきなり喧嘩になってたかもしれない」
「まあ、まさか!」
 
ころころ笑い出した003を満足そうに見やると、009は照れ隠しのように棒で火をかき回した。
 
「あのときは、お互いの呼び名を知る必要があった。ありすぎるほど……でも、僕にとっては初めてだったんだ。『君が必要だ』って言われたのは」
「…ジョー」
 
003ははっとして、009を見つめた。
いつものように背中を丸め、炎に見入っている彼の眼差しがどこか遠く、ひどく寂しげに見える。
 
……あのとき。
 
肩で息をしていたずぶ濡れの少年に、仲間たちは言った。
君は兄弟だ、俺たちを信じてくれ……と。
自分も言った。
009、あなたもこっちにいらっしゃい……と。
そして、白衣の男たちは言った。
そっちに行くな、あいつらをやっつけろ、と。
 
あのときの009は、もしかしたら、ただ「命令」を嫌っただけだったのかもしれない…と、003はふと思う。
勝手に彼に「009」という名を与え、押しつけて、その役割を果たすように要求したという点では、BGの科学者も自分たちも同じだったのかもしれない。
 
「君が必要だ」なんて……。
 
そういう意味ではないはずだった。
 
自分たちは、彼を……009としての力だけを「必要」として、ただその役目を果たすことだけを求めて、その名を呼んだわけではないはずだった。
 
……でも。
 
不意に背中に温かい手のひらを感じ、はっともの思いから覚めた003は、いつのまにか間近にある茶色の瞳にうろたえた。
 
「……いい?」
「エ…?…あ、あの…」
「何が、なんて聞くなよ?……どうしても聞きたければ言うけど」
「…ジョー…?」
 
まさか、と思ったときにはぴったりと抱き寄せられ、唇を塞がれていた。
 
 
 
ゴメン、と口の中でつぶやき、009は眠る003の体を粗末な毛布でくるみ直すと、そっと膝の上に抱き上げた。
せめて朝までこうしていよう、と思う。
 
今更、やり直すわけにはいかない。
そんなことはわかっている……が、やっぱり、僕は妬いていたんだな、と009は苦く笑った。
 
フランソワーズ。
君に名前を聞いてもらいたかった。あの子のように。
僕は必ず、君をはねつけただろうけれど。あの子のように。
でも、きっと、君は。
 
「必要はないわ。でも、あなたの名前を知りたいの……それだけよ」
 
そんな風に、始めたかった。
 
今更やり直すわけにはいかないし、それに、そんな風に始まっていたら、きっとこうして君を手に入れることもなかったはずだ。あの頃の僕に、君がくれたものを素直に受け止めるだけの勇気はなかったから。始まった瞬間、僕はすべてを終わらせてしまっただろう。あの子のように。
 
それでも……
 
それでも、フランソワーズ。
僕は、妬ましい。妬ましくてたまらない。
だって、あの子の中には残るだろう。
あなたはあなたであるだけでいいのだと、君がくれた微笑が。
小さいけれど、一生消えない……眩しい光が。
 
後悔しているわけじゃない。
あの子が手に入れたモノと、僕が手にしているモノ……もし、あのとき選べたとしても、僕はこっちを選んでいるだろう。
 
僕は、迷わず選ぶ。
ただ島村ジョーであることよりも、003を守り、この腕に抱くことを使命とした、この世でただ1人の男として生きることを。009であることを。
 
後悔なんかしない。
誰にもこの座を譲り渡しはしない。
その役割こそが、僕の生そのもので構わない。
 
ただ、妬ましいだけなんだ。
 
 
 

PAST INDEX FUTURE

ホーム はじめに りんご 結婚式 メール お泊まり準備 お守り袋 これからどうするの? 383934 Who are you?
介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?