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介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?

   原作
 
「おや、また一人でいくのかね?」
「はい。……今、大事なところだから手が離せないんですって。朝食もあとにするそうですわ」
「生意気な。いっぱしの技術者のようなことを……!」 
 
ギルモアはあからさまに眉をひそめた。
フランソワーズがくすくす笑う。
 
「まあ。ジョーは博士ご自慢の一番弟子だったんじゃありません?」
「何が一番弟子なものか!……ここのところ、ろくに手伝いもせんで、わけのわからない機械を作っては派手に壊しておるばかりじゃ。何の役にも立っておらんわい!」
 
ぷりぷり怒るギルモアの頬に宥めるようなキスをしてから、フランソワーズはいってまいります、と微笑んだ。
何やら地下で怪しい……おそらくごく小規模な爆発の……音がしている。たぶん、早速ジョーが何かをやらかしたのだろう。
この後のことを思うと、少しでもギルモアの機嫌をよくしておいた方がよさそうだった。
 
張々湖の店の客が、経営する介護施設の人手不足を嘆いていたのはひと月前ほどのことだった。上得意客であるだけでなく、人柄が良く、張々湖にとっては大事な友人でもある……ということで、彼の窮地を手助けするべく、ジョーとフランソワーズが短期のボランティアを引き受けることになった。
 
そういう施設で働いた経験は二人ともなかったが、腕力・体力が十二分にあるだけでなく、長年ギルモアのもとであれこれと助手のようなことをしていたこともあって、施設では初日から即戦力として働くことができた。
 
職員たちにも温かく感謝をもって迎えられ、何も問題はなかったはずなのだが。
働き始めて10日ほどたつと、急にジョーが「明日から、ボクは行かないよ」と言い出したのだ。
こういうときの彼に何を聞いても無駄だとよく知っているフランソワーズなので、理由を問いただしはしなかった……が、もちろん、彼が何を考えているのかわかるはずもない。
その頃には、フランソワーズだけでも十分な手助けができる見通しも大体立ってきていたので、そういう意味でも彼の気まぐれについてとやかく言う必要はなかったのだ。
 
そして、施設に行くことをやめたジョーは、その後研究室に閉じこもり、文字通り寝食を惜しんで、介護ロボット……らしきモノの開発に熱中しているのだった。
 
 
 
たしかに、介護の仕事は大いに体力を要する。
サイボーグとして人並み外れた身体能力を持つフランソワーズでも、それを日々実感しないわけにはいかなかった。
 
あまり目立ってもマズイと、はじめは遠慮していたが、そんな演技をいつまでもしていられる現場ではなかった。幸い「ガイジンさん」である、ということで相当の不自然さを強引に納得してもらえるらしく、演技をする必要もほとんどなかったのだ。
 
彼女のしっかりと力強くそれでいて繊細な介助と、並外れた美貌と、人懐こく優しい人柄はたちまち施設の人々の信頼を勝ち得ていた。
もちろん、それについてはジョーも同じだったのだが。
 
ジョーが来なくなってから、明かに落胆の色を見せている入居者……特に女性の……を見ると、フランソワーズの胸は痛んだ。彼には彼の考えがあってのことだ、と信じてはいるものの、やはり、どうしてかしら……と思わずにいられない。
 
ジョーは、日々の労働に疲れ切った介護士たちへの気配りも怠っていなかった。
そうして彼女たちの苦労を目の当たりにしたからこそ、介護ロボットの開発を強く思い立ったに違いない。
メカの開発ということだけなら、ギルモアや001の方がずっと優れた手腕を持っているが、何といっても、実際の現場をつぶさに見た経験とそこから生まれた熱意には換えられない。
 
「アルヌールさん……あんた、いつまで来るんかね」
「今月の終わりまで……あと2週間ほどですわ」
「そうかぁ……あんたがいないとさびしいなあ……」
 
心底つらそうに溜息をついた老人の細い腕を丁寧に拭きながら、フランソワーズは切ない気持ちになっていた。
もう少しここで働きたいのは山々だったが、昨日、ピュンマから連絡が入った。
彼が暮らすケニアの奥地で、「事件」かどうかはまだわからないものの、奇妙な現象が起きているというのだ。
初動の調査にはピュンマとグレート、そしてアルベルトがあたることになっている。それで何事もなければ、あと数ヶ月、この仕事を続けることはできるかもしれない。
でも、いずれにしても、いつかは……
 
――だから、ジョーはロボットを作ろうと思ったのよね。
 
サイボーグとしての力を有効に使うというのなら、いつ完成できるかわからないロボット開発よりも、今すぐ現場で働くほうが効率的に思える。
でも、どんなに強い力をもっていても、一人であることに変わりはないのだ。
 
――たとえば、私が二人分の腕力をもっていても、一度に二人の入浴介助はできないわ。ジョーは正しいのよ。でも……。
 
安心しきったように身を任せる老人を注意深く抱き上げながら、フランソワーズは思いにふけっていた。
 
 
 
何事もない、というわけにはいかなかった。
ほどなくフランソワーズもケニアに飛ぶこととなり、ボランティアの期間を延長することはできなかった。
それでも、約束の期日までは続けられるようにと、彼女の合流はぎりぎりまで伸ばされたのだ。
 
お別れ会をしたいという施設の人々の好意を辞し、別れを惜しみつつもフランソワーズは急いで施設を出た。
次の瞬間、ふわっと体が浮いた。加速装置、とすぐに気付いた。
 
――ジョー?
――おどかして、ごめん。このままドルフィンに行くよ。
――わかったわ。ありがとう……ごめんなさい。
 
本当にぎりぎりだったんだわ……と、いつものように彼にぴったりとしがみつきながら、フランソワーズは別れの悲しみと、仲間達への感謝と申し訳なさで胸を一杯にしていた。
 
幸い、事件は予想より単純なものだった。
解決への道はそれほどの紆余曲折を辿ることなく、裏に大きな組織の影をみることもなかった。
それでも、全てがとりあえず安定し、彼らが解散できるようになるまでは3週間を要した。
 
そうして研究所に戻り、久しぶりに厨房に立ったときだった。
張々湖が忙しく中華鍋を振りながら、フランソワーズに言った。
 
「そうだ、例のボランティアね……もう、行かなくてもいいアルよ」
「……え?」
「新しい人が入ったってことアル」
「そ……そうなの」
「フランソワーズに、よくよくお礼言ってほしいってことづかってるネ」
「……」
「フランソワーズ。……アンタの気持ち、わからなくはないけどネ、仕方ないことアルよ」
「わかってるわ……ごめんなさい、大人」
「よろしい。さ、元気出すね!そんな顔してたら、ジョーが死ぬほど心配するアル!」
「……もう!」
 
フランソワーズは素早く涙を払い、笑顔を作った。
張々湖の言うとおりだと思ったのだ。
 
 
 
「なに……かしら、コレ……?」
 
地下室の奥にしまってある資料を取りに行こうとし、ソレを見つけたフランソワーズは首をかしげた。
作りかけの、かなり大きい、椅子……のように見えるのだが、ただの椅子ではないことはあきらかだった。
 
表面がなめらかな樹脂でコーティングされている一人がけの椅子で、くつろぐためのモノではなさそうだし、乗り物にセットするようなモノでもなさそうだった。
うっすらと埃が積もっているところをみると、かなり前からここに置かれているものらしい。
 
戦闘用……には見えない。
強いていえば医療ツールに近いが、これを用いてどんなメンテナンスをするというのか、見当もつかない。
椅子は未完成ながら可動性になっているようだった。そして、どうもそれとセットであるらしい、同じ素材でできた作りかけの大きいカバーのようなモノが近くに置かれている。
 
「フランソワーズ?」
 
不意に声をかけられ、はっと振り向くと、ジョーが立っていた。
なかなか上がってこないからどうしたのかと思って……と近づきながら、彼はフランソワーズが不思議そうに見ていたソレに気付き、ああ、と笑った。
 
「そうか、そういえば放っておいたんだ……」
「あなたが作ったの?」
「うん、なんだと思う?」
「わからないわ。……だから考えていたの」
「ふふ、これはね……入浴介助ロボットの試作品……の、作りかけ、だよ」
「入、浴?……ア!」
「うん。……懐かしいなあ」
「あの、ときの……?」
 
フランソワーズの脳裡に、あの介護施設での短い日々が鮮やかに蘇った。
そう言われてみれば、椅子は堅い素材でできているものの、表面は肌ざわりがよく、体に負担をかけないよう、そのラインにも微妙な曲線が工夫されている。
 
「すっかり忘れていたなあ……もう、こんなモノ、きっとどこかのベンチャー企業がとっくに開発しているんだろうな」
「……忘れて?」
 
フランソワーズは首をかしげた。
自分の悲しみで精一杯だったあのとき、ジョーが打ち込んでいた介護ロボット開発がどうなったかに思い至らなかったのは、迂闊といえば迂闊だったが、仕方がなかったようにも思う。
が、ジョー自身が忘れていた、というのは……
 
「本当に、忘れていたの?……あんなに一生懸命だったのに」
「うーん……まあ、そういうこと。……たしかに一生懸命だったけど、動機が不純だったからね」
 
照れくさそうに苦笑するジョーの言葉に、フランソワーズは再び首をかしげた。
 
 
 
「君は、本当に仕事に打ち込んでいたし、あの施設の人たちを心から愛していたんだと思う。でも、ボクはちょっと違ってたんだ」
 
ジョーは淡々と話し始めた。
 
「もちろん、はじめのうちは君と同じだったんだと思う。でも……ね。だんだん、なんていうか。……馬鹿だって思うだろうけど、イライラするようになった。君は、たぶん気付いてなかっただろうけど、ものすごく人気者だったんだよ……施設の人たち……特に、男性に、ね」
 
要するに。
ジョーは、施設の男性職員や老人たちが、次第にフランソワーズの魅力にひかれていき、ごくごく控えめなやりかたながら、彼女に微妙なアプローチを試みるようになったのに気付いた……のだという。
驚いて反論しようとするフランソワーズの唇を、素早く人差し指でおさえ、ジョーは笑った。
 
「わかってる。馬鹿だよね。……でもさ、そのときは本当にいらいらしてたんだ。だって、あの頃って、ボクたちはまだ……だった、だろ?」
 
さっとフランソワーズの頬が染まるのを満足そうに見つめながら、ジョーは人差し指をそうっと離した。
 
「馬鹿馬鹿しいって思おうとしても無駄だった。そのうち、なんでもないことにも苛つくようになって……ある日、ぞっとしたんだ。ボクは、君がベッドから抱き起こそうとしていたお年寄りの腕を咄嗟につかんで……ひねりつぶそうとした」
 
まさか、と驚きながらも、フランソワーズはあ、と息をのんだ。
たしかに……。
 
「一度……一度だけ……あなたが必要ないのに、私を手助けしてくれたことがあったわ……まさか、アレが」
「うん。それは、手助けじゃなかったんだよ、フランソワーズ。……だって、あのとき、あの人は、君のココを……こうやってさ」
「……っ!やだ、ジョー!」
 
フランソワーズは怪しく腰に伸びてきたジョーの手を思い切りはらいのけ、彼をにらみつけた。
ごめん、と言いながらも、彼の目は悪びれた様子もなくおかしそうに笑っている。
 
「少なくとも、そのときのボクにはそう見えた。たしかに……きっとボクの勘違いっていうか、妄想だったのかなと思う。今ではね。いや、そのときだって本当はそう思ってたのかもしれない。でも、体は動きそうになっていた。ボクは、自分が怖くなったんだ。……自分の、体も、心も」
「それで……仕事をやめたのね」
「そういうこと。でも、さすがに気がとがめたし……君の手助けもしたかった、というか、本音を言えば、君があそこに行かなくてもすむようにしたかった。……それが、コレの開発理由さ」
「……」
 
こんこん、と椅子を叩きながら、ジョーは肩をすくめた。
その仕草と、そのまま顔をそむけた彼の耳が真っ赤に染まっているのを見て、フランソワーズはくすくす笑った。
 
「ちぇっ、笑うなよ。格好つかないなあ……すぐ壊しておけばよかった」
「……でも、やめてしまったのは惜しかったんじゃない?特許がとれたかもしれないのに。そうだわ、入浴ロボットって言ってたけど……これ、どうやって使うの?」
 
フランソワーズが優しく問いかけると、ジョーはふっと顔を上げ、子どものように無邪気に目を輝かせた。
 
「ふふふ、まさか、これでお風呂に入れるなんて、想像できないだろ?……あの頃は、名案だと思ったんだよなあ……ちょっと坐ってみて。そう、で、そこに両腕を入れるんだ。足はここに」
 
心底楽しそうな、いたずらっ子のような笑顔に釣り込まれ、フランソワーズはまたくすくす笑いながら、彼に導かれるままその椅子に坐った。
 
 
――坐ってはいけなかったのだと、心から後悔することになるとは夢にも思わずに。
 

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