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介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?

   平ゼロ
 
 
 
「え?介護福祉士の資格……ですか?僕が?」
「うむ。やはり持っておらんかったかの」
「ええ……興味はありましたが……あの頃、まだ高校を出たばかりだったので、何も」
「コズミ博士、なぜジョーにそんなことを?」
 
お茶を運んできたフランソワーズに問いかけられれ、コズミはにこにこと微笑した。
 
「資格がないとなると、国家試験を受けなければならないが……まあ、その辺りのことはおそらく、坊やがどうにかしてくれるんじゃないかね、ギルモア君?」
「まあ……難しいことではないがの。目を覚ましさえすれば」
 
ギルモアはそう言いながら、ゆりかごですやすや眠る「坊や」……001に目をやった。
 
「来月のアタマには、間に合うかね?」
「たぶん、大丈夫じゃろ」
「よ〜し、それじゃ、き〜まり」
「コズミ……博士?」
 
コズミは楽しそうに笑い、まずジョーの、そして次にフランソワーズの肩をぽんぽん、と叩いた。
 
「二人とも、就職おめでとう〜!」
「え、ええっ?」
「おいおい、コズミ君、フランソワーズも、かね?」
「坊やにとっては、一人も二人も同じじゃろうて……とにかく、人手不足なんじゃよ〜」
 
 
 
慎重にハンドルを切りながら、ジョーはちら……と助手席を横目で見た。
フランソワーズは、相変わらず無言のまま窓の外を一心に見ている。
 
どうだった……?と、聞いてみた方がいいのかもしれない。
が、もしも楽しかったのなら……彼女のことだから、きっと自分からあれこれと話をしてくるのではないだろうか。目を輝かせて。
 
ジョー自身についていえば、楽しかった……といえる。
少なくとも、自分が人の役に立つことができているということは実感できた。
 
介護士になる、ということは、かつて考えていないわけではなかった。興味をもった仕事のひとつだ。
戦闘サイボーグとなった今、その仕事をかりそめとはいえ、できるのは幸せなことだとジョーは思う。
しかし、フランソワーズは……
 
あの晩。
コズミ博士が置いていった、「就職先」だという老人介護施設のパンフレットを、フランソワーズはうつむいたまま手に取り、しばらくじっと眺めていた。
 
「……このひと。同い年だわ」
 
耳をそばだてていたわけではない。
が、その微かなつぶやきを、ジョーは聞いてしまった。
 
彼女が眺めていたのは、ひとりの入居者の写真入りインタビュー記事のようだった。
何か話しかけたいと思いながらも、声は出ず、体も動かなかった。
でも、結局それでよかったのだろうと、ジョーは寂しく思う。
自分に彼女のその気持ちはわからないのだから。きっと永遠に。
 
ギルモアがそこに思い至っていたのか、そうでなかったのかはわからなかった……が、彼は、コズミに正式な返答をする前、ジョーとフランソワーズそれぞれに、その仕事をうけるかどうかを改めて尋ねた。
ジョーとしては否やはなかったし、自分が先に引き受けておけばコズミ博士への義理も立つのだから、フランソワーズに無理をさせることもないのだと思った。だから、即座に「お願いします」と返答したのだった。
そして。
 
意外にも……と、ジョーは思った……フランソワーズもすぐ続けて「私もお願いします」と迷いのない明るい声で言ったのだ。
 
初出勤の1日はさすがにいろいろと気疲れはした……が、仕事そのものを辛いとは思わなかったし、むしろやりがいがあると、ジョーは感じていた。
彼女もそう思ってくれていればいいと思った。
 
 
 
フランソワーズが仕事を楽しいと思っているのかは相変わらずジョーにはわからないままだったし、それについて彼女と語り合うことも相変わらずなかった……が、仕事自体は極めて順調に進んだ。
 
無限の腕力と体力を持ち、人懐こいジョーはたちまち老人たちに馴染み、信用を得ると同時に、彼らにかわいがられもした。
女性の着替えを手伝うとき、どうしても照れてもたつきがちになるなど、不器用なところもかなりあったが、それはそれで好感を持たれているようだった。
 
フランソワーズは、ほがらか……とまでは言えないものの、明るく感じのよい態度で仕事をてきぱきこなしていった。表裏のない誠実な働きぶりは傍目にも気持ちのよいものだったし、何よりその美貌が老人たちに往年のフランス女優を思わせるらしく、彼らの単調になりがちな日常に鮮やかな彩りを与えていた。
 
しかし、ジョーから見ると、研究所で仲間達を相手にしているときの闊達さに比べ、彼女はあきらかに控えめというか、必要以上の会話をしないように気を配っているようなのだった。
特に、老人たちが「昔話」を始めると、彼女は終始微笑しながらも、ほとんど口を開こうとしなかった。
たとえば、名作といわれている古い映画や舞台の話、有名な俳優や歌手の思い出、戦争や政変の記憶……そうした話題になると、フランソワーズは日本語がわからないのではないかと思うほど反応を見せなかった。もっとも、老人たちは「アルヌールさんは日本語があまりわからない」と何となく思い込んでいたので、違和感はなかったのだが。
 
そのように日々が流れ、仕事にもかなり慣れてきた頃だった。
帰りの車の中で、フランソワーズがふと微笑して言った。
 
「今日は面白かったわ……皆さんの映画の話がとても懐かしくて。もう少しで、余計なことを言ってしまうところだった」
「余計な、こと?」
「ええ。やっぱり、あまり大昔の細かいことに詳しいのは不自然でしょう?コズミ博士に迷惑をかけるわけにはいかないわ」
「そんなこと……気にしなくてもいいよ。もし、もし不自然でも、日本人ってさ、ガイジンさんってそんなものなのかな、なんて曖昧な納得ができるし」
「まあ。それはアナタだけの特徴なんじゃなくて、ジョー?」
「まさか!」
 
憮然とするジョーの横顔を楽しそうに見やってから、フランソワーズはふと息をついた。
 
「そうね……アナタの言うとおりかもしれない。気にしなくてもいいんでしょうね。……本当は私、怖いのよ。あの人たちとおしゃべりしているうちに、いろいろなことを……せっかく忘れていた昔のことを思い出すんじゃないかって」
「……フランソワーズ」
「このお仕事、やらせてもらってよかったわ……毎日とても楽しくて。でも、その分、なんだか不安な気持ちにもなるの……ごめんなさい、おかしなこと言って」
「謝ることなんかない。……君が、どう思ってるのか、ずっと気になってた」
「……ジョー?」
「君は、そういうこと……あまり話してくれないから」
「あら。……そうかしら。もしそうでも、アナタほどじゃないと思うわ」
「僕は、別に。特別話すことなんかないし……毎日楽しい、それだけだよ。君もそうならいいって、ずっと思ってたんだ」
「……そういえばアナタ、着替え、もううまく手伝えるようになった?まだなら、私が練習台になってあげましょうか?」
「え?」
「ふふ、遠慮はいらないわよ。私はあなたのお姉さんで……おばあちゃんでもあるんですもの」
「……そういう冗談はやめろよ、全然面白くない!」
 
思わずぴしゃりと言ってしまった。
微笑していたフランソワーズは僅かに顔色を変え、そのままうつむいてしまったし、ジョー自身もその後どう話を続ければいいのかわからず、黙り込んだ。
 
しまった、とは思った……が、後悔はしていなかった。
フランソワーズが失った時間を取り返すことはできない。
が、だからといって、これからの彼女の時間までもがそれによって損なわれる必要などないはずなのだ。
ジョーはいつもそう思っていた。
 
 
 
施設では、月に一度、ボランティアによる演奏会や映画の上映会などが行われるのだという。
その月のイベントは「蓄音機の会」だった。
 
ボランティアは、地元のオーディオマニアだという初老の男性で、大量のSPレコードと、それを再生できる蓄音機を車に積んでやってきた。
フツウの職員だけでそれらを彼の満足がいくように慎重に、しかも素早く運び込んでセッティングするのはきっと至難の業だったに違いないが、ジョーとフランソワーズがさりげなく、しかし十二分に能力を発揮した結果、イベント準備は極めて順調に進んだ。
 
イベントの予定時間は約1時間。
事前に、どんな曲を聴いてみたいかというアンケートもとってある。
打ち合わせも何度かしてきたというのだが、にも関わらず、彼が持ち込んだレコードはあまりに大量だった。
そこで、すべての準備が整い、後は曲目の最終確認のみ……という段になって、職員たちは思いがけず、ちょっとした困難に突き当たっていた。
 
アンケートの結果で人気の高い曲は、古い日本の歌や有名な洋画の音楽などで、その程度なら職員たちにも……ついでに言うならジョーでも曲名を聞いただけで、ああ、アレだな……と、イメージすることができた。
が、それだけでは質・量ともに物足りなかったし……といって、他にどの曲をかけたらいいのか、はっきりしない。
ボランティアの男性は豊富な知識をベースにあれこれと提案してくれるのだが、あまりにマニアックな彼の考えをどこまで入れればいいのか、判断しかねるところがあったのだった。
 
「……この、ジャンヌ・モローはどうですか?いい曲が入っていると思いますわ。日本でもよく知られている女優でしょう?」
「ああ、なるほど!……そういうのを入れると盛り上がるかもしれませんね!」
 
フランソワーズが遠慮がちに一枚のレコードを選び出したのと同時に、滞りかけていた空気がすっと動くのをジョーは感じた。彼女の言葉には、控えめながらもしっかりした芯のようなものがあったのだ。
やがて、同じようにして数枚のレコードが次々に選び出された。
 
実は気難しく扱いにくい、という前評判もあったボランティアの男性も、フランソワーズの知識と感性、それに加えて何より古いレコードを取り扱う手つきの適確な繊細さに感動し、すっかり上機嫌になっていた。イベントは大成功に終わった。
 
楽しそうに音楽に聴き入っていた老人たちは、その日はいつもよりずっと滑らかな口調で、若い日の思い出を生き生きとジョーたちに語るのだった。
そして、その話をうなずきながら聞いているフランソワーズもまた幸せそうに微笑していた。それが、ジョーには何より嬉しかった。
 
 
 
数日後。
イベントが行われた施設の小ホールに大きな古い蓄音機と数十枚のSPレコードが設置された。話を聞いたコズミが自宅の「納戸」に眠っていたというそれを寄付したのだった。レコードの管理と蓄音機の操作・メンテナンスは、いつのまにかフランソワーズの担当となっていた。
 
コズミはシャンソン好きだったらしく、レーベルに日本語が全く書かれていない輸入盤が数多くあった。フランソワーズはそれらの中から老人たちの求めに最も近いイメージの曲を選ぶのが得意だったのだ。
普段、あまり音楽を聴かないジョーだったが、彼女が扱う蓄音機の音には強く心を惹かれるようになっていた。
 
「不思議だなあ……どうして懐かしいって思うんだろう。こういう音楽を聴いたことなんて、今までなかったはずなのに」
 
ある日、ふとそうもらしたジョーに、傍らにいたフランソワーズは「補助脳のデータなんじゃないかしら?」と、そっけなく応じた。
思わずむっとしかけた……が、彼女の目が可笑しそうに輝いているのにジョーはすぐ気付いた。
 
「からかうなんて、ひどいよ。本当のことを言ってるのに……」
「そうね、ジョーはいつも本当のことを言ってくれるわね」
 
え、とジョーは思わずフランソワーズをのぞいた。
どういう意味の言葉なのか……またからかわれているのか、彼女の表情からは何も読み取れない。
 
曲が静かに終わった。
次はピアフで、というリクエストにうなずき、フランソワーズは二枚のレコードを選び出した……が、ふと迷うように視線をさまよわせ、リクエストを投げた老人に、どちらにします?と尋ねた。
 
「うーん。迷うところだが、『枯葉』はアンタたちにまだ似合わんな。『バラ色の人生』がぴったりだ」
「……まあ!」
 
フランソワーズは微笑み、老人を軽く睨むようにした。
 
「私たち、こう見えても経験は豊富な方ですのよ。人生の苦しみも悲しみも……絶望もよくわかっているつもりですわ……でも、たしかに、恋については、おっしゃるとおりかもしれません……ね、ジョー?」
「へっ?」
 
今度は絶対からかわれている、とわかったが、何をどう反論したらいいのかわからない。
そんなジョーの様子がおかしいと、老人たちは楽しそうに笑った。
 
 
流れ始めたのは、ジョーもよく知っている明るいメロディーだった。
フランス語の歌詞はわからないが、幸福を歌う歌らしいということは感じ取れる。
だったら、いいんだ、とジョーは思った。
 
どこで、いつ生まれたなんて……どうでもいいことだ。
大切なのは、こうやって変わらずに歌えるってことなのだから。
君は、きっとみんなを幸せにする。
この音楽のように。
 
そして、相当の音楽好きだとわかった彼女のために、ジョーはもうすぐ受け取ることになる初めての給料で、レコードプレーヤーではなくMP3プレイヤーを買おうと思っている。
彼女がそれを蓄音機と同じように自由自在に使いこなせるということを、誰よりもよく知っているからだ。
 
もし、今度フランソワーズが自分を「おばあちゃん」と言ったら、どうせわかるはずのない彼女の気持ちを考えるのなんかやめて、ただ、本当のことを言おう、とジョーは思う。ようやくわかり始めてきた、本当の……自分の気持ちだけを。
 
「でも僕は、おばあちゃんが好きだよ」
 
……と。

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