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介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?

   新ゼロ
 
 
「…というわけで、009、003。あと一週間、今の仕事を続けてくれたまえ」
「わかりました、ギルモア博士」
「……」
「ん?どうしたのかね、003?」
「あ……は、はい、わかりました、博士」
 
どぎまぎした様子になった003に、009も首をかしげた。
 
「フランソワーズ?何か……気になることでもあるのかい?」
「いいえ」
 
慌てて首を振り、003は懸命に笑顔を作った。
作戦が終わったのにこうして日本滞在を引き延ばすのは、明らかに自分たちを……特に009をねぎらうギルモアの心遣いに違いない。
たしかにここ数日、009はごく穏やかな表情でゆったりと流れる時間を楽しんでいるように見える。そんな彼の姿を見たのは初めだと、003は思う。
 
やはり、慣れ親しんだ故国の生活習慣は疲れた心を癒してくれるものなのかもしれない。
二人が住まいとして借りた住居はごく小さく古い……そしておそらく粗末な日本家屋だった。電気も水道も引かれていないし、家具らしい家具すらあまり入っていない。003には何もかもが珍しく思えた。
が、009は実に嬉しそうに……研究所にいるときとは別人のように、水汲みから薪割り、火熾し、風呂焚き、フトン敷き……と、細かい家事を次々にこなしていった。
 
そんな彼の姿に触れ、一緒に暮らす時間そのものは、003にとってもきわめて楽しかった。
が、にもかかわらず、「気になること」は……あったのだ。それを思うと、すぐにでもここを離れ、研究所に戻りたいぐらいに。
 
が、それは誰にも言えない。
その理由があまりにくだらない、と我ながら思わずにいられなかったから。
 
今日は、2月9日。
あと一週間日本に滞在する……と、いうことは。
もちろん、2月14日を日本で迎えなければならない、ということなのだった。
 
 
 
ネオ・ブラックゴーストの影を追い続け、サイボーグたちがたどり着いたのは、日本のごく小さな山村の、さらに奥まったところに作られた地下研究所だった。
そこでは多くの一般人……それも地元の高齢者たちが働いていた。
 
なにがシルバー・パワーだ、フザけやがって、と002は毒づいた。
彼らは皆、近隣の村人だったが、その研究所で実は細菌兵器が開発されているなどとは想像すらしていなかった。
彼らは、知る人ぞ知る村おこしの切り札「ニジマスの塩麹漬け」をよりレベルアップするための新しい麹菌を研究者たちが開発しているのだと信じて疑わなかったし、今となってはそれで何も間違っていないということになる。サイボーグたちが秘密裏に研究所からネオ・ブラックゴースト系のスタッフを追い出したからだ。
 
001と008が入念に立てたその作戦に間違いがあるはずはなかったが、一応念のために……と、003が作戦終了後、当分の間研究所を「監視」することになった。
そういうことになれば、彼女の護衛が必要で、といっても日本の過疎の村にそう大勢でぞろぞろいつまでもガイジンが滞在するのは難しい、ということになるから009だけが同行し…………と、009は考えていたし、003もそう考えようとしていた。
そういうわけで、二人は地球一周旅行中のガイジンが臨時のボランティアを志願……という名目で村に滞在し、昼はその村外れにある老人介護施設に通っていた。
 
 
 
「あ、島村クンならさっき高木さんと散歩に行ったわよ」
 
明るい声に、思わずぎくりとした003は、おそるおそる振り返った。
ショートカットの女性がにこにこ話しかけている。
 
「脅かしちゃった?ごめんなさいね、イキナリ。えーと、つまり……シマムラくん……というか、ジョーは、散歩です。高木さんと」
「は、はい……ありがとうございます、コヤマさん」
 
009がタカギという老人とこのごろよく話をしているのは知っている。たった今も、外で車いすを押している彼を「見つけた」ばかりだった。
 
「どういたしまして……それに、コヤマさんじゃなくて、マ・ユ・ミ……でしょ?」
「あ……すみません。マ……ユミさん」
「もう!さん、はいらないのに。フランソワーズって本当に礼儀正しいんだから」
「す、みません……」
 
必要はないとわかっているのについ小さくなってしまう。
彼女が相手だといつもこのようになり、それゆえにコヤマ・マユミはフランソワーズを日本語があまり得意でない極端に内気な少女だと思っているらしい。
 
「マユミ、フランソワーズ!……こんなところにいたのね、探したわ!」
「あら、キャシー……さっきの仕事は終わったの?」
「もちろん。ちょっと息抜きしようかなーと」
「アナタって、息抜きの合間に仕事してるでしょ?いくらアルバイトだって、もーちょっと働いて欲しいわ。フランソワーズを見習いなさいよ」
「フランソワーズが働き過ぎなのよ。ね、わかる?あなた、働き過ぎ!」
 
どう応えたらいいかわからず、003ず微笑してみせた。
まるで日本人みたいなごまかしかただわ……と思い、009の気持ちが少しわかったような気にもなる。
 
「フランソワーズ、それでね、アナタを探していたわけっていうのは……つまり、今日はケーキある?ってこと」
「ええ。お茶のときにどうぞ」
「やったあ!この死にそうに退屈な毎日の中で、私に生きる力を与えてくれるのは、あなたのケーキだけなのよ、フランソワーズ!」
 
ケーキ、と言ってもダッチオーブンで焼いたごくシンプルなパウンドケーキだ。
009は全く関心を示さなかったのでここに持ってきたのが3日前で、それがどうも女性職員の間で好評らしい。
特に、マユミの後輩だというこのシバタという少女……どうみても日本人なのに、なぜか「キャシー」と呼ばれている……は、これまで食べたどんなスイーツよりもおいしい!と絶賛してくれている。
 
「たしかにおいしいのよね、フランソワーズのケーキって。レシピ教えてもらえるかしら?」
「レシピ……ですか?」
 
マユミに真顔で問われ、003は困惑した。
材料を量る道具など持ち込んでいない。
要するに目分量なのだが、おそらくその精度はサイボーグとしての能力によって相当高められているはずだ。
 
「マユミ、あなた、商品開発を考えているんでしょう?村の新名物スイーツ」
「バレたか……このケーキ、いいと思うのよねえ、シンプルで優しい味だわ。癒しと自然、が我が村のモットーですもん。イメージぴったりよ」
「やだやだ、なんでも仕事に利用しようとするんだから!いいこと、ケーキ作りは女の子の夢なの……ね、そうよね、フランソワーズ?……それで、実はお願いがあるんだけど……」
 
キャシーが急に声をひそめ、ウインクする。
わけがわからないまま、003は曖昧にうなずいていた。
 
 
 
キャシーの「お願い」は、ブラウニーを焼いてほしい、というものだった。
自分が食べるのではなく、バレンタインで配るプレゼントにしたいのだ、と。
 
「あきれた人ね、キャシー!そういうのって、自分で作るか、できないならせめて買ってくるべきなんじゃない?よりによって他の女の子の手作りを……」
「もちろん、切って飾り付けしますよーだ!……フランソワーズの腕と、私の愛情が一緒になればコワイものはないわ」
 
澄ましてそう言う彼女の表情があまりに無邪気だったので、003も思わず吹き出し、快諾してしまったのだ……が。彼女からソレを受け取る職員の中に「島村さん」……009も入っている、ということを、そのときはほとんど忘れていた。
といっても、仮にそれを意識していたとしても、自分がその申し出を断ることができたのかどうか、003はおぼつかない気がした。
 
この二人に……他の人々にも、009と自分はどういう関係に見えているのだろう、と、003はふと不安になる。
少なくとも恋仲には見えていないらしい。
とはいえ、もちろん、兄妹と思われているはずもなかった。
 
要するに、「旅先で知り合って道連れになっている若いガイジンさんたち」というトコロで、彼らは完全に思考停止しているようなのだった。
よくわからない関係だが、どうせガイジンさんのすることなんか考えてもわからん……ということなのかもしれない。
 
数日後、なるべく009の目につかないように……といっても、彼は結局のところ、これまでどおり、彼女のダッチオーブンには何ら注意をはらわなかったのだが……ともあれブラウニーを焼き上げ、大喜びのキャシーに渡すと、003はこっそりため息をついた。
 
作戦は順調に収束したし、今のところ異状も見られていない。そろそろ「潮時」のはずだ。バレンタインデーを待たずに「撤収」ということになる可能性が高い。そうすれば、すべてをうやむやにしてしまうことができる。
後ろめたさを感じながらも、003はひそかにそう思っていた。
そして、ギルモアからの通信が入ったのは、まさにその晩のことだったのだ。
 
通信のあと、009は何かいいたげな風情を漂わせつつ、003に心配そうな目を何度となく向け続け、003はそれらを完全に黙殺し続けた。
そうしていれば009はそれ以上踏み込んでこない。長いつきあいで、そういう呼吸は心得ている。
 
思えば、009はこの村の人々にとって、いきなり現れた期間限定・行きずりの「イケメン」ということになるわけで。
それなら、日本のバレンタインデーの習慣にのっとって、彼にチョコレートやケーキを手渡したいと思う女性はキャシーだけではないのかもしれない。
なんだかおかしなことになってしまったけれど、気楽に考えておけばいいのだ……と、003は何度も自分に言い聞かせた。
 
 
 
2月13日の夜は、ひときわ冷え込んだ。
003は土間のかまどに火をおこし、ダッチオーブンをあたためていた。
 
彼女がそれまで漠然とイメージしていた「日本のバレンタイン」は、女性がチョコレートに託して恋の告白をする、といったようなモノだったが、実際には……この地方では、ということなのかもしれないが……少し違うようだった。
 
どうも、チョコレートは職場の同僚や友人などに広くふるまわれるものらしく、それを用意するのは女性と決まっているものの、受け取る権利は男女どちらにもあるらしい。
「ガイジン」である自分がそうしたプレゼントを用意する必要はたぶんないのだろうが、そうとわかってしまえば、やはり何かしておきたい気持ちになったのだ。
 
キャシーの手前、ブラウニーを作るわけにはいかないし……と考え、クッキーを焼くことにした。
簡単だが、オーブンが小さいので何回も焼かなければならない。
が、火の前に坐っているのは心地よく、それほど苦にはならなかった。
 
009はまだ帰らない。
先に帰っていていいよ、と言われたのだ。
おそらく今日も「タカギさん」に引き留められているのだろう。
 
マユミに言わせると、タカギさんは偏屈な「ガンコジジイ」なのだという。
若い頃から人付き合いをあまりせず、独身を通していた。
暮らしぶりはしっかりしていて、堅実にそれなりの財産も築いたし、昔トウキョウの大学に通っていたということで、かなりの教養も持っているらしい。村では一目置かれる存在だった。
 
「立派なおじいさまなのはわかってるんだけど……でも、やりにくいのよ−。島村クンがどうしてあんなに気に入られているんだか、謎だわ」
 
どうしてなのかしらね?と問われても、003にはわからない。
実は009自身、始めの頃はこぼしていたのだ。ああいうヒトは苦手なんだよなあ……と。
 
「この髪がね、まず第一印象で嫌われるんだ」
「……髪?」
「うん。日本人はさ、髪は黒くないといけないって思ってるものなんだよ。そうじゃないのは染めている証拠で、不良、ろくでなしのしるし……ってこと」
「フリョー……?」
 
009が「フリョー」と呼ばれ、少年院にいたことがある、という話は聞いたことがある。もちろん、詳しいことは何も知らない。
003から見れば、彼の髪は、美しいとしかいいようのない色をしているのだが、そう告げたこともない。そういう話になりかけると、きまって彼は表情を曇らせ、目をそらすようにしていたからだ。
009は容姿の話も過去の話も嫌い……と003は思っていた。
 
そんな彼が自分から髪の話をするのだから、やはり「タカギさん」との出会い方はあまりよくなかったのだろうと思う。思わず愚痴を言いたくなるぐらいに。
それなのに、「タカギさん」は日に日に009を気に入るようになったらしい。009は最近では「タカギさん担当」と、おおっぴらに言われるようになっているのだ。
 
「がんばってるね……それ、明日の準備かい?」
「……ジョー」
 
不意に話しかけられ、003は驚いた。
いつのまにか、土間に009が立っている。
 
「あ……お帰りなさい。ええ、そうなの。これでできあがりよ」
「ずいぶんたくさん作ったんだなあ……みんなに配るんだ?」
「ええ」
「ふふ、すっかり日本人だね……彼女たちの影響かい?」
「そうなの。でも、あまり見ないでね、内緒なんだから……これからラッピングするのよ」
「へえ?……味見できる?」
「ダメ。数がぴったりなんだもの」
 
009はそうか、とあっさり引き下がり、炉端に重ねてある薄紙の袋とリボンにふと目をやった。
なんだか落ち着かない気持ちになり、003は言い訳するように続けた。
 
「あなたの分もちゃんとあるから……明日、ね?」
「……そう」
 
オーブンから取り出した熱いクッキーを大きな竹ざるの上に並べていた003の手に、不意に後ろから大きな手が重なった。
驚く003をそのまま背中から抱きしめ、009は囁くように言った。
 
「いま、……がいいな」
「……ジョー……?」
「僕の分は、明日じゃなくて……いま欲しい」
 
離して、というメッセージをこめて少し強くもがいてみたが、009は動かない。
戸惑いながらそのままの姿勢で003がとったまだ熱いクッキーを、009は彼女の手ごと自分の口元に運び、それを囓り終えると、そのまま白い指先にそっと短いキスを落とした。
 
「フランソワーズ……僕を、すき?」
「どう、したの、急に……?」
「すき、なんだろう?……だから、コレをくれるんだよね?」
「すきよ、もちろん……でも」
「だったら……やっぱり今がいい。あといくつもらえる?」
「……ふたつ」
「……そうか。ありがとう」
 
009は003を抱く腕を緩めながら、クッキーを二つ、今度は自分でとった。
 
 
 
「高木さんは……傷痍軍人だったんだ。陸軍に所属していて……戦争で、大けがをした」
「そうだったの?……そんな、ふうには……」
「大きな傷跡が背中にあったよ。こういう寒い日にはひどく痛むんだって」
「知らなかったわ」
「うん。誰にも言ったことはないって、威張っていたからね」
 
ランプをともしていない部屋は闇に沈み、囲炉裏の炭火だけがあたたかく赤い光を放っている。
009の端正な横顔を、その光が照らしていた。
 
「彼には、恋人がいて……トウキョウで知り合ったそうだ。でも、彼女と約束は何もしていなかった。自分は戦場でいつ死ぬかわからない人間だから、そうするわけにはいかなかった……って。」
「……」
「戦闘でひどい傷を負って……生き残って、やがて戦争は終わった……でも、高木さんはトウキョウには行かず、この村に戻ったんだ……彼女とは二度と連絡をとらずにね」
「まあ、どうして……?」
「どうして……かな。わけは、教えてくれなかったよ。それで……結局、今でもわからないままなんだそうだ。彼女が……どうなったのか」
「……」
「きっと幸せになっているはずだ……そうでなければ困るって……笑ってた」
「……悲しい……話ね」
「……うん」
 
もしかしたら……と003は思う。
彼は、009に自分と同じものを……戦士の宿命を、その悲しみを見たのかもしれない。
 
「俺と同じになるな……って言われたんだ」
「同じに……?」
「オマエは、手を離すな……ってね。年を取るうちにわかったんだそうだ。彼女を守ろうとばかり思っていたけれど、そんな必要はなかった。弱いのは、守られていたのは、いつも自分の方だった……って」
「どういうこと……?」
「それも、説明してはもらえなかった……でも、わかる気がしたよ」
 
だから、あんなことをしたのかしら……と思いかけ、003ははっと息をのみ、うつむいたままの009をのぞいた。
 
「あの……ジョー。もし違っていたらごめんなさいね……今日あなたがこんなに遅くなったのは、もしかしたら、タカギさんに何か……?」
「うん。……実は、そうなんだ。さっき、倒れた」
「……」
「でも、命に別状はないと思う。すぐに処置してもらえたからね」
「そう。よかったわ……あなたが病院に運んだのね」
「ああ……ちょっと変な顔されたけれど。でも、それどころじゃなかったから、誰にも何も言われなかったよ」
 
あの施設から大きな病院までは舗装されていない細く急な山道が続き、しかも凍り付いているところもある。
急病人を素早くしかも静かに運ぶ方法など、普通は、ない。
 
「サイボーグでよかった、と思うことってめったにないけれど。こういうときは助かるよ」
「本当ね……私たちの力って、こんな風に役に立つこともあるんだわ」
「うん。でも……そうだな、これも結局……助けているつもりで、助けられてるのは、やっぱり僕たちの方だった……ってことになるのかもしれない」
 
003が小さくうなずいた。
009は静かに腕を伸ばし、彼女を再び抱き寄せた。
 
 
 
ソレを002に見つかったのは、研究所に戻ってまもなくのことだった。
憮然とする009を前に、彼は実に嬉しそうにソレを観察し、挙げ句、フランソワーズには黙っていてやるよ、と恩着せがましく嘯いた。
 
「別に……そういうんじゃない」
「説得力ゼロ、だな。手作りブラウニーに、I love you!のお飾り付きだ。バレンタインデー、だろ?」
 
009は息をついた。
こうなる可能性は十分あったのだから、やはり受け取らなければよかったのだ。他の女性職員達にしたのと同じように。
 
2月14日。
その日、003は焼き上げたクッキーを施設に持っていかなかった。
前夜に009が自分の分を食べてしまったのが原因だ、と彼女は言った。
 
「あなたの分が足りないもの。でも、あなたにだけ何もあげない……なんて、不自然でしょう?」
 
だから、これはみんなへのオミヤゲにするわ……と、クッキーを保存容器に入れる003を見るともなく見ながら、009はささやかな満足感をおぼえていた。やはり、彼女が他の男にバレンタインデーのプレゼントを渡すところはあまり見たくなかったのだ。
そして、彼女にそうさせてしまった以上、自分もまたバレンタインデーのプレゼントを誰からも受け取るべきではない。009はひそかにそう思い、それを実行した。
彼女は何も言わなかったが、おそらく自分がそうしていることに気付いたと思う。
 
で、コレ、だけが例外だった、ということについて、003はまだ気付いていないはずだし、気付かれても困る。
 
「しかし、下手くそなデコレーションだ……見るからに003じゃねーな」
「だから、そういうのじゃ……」
「ふん、後生大事にしまい込んでおいて、そういうのもこういうのもあるかよ……それなりに大事なオンナからもらったってことだろ?おい?」
 
それなり、とは失敬だな、と思ったが、もちろん声には出さない。
大事なオンナ云々については、まさにその通り!と力説したいところだが、そうしたとところで誰も……おそらく003自身も……何も信じてはくれないだろう。
 
証拠隠滅してやろう、とウィンクして大口をあけた002の手からそのやや大ぶりなブラウニーのかけらをひったくると、009はそれを一気にほおばった。
ふわっとした感触に高貴なカカオの香り……甘味が抑えられているのは、おそらくアイシングでのデコレーションを想定していたからだろう。
 
さすがだなあ、フランソワーズ……と密かに思う。
が、声には出さない。
 
それではダメだろう、と高木氏に叱咤された気がして、009はふと頬を緩めた。
 

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